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第3話
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あの日以降、殿下と顔を合わせるのが気まずかった。
多分殿下は酔っていて覚えていない可能性が大きい。
だから気にする必要はないのに、殿下を避けるように行動し、妃教育の中でも苦手分野のダンスレッスンに力を注いだ。
ダンスを踊っていれば何も考えずにいられるから。
その甲斐あってか、ダンス講師から褒められることも増えていった。
「今日は素晴らしいパートナーが来てくださいましたよ」
やけに大袈裟な言い方にそのパートナーとやらの顔を確認すると、今いちばん顔を合わせたくない人が居た。
どうして殿下が。
連絡事項なら側近が来るはずだけど。
・・・・・・まさか、殿下がダンスパートナーの訳がないわよね。
すると音楽が始まり、一歩一歩近づいてきた殿下に流れるように手を取られダンスが始まった。
婚約者である殿下とは、夜会でファーストダンスを踊っていた。
今までなら笑顔を貼り付けて、目の前の仕事をこなすといったもので、特に何も感じなかった。
なのに今回は切り替えが必要なほど動揺する自分がいて、それすら上手くいかない。
どうにか上辺を取り繕い真っ直ぐに顔を上げると、殿下と目が合った。
殿下と目が合うのは二度目。
でも、目の前にある柔らかなブルーの瞳はあの日と違い、初めて私に向けられる種類のものだった。
学園で見かけたことがある、あの頃の。
曲が終わって安心したのも束の間、まだ時間がある。と殿下がよく分からない事を言い出し、ダンス講師は張り切った様子で楽団に告げると曲は再開。
終わってみれば、最初のものを含めると四曲連続で踊り続けたことになる。
脚はガクガクし、色々な意味で限界だった。
「ウィンチェスター伯爵令嬢、過去最高の四曲連続ですよ!
流石は殿下のエスコート、体のブレもふらつきも最小限でした。
ああ、息が上がっているようですね。
休憩にいたしましょう」
ダンス講師からレモネードというサッパリした飲み物を頂いた。
向かいの椅子に座る殿下は呼吸が乱れることもなく、涼しい顔をしている。
それに比べて・・・・・・。
自分は好きなことばかりしてきて、この年になって令嬢としての教養すら身についていない。
過去を振り返って情けなく感じていた。
その間もお喋りなダンス講師は殿下のダンスの素晴らしさを語っているようだった。
「では、また来るとしよう」
え?また来る?
「まぁ!殿下、いつでもお待ち致しております!」
「リリー、また明日」
「・・・・・・あ、ありがとうございました」
『では、また来るとしよう』
その言葉通り殿下はダンスレッスンにたびたび参加、パートナーを務めてくれるようになった。
しかも、絶妙なタイミングでの適切なアドバイスをくれる。
『肩の力をぬいて楽に』
『パートナーを信頼して身を任せて』
『楽しいことをイメージして』
どちらかというと苦痛に感じていたダンスが楽しみものへと変化していったことに、私自身が驚いた。
殿下はダンスに限らず、お茶会にも参加するようになった。
以前もお茶会自体は存在したものの、現れないか、来たとしても心ここにあらず状態で石像のように座っているだけだった。
それが今では会話も増え、最初はポツリポツリと話すだけだったものが笑顔を見せながら冗談まで言う。
殿下の真意は分からない。
フランチェスカ様の結婚を機に変化が生まれたのか。
別の何かなのか。
もしかしたら、あの日のことを覚えていて、結婚前に口づけをした婚約者への償いを含めての歩み寄りかも知れない。
殿下といるとドキドキする。
『リリー』名前を呼ばれるたびに嬉しくて、一緒に居ると楽しくて、どこか期待している自分がいる。
それと同時に、不安と恐さもある。
この複雑な感情の正体が何なのか、私は考えるのを避けている。
「この庭園は、フランと二人で過ごした場所なんだ」
最近では懐かしむようにフランチェスカ様の話をする。
私はそれを、ただ黙って聞く。
殿下は哀しげな表情で呟くようにそう言うと、『何処にも行かないで』と訴えるかのように、私の手をギュッとにぎった。
結婚二か月前の事だった。
エリオット様と話さないといけない。
庭園を歩く二人の後ろ姿を背に、私は部屋へと引き返した。
多分殿下は酔っていて覚えていない可能性が大きい。
だから気にする必要はないのに、殿下を避けるように行動し、妃教育の中でも苦手分野のダンスレッスンに力を注いだ。
ダンスを踊っていれば何も考えずにいられるから。
その甲斐あってか、ダンス講師から褒められることも増えていった。
「今日は素晴らしいパートナーが来てくださいましたよ」
やけに大袈裟な言い方にそのパートナーとやらの顔を確認すると、今いちばん顔を合わせたくない人が居た。
どうして殿下が。
連絡事項なら側近が来るはずだけど。
・・・・・・まさか、殿下がダンスパートナーの訳がないわよね。
すると音楽が始まり、一歩一歩近づいてきた殿下に流れるように手を取られダンスが始まった。
婚約者である殿下とは、夜会でファーストダンスを踊っていた。
今までなら笑顔を貼り付けて、目の前の仕事をこなすといったもので、特に何も感じなかった。
なのに今回は切り替えが必要なほど動揺する自分がいて、それすら上手くいかない。
どうにか上辺を取り繕い真っ直ぐに顔を上げると、殿下と目が合った。
殿下と目が合うのは二度目。
でも、目の前にある柔らかなブルーの瞳はあの日と違い、初めて私に向けられる種類のものだった。
学園で見かけたことがある、あの頃の。
曲が終わって安心したのも束の間、まだ時間がある。と殿下がよく分からない事を言い出し、ダンス講師は張り切った様子で楽団に告げると曲は再開。
終わってみれば、最初のものを含めると四曲連続で踊り続けたことになる。
脚はガクガクし、色々な意味で限界だった。
「ウィンチェスター伯爵令嬢、過去最高の四曲連続ですよ!
流石は殿下のエスコート、体のブレもふらつきも最小限でした。
ああ、息が上がっているようですね。
休憩にいたしましょう」
ダンス講師からレモネードというサッパリした飲み物を頂いた。
向かいの椅子に座る殿下は呼吸が乱れることもなく、涼しい顔をしている。
それに比べて・・・・・・。
自分は好きなことばかりしてきて、この年になって令嬢としての教養すら身についていない。
過去を振り返って情けなく感じていた。
その間もお喋りなダンス講師は殿下のダンスの素晴らしさを語っているようだった。
「では、また来るとしよう」
え?また来る?
「まぁ!殿下、いつでもお待ち致しております!」
「リリー、また明日」
「・・・・・・あ、ありがとうございました」
『では、また来るとしよう』
その言葉通り殿下はダンスレッスンにたびたび参加、パートナーを務めてくれるようになった。
しかも、絶妙なタイミングでの適切なアドバイスをくれる。
『肩の力をぬいて楽に』
『パートナーを信頼して身を任せて』
『楽しいことをイメージして』
どちらかというと苦痛に感じていたダンスが楽しみものへと変化していったことに、私自身が驚いた。
殿下はダンスに限らず、お茶会にも参加するようになった。
以前もお茶会自体は存在したものの、現れないか、来たとしても心ここにあらず状態で石像のように座っているだけだった。
それが今では会話も増え、最初はポツリポツリと話すだけだったものが笑顔を見せながら冗談まで言う。
殿下の真意は分からない。
フランチェスカ様の結婚を機に変化が生まれたのか。
別の何かなのか。
もしかしたら、あの日のことを覚えていて、結婚前に口づけをした婚約者への償いを含めての歩み寄りかも知れない。
殿下といるとドキドキする。
『リリー』名前を呼ばれるたびに嬉しくて、一緒に居ると楽しくて、どこか期待している自分がいる。
それと同時に、不安と恐さもある。
この複雑な感情の正体が何なのか、私は考えるのを避けている。
「この庭園は、フランと二人で過ごした場所なんだ」
最近では懐かしむようにフランチェスカ様の話をする。
私はそれを、ただ黙って聞く。
殿下は哀しげな表情で呟くようにそう言うと、『何処にも行かないで』と訴えるかのように、私の手をギュッとにぎった。
結婚二か月前の事だった。
エリオット様と話さないといけない。
庭園を歩く二人の後ろ姿を背に、私は部屋へと引き返した。
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