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第9話
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私はその日のうちにロージーの部屋に近い客間へ移動した。
夫婦の寝室ーーとはいっても、今は旦那様一人で過ごしているその部屋の大きなベッドでは、クラリス様が動けるようになるまで療養することになった。
もちろん旦那様はその部屋で過ごしている。
そして、その寝室の広々としたスペースには新たにノア専用のベッドが置かれた。
翌日、医師の診察が済んでからクラリス様の元を訪れた。
クラリス様は、夫婦の寝室を利用していることに恐縮して何度も私に謝罪した。
私は、気にしないでゆっくり療養してください。と伝えるしかなかった。
旦那様は甲斐甲斐しくクラリス様の看病をして、ノアはお屋敷で家庭教師から学び始めた。
ロージーはノアが居る生活が楽しいようで、ノアの後をついて回っていた。
安心できる、心休まる場所だったお屋敷が形を変えたことは、想像以上に落ち着かず気持ちが乱れるものだった。
私は、空いている時間はひたすら刺繍をしていた。
刺繍の腕を上げたかったし、刺繍に没頭していると、何も考えずにいられたから。
ただ、ロージーの存在と、アニーとカイが見守ってくれているのが心の支えだったーー
愛する娘と、
幼い頃から私のそばにいてくれた二人。
この3人がいてくれたから、私は何とか心の平穏を保つことができた。
そして、私は週に二回、孤児院へ足を運ぶことを再開した。
「ミラ様!母上に花束を作ってもいい?」
「もちろんよ。庭師のトムと一緒にね。
棘がある花もあるから気をつけてね」
「ありがとう!
トムじいさーん!」
ノアはクラリス様にお見舞いの花を摘む許可を、私に必ず取る。
初めて会った時は純粋な少年のように感じたけれど、実際には周りをよく見ていている。
7歳といえば個人差はあるけれど、敏感な子だったら今の複雑ともいえる状況を感じ取っているのかもしれない。
今日は気持ちが良い日なので、庭でお茶を飲みながら孤児院の子ども達からプレゼントされた刺繍入りハンカチを眺めていた。
4年前に刺繍を教えていた子どもたちがその後も刺繍を続けていたようで、一応は刺繍の先生であった私に成果を見せようとプレゼントしてくれたものだった。
「ミラ様、ロージーは?」
「ロージーはね、お庭に誘ったんだけど、今お絵描きに夢中でね」
「そっかあ・・・」
「お母様への花束、素敵ね」
ピンクの薔薇がメインの可愛らしい花束だった。
ノアは褒められたことを恥ずかしそうにしている。
本当に、よく似ているーー
小さかった頃の、私の王子様に。
「・・・・・・それは?ハンカチ?」
「ええ、孤児院の子ども達にプレゼントされたの」
興味がありそうなノアにハンカチをもらったいきさつを話すと、目を輝かせた。
「それって、練習したら僕もできるかな?」
それから、お互いの空いている時間を利用して、ノアに刺繍を教える毎日が始まった。
『母上に、プレゼントしたいな・・・』
初めての慣れない刺繍というものに悪戦苦闘するものの、2週間後にはピンクの小花の刺繍のはいったハンカチが完成した。
嬉しそうにするノアに、私が刺繍したハンカチを持ったロージーがノアに近づいて一緒に喜んでいる。
その微笑ましい二人の姿を見て、アニーと目を合わせて表情を緩めた。
クラリス様は順調に回復し、最近では少しずつ歩く練習も始めていた。
侍女の手を借りて、廊下をゆっくりと歩いている。
旦那様が休みの日には、階段を抱かれて下りて庭を二人でゆっくり歩いている。
そして、ノアとロージーが二人に駆け寄っていく。
間もなく、別邸の改装も終わると聞いた。
それまでだ。
胸がチクリと痛むのを自覚して、私は窓際から離れた。
夫婦の寝室ーーとはいっても、今は旦那様一人で過ごしているその部屋の大きなベッドでは、クラリス様が動けるようになるまで療養することになった。
もちろん旦那様はその部屋で過ごしている。
そして、その寝室の広々としたスペースには新たにノア専用のベッドが置かれた。
翌日、医師の診察が済んでからクラリス様の元を訪れた。
クラリス様は、夫婦の寝室を利用していることに恐縮して何度も私に謝罪した。
私は、気にしないでゆっくり療養してください。と伝えるしかなかった。
旦那様は甲斐甲斐しくクラリス様の看病をして、ノアはお屋敷で家庭教師から学び始めた。
ロージーはノアが居る生活が楽しいようで、ノアの後をついて回っていた。
安心できる、心休まる場所だったお屋敷が形を変えたことは、想像以上に落ち着かず気持ちが乱れるものだった。
私は、空いている時間はひたすら刺繍をしていた。
刺繍の腕を上げたかったし、刺繍に没頭していると、何も考えずにいられたから。
ただ、ロージーの存在と、アニーとカイが見守ってくれているのが心の支えだったーー
愛する娘と、
幼い頃から私のそばにいてくれた二人。
この3人がいてくれたから、私は何とか心の平穏を保つことができた。
そして、私は週に二回、孤児院へ足を運ぶことを再開した。
「ミラ様!母上に花束を作ってもいい?」
「もちろんよ。庭師のトムと一緒にね。
棘がある花もあるから気をつけてね」
「ありがとう!
トムじいさーん!」
ノアはクラリス様にお見舞いの花を摘む許可を、私に必ず取る。
初めて会った時は純粋な少年のように感じたけれど、実際には周りをよく見ていている。
7歳といえば個人差はあるけれど、敏感な子だったら今の複雑ともいえる状況を感じ取っているのかもしれない。
今日は気持ちが良い日なので、庭でお茶を飲みながら孤児院の子ども達からプレゼントされた刺繍入りハンカチを眺めていた。
4年前に刺繍を教えていた子どもたちがその後も刺繍を続けていたようで、一応は刺繍の先生であった私に成果を見せようとプレゼントしてくれたものだった。
「ミラ様、ロージーは?」
「ロージーはね、お庭に誘ったんだけど、今お絵描きに夢中でね」
「そっかあ・・・」
「お母様への花束、素敵ね」
ピンクの薔薇がメインの可愛らしい花束だった。
ノアは褒められたことを恥ずかしそうにしている。
本当に、よく似ているーー
小さかった頃の、私の王子様に。
「・・・・・・それは?ハンカチ?」
「ええ、孤児院の子ども達にプレゼントされたの」
興味がありそうなノアにハンカチをもらったいきさつを話すと、目を輝かせた。
「それって、練習したら僕もできるかな?」
それから、お互いの空いている時間を利用して、ノアに刺繍を教える毎日が始まった。
『母上に、プレゼントしたいな・・・』
初めての慣れない刺繍というものに悪戦苦闘するものの、2週間後にはピンクの小花の刺繍のはいったハンカチが完成した。
嬉しそうにするノアに、私が刺繍したハンカチを持ったロージーがノアに近づいて一緒に喜んでいる。
その微笑ましい二人の姿を見て、アニーと目を合わせて表情を緩めた。
クラリス様は順調に回復し、最近では少しずつ歩く練習も始めていた。
侍女の手を借りて、廊下をゆっくりと歩いている。
旦那様が休みの日には、階段を抱かれて下りて庭を二人でゆっくり歩いている。
そして、ノアとロージーが二人に駆け寄っていく。
間もなく、別邸の改装も終わると聞いた。
それまでだ。
胸がチクリと痛むのを自覚して、私は窓際から離れた。
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