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第2章 ランベルトスの陰謀
第42話 冒険者のギルド
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純白の石材と黄金と、魔水晶によって建立された、ミルセリア大神殿。この世界で最も権威ある神殿内の〝旭日の間〟にて、二人の人物が言葉を交わしていた。
「そうですか。ようやく〝タイプ・リーランド〟の行方が判明したのですね」
「いやぁ、ワタシも自分の〝眼〟を疑いました! 魔王リーランドといえば、これまでの歴史の中でも、一番の暴君でしたからねぇ」
ルゥランが頭を掻きながら、能天気に笑ってみせる。彼の隣には金と魔水晶で装飾された玉座があり、そこには幼い少女が座っている。
「十三年もの間、勇者ロイマンから新たな魔王実体が出現しなかったのは……」
「まさか〝偽りの勇者〟だったとは驚きですねぇ!――ああ、失礼! 彼に〝勇者〟の称号を授けたのは、他ならぬミルセリアさんでした! はっはっは!」
「ルゥラン……。貴方という人は……」
聖なる白布と貴金属で織られた法衣を纏った少女。彼女――ミルセリアは、自身の玉座の傍で笑うルゥランを軽く睨む。もっとも、この程度の抗議で彼が態度を改めるはずがないことは、ニ千年前より知りえていた。
「しかし、その〝エルス〟という者。ヒュレインの身で、これほどまでの長期間にわたって〝魔王の烙印〟を抑え込むとは。素性は判明しているのですか?」
「それが、まったく! なぜ見落としてしまったのか、見当もつかないといった状況ですねぇ。――まぁ、ワタシの予想ですと〝女王の罪の証〟ではないかなと!」
「なんですって……?」
高い玉座に腰かけたまま、ミルセリアが再びルゥランを見上げる。すると彼はにこやかな笑みを浮かべたまま、彼女の〝銀色の髪〟を手でさした。
「銀髪だったんですよ。エルスさん!」
「では、その者はリスティリアの……?」
ミルセリアの問いに対し、ルゥランが笑顔で首肯する。
「なるほど。彼女の子ならば、あり得ますね」
物憂げに嘆息し、ミルセリアが肘掛けに頬杖をついた。
「しかしながら、あの〝烙印〟に抗い続けることは……」
「不可能!――ですので、彼に〝闇魔法〟を教えてさしあげました! もしかすると、より〝活性化〟してしまう可能性もありますけどねぇ!」
「魔王を飼いならせると? たとえ〝精霊族〟といえど、無謀にも思えますが」
ルゥランのペースに呑まれることもなく、ミルセリアは冷静に状況を分析する。
「大丈夫ですよ! きっと〝神さま〟がついておられますから! はっはっは!」
「よもや〝神頼み〟に帰結させるとは……」
呆れたように目を瞑じながら、ミルセリアはゆっくりと頭を振った。
「おやおや! アナタは神さまに一番近しい御方ではありませんか!」
「だからこそ――。救いは無いと憂いているのです」
はるか古代の創生紀、彼女は〝神の化身〟だった。人々の前に顕現せし、創生神ミストリアの神の器。――それが〝ミルセリア〟であったのだ。
「もはや我が身に権能は無い。私は、ただの〝虚の器〟にすぎません」
諦観を露にするミルセリアに対し、ルゥランが楽しげに笑い声を上げる。
「ご謙遜を! まぁ、今は〝再世神ミストリアさま〟の時代ですからねぇ」
「再世神。かつての名もなき旅人。彼の活躍は、まだ〝私〟となる以前のこと」
「いやぁ、懐かしいですねぇ! 確か、ワタシがお会いした頃には〝アインス〟と名乗っておられましたっけ! ご立派になられたものです!」
ルゥランは笑みを浮かべながら、懐から幼児向けの絵本を取り出す。それは〝勇者〟が〝魔王〟を倒すという、ありふれた冒険譚を題材としたものであるようだ。
「ほら、この〝厳格なエルフの長老〟って、ワタシなんですよ? はっはっは!」
「貴方は、何を持ち歩いて――。勇者アインスと、魔王リーランドの物語?」
「ご名答!」
絵本をミルセリアに手渡し、ルゥランは小さく拍手をしてみせた。
*
ミルセリアが絵本に視線を落としていると、やがて一人の聖職者が〝旭日の間〟に現れ、厳かな様子で玉座の前に跪いた。
「失礼します。ミルセリアさま、〝宣託〟の準備が完了いたしました」
「わかりました。すぐに向かいます」
聖職者が下がったのを確認し、ミルセリアは〝絵本〟をルゥランに返却する。
「はぁ……。私が幼児向け絵本を読んでいる姿を見せるなど……」
「聖書ですよ! せ・い・しょ! ほら、ちゃんと〝神さま〟も出てますし!」
「口が減りませんね。――さて、もう行きますよ」
ルゥランの手を借りて玉座から降り、ミルセリアも〝旭日の間〟から退出する。そんな彼女の小さな姿を見送ったあと、ルゥランは静かに姿を消した。
*
ミルセリアとルゥランが会話を交わしていた頃――。激戦を終えて帰還したエルスたちは、ランベルトスの〝商人ギルド〟を訪れていた。
「でかしたのぢゃ! やってくれると信じておったぞ!」
商人ギルドの〝大盟主〟シュセンドは玉座の上で手足を大きくバタつかせ、全身で喜びを表現する。帰還後、工房へ直行したエルスたちは瀕死のザグドをドミナに預け、エルスとアリサ、クレオールの三人だけが報告へと向かったのだ。
「へへッ。こうやって成功したのは、仲間たちのおかげさ!」
「みんな頑張ったもんねぇ」
現在、左腕を損傷したニセルの他、錬金術の心得のあるミーファも〝ドミナの工房〟へ残ることとなった。ザグドの生存を確認したドミナは嬉しそうに悪態を吐いたあと、すぐに彼に対する処置に全力で取り掛かった。
『素人にチョロチョロされても邪魔だからさ。早くお嬢の顔を見せてやりな!』
そう言ってエルスたちを追い出したドミナ。しかしながら、その言葉の刺々しさとは裏腹に、彼女の顔には抑えようのない笑みが溢れていたのだった。
「あの〝博士〟には逃げられちまったけど、研究所って所はブッ潰した。もう〝降魔の杖〟も作れねェし、戦争の心配も無ェ。とりあえずは一件落着だな!」
「そうだねぇ。本当によかった」
アリサは安堵したように、自身の胸に手を当てる。負傷者こそ出たものの、全員が生還できたことが、なによりも嬉しかったのだろう。
「お待たせいたしました。――お父様、ただいま戻りましたわ」
エルスたちが報告を行なっていると、新しいドレスに着替えたクレオールが玉座の間へと姿を見せ、優雅な一礼をしてみせた。身に着けていた魔導兵の外套を脱いだことで、彼女もようやく〝解放〟を実感することができたようだ。
「ををっ! 我が愛しのクレオールよ! さぁ、近こう寄るのぢゃ!」
「ひっ……!? おやめくださいなっ! まったく……!」
是非もなく娘に拒絶され、シュセンドがガックリと肩を落とす。
「ううっ、お気に入りの〝クレオール弐号〟ちゃんは行方不明のうえ、壱号ちゃんにも嫌われてしまったのぢゃ……」
「だっ……、誰が壱号ですか! 次に仰いましたら、本気で怒りますわよ!」
全力で抗議を示すクレオールを見遣ながら、エルスはアリサに耳打ちをする。
「やっぱ研究所にあった人形ッて、親父さんの……」
「黙っておいたほうが、よさそうだねぇ」
そう呟き合いながら、エルスたちは小さく頷いた。
*
「ささっ! それはさておき、オヌシらに報酬を与えるのぢゃ!」
シュセンドが合図の目配せをすると、メイド姿をした人形が大きな革袋を運んできた。エルスは彼女から袋を受け取り、そのまま冒険バッグへと仕舞う。
「ありがとな、親父さんッ! あとで山分けさせてもらうぜ!」
「まだあるぞ! じつはもう一つ! とっておきの報酬があるのぢゃ!」
「えっ? なんだろ?」
アリサは自身の口元に指を当てながら、視線を天井へと向ける。
「ふふふ、驚くがよい。この度の素晴らしい働きに応えるため、大盟主であるワシの権限を使い――。諸君らに名誉ある〝特命ギルド〟を与えようぞ!」
「へッ? 特命ギルド?」
首を傾げるエルスに対し、シュセンドが早口で〝特命ギルド〟の概要を説明する。要約すると、それは全世界に〝ギルド制度〟が施行されたことによって生じる様々な問題へ対処するための、特別な使命を帯びたギルドであるとのことだった。
「それって、ただの雑用係なんじゃ?」
「いやいや! 特命ギルドはこのように、すぺしゃるな権力も持っておるのぢゃ! きっと諸君らの、これからの冒険にも役立つぞ!」
アリサの言葉を即座に否定し、シュセンドは分厚い紙束を取り出してみせる。
「へぇ? まッ、いいか! どのみち俺たちは世界中を冒険するつもりだしさ! 冒険者のついででいいなら、ギルドでもなんでもやってやるぜ!」
「決まりぢゃな! それに、この街に諸君らの〝ギルド商館〟も用意しておるぞ! このランベルトスを拠点とし、活動を続けるがよいのぢゃ!」
「わかったッ! 色々と考えてくれてありがとな!」
エルスは別の人形が差し出ししてきた〝契約書〟にサインを記す。ぎこちない動きは相変わらずだが、これらの人形はすべて、メイド服を着用した姿になっていた。
その契約書と引き換えに、エルスは彼女から薄い魔水晶の付いた掌大の魔導盤を受け取り、それを無造作に冒険バッグに放り込んだ。
「では私も、エルスたちのギルドへ移籍しますわね。お父様?」
「んなっ!? なんぢゃと!?」
「ギルドである以上は、その運営に長けた者も必要でしょう? 別にランベルトスを出て行くわけではありませんし、時々は顔を見せますことよ」
「むうぅ、さすがはクレオール……。抜け目ないのぅ。仕方ないのぢゃ……」
いきなりのクレオールの宣言を受け、シュセンドは渋々ながらに承諾する。
「クレオール、本当にいいのか?」
「ええ。……どうか私を助けると思って。よろしくお願いしますわ」
クレオールは父を一瞥し、エルスに懇願するような表情をみせる。
「そういうことか……。わかったッ! よろしく頼むぜ!」
「クレオールさん、これからもよろしくねっ」
こうして〝冒険者のギルド〟を授かり、クレオールを仲間に加えたエルスたち。報告を終えたエルスとアリサは商人ギルドを後にし、宿へと戻ることにした。
*
二人が商人ギルドの巨大な〝ギルド商館〟を出た直後――。突如として太陽が数度の光を放ち、上空に巨大な映像が浮かびはじめた。
「んッ? これって、ロイマンが〝勇者〟になった時の……」
エルスは空を見上げながら、幼少時の辛い記憶を呼び起こす。半透明の映像には銀髪の少女が映っており、やがて空からは明瞭な音声が降り注ぎはじめた。
「ミルセリア大神殿からの宣託です。本日より全世界に対し、新たに〝ギルド制度〟が適用されることとなりました」
内容は、さきほど大盟主から聞いたものと同一であり、特筆すべきことは無い。――だが、エルスは言葉ではなく、少女の姿に釘付けとなっていた。
「昔は気にもならなかったけどよ、あいつも銀髪だったのか……」
「同じだねぇ。あの人の方が綺麗だけど」
エルスの脳裏に、ボルモンク三世が放った言葉が甦る。
『自らの特異性に自覚が無かったのですか?』
決して〝自覚〟が無かったわけではない。単純に、これまでのエルスにとっては気にするにも値しない、些事に過ぎなかっただけなのだ。
「俺は……。いったい何者なんだ……?」
空に映る少女へ向けて、絞り出すようにエルスが呟く。そんな彼の問いに答える者は、此処には誰もいなかった――。
「そうですか。ようやく〝タイプ・リーランド〟の行方が判明したのですね」
「いやぁ、ワタシも自分の〝眼〟を疑いました! 魔王リーランドといえば、これまでの歴史の中でも、一番の暴君でしたからねぇ」
ルゥランが頭を掻きながら、能天気に笑ってみせる。彼の隣には金と魔水晶で装飾された玉座があり、そこには幼い少女が座っている。
「十三年もの間、勇者ロイマンから新たな魔王実体が出現しなかったのは……」
「まさか〝偽りの勇者〟だったとは驚きですねぇ!――ああ、失礼! 彼に〝勇者〟の称号を授けたのは、他ならぬミルセリアさんでした! はっはっは!」
「ルゥラン……。貴方という人は……」
聖なる白布と貴金属で織られた法衣を纏った少女。彼女――ミルセリアは、自身の玉座の傍で笑うルゥランを軽く睨む。もっとも、この程度の抗議で彼が態度を改めるはずがないことは、ニ千年前より知りえていた。
「しかし、その〝エルス〟という者。ヒュレインの身で、これほどまでの長期間にわたって〝魔王の烙印〟を抑え込むとは。素性は判明しているのですか?」
「それが、まったく! なぜ見落としてしまったのか、見当もつかないといった状況ですねぇ。――まぁ、ワタシの予想ですと〝女王の罪の証〟ではないかなと!」
「なんですって……?」
高い玉座に腰かけたまま、ミルセリアが再びルゥランを見上げる。すると彼はにこやかな笑みを浮かべたまま、彼女の〝銀色の髪〟を手でさした。
「銀髪だったんですよ。エルスさん!」
「では、その者はリスティリアの……?」
ミルセリアの問いに対し、ルゥランが笑顔で首肯する。
「なるほど。彼女の子ならば、あり得ますね」
物憂げに嘆息し、ミルセリアが肘掛けに頬杖をついた。
「しかしながら、あの〝烙印〟に抗い続けることは……」
「不可能!――ですので、彼に〝闇魔法〟を教えてさしあげました! もしかすると、より〝活性化〟してしまう可能性もありますけどねぇ!」
「魔王を飼いならせると? たとえ〝精霊族〟といえど、無謀にも思えますが」
ルゥランのペースに呑まれることもなく、ミルセリアは冷静に状況を分析する。
「大丈夫ですよ! きっと〝神さま〟がついておられますから! はっはっは!」
「よもや〝神頼み〟に帰結させるとは……」
呆れたように目を瞑じながら、ミルセリアはゆっくりと頭を振った。
「おやおや! アナタは神さまに一番近しい御方ではありませんか!」
「だからこそ――。救いは無いと憂いているのです」
はるか古代の創生紀、彼女は〝神の化身〟だった。人々の前に顕現せし、創生神ミストリアの神の器。――それが〝ミルセリア〟であったのだ。
「もはや我が身に権能は無い。私は、ただの〝虚の器〟にすぎません」
諦観を露にするミルセリアに対し、ルゥランが楽しげに笑い声を上げる。
「ご謙遜を! まぁ、今は〝再世神ミストリアさま〟の時代ですからねぇ」
「再世神。かつての名もなき旅人。彼の活躍は、まだ〝私〟となる以前のこと」
「いやぁ、懐かしいですねぇ! 確か、ワタシがお会いした頃には〝アインス〟と名乗っておられましたっけ! ご立派になられたものです!」
ルゥランは笑みを浮かべながら、懐から幼児向けの絵本を取り出す。それは〝勇者〟が〝魔王〟を倒すという、ありふれた冒険譚を題材としたものであるようだ。
「ほら、この〝厳格なエルフの長老〟って、ワタシなんですよ? はっはっは!」
「貴方は、何を持ち歩いて――。勇者アインスと、魔王リーランドの物語?」
「ご名答!」
絵本をミルセリアに手渡し、ルゥランは小さく拍手をしてみせた。
*
ミルセリアが絵本に視線を落としていると、やがて一人の聖職者が〝旭日の間〟に現れ、厳かな様子で玉座の前に跪いた。
「失礼します。ミルセリアさま、〝宣託〟の準備が完了いたしました」
「わかりました。すぐに向かいます」
聖職者が下がったのを確認し、ミルセリアは〝絵本〟をルゥランに返却する。
「はぁ……。私が幼児向け絵本を読んでいる姿を見せるなど……」
「聖書ですよ! せ・い・しょ! ほら、ちゃんと〝神さま〟も出てますし!」
「口が減りませんね。――さて、もう行きますよ」
ルゥランの手を借りて玉座から降り、ミルセリアも〝旭日の間〟から退出する。そんな彼女の小さな姿を見送ったあと、ルゥランは静かに姿を消した。
*
ミルセリアとルゥランが会話を交わしていた頃――。激戦を終えて帰還したエルスたちは、ランベルトスの〝商人ギルド〟を訪れていた。
「でかしたのぢゃ! やってくれると信じておったぞ!」
商人ギルドの〝大盟主〟シュセンドは玉座の上で手足を大きくバタつかせ、全身で喜びを表現する。帰還後、工房へ直行したエルスたちは瀕死のザグドをドミナに預け、エルスとアリサ、クレオールの三人だけが報告へと向かったのだ。
「へへッ。こうやって成功したのは、仲間たちのおかげさ!」
「みんな頑張ったもんねぇ」
現在、左腕を損傷したニセルの他、錬金術の心得のあるミーファも〝ドミナの工房〟へ残ることとなった。ザグドの生存を確認したドミナは嬉しそうに悪態を吐いたあと、すぐに彼に対する処置に全力で取り掛かった。
『素人にチョロチョロされても邪魔だからさ。早くお嬢の顔を見せてやりな!』
そう言ってエルスたちを追い出したドミナ。しかしながら、その言葉の刺々しさとは裏腹に、彼女の顔には抑えようのない笑みが溢れていたのだった。
「あの〝博士〟には逃げられちまったけど、研究所って所はブッ潰した。もう〝降魔の杖〟も作れねェし、戦争の心配も無ェ。とりあえずは一件落着だな!」
「そうだねぇ。本当によかった」
アリサは安堵したように、自身の胸に手を当てる。負傷者こそ出たものの、全員が生還できたことが、なによりも嬉しかったのだろう。
「お待たせいたしました。――お父様、ただいま戻りましたわ」
エルスたちが報告を行なっていると、新しいドレスに着替えたクレオールが玉座の間へと姿を見せ、優雅な一礼をしてみせた。身に着けていた魔導兵の外套を脱いだことで、彼女もようやく〝解放〟を実感することができたようだ。
「ををっ! 我が愛しのクレオールよ! さぁ、近こう寄るのぢゃ!」
「ひっ……!? おやめくださいなっ! まったく……!」
是非もなく娘に拒絶され、シュセンドがガックリと肩を落とす。
「ううっ、お気に入りの〝クレオール弐号〟ちゃんは行方不明のうえ、壱号ちゃんにも嫌われてしまったのぢゃ……」
「だっ……、誰が壱号ですか! 次に仰いましたら、本気で怒りますわよ!」
全力で抗議を示すクレオールを見遣ながら、エルスはアリサに耳打ちをする。
「やっぱ研究所にあった人形ッて、親父さんの……」
「黙っておいたほうが、よさそうだねぇ」
そう呟き合いながら、エルスたちは小さく頷いた。
*
「ささっ! それはさておき、オヌシらに報酬を与えるのぢゃ!」
シュセンドが合図の目配せをすると、メイド姿をした人形が大きな革袋を運んできた。エルスは彼女から袋を受け取り、そのまま冒険バッグへと仕舞う。
「ありがとな、親父さんッ! あとで山分けさせてもらうぜ!」
「まだあるぞ! じつはもう一つ! とっておきの報酬があるのぢゃ!」
「えっ? なんだろ?」
アリサは自身の口元に指を当てながら、視線を天井へと向ける。
「ふふふ、驚くがよい。この度の素晴らしい働きに応えるため、大盟主であるワシの権限を使い――。諸君らに名誉ある〝特命ギルド〟を与えようぞ!」
「へッ? 特命ギルド?」
首を傾げるエルスに対し、シュセンドが早口で〝特命ギルド〟の概要を説明する。要約すると、それは全世界に〝ギルド制度〟が施行されたことによって生じる様々な問題へ対処するための、特別な使命を帯びたギルドであるとのことだった。
「それって、ただの雑用係なんじゃ?」
「いやいや! 特命ギルドはこのように、すぺしゃるな権力も持っておるのぢゃ! きっと諸君らの、これからの冒険にも役立つぞ!」
アリサの言葉を即座に否定し、シュセンドは分厚い紙束を取り出してみせる。
「へぇ? まッ、いいか! どのみち俺たちは世界中を冒険するつもりだしさ! 冒険者のついででいいなら、ギルドでもなんでもやってやるぜ!」
「決まりぢゃな! それに、この街に諸君らの〝ギルド商館〟も用意しておるぞ! このランベルトスを拠点とし、活動を続けるがよいのぢゃ!」
「わかったッ! 色々と考えてくれてありがとな!」
エルスは別の人形が差し出ししてきた〝契約書〟にサインを記す。ぎこちない動きは相変わらずだが、これらの人形はすべて、メイド服を着用した姿になっていた。
その契約書と引き換えに、エルスは彼女から薄い魔水晶の付いた掌大の魔導盤を受け取り、それを無造作に冒険バッグに放り込んだ。
「では私も、エルスたちのギルドへ移籍しますわね。お父様?」
「んなっ!? なんぢゃと!?」
「ギルドである以上は、その運営に長けた者も必要でしょう? 別にランベルトスを出て行くわけではありませんし、時々は顔を見せますことよ」
「むうぅ、さすがはクレオール……。抜け目ないのぅ。仕方ないのぢゃ……」
いきなりのクレオールの宣言を受け、シュセンドは渋々ながらに承諾する。
「クレオール、本当にいいのか?」
「ええ。……どうか私を助けると思って。よろしくお願いしますわ」
クレオールは父を一瞥し、エルスに懇願するような表情をみせる。
「そういうことか……。わかったッ! よろしく頼むぜ!」
「クレオールさん、これからもよろしくねっ」
こうして〝冒険者のギルド〟を授かり、クレオールを仲間に加えたエルスたち。報告を終えたエルスとアリサは商人ギルドを後にし、宿へと戻ることにした。
*
二人が商人ギルドの巨大な〝ギルド商館〟を出た直後――。突如として太陽が数度の光を放ち、上空に巨大な映像が浮かびはじめた。
「んッ? これって、ロイマンが〝勇者〟になった時の……」
エルスは空を見上げながら、幼少時の辛い記憶を呼び起こす。半透明の映像には銀髪の少女が映っており、やがて空からは明瞭な音声が降り注ぎはじめた。
「ミルセリア大神殿からの宣託です。本日より全世界に対し、新たに〝ギルド制度〟が適用されることとなりました」
内容は、さきほど大盟主から聞いたものと同一であり、特筆すべきことは無い。――だが、エルスは言葉ではなく、少女の姿に釘付けとなっていた。
「昔は気にもならなかったけどよ、あいつも銀髪だったのか……」
「同じだねぇ。あの人の方が綺麗だけど」
エルスの脳裏に、ボルモンク三世が放った言葉が甦る。
『自らの特異性に自覚が無かったのですか?』
決して〝自覚〟が無かったわけではない。単純に、これまでのエルスにとっては気にするにも値しない、些事に過ぎなかっただけなのだ。
「俺は……。いったい何者なんだ……?」
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