ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第2章 ランベルトスの陰謀

第31話 アリサの決意

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 不気味な研究所での戦い。ボルモンクさんせいの創り出した〝どうへい〟らを前に、エルスたちは苦戦を強いられていた。さらにはとらわれのクレオールを前にしたことにより、エルスの表情は目に見えて、焦りの色を隠せないでいる。

「何だッ! 次は何を始めようッてんだ!?」

「さぁて? クックック……」

 眼前で身構えるエルスを無視し、ボルモンクは身振りでゼニファーに合図をする。するとあるじめいを受け、ゼニファーがてつごうの向こうで呪文を唱えはじめた。

「ふふ、さすがは博士センセ。気づいたのねん? フラミト――!」

 水の精霊魔法・フラミトが発動し、エルスの足元にねんせいみずたまりが出現する。

「しまッ!? これはどんそくのッ……」

 エルスはあわてて飛び退こうとするも、水面みなもから伸びた触手によって、からだからめとられてしまう。さらには動きを封じられた彼に対し、魔導兵の一体がぐに近づき、鋼鉄の腕を振り上げた。

「あぶないっ!」

 アリサは素早く剣を構え、エルスをかばうように立ちはだかる。そして彼女は魔導兵の攻撃を上手く剣で受け流し、滑り込むような体勢で反撃カウンターを決める。

「はあぁ――っ!」

「ウォオオン……! 損傷皆無ノーダメージ……」

 刃が通らなかったことで、アリサは敵から離れて間合いを取る。相手の力を利用した一撃さえも、有効打にはなりえない。頭部の〝目玉〟を狙うことも考えたが、かつてまみえた〝こうつえ〟の性質から察するに、あまり得策ではないだろう。


目玉あれに触ると、怪物になっちゃうよね?」

「ああッ、たぶんな……! 下手に試すのはやめたほうがよさそうだッ……」

 まずはゼニファーから受けた、この鈍速魔法フラミトを解かねばならない。アリサが攻撃を防いでくれた隙を見計らい、エルスは対抗呪文を唱える。

「カレクト――ッ!」

 土の精霊魔法・カレクトが発動し、エルスのからだこんじきをした守護の結界が包み込んだ。さらに魔法同士の相性により、彼に絡みついていた触手も消え去ってゆく。

「おー! ご主人様、よくやったのだー!」

「へッ、ミーファと戦ったおかげさ!」

 離れた位置での交戦を続けながら、ミーファがしょうさんの声をあげる。これは以前、エルスとミーファが相対した際に、彼女が使っていた戦法テクニックなのだ。


「よしッ、アリサ! コイツで反撃だッ!」

 エルスは右手に短杖ワンドを構え、さらに続けて呪文を唱える。

「レイリフォルス――ッ!」

 炎の精霊魔法・レイリフォルスが発動し、アリサの武器が炎の魔法剣と化した。

「ありがとっ――! やあぁーっ!」

 あかく輝く刃をたずさえ、アリサは魔導兵へと斬りかかる。

 剣の性能にアリサの腕力、さらにエルスの魔力が合わさったことにより、魔導兵の鋼鉄のからだは いとも容易たやすようだんされる。

「ルォオオ……! シャッ……。ダウ……」

 断面から大量のしょうふんしゅつし、魔導兵は床へと崩れ落ちる。に目をくれることもなく、アリサは剣を構え直し、さらなる標的へと斬り込んでゆく。

「はあぁーっ!」

「ゥルオォォン……! ダメッ……。ジジッ……!」

「おお、おお! 実に素晴らしい!」

 目の前の戦いをながめながら、ボルモンクは歓喜の叫びをあげる。このアリサの活躍によって魔導兵は次々と倒れ去り、辺りには大量の〝瘴気〟が充満しはじめていた。

             *

「うッ……。数は減ったけど、瘴気のせいで削られちまったな……!」

 エルスは魔力素マナしょうもうによる目眩めまいを覚え、左手で頭を押さえる。

 精霊の力を秘めるエルスは常人と違い、マナの減少と共に身体能力がいちじるしく低下してしまう体質をもつ。たて続けに魔法を放ったうえに〝瘴気〟に心身をむしばまれ、すでに足元がふらついている。

「おや? 不調のようですね? 今です、彼を捕らえなさい!」

 ばくの命令と共に、ボルモンクが指を鳴らす。
 直後、魔導兵らがいっせいに、エルスに対してを向けた。

「ぁがあッ……!? うッ……、動けねェ……ッ!」

 得体の知れない力によってこうそくされ、エルスの動きが封じられる。この巨大な瞳のぎょうを受けている間は、まるで身動きが取れなくなってしまうようだ。

 魔導兵らに見つめられたまま、エルスはゆっくりと空中をスライドし、ボルモンクの立つ〝大広間の中央〟へと運ばれてゆく。

「エルスっ!」

「だめよん、おじょうちゃん? フラミト――!」

 エルスの救出に向かおうとするアリサを、ゼニファーが魔法でけんせいする。アリサはフラミトの水の触手に動きをしばられ、さらには精霊魔法の相関関係によって、剣の炎も消されてしまった。

「にッ……、逃げろッ。アリサッ……!」

「こっちは大丈夫っ! ちょっとだけだから!」

 とはいえアリサは決定打を失ったうえに、動作も制限されている。彼女は防戦一方となりつつも、どうにか魔導兵らの攻撃をしのぎ、エルスとボルモンクに目をった。

             *

「ふぅむ。どれどれ」

 空中ではりつけになったままのエルスへと、ボルモンクがゆっくりと手を伸ばす。そして彼の手から短杖ワンドを引き抜き、をじっくりと観察した。

「どんないっぴんかと思えば。〝初級科学生の課題作〟ではないですか! まあ、出来は良いようですね。〝ゆう〟をあげましょう」

 本人の言うとおり、かつては魔法学校で教師をしていた経験があるのだろう。短杖ワンドの評価を終えたボルモンクは興味無さげに、をエルスの手へと戻す。

「つまり、これは天性の才能。まさか複数の属性エレメントを使いこなす者が存在したとは」

「さっきからッ……! あんたは何を言ってやがるッ……!」

「ほう? 自らの〝とくせい〟に、まるで自覚が無かったのですか?」

 ボルモンクはエルスのあごつかみ、狂気的な眼差しで彼の瞳をのぞむ。

貴方あなたのことは、我輩が調べてさしあげましょう。これは素晴らしい試料サンプルです!」

 クレオールが閉じ込められた魔水晶クリスタルの元へと戻り、ボルモンクは再び指を鳴らす。同時にエルスのいましめが解け、彼は床の上へと落着した。

             *

「へッ! よくわからねェけど、あんたの好きにされてたまるかよッ!」

 エルスは立ち上がり、短杖ワンドを右手に構えてみせる――と、いきなり足元の床が開き、彼はすべもなく〝落とし穴〟へと落下する。

「あッ……? へえぇェ――ッ!?」

「エルスっ――!?」

 アリサが手を伸ばしながら駆け出すも、その手が届くはずもなく。落とし穴は獲物をくだすかように、低い摩擦音と共に、れいに口を閉じてしまった。

「ご主人様! いま助けるのだ!」

 ミーファはその場でちょうやくし、床へ向けて一撃を放つ。鋼鉄の凶器は石の床を見事に粉砕し、地面に再び大穴を穿けさせた。

「エルスっ……! えっ……?」

 駆け寄ったアリサが穴の底を覗き込むも、そこにエルスの姿はなく。中には砕けた岩石や、金属の残骸があるのみだった。

             *

「ふぅ、ミーファ様がおろかで助かりました。それらの部品は〝転送装置テレポータ〟のざんがいです。すでに彼は、おりの中へ転送しましたよ」

「むー! ならば、すぐに追いかけるのだ!」

「やれ、やれ。その手段を今、貴女あなたさまが破壊したのですよ?」

「エルスを捕まえてどうする気っ!?」

 ミーファとボルモンクの問答をさえぎり、珍しくアリサが声をあらげる。しかしボルモンクは動じることもなく、冷ややかな視線を彼女へと向けた。


「まずは研究を終え、その後は〝素材〟にします。我輩の野望を叶えるためのね!」

「どういうことっ!?」

 剣を構えることも忘れ、アリサがボルモンクに対して怒鳴り声をげる。

「偉大なる古き神々がのこせし〝法と秩序〟というかせ。彼の正体を解明すれば、この〝いまいましきことわり〟を破る秘策が得られるかもしれないのです!」

「そんなの、エルスと関係ないじゃないっ!」

 アリサはボルモンクに感情的な言葉をぶつけ、彼の言葉を力いっぱいに否定する。そんなけんまくなど意に介さず、ボルモンクは冷静に切り返す。

「ほう? では、彼の正体は何だと?」

「しらっ……、どうでもいいもんっ! エルスはエルスだしっ!」

「知らないようですね? どうです? 貴女あなたも知りたくはないですか?」

 エルスは〝普通の人間族〟ではない。

 ファスティアでの一件でなんとなく〝予想〟はついてはいるが、まだアリサには〝確信〟が無かった。いくら彼女が知りたくとも、知っている者はすでに亡くなっているか、完全に口を閉ざしているのだ。そのもどかしさは、エルス自身も同じだろう。


「まあ、研究が終われば教えてさしあげますよ。生き残ることが可能ならば!」

「もう魔導兵も残り二体なのだ! かんねんするのはそっちなのだー!」

「おや、おや。ここに配備されているものなど、ほんの一部に過ぎません」

 ボルモンクは余裕の笑みを浮かべ、大きく両手を叩いてみせる。すると大広間の左右にある通路から、さらなるぞうえんが現れた。

「エルス……。こんなことしてる場合じゃないのにっ……!」

「大丈夫なのだ! ご主人さまは強いのだ! 今は戦いを切り抜けるのだー!」

「ミーファちゃん……。うん……、そうだねっ……!」

 ミーファの言葉にはげまされ、アリサは再び闘志を燃やす。そして二人の少女は背中同士を合わせて身構え、周囲の敵たちとたいした。

「ほう、まだ戦意を失いませんか! それでは、実験の続きといきましょう!」

「もうッ……。絶対に許さないからね――ッ!」
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