ミストリアンクエスト

第２章 ランベルトスの陰謀

第30話 闇に囚われしもの

　ランベルトス南西の研究所にて、魔ま導どう兵へいらと対たい峙じするエルスたち。敵の数は正面に六体、さらに広間の奥に、最低でも二体の姿が確認できる。

「何を仕掛けてくるかわからねェ、二人とも気をつけろッ！」

「数も多いね。わたしたちだけじゃ不利かも」

　魔導兵らのフードの下には不気味に動く大きな目玉が覗のぞいているが、彼らの左右の手には、武器らしきものは握られていない。どのような攻撃を行なうのかが不明な以上、広大な広間で戦うことにはリスクがあると言えるだろう。

「よしッ……。ここは一旦、通路に下がって――」

「おおっと、それは困りますね！」

　通路での各個撃破を試みようとしたエルスだったが、彼の言葉を遮さえぎるように、ボルモンク三さん世せいが指を鳴らす。それと同時に三人の背後、通路の出入り口部分がガシャリと音を立て、頑丈な鉄てつ格ごう子しによって封鎖された。

「クソッ、閉じ込められた!?――ッて、あんたは……!?」

　振り返った先に居た〝女〟を見て、エルスは驚きの声を漏もらす。

「ええ。悪いケド、逃がすワケにはいかないのよん？」

　銀色の鉄格子の向こう側で、ゼニファーがエルスを嘲あざ笑わらうかのように、冷ややかな視線を向けていた。


「ううー！　ゼニファー、まさか裏切ったのだー!?」

「馬鹿言わないでよねん。最初からアタシのボスは博士センセよん？」

「うむ、うむ。ご苦労です、ゼニファー」

　不気味な笑みを浮かべながら、ボルモンクは巨大な魔水晶クリスタルの隣へ立ち、エルスら三人を順番に指さしてみせる。

「貴方あなたがたは実験台なのです。しっかりとデータを取らせていただきますよ？」

「……ここで戦えばいいんだろッ！　その代わり、早くクレオールを返せッ！」

「ああ、これは失礼。冒険者の諸君は報・酬・がなければ動かないのでしたね？」

　意味ありげに言いながら、ボルモンクは魔水晶クリスタルを軽く叩く。すると内部に渦巻いていた瘴しょう気きが薄うすれ、透き通った内部が露あらわになった。


「なッ……!?　クレオール――ッ！」

　クリスタルの中は空洞状になっており、内部には巨大な〝十字架〟が見える。さらにそ・こ・には鎖によって縛りつけられた、クレオールの姿も確認できる。彼女は気を失っているのか目を閉じたまま項うな垂だれており、ピクリとも動く様子がない。

「ふぅむ。少々濃・度・が高すぎましたかね？　それとも、まだ〝毒〟が残っているか」

「おいッ！　クレオールに何をしやがった!?」

「見たままですよ。愚かな貴方あなたにも理解できるでしょう？　ああ、そこの魔導兵をすべて倒せば彼女は解放してさしあげます。冒険者への報酬としてね！」

「どこまでも非道な悪人めー！　もう許さないのだー！」

　怒りが頂点に達したのか――。
　ミーファは愛用の斧を構え、ボルモンクめがけて跳ちょう躍やくする。

「ヴィスト――！」

　その瞬間、背・後・から放たれた風の刃が、ミーファの背中を直撃した！

「ぎゃうー！」

　空中で思わぬ不意打ちを受け、ミーファは床に激突する。幸い、彼女の〝守護の魔紋様ルーン〟を縫い込んだマントや服のおかげで、直接的なダメージは低そうだ。

「ダメよん？　ちゃんとルールを守ってくれなくちゃ」

　風の魔法ヴィストを放ったゼニファーは呆あきれたように、短い溜ため息いきをついた。

　　　　　　　　　　　　　＊

「大丈夫かッ、ミーファ!?　卑ひ怯きょうだぞッ、あんたらッ！」

「実験の内容はこちら次第です。それよりも良いのですか？　早く倒さなければ時・間・切・れ・になってしまいますよ？」

　ボルモンクが再び魔水晶クリスタルに触れると――。
　今度は透明だった空洞内に、薄うっすらと瘴しょう気きが渦巻きはじめた。


「クソッ！　このままじゃクレオールが……！　二人とも、いけるか？」

「大丈夫だよ。さあ行こっ！」

「ふふー！　正義の前に、悪は滅びるものなのだー！」

　魔導兵は武器を持たず、戦闘の意志も感じられない。なにより素材もとが人類ひとということもあり、先に仕掛けるには抵抗があった。

　しかし仲間たちからの鼓こ舞ぶを受け、エルスは目の前の一体へと斬りかかる。

「うぉぉぉ――ッ！」

「ルォォン……。防衛ガード……」

　かつて相対した〝降こう魔まの杖つえ〟と同じ音こえを発し、魔導兵は前方へ真っ直ぐに腕を伸ばす。直後、エルスの剣は鋼鉄の腕に弾はじかれ、難なく受け流されてしまった！

「チッ……！　こいつら、ニセルの魔ま導どう義ぎ体たいより頑丈みてェだ……！」

「問題ないのだ！　それっ、どーん！」

　ミーファは垂直方向へ跳躍し、空中で斧を振り下ろす。すると斧頭《アクスヘッド》が柄えから外れ、魔導兵へ向かって襲いかかってゆく！

「ォオオン……！　損傷ダメージ……。不能ダウン……」

　鋼鉄はがねの質量によって無む惨ざんに潰され、魔導兵の躰からだからは瘴気と稲妻が迸ほとばしる。やがて不気味に輝いていた目玉も光を失い、そ・れ・は活動を停止した。

　　　　　　　　　　　　　＊

「ほう、ほう。さすがはミーファ王女。我わが輩はいもドワーフの血族として、貴女あなたの活躍を誇りに思いますよ！」

「ドワーフだろうとノームだろうと、ミーは悪人に容よう赦しゃしないのだー！」

　ドワーフ族とエルフ族の間には、ノーム族が誕生する。か・れ・ら・は神への強い信仰心を持つ傾向にあり、聖職者として教会や神殿に身を置く者や、教育者や学者としての立場に就き、生しょう涯がいを研究に捧げる者も多く存在する。

　どうやら目の前のボルモンクにも、ノーム族としての傾向が出ていたようだ。

「結構、結構。我輩とて、ノームの躰からだなど、不本意ですからね。――そう、我輩はさらなる高みへ。〝偉大なる古き神々〟をも越える、創造の神となるのです！」

　ボルモンクは芝居がかったように高笑いをし、徐おもむろに指で音を鳴らす。

「行動開始アクティベート。ただし、まだ専守防衛です！」

「ルォォ……！　攻撃アサルト……！　迎撃インタセプト……！」

　主あるじからの攻撃命令を受け、五体の魔導兵が一いっ斉せいに行動を開始しはじめた。

　魔導兵らの放つ謎の音声と、緩かん慢まんながらも規律ある動作の数々が、この存在の異様さを殊こと更さらに際立たせている。


「なんなんだよ……。コイツらは……！」

　言い知れぬ恐怖にた・じ・ろ・ぐ・エルスをよそに、今度はアリサが前へと飛び出す。

「はぁっ！　せいっ――！」

　一ひと息いきに剣の間合いへ入り、アリサは刃を振り下ろす。しかしエルスの剣と同様に、彼女の強力な一撃さえも、鋼鉄の腕によって軽く受け流されてしまった。

「エンギル――っ！」

　しかし〝二の矢〟を用意していたのか、続いてアリサは光魔法エンギルを解き放つ。空間に生じたリング状の光こう刃じんが、魔導兵へと襲いかかる――！

「オオォッ……！　瘴気放出ミィアズマ……！」

　その音声と共に、魔導兵の周囲に高濃度の瘴気が放出される。その闇色の霧に阻はばまれて、光の刃は掻かき消けされてしまった。


「うーん。どうしよう、だめみたい」

「なんてヤツだ……！　アリサの怪力でも通用しねェのかッ」

　アリサの剣は細身ではあるが、一般的な剣とは比較にならないほどの切れ味と頑丈さを誇っている。それに加え、強きょう靭じんな〝ブリガンド族〟の腕力を乗せた彼女の一撃すらも、魔導兵によって軽くあしらわれてしまったのだ。


「そりゃー！　ずっどーん！　悪よ滅びるのだー！」

　一方、ミーファの方へ目を遣やると――。彼女は次の一体を、見事に撃破したところだった。あの巨大な斧が放つ正義ちからの前には、さすがの耐久力も及ばないらしい。

「俺の力じゃ足りねェ……。それなら魔法でッ！」

　エルスは左手に短杖ワンドを持ち、攻撃用の呪文を唱える。すると彼の詠えい唱しょうに応じるように、杖の先端から緑色の光が放たれはじめた。

「ヴィスト――ッ！」

　風の精霊魔法・ヴィストが発動し、短杖ワンドから風の刃が撃ち出される。緑りょっ光こうの刃は一直線に飛び、正面の魔導兵へと襲いかかる――！

「ォォォ……。損傷ダメージ……。軽微マイナー……」

　少しはダメージがあったのか、鋼鉄製の腕には一本の裂け目が入り、そこから瘴気が漏もれ出している。しかし決定打には、まだ遠く及びそうにもない。

「クッ、足りねェかッ！　ならッ！　次は剣と魔法だッ！」

　エルスは剣に短杖ワンドをかざし、今度は別の呪文を唱える。

「レイフォルス――ッ！」

　炎の精霊魔法・レイフォルスが発動し、エルスの剣が〝炎の魔法剣〟と化した！

「……ほう!?」

　するとエルスの魔法を見て、ボルモンクが思わず感嘆を漏もらした。そんな彼の様子など露つゆ知しらず、エルスは燃えあがる剣を構え、さきほどの魔導兵へと突撃する。

「いくぜェー！　うぉりゃアァ――！」

　気合いと共に、エルスは炎の剣を振り下ろす。魔力の込められた刃は傷ついた腕を斬り落とし、鋼鉄製の躰からだへ深々と食い込んだ！

「ぐぉぉ……!?　かッ、硬かてェ……ッ！」

「ゥルルル……。損傷ダメージ……！　損傷ダメージ……！」

　魔法剣を扱うには、当然ながら筋力や武器の錬れん度ども重要となる。エルスは必死に力を込めるも、残された腕に剣身を掴つかまれ、力任せに押し戻される。

　さらに魔導兵の強力な握力によって、エルスの剣は圧へし折おられてしまった！

「ぐわぁッ……!?　チクショウッ！」

「エルスっ！　はあぁぁ――っ！」

　エルスと敵の距離が離れた隙すきを狙い、アリサが飛び出して剣を振るう。彼女の一撃は鋼鉄に刻まれた傷きず痕あとを正確に狙い、その胴体を両断した！

「ォルルル……。機能停止シャットダウン……。ジジ……」

　断だん末まつ魔まの音声と共に――。
　魔導兵は機能を停止し、瘴気をまき散らしながら崩れ去った。

　　　　　　　　　　　　　＊

「エルス、大丈夫っ？」

「助かったぜ、アリサ！　とは言ッても、ちょっとやべェな……」

　なんとか三体を撃破したものの、すでにエルスは剣を失い、アリサの攻撃もまともには通用しない。ミーファは単独で立ち回っているが、相手に攻撃のパターンを読まれてしまったのか、彼女も少しずつ劣勢に追い込まれている状況だ。


「非常に良い戦いぶりです。とても良い実験体だと褒めて差しあげましょう！」

「へッ！　嬉しかねェな！　じゃあそろそろ、クレオールを放しやがれッ！」

「それはま・だ・出来かねますね。――いや？　待てよ……？」

　何かを思いついたのか、ボルモンクは狂気じみた笑みを浮かべながら、エルスへ向かって白手袋を嵌はめた右手を伸ばす。

「そうですね。次の実験結果次第では、前向きに検討してあげましょうか！」