85 / 105
第2章 ランベルトスの陰謀
第24話 悪意を撒くもの
しおりを挟む
どこかの街の、どこかの裏路地。
物陰に潜む男の背後に、ひとりの少女が近づいた。
『ねえねえ、そこの冴えないオジサン!』
『む? なんですか無礼な! この我輩を誰だと……』
『あはは、だって冴えないテロリストのオジサンでしょ!?』
『テロリス?――ええい小娘! 我輩を愚弄するのも、いい加減にしなさい!』
少女に対し、男は怒る。
それでも少女はケラケラ笑う。
『ほらほら怒んない怒んない! せっかくイイモノ持って来たんだから!――はい、これあげる!』
『なんですか、この汚い本と安物のガラクタは――! これは、まさか……!』
少女が渡した古びた日記。
捲った男は目を見開いた。
『ねっ、気に入った? だから、あたしのお願い聞いて欲しいなぁーって!』
『……願い、だと?』
『うんうん!……ねぇ? メチャクチャにして欲しいの。今度は〝国〟なんてショボいこと言わずに、〝こんな世界まるごと〟を……ねっ!』
少女の瞳が妖しく光る。獲物を逃がさぬ闇色の眼。
恐怖と高揚を感じながら、男は静かに頷いた――。
「――フン、あの小娘め! 思い出すだけで腹立たしい!」
「シシシッ。準備できましたのぜ、博士」
エルスたちが酒場へ着いた頃。
商人ギルドの地下牢には、二人の人物の姿があった。
一人は〝博士〟と呼ばれる男。もう一人はゴブリン族のザグドだ。
「地下に侵入者が居たというのは、確かなのだな?」
「間違いねえです。シシッ! クレオール様まで一緒でしたのぜ」
「見かけないと思っていたら。まぁ良い、あそこは用済みです。しかしシュセンドめ、小賢しい真似を!」
手にした杖で神経質そうに床を突き、博士は紫色の顎ヒゲを撫でる。
そんな主の機嫌を窺うかのように、ザグドは両手を擦り合わせる。よく見ると彼の右手は白く塗装された、金属製の義手となっているようだ。
「博士、計画を急がれた方がよろしいのぜ」
「それを理解しているのなら、早く実行に――いや? やはり待て……」
博士はニヤリと嗤い、静かに地下牢の扉へ忍び寄る。
その扉を勢いよく開け放つと、そこにはクレオールの姿があった!
「――ひっ! あっ……貴方がたは、一体何を企んで……!」
「これはこれはクレオール様。ずっと貴女をお探ししていたのですよ?」
「何をするつもりです! 人を呼びますわよ!?」
「――ザグド」
「シシッ! ブリスデミス――!」
ザグドの闇魔法・ブリスデミスが発動し、クレオールの周囲を紫色の霧が包み込んだ! 毒の霧をまともに吸い、意識を失った彼女はバランスを崩す――。
倒れるクレオールを、博士は素早く抱き止める。
そして彼は、今後の計画を頭の中で練りなおし始めた。
「ふぅむ、このプランでいきましょう。ザグド、この娘も南西の研究所へ運びなさい」
「おや。よろしいので?」
「ええ。くれぐれも、傷などつけぬように」
「イシシッ! 心得ておりますのぜ」
「さて、あの醜い肉塊には手切れの資金と――ついでに、新たな実験台でも都合していただくとしましょうか」
博士はクレオールの耳からイヤリングを外し、彼女のドレスの裾を小さく破り取る。それらを乱暴に握りしめ――彼は眼鏡を光らせながら、邪悪な笑みを浮かべるのだった。
一方、拠点としている酒場まで戻ってきたエルスたち。
早朝から飲まず食わずだった彼らは、本日 最初となる食事を堪能していた。
「あーッ、美味ェ! やっと飯にありつけたぜッ!」
「ふっ。大盟主が戦争を企んでいるという話は、彼女の杞憂だったか」
「だなぁ。でもあの親父さんだ、一筋縄じゃいかねェ気がするぜ」
「うー、怪しいのだ! 野望のことは口を割らなかったのだー!」
戦争への懸念こそ無くなったが、エルスらの読み通り、大盟主が何らかの企みを抱いているのは明白だろう。
「それにランベルトスの大盟主は一人じゃない。他の思惑が絡んでないとも言い切れんさ」
「あっ、盗賊ギルドと暗殺者ギルド?」
「ああ。やはり連中も、ドミナの技術に目をつけていた。だが少なくとも、今回は静観を決めこんでいるようだ」
「そうなのか?」
首を傾げるエルスに対し、ニセルは小さく頷いてみせる。
どうやらニセルは別行動の際、〝古巣〟へ探りを入れていたようだ。街外れにいた男の反応からも、他の支配者級ギルドが絡んでいないことが確認できた。
「それに煙草を買った時に、店の主が言っていた。『ドミナは元締に目をつけられている』、『あそこは人形屋にされる』ってな」
「あっ、人形」
アリサは商人ギルドで見た、少女型の悪趣味な人形たちを思い出す。
大盟主の言葉を信じるのならば、彼の指示とは別に〝商人ギルド〟としての名目で、好き勝手に行動している人物が存在していることになる。
「そうだ。それに元締という呼び方。もしも大盟主を指すのならば、堂々と名前を出すはずだ。この街にとっての〝正義〟だからな」
「正義はー! 絶対なのだー!」
予想どおり〝正義〟という単語にミーファが食いつき、右手のナイフを高々と掲げる。その突き上げられた鋭い刃先が、エルスの頬を僅かに掠めた!
「うおッ、危ねェ! んー、やっぱ〝博士〟だよな……。アイツ、何処かで見た気がすンだよなぁ……」
「ほう、どんな奴だった?」
「確か……。髪が紫で、眼鏡とかも掛けててさ!」
「えっ、それってジニアちゃんじゃ?」
「違ェよ! 間違いなく男だったし、ヒゲも……ああッ!?」
そこまで言いかけたエルスは〝なにか〟に気づく。
そして彼は、隣に座るミーファの冒険バッグに手を突っ込んだ!
「わわっ! ご主人様、こんな所で強引なのだー!」
「悪ィ! やっと思い出したんだ!――あった!」
ミーファのバッグから賞金首の紙束を取り出し、それをエルスはテーブルの上に叩きつける。紙面には眼鏡を掛け、カールした紫色の髪にヒゲ面をした、イヤらしい男の顔が描かれていた。
「やっぱコイツだ! ボルモンク三世ッ!」
「あっ、ほんとだ。そっくりだねぇ」
「おー! やはりミーの読みは正しかったのだ!」
ミーファが狙っていた賞金首・ボルモンク三世。
一時はジニアをそれと勘違いしてしまったが――商人ギルドの裏で暗躍している〝博士〟こそが、手配書に描かれた獲物の正体だった。
エルスは叩きつけた紙を改めて手に取り、裏面に記された罪状を声に出す。
『元・ネーデルタール連合王国貴族・国家反逆』
『ドレムレシス・記憶館襲撃』
『ドラムダ鉱山・窃盗』
『アルティリア・禁足地侵入』
『聖地オルメダ・無許可侵入』
『ノインディア・工房襲撃』
――それらをエルスは一気に読み上げ、乾いた喉を飲料水で潤した。
「ふぅ……多すぎるだろ……。とりあえず、とんでもねェ悪党だッてことか……」
「アルティリア以外は知らない国ばっかりだねぇ」
「ドラムダはミーの国なのだ! 許すまじなのだー!」
「――ふっ。なるほどな」
ニセルは手にしていたグラスを置き、小さく息を漏らす。
「ん? ニセル、何かわかったのか?」
「まあな。そこに挙げられた幾つかの場所には、ある共通点がある。それらは概ね、古代人と関わりの深い場所だ」
特に最後の〝ノインディア・工房襲撃〟の部分。
その場所は まさに古代人である、ドミナの師が営んでいた工房で間違いない。
「えッ? じゃあ、コイツは古代人ッてやつなのか?」
「そこまでは断言できんが、古代人の技術を利用している可能性は高いな」
「あの親父さんが言った〝素晴らしい技術〟ッてのは、それのことか……」
「でもこの人、よく神殿騎士に捕まらなかったねぇ」
アリサは汚らわしそうに手配書を指さしながら、当然の疑問を口にする。
「だよな……。俺だったらすぐにビビッちまうぜ……」
「ランベルトスに限っては〝そういう街〟だからだな。教会を見てみるといい」
ニセルが示した窓の外には、闇の中に煌々と光り輝く教会が浮かんでいる。その建物の大きさは、先ほどまで居た商人ギルドにも引けをとらない。
「つまり金次第ッてことか……」
エルスは呆れたように言い、深い溜息をつく。
丁度その時――酒場の扉が勢いよく開き、血相を変えた様子のドミナが店内に駆け込んできた。
「ニセル君! ザグドが、これを残して……」
ドミナはニセルの元へ走り寄るなり、彼に紙切れのようなものを見せる。
そこには丁寧な字で、〝お世話になりました〟とだけ書かれていた。ニセルは取り乱す彼女を落ち着かせ、さきほど街外れで回収した革袋を出した。
「これは、ウチの魔導義体……。わざと壊して部品を集めてたのかい……」
「ああ。回収元は〝この男〟と、ザグドだ」
「そうかい……。ハハッ、まったく……」
生気が抜けたかのようなドミナに、ニセルは例の手配書を渡す。
それを読むなり彼女は、ある一文に強い反応を示す。
「ノインディア……工房襲撃……?」
「そうだ。おそらくは〝あの家〟だろう」
「なるほどね。この野郎は、師匠の技術を狙ったワケか。ハッ、いい度胸じゃないか!」
先ほどまでの弱々しい様子が嘘のように、ドミナは拳で胸を叩く。
「あたしから助手ばかりか、師匠まで奪おうなんてさ!――エルス!」
「うおッ、俺か!?」
ドミナから突然に名を呼ばれ、エルスは驚いた様子で食器を置く。
「今夜ニセル君を借りるよ! この男をブッ潰すんだろ?」
「えッ、お……おう! 多分そうなると思うぜッ!」
「よしきた。それじゃニセル君、行くよ!」
「ふっ。お手柔らかに頼む」
二人は部品が入った革袋を持ち、慌しく酒場を出ていった。
あとには、呆気にとられた様子のエルスたち三人が残される。
「なんだか凄いね、ドミナさん」
「ふふー! きっと正義の血が騒いだのだー!」
「ニセルのヤツ、大丈夫か……? とりあえず、俺たちはしっかり休んでおくか」
おそらく明日は、とても長い一日になる。
決戦への英気を養うため、三人は早めの床に就くのだった――。
物陰に潜む男の背後に、ひとりの少女が近づいた。
『ねえねえ、そこの冴えないオジサン!』
『む? なんですか無礼な! この我輩を誰だと……』
『あはは、だって冴えないテロリストのオジサンでしょ!?』
『テロリス?――ええい小娘! 我輩を愚弄するのも、いい加減にしなさい!』
少女に対し、男は怒る。
それでも少女はケラケラ笑う。
『ほらほら怒んない怒んない! せっかくイイモノ持って来たんだから!――はい、これあげる!』
『なんですか、この汚い本と安物のガラクタは――! これは、まさか……!』
少女が渡した古びた日記。
捲った男は目を見開いた。
『ねっ、気に入った? だから、あたしのお願い聞いて欲しいなぁーって!』
『……願い、だと?』
『うんうん!……ねぇ? メチャクチャにして欲しいの。今度は〝国〟なんてショボいこと言わずに、〝こんな世界まるごと〟を……ねっ!』
少女の瞳が妖しく光る。獲物を逃がさぬ闇色の眼。
恐怖と高揚を感じながら、男は静かに頷いた――。
「――フン、あの小娘め! 思い出すだけで腹立たしい!」
「シシシッ。準備できましたのぜ、博士」
エルスたちが酒場へ着いた頃。
商人ギルドの地下牢には、二人の人物の姿があった。
一人は〝博士〟と呼ばれる男。もう一人はゴブリン族のザグドだ。
「地下に侵入者が居たというのは、確かなのだな?」
「間違いねえです。シシッ! クレオール様まで一緒でしたのぜ」
「見かけないと思っていたら。まぁ良い、あそこは用済みです。しかしシュセンドめ、小賢しい真似を!」
手にした杖で神経質そうに床を突き、博士は紫色の顎ヒゲを撫でる。
そんな主の機嫌を窺うかのように、ザグドは両手を擦り合わせる。よく見ると彼の右手は白く塗装された、金属製の義手となっているようだ。
「博士、計画を急がれた方がよろしいのぜ」
「それを理解しているのなら、早く実行に――いや? やはり待て……」
博士はニヤリと嗤い、静かに地下牢の扉へ忍び寄る。
その扉を勢いよく開け放つと、そこにはクレオールの姿があった!
「――ひっ! あっ……貴方がたは、一体何を企んで……!」
「これはこれはクレオール様。ずっと貴女をお探ししていたのですよ?」
「何をするつもりです! 人を呼びますわよ!?」
「――ザグド」
「シシッ! ブリスデミス――!」
ザグドの闇魔法・ブリスデミスが発動し、クレオールの周囲を紫色の霧が包み込んだ! 毒の霧をまともに吸い、意識を失った彼女はバランスを崩す――。
倒れるクレオールを、博士は素早く抱き止める。
そして彼は、今後の計画を頭の中で練りなおし始めた。
「ふぅむ、このプランでいきましょう。ザグド、この娘も南西の研究所へ運びなさい」
「おや。よろしいので?」
「ええ。くれぐれも、傷などつけぬように」
「イシシッ! 心得ておりますのぜ」
「さて、あの醜い肉塊には手切れの資金と――ついでに、新たな実験台でも都合していただくとしましょうか」
博士はクレオールの耳からイヤリングを外し、彼女のドレスの裾を小さく破り取る。それらを乱暴に握りしめ――彼は眼鏡を光らせながら、邪悪な笑みを浮かべるのだった。
一方、拠点としている酒場まで戻ってきたエルスたち。
早朝から飲まず食わずだった彼らは、本日 最初となる食事を堪能していた。
「あーッ、美味ェ! やっと飯にありつけたぜッ!」
「ふっ。大盟主が戦争を企んでいるという話は、彼女の杞憂だったか」
「だなぁ。でもあの親父さんだ、一筋縄じゃいかねェ気がするぜ」
「うー、怪しいのだ! 野望のことは口を割らなかったのだー!」
戦争への懸念こそ無くなったが、エルスらの読み通り、大盟主が何らかの企みを抱いているのは明白だろう。
「それにランベルトスの大盟主は一人じゃない。他の思惑が絡んでないとも言い切れんさ」
「あっ、盗賊ギルドと暗殺者ギルド?」
「ああ。やはり連中も、ドミナの技術に目をつけていた。だが少なくとも、今回は静観を決めこんでいるようだ」
「そうなのか?」
首を傾げるエルスに対し、ニセルは小さく頷いてみせる。
どうやらニセルは別行動の際、〝古巣〟へ探りを入れていたようだ。街外れにいた男の反応からも、他の支配者級ギルドが絡んでいないことが確認できた。
「それに煙草を買った時に、店の主が言っていた。『ドミナは元締に目をつけられている』、『あそこは人形屋にされる』ってな」
「あっ、人形」
アリサは商人ギルドで見た、少女型の悪趣味な人形たちを思い出す。
大盟主の言葉を信じるのならば、彼の指示とは別に〝商人ギルド〟としての名目で、好き勝手に行動している人物が存在していることになる。
「そうだ。それに元締という呼び方。もしも大盟主を指すのならば、堂々と名前を出すはずだ。この街にとっての〝正義〟だからな」
「正義はー! 絶対なのだー!」
予想どおり〝正義〟という単語にミーファが食いつき、右手のナイフを高々と掲げる。その突き上げられた鋭い刃先が、エルスの頬を僅かに掠めた!
「うおッ、危ねェ! んー、やっぱ〝博士〟だよな……。アイツ、何処かで見た気がすンだよなぁ……」
「ほう、どんな奴だった?」
「確か……。髪が紫で、眼鏡とかも掛けててさ!」
「えっ、それってジニアちゃんじゃ?」
「違ェよ! 間違いなく男だったし、ヒゲも……ああッ!?」
そこまで言いかけたエルスは〝なにか〟に気づく。
そして彼は、隣に座るミーファの冒険バッグに手を突っ込んだ!
「わわっ! ご主人様、こんな所で強引なのだー!」
「悪ィ! やっと思い出したんだ!――あった!」
ミーファのバッグから賞金首の紙束を取り出し、それをエルスはテーブルの上に叩きつける。紙面には眼鏡を掛け、カールした紫色の髪にヒゲ面をした、イヤらしい男の顔が描かれていた。
「やっぱコイツだ! ボルモンク三世ッ!」
「あっ、ほんとだ。そっくりだねぇ」
「おー! やはりミーの読みは正しかったのだ!」
ミーファが狙っていた賞金首・ボルモンク三世。
一時はジニアをそれと勘違いしてしまったが――商人ギルドの裏で暗躍している〝博士〟こそが、手配書に描かれた獲物の正体だった。
エルスは叩きつけた紙を改めて手に取り、裏面に記された罪状を声に出す。
『元・ネーデルタール連合王国貴族・国家反逆』
『ドレムレシス・記憶館襲撃』
『ドラムダ鉱山・窃盗』
『アルティリア・禁足地侵入』
『聖地オルメダ・無許可侵入』
『ノインディア・工房襲撃』
――それらをエルスは一気に読み上げ、乾いた喉を飲料水で潤した。
「ふぅ……多すぎるだろ……。とりあえず、とんでもねェ悪党だッてことか……」
「アルティリア以外は知らない国ばっかりだねぇ」
「ドラムダはミーの国なのだ! 許すまじなのだー!」
「――ふっ。なるほどな」
ニセルは手にしていたグラスを置き、小さく息を漏らす。
「ん? ニセル、何かわかったのか?」
「まあな。そこに挙げられた幾つかの場所には、ある共通点がある。それらは概ね、古代人と関わりの深い場所だ」
特に最後の〝ノインディア・工房襲撃〟の部分。
その場所は まさに古代人である、ドミナの師が営んでいた工房で間違いない。
「えッ? じゃあ、コイツは古代人ッてやつなのか?」
「そこまでは断言できんが、古代人の技術を利用している可能性は高いな」
「あの親父さんが言った〝素晴らしい技術〟ッてのは、それのことか……」
「でもこの人、よく神殿騎士に捕まらなかったねぇ」
アリサは汚らわしそうに手配書を指さしながら、当然の疑問を口にする。
「だよな……。俺だったらすぐにビビッちまうぜ……」
「ランベルトスに限っては〝そういう街〟だからだな。教会を見てみるといい」
ニセルが示した窓の外には、闇の中に煌々と光り輝く教会が浮かんでいる。その建物の大きさは、先ほどまで居た商人ギルドにも引けをとらない。
「つまり金次第ッてことか……」
エルスは呆れたように言い、深い溜息をつく。
丁度その時――酒場の扉が勢いよく開き、血相を変えた様子のドミナが店内に駆け込んできた。
「ニセル君! ザグドが、これを残して……」
ドミナはニセルの元へ走り寄るなり、彼に紙切れのようなものを見せる。
そこには丁寧な字で、〝お世話になりました〟とだけ書かれていた。ニセルは取り乱す彼女を落ち着かせ、さきほど街外れで回収した革袋を出した。
「これは、ウチの魔導義体……。わざと壊して部品を集めてたのかい……」
「ああ。回収元は〝この男〟と、ザグドだ」
「そうかい……。ハハッ、まったく……」
生気が抜けたかのようなドミナに、ニセルは例の手配書を渡す。
それを読むなり彼女は、ある一文に強い反応を示す。
「ノインディア……工房襲撃……?」
「そうだ。おそらくは〝あの家〟だろう」
「なるほどね。この野郎は、師匠の技術を狙ったワケか。ハッ、いい度胸じゃないか!」
先ほどまでの弱々しい様子が嘘のように、ドミナは拳で胸を叩く。
「あたしから助手ばかりか、師匠まで奪おうなんてさ!――エルス!」
「うおッ、俺か!?」
ドミナから突然に名を呼ばれ、エルスは驚いた様子で食器を置く。
「今夜ニセル君を借りるよ! この男をブッ潰すんだろ?」
「えッ、お……おう! 多分そうなると思うぜッ!」
「よしきた。それじゃニセル君、行くよ!」
「ふっ。お手柔らかに頼む」
二人は部品が入った革袋を持ち、慌しく酒場を出ていった。
あとには、呆気にとられた様子のエルスたち三人が残される。
「なんだか凄いね、ドミナさん」
「ふふー! きっと正義の血が騒いだのだー!」
「ニセルのヤツ、大丈夫か……? とりあえず、俺たちはしっかり休んでおくか」
おそらく明日は、とても長い一日になる。
決戦への英気を養うため、三人は早めの床に就くのだった――。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
石田三成だけど現代社会ふざけんな
実は犬です。
ファンタジー
関ヶ原の戦いで徳川家康に敗れた石田三成。
京都六条河原にて処刑された次の瞬間、彼は21世紀の日本に住む若い夫婦の子供になっていた。
しかし、三成の第二の人生は波乱の幕開けである。
「是非に及ばず」
転生して現代に生まれ出でた瞬間に、混乱極まって信長公の決め台詞をついつい口走ってしまった三成。
結果、母親や助産師など分娩室にいた全員が悲鳴を上げ、挙句は世間すらも騒がせることとなった。
そして、そんな事件から早5年――
石田三成こと『石家光成』も無事に幼稚園児となっていた。
右を見ても左を見ても、摩訶不思議なからくり道具がひしめく現代。
それらに心ときめかせながら、また、現世における新しい家族や幼稚園で知り合った幼い友人らと親交を深めながら、光成は現代社会を必死に生きる。
しかし、戦国の世とは違う現代の風習や人間関係の軋轢も甘くはない。
現代社会における光成の平和な生活は次第に脅かされ、幼稚園の仲間も苦しい状況へと追い込まれる。
大切な仲間を助けるため、そして大切な仲間との平和な生活を守るため。
光成は戦国の世の忌むべき力と共に、闘うことを決意した。
歴史に詳しくない方も是非!(作者もあまり詳しくありません(笑))
私のスローライフはどこに消えた?? 神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!
魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。
なんか旅のお供が増え・・・。
一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。
どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。
R県R市のR大学病院の個室
ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。
ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声
私:[苦しい・・・息が出来ない・・・]
息子A「おふくろ頑張れ・・・」
息子B「おばあちゃん・・・」
息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」
孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」
ピーーーーー
医師「午後14時23分ご臨終です。」
私:[これでやっと楽になれる・・・。]
私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!!
なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、
なぜか攫われて・・・
色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり
事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!!
R15は保険です。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる