ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第2章 ランベルトスの陰謀

第24話 悪意を撒くもの

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 どこかの街の、どこかの裏路地。
 物陰に潜む男の背後に、ひとりの少女が近づいた。

『ねえねえ、そこのえないオジサン!』
『む? なんですか無礼な! このわがはいを誰だと……』
『あはは、だって冴えないテロリストのオジサンでしょ!?』
『テロリス?――ええい小娘! 我輩をろうするのも、いい加減にしなさい!』

 少女に対し、男は怒る。
 それでも少女はケラケラ笑う。

『ほらほら怒んない怒んない! せっかくイイモノ持って来たんだから!――はい、これあげる!』
『なんですか、この汚い本と安物のガラクタは――! これは、まさか……!』

 少女が渡した古びた日記。
 めくった男は目を見開いた。

『ねっ、気に入った? だから、あたしのお願い聞いて欲しいなぁーって!』
『……願い、だと?』
『うんうん!……ねぇ? メチャクチャにして欲しいの。今度は〝国〟なんてショボいこと言わずに、〝こんな世界まるごと〟を……ねっ!』

 少女の瞳があやしく光る。獲物を逃がさぬ闇色の眼。
 恐怖と高揚を感じながら、男は静かにうなずいた――。



「――フン、あの小娘め! 思い出すだけで腹立たしい!」
「シシシッ。準備できましたのぜ、博士はかせ

 エルスたちが酒場へ着いた頃。
 商人ギルドの地下牢には、二人の人物の姿があった。
 一人は〝博士〟と呼ばれる男。もう一人はゴブリン族のザグドだ。

「地下に侵入者が居たというのは、確かなのだな?」
「間違いねえです。シシッ! クレオール様まで一緒でしたのぜ」
「見かけないと思っていたら。まぁい、あそこは用済みです。しかしシュセンドめ、ざかしい真似を!」

 手にしたステッキで神経質そうに床を突き、博士は紫色のあごヒゲをでる。
 そんなあるじの機嫌をうかがうかのように、ザグドは両手をり合わせる。よく見ると彼の右手は白く塗装された、金属製の義手となっているようだ。

「博士、計画を急がれた方がよろしいのぜ」
「それを理解しているのなら、早く実行に――いや? やはり待て……」

 博士はニヤリとわらい、静かに地下牢の扉へ忍び寄る。
 その扉を勢いよく開け放つと、そこにはクレオールの姿があった!

「――ひっ! あっ……貴方あなたがたは、一体何をたくらんで……!」
「これはこれはクレオール様。ずっと貴女あなたをお探ししていたのですよ?」
「何をするつもりです! 人を呼びますわよ!?」
「――ザグド」
「シシッ! ブリスデミス――!」

 ザグドの闇魔法・ブリスデミスが発動し、クレオールの周囲を紫色の霧が包み込んだ! 毒の霧をまともに吸い、意識を失った彼女はバランスをくずす――。

 倒れるクレオールを、博士は素早く抱き止める。
 そして彼は、今後の計画を頭の中で練りなおし始めた。

「ふぅむ、このプランでいきましょう。ザグド、この娘も南西の研究所ラボへ運びなさい」
「おや。よろしいので?」
「ええ。くれぐれも、などつけぬように」
「イシシッ! 心得ておりますのぜ」
「さて、あの醜い肉塊シュセンドには手切れの資金と――ついでに、新たな実験台でも都合していただくとしましょうか」

 博士はクレオールの耳からイヤリングを外し、彼女のドレスのすそを小さく破り取る。それらを乱暴に握りしめ――彼は眼鏡を光らせながら、邪悪な笑みを浮かべるのだった。


 一方、きょてんとしている酒場まで戻ってきたエルスたち。
 早朝から飲まず食わずだった彼らは、本日 最初となる食事を堪能していた。

「あーッ、ェ! やっとメシにありつけたぜッ!」
「ふっ。大盟主プレジデントが戦争を企んでいるという話は、彼女のゆうだったか」
「だなぁ。でもあの親父おやぢさんだ、一筋縄じゃいかねェ気がするぜ」
「うー、怪しいのだ! 野望のことは口を割らなかったのだー!」

 戦争へのねんこそ無くなったが、エルスらの読み通り、大盟主プレジデントが何らかの企みを抱いているのは明白だろう。

「それにランベルトスの大盟主は一人じゃない。ほかの思惑が絡んでないとも言い切れんさ」
「あっ、盗賊ギルドと暗殺者ギルド?」
「ああ。やはり連中も、ドミナの技術に目をつけていた。だが少なくとも、今回は静観を決めこんでいるようだ」
「そうなのか?」

 首をかしげるエルスに対し、ニセルは小さくうなずいてみせる。
 どうやらニセルは別行動の際、〝古巣〟へ探りを入れていたようだ。街外れにいた男の反応からも、他の支配者級ルーラーギルドが絡んでいないことが確認できた。

「それに煙草こいつを買った時に、店のあるじが言っていた。『ドミナはもとじめに目をつけられている』、『あそこは人形屋にされる』ってな」
「あっ、人形」

 アリサは商人ギルドで見た、少女型の悪趣味な人形たちを思い出す。
 大盟主プレジデントの言葉を信じるのならば、彼の指示とは別に〝商人ギルド〟としての名目で、好き勝手に行動している人物が存在していることになる。

「そうだ。それに元締という呼び方。もしも大盟主を指すのならば、堂々と名前を出すはずだ。この街にとっての〝正義〟だからな」
「正義はー! 絶対なのだー!」

 予想どおり〝正義〟という単語にミーファが食いつき、右手のナイフを高々とかかげる。その突き上げられた鋭い刃先が、エルスのほほわずかにかすめた!

「うおッ、危ねェ! んー、やっぱ〝博士〟だよな……。アイツ、何処どっかで見た気がすンだよなぁ……」
「ほう、どんな奴だった?」
「確か……。髪が紫で、眼鏡とかも掛けててさ!」
「えっ、それってジニアちゃんじゃ?」
ちげェよ! 間違いなく男だったし、ヒゲも……ああッ!?」

 そこまで言いかけたエルスは〝なにか〟に気づく。
 そして彼は、隣に座るミーファの冒険バッグに手を突っ込んだ!

「わわっ! ご主人様、こんな所で強引なのだー!」
わりィ! やっと思い出したんだ!――あった!」

 ミーファのバッグから賞金首の紙束リストを取り出し、それをエルスはテーブルの上に叩きつける。紙面には眼鏡を掛け、カールした紫色の髪にヒゲづらをした、イヤらしい男の顔が描かれていた。

「やっぱコイツだ! ボルモンクさんせいッ!」
「あっ、ほんとだ。そっくりだねぇ」
「おー! やはりミーの読みは正しかったのだ!」

 ミーファが狙っていた賞金首・ボルモンク三世。
 一時はジニアをと勘違いしてしまったが――商人ギルドの裏で暗躍している〝博士〟こそが、手配書に描かれた獲物の正体だった。

 エルスは叩きつけた紙を改めて手に取り、裏面に記された罪状を声に出す。

 『元・ネーデルタール連合王国貴族・国家反逆』
 『ドレムレシス・記憶館襲撃』
 『ドラムダ鉱山・窃盗』
 『アルティリア・きんそく侵入』
 『聖地オルメダ・無許可侵入』
 『ノインディア・工房襲撃』

――それらをエルスは一気に読み上げ、乾いた喉を飲料水で潤した。

「ふぅ……多すぎるだろ……。とりあえず、とんでもねェ悪党だッてことか……」
「アルティリア以外は知らない国ばっかりだねぇ」
「ドラムダはミーの国なのだ! 許すまじなのだー!」
「――ふっ。なるほどな」

 ニセルは手にしていたグラスを置き、小さく息をらす。

「ん? ニセル、何かわかったのか?」
「まあな。そこに挙げられたいくつかの場所には、ある共通点がある。それらはおおむね、古代人エインシャントと関わりの深い場所だ」

 特に最後の〝ノインディア・工房襲撃〟の部分。
 その場所は まさに古代人エインシャントである、ドミナの師が営んでいた工房で間違いない。

「えッ? じゃあ、コイツは古代人ッてやつなのか?」
「そこまでは断言できんが、古代人かれら技術ちからを利用している可能性は高いな」
「あの親父おやぢさんが言った〝素晴らしい技術〟ッてのは、のことか……」
「でもこの人、よく神殿騎士に捕まらなかったねぇ」

 アリサは汚らわしそうに手配書を指さしながら、当然の疑問を口にする。

「だよな……。俺だったらすぐにビビッちまうぜ……」
「ランベルトスに限っては〝そういう街〟だからだな。を見てみるといい」

 ニセルが示した窓の外には、闇の中にこうこうと光り輝く教会が浮かんでいる。その建物の大きさは、先ほどまで居た商人ギルドにも引けをとらない。

「つまりカネ次第ッてことか……」

 エルスは呆れたように言い、深いためいきをつく。
 丁度その時――酒場の扉が勢いよく開き、血相を変えた様子のドミナが店内に駆け込んできた。

「ニセル君! ザグドが、これを残して……」

 ドミナはニセルの元へ走り寄るなり、彼に紙切れのようなものを見せる。
 そこには丁寧な字で、〝お世話になりました〟とだけ書かれていた。ニセルは取り乱す彼女を落ち着かせ、さきほど街外れで回収した革袋を出した。

「これは、ウチのどうたい……。わざと壊して部品パーツを集めてたのかい……」
「ああ。回収元は〝この男〟と、ザグドだ」
「そうかい……。ハハッ、まったく……」

 生気が抜けたかのようなドミナに、ニセルは例の手配書を渡す。
 それを読むなり彼女は、ある一文に強い反応を示す。

「ノインディア……工房襲撃……?」
「そうだ。おそらくは〝あの家〟だろう」
「なるほどね。この野郎は、師匠のを狙ったワケか。ハッ、いい度胸じゃないか!」

 先ほどまでの弱々しい様子がうそのように、ドミナは拳で胸を叩く。

「あたしから助手ばかりか、師匠まで奪おうなんてさ!――エルス!」
「うおッ、俺か!?」

 ドミナから突然に名を呼ばれ、エルスは驚いた様子で食器を置く。

「今夜ニセル君を借りるよ! この男をブッツブすんだろ?」
「えッ、お……おう! 多分そうなると思うぜッ!」
「よしきた。それじゃニセル君、行くよ!」
「ふっ。お手柔らかに頼む」

 二人は部品が入った革袋を持ち、あわただしく酒場を出ていった。
 あとには、あっにとられた様子のエルスたち三人が残される。

「なんだか凄いね、ドミナさん」
「ふふー! きっと正義の血が騒いだのだー!」
「ニセルのヤツ、大丈夫か……? とりあえず、俺たちはしっかり休んでおくか」

 おそらく明日は、とても長い一日になる。
 決戦への英気を養うため、三人は早めのとこに就くのだった――。
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