ミストリアンクエスト

幸崎 亮

文字の大きさ
上 下
47 / 105
第1章 ファスティアの冒険者

第46話 いざ決戦へ

しおりを挟む
 盗賊団の根城アジトとなっている、洞窟前の広場。
 こちらの霧もすでに晴れ、木々の隙間からは、太陽ソル陽光ひかりが射し込んでいた。

 決戦を前に、予期せぬ深手を負ったエルスたちは洞窟のかげに身をひそめ、最後の準備を整えていた。

 アリサは留め金の破壊された金属製の胸当てブレストプレートを外し、冒険バッグの中へ仕舞う。そして、代わりに取り出した包帯を、服の上から傷口に巻き始めた――。

 「おまえ、そんなモンまで持って来てたのか? 用意がいいな」
 「うん。わたしの魔法じゃ、いつか力不足になると思って」

 事実――アリサが使える治癒魔法セフィドでは彼女の傷は完治せず、これ以上の回復は不可能だった。それくらいに、アリサが負ったダメージは深い。巻いたばかりの包帯には早くも、赤い染みが広がり始めている――。

 「俺も光魔法が使えりゃなぁ……」
 「仕方ないよ。お互いに、できることを頑張ろっ?」
 「ああ……。そうだな……」

 今回の戦闘で、エルスは心の底から自らの弱さを思い知った。
 なによりも、自分自身の心の弱さを。

 まずは心を鍛えろ――。

 幼い頃に、ロイマンから言われた言葉を思い出す。
 ロイマンは当時から――とうの昔から、エルスの弱点を見抜いていたのだ。

 これまでの魔物との戦いでは、ほぼ二人は無傷だった。
 ――だが、相手がに変わった途端、傷だらけになってしまった。
 思えば、ラァテルとの勝負でも、エルスは傷を受けていた。

 覚悟が足りない――
 まだ足りていない。

 戦う覚悟。殺す覚悟。
 そして――殺される覚悟も。

 エルスとたいした男は、最期の瞬間まで戦意を失わなかった。彼なりの覚悟ができた上で、盗賊としての人生を、けんめいに生き抜いたのだろう。


 「ねぇ、エルス。これ……」
 アリサは何かを差し出す――。

 「――たぶん必要になるんじゃないかな?」

 「うッ……これか……。そうだよな……」

 エルスはアリサから、虹色のすなつぶが入ったビンを受け取る。いつかは〝これ〟とも向き合わなければならない。

 ビンを冒険バッグに入れ、エルスはアリサの顔を見つめる――。

 「ありがとな。今度こそ……覚悟を決めるぜ……」
 「うん。でも、無理しないでね?」

 ニセルは今、単独で洞窟内を偵察している。
 もし二人が「帰りたい」と言えば、一切のとがめもなく、快く帰してくれるだろう。まだ短い付き合いだが、言動や行動の一つ一つから、彼はそういう男だと認識できた。

 「――大丈夫だッ! 絶対に、依頼を成功させてやろうぜッ!」

 エルスは気合いを入れ、軽く体をほぐす。
 少し休んだおかげで、もう体力は充分だ。
 傷もアリサの魔法で完治した。
 魔力の方も問題ない。

 あとは心。覚悟のみ――。


 「――よう、二人とも。準備はできたか?」
 洞窟から出てきたニセルが、小さく手を挙げる。

 「ああッ! もうバッチリさ!」
 「うんっ。頑張るねっ!」

 元気な返事とは裏腹に、アリサの顔色はあまり良くはない。ニセルは彼女の顔をチラリとり、視線をエルスに戻す。

 「ふっ、わかった――。では行くか。二人とも、絶対に死ぬなよ?」

 二人は大きく頷く。
 そして三人は、決戦の地である洞窟の入口へと向かう――。


 「左側の壁に沿って進もう。中央には罠がある。ゆっくりと、一列にな?」

 生徒を引率するような口調で言い、ニセルは洞窟の中へ入ってゆく。
 洞窟は壁面こそゴツゴツした岩ではあるが、人為的に掘られたようにみえる。

 エルス、アリサの順でニセルに続き、洞窟内を静かに進む。
 通路の中央へ目をらすと、細い糸のような線がキラキラと光っているのが見えた。

 「ねぇ、エルス。踏んじゃダメだよ?」
 「いや……。踏まねェから――ッていうか、静かにしようぜ……?」
 「ふっ、この辺りは大丈夫さ。あそこで一旦止まろう」

 ニセルに従い、いっこうは長い通路の突き当たりで立ち止まる。

 ここまで来ると、もう太陽ソルの光は届かないものの、壁には複数のりょくとうが据えつけられ、周囲を明るく照らしている。おそらくは盗品なのだろう。それらの形状やデザインには、様々なものが混じっている。

 そして正面の壁には、複数のクロスボウが入口に向けて設置されており、左右にはさらに奥へと通路が伸びていた――。


 「さっきのを踏むと、コイツに穴だらけにされてたのか……」
 「すごい数だねぇ。これが全部飛んできたら避けられないかも」

 「予備のボルトもあるな。罠として使ったあとは、これを持って侵入者を〝お出迎え〟ってワケだ。破壊して、先に退路を確保しておくぞ」

 説明し終えたニセルは小型の道具を取り出し、罠を解体し始める――。

 「そうだ、エルス。では炎の魔法はやめておけよ? まとめて蒸し焼きになるか、ちっそくしてしまうからな」

 「おッ、おう……わかった。ありがとな、ニセル」

 エルスは林道での失敗を思い出し、ニセルの忠告に感謝を述べる。
 もう、何度も同じ失敗は繰り返せない。

 「まっ、あまり力を入れすぎないようにな?――よし、終わったぞ」

 罠に繋がれていた糸をすべて外し終え――
 ニセルは、手元のクロスボウを二人に見せる。

 「ひとつ持っていくかい?」

 「いや……。俺はいいや。なんか難しそうだし」
 「わたしも。間違えてエルスに刺さっちゃったら、なんかかわいそうだもん」
 「あぁ、そうそう。おまえは自慢の怪力で殴った方が、絶対強ェもんなッ」

 「ふっ。そうか――」

 ニセルは口元をゆるめ、ひとつをマントの下へ忍ばせる。予備のボルトも、さり気なく回収したようだ。

 「では行こう。この道の右手側に扉がある。そこからが本番だ」
 「わかった……。俺は――もう迷わねェ。行こうぜッ」


 洞窟内をさらに奥へと進み――やがて三人の前に、両開きの巨大な扉が現れた。
 扉は丈夫な木製で、枠の部分などが鉄らしき金属で補強されているようだ。

 「デケェ扉だなぁ。この先はどうなってンだ?」
 「うーん。何も聞こえないね」

 アリサは扉に耳を当ててみるが、何も聞こえない。
 ただせいじゃくのみが、洞窟内を支配している。

 道中では、数人の盗賊が首や胸から血を流し、座り込むようにことれていた。おそらくは偵察の際に、ニセルが予め仕留めたのだろう。

 「話し声から察するに、最低でも五人は居るな。ジェイドは、さらに奥だろう」
 「五人か……。さっきより多いな……」
 「ニセルさんすごいねぇ。わたし、全然聞こえないや」

 「まっ、オレの耳は〝特別製〟だからな」

 そう言った彼の左眼が、わずかに輝く――
 その眼も、きっと特別製なのだろう。

 「――ふむ、鍵は掛かっていないな。二人とも、準備はいいか?」
 「ああ、いけるぜッ……」

 エルスはゆっくりと剣を抜く。
 アリサも頷き、細身の剣を抜いた――。

 「よしッ、行くぜッ! 突入だ――ッ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

滅びゆく世界と創世の神々

幸崎 亮
ファンタジー
〝ある異世界の行く末。その植民世界は〝真世界〟たり得るのか?〟 ただ一つの大陸のみが残された、異世界ミストルティア。 偉大なる神々によって創生された、この〝植民世界〟は、今や消滅の危機に瀕していた。 その原因の一端となったのが、ラグナス魔王国によるフレスト聖王国への侵攻だ。 そして敢えなく聖王は討たれ、聖なる玉座は魔王の手に陥ちた。 この危機に際し、聖王国の天才神官長である〝バルド・ダンディ〟は時を操る力を秘める、〝時の宝珠〟を発動させる。これこそが聖王国と世界を救う、たったひとつだけの希望。 この瞬間――。 植民世界ミストルティアの命運は、彼の選択に委ねられた。 <全4話・1万文字(ルビ符号を除く)> 【登場人物紹介】 バルド・ダンディ: フレスト聖王国に仕える神官長。 若くして要職に上りつめた、天才的な男。 ナナ・ロキシス: ラグナス王国出身の若い女性。明るく天真爛漫な性格。 交換留学生として、フレスト聖王国を訪れていた。 イスルド: ナナの恋人。フレスト聖王国の新米騎士。 誰に対しても好意的に接する。人あたりの良い好青年。 ウル・ロキス・ラグナス: ラグナス王国の第一王子。 実妹である第二王女との結婚が決まり、晴れて王位継承者となった。

異世界営生物語

田島久護
ファンタジー
相良仁は高卒でおもちゃ会社に就職し営業部一筋一五年。 ある日出勤すべく向かっていた途中で事故に遭う。 目覚めた先の森から始まる異世界生活。 戸惑いながらも仁は異世界で生き延びる為に営生していきます。 出会う人々と絆を紡いでいく幸せへの物語。

マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~

ふりたけ(振木岳人)
ファンタジー
「……あの子を、シリルの事を頼めるか? ……」  騎士王ボードワンが天使の凶刃に倒れた際、彼は実の息子である王子たちの行く末を案じたのではなく、その後の人類に憂いて、精霊王に「いわくつきの子」を託した。 その名はシリル、名前だけで苗字の無い子。そして騎士王が密かに育てようとしていた子。再び天使が地上人絶滅を目的に攻めて来た際に、彼が生きとし生ける者全ての希望の光となるようにと。  この物語は、剣技にも魔術にもまるで秀でていない「どん底シリル」が、栄光の剣を持って地上に光を与える英雄物語である。

ドグラマ3

小松菜
ファンタジー
悪の秘密結社『ヤゴス』の三幹部は改造人間である。とある目的の為、冷凍睡眠により荒廃した未来の日本で目覚める事となる。 異世界と化した魔境日本で組織再興の為に活動を再開した三人は、今日もモンスターや勇者様一行と悲願達成の為に戦いを繰り広げるのだった。 *前作ドグラマ2の続編です。 毎日更新を目指しています。 ご指摘やご質問があればお気軽にどうぞ。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある中年男性の転生冒険記

うしのまるやき
ファンタジー
中年男性である郡元康(こおりもとやす)は、目が覚めたら見慣れない景色だったことに驚いていたところに、アマデウスと名乗る神が現れ、原因不明で死んでしまったと告げられたが、本人はあっさりと受け入れる。アマデウスの管理する世界はいわゆる定番のファンタジーあふれる世界だった。ひそかに持っていた厨二病の心をくすぐってしまい本人は転生に乗り気に。彼はその世界を楽しもうと期待に胸を膨らませていた。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...