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第1章 ファスティアの冒険者
第29話 寄り添う者と支える者
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過去の記憶を思い出し、呆然と空虚を見つめたまま立ち尽くしているエルス。
アリサは、そんなエルスに近づき、優しく抱きついた。
突然の感触に、エルスは思わず現実へと引き戻される――。
「うわッ!――なッ、なんだよ? こんな所でしがみついても運搬魔法は使えねェぞ?」
「うん。だから一緒に歩いていこ?」
「おまえ――」
慰めているつもりか?――と、言いかけて、エルスは口をつぐむ。
どんな慰めもエルスには必要なく、何の効果も無いことなど、いつも身近にいるアリサならば理解している。こうしているのは、彼女なりの精一杯の気遣いなのだ。
「わかった、もう考えるのはあとだ! とにかく団長の所に行くぜッ」
「うん」
「ありがとな……」
エルスは小さな声で呟き、武具を扱っている露店へ視線を移す。そして人々の波を縫うように横切り、目的の店へと辿り着く――。
「いらっしゃい。武器に防具、薬や魔道具なんかも揃ってるよ」
店主と軽く挨拶を交わしたあと、エルスはボロボロになった剣を素材として売却し、同じタイプの長剣を購入する。この剣は安価な量産品ながら、誰にでも扱いやすく造られており、冒険者の間では初心者から熟練者まで幅広く愛用されている。
「はい、毎度あり。それはそうと、お連れさんの剣、なかなかの代物だね」
「んッ? そうなのか?」
「ああ。見た感じ、剣自体が周囲の魔力素を取り込んで、魔法剣の負担を減らすように造られているな」
突然の解説を始めた店主に、エルスは新しい剣を身に着けながら適当に相槌を打つ。――対して、アリサは嬉しそうに目を輝かせた。
「これでも、武器を扱って長いもんでね。良い武器には自然と、目がいってしまうのさ。魔法剣に特化した武器なんて滅多に出回らないし、大事に使いなよ?」
「はい! ありがとうございますっ」
祖父の作品を褒められたことで気分が良くなったのか、アリサは店頭にあった薬を手に取り、幾つかを購入する。それらの品物を冒険バッグに入れ、彼女は再びエルスと共に大通りを進みはじめる――。
「アリサのジイちゃん、何気にすげェモン造れンだなぁ」
「ドワーフの国だと、有名な職人なんだって。お姉ちゃんの長杖も、おじいちゃんが作ったみたいだし」
「あのヤベェ杖も、そうなのか……」
幼い頃、あの杖でリリィナから何度も教育を受けたことを思い出し、エルスは小さく身震いをした。
広大な〝ドワーフの酒場〟の外周をぐるりと廻り、街外れへと通じる道へ入る。この先が、ファスティア自警団の本部だ。こちら側は市街地として開発されることなく農地のまま残されており、人通りも少ない。
だが、歩きやすくなった反面――
目的地に近づくにつれて、エルスの足取りが次第に重くなる。
「あっ、見えてきたよ? ほら、あそこに団長さんも居るみたい」
エルスの腕を引きながら、アリサは石造りの無骨な建物を指さす。二階建ての建物の前では、自警団長カダンが大柄な人物と話をしているようだ。
「げえッ! 団長の横の……アレって……」
カダンとやり取りを交わす騎士の姿を見るや、エルスの顔は見る間に青ざめる――。
大柄な体躯は白銀色の全身鎧に覆われ、人相も・性別も・種族さえも窺い知ることはできない。その異様な出で立ちに加え、盾に刻まれた〝ミルセリア大神殿〟の紋章と、腰に携えた聖剣ミルセリオンが、神々しくも威圧的な輝きを放っている。
「しッ……神殿騎士じゃねェか……」
神殿騎士は大神殿により世界中の街に配置され、永き眠りについた再世神に代わって〝神の定めし法と秩序〟を犯した者を裁く権限を持つ。
神の直属の使徒とされ、たとえ一国の王であっても逆らうことは許されない。この世界における絶対的な秩序の番人。それが神殿騎士だ――。
「うーん、なに話してるんだろ? ここからじゃわからないね」
「まさか俺を……? 捕まえる気じゃ……」
隣の敷地は自警団員たちの訓練所になっており、数人の男たちが素振りや模擬戦などのトレーニングを行っている。
エルスが立ち竦んでいると、神殿騎士は踵を返し、こちらへと歩き始めた――!
「うぐッ……」
重い金属音と共に迫る威圧感に、エルスは思わず跳び退く。だが、神殿騎士はエルスを一瞥することもなく、ゆっくりと通り過ぎていった。
「団長さんに用があっただけみたいだね」
「だッ……だなッ! ふぅ、人生終わったかと思ったぜ……」
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
アリサは、すっかり腰が引けてしまったエルスの腕を強く引っ張る――。
「自首しに来たんじゃないんだから。ほら、行こっ?」
「わかったから引っ張ンなッて!――ふぅーッ……よしッ! 行くぞッ!」
まるで絶望的な戦いに赴くかのように。エルスは剣の柄を握り、冷や汗を拭う。そして自警団本部へ向かって、ぎこちなく歩きはじめた――。
アリサは、そんなエルスに近づき、優しく抱きついた。
突然の感触に、エルスは思わず現実へと引き戻される――。
「うわッ!――なッ、なんだよ? こんな所でしがみついても運搬魔法は使えねェぞ?」
「うん。だから一緒に歩いていこ?」
「おまえ――」
慰めているつもりか?――と、言いかけて、エルスは口をつぐむ。
どんな慰めもエルスには必要なく、何の効果も無いことなど、いつも身近にいるアリサならば理解している。こうしているのは、彼女なりの精一杯の気遣いなのだ。
「わかった、もう考えるのはあとだ! とにかく団長の所に行くぜッ」
「うん」
「ありがとな……」
エルスは小さな声で呟き、武具を扱っている露店へ視線を移す。そして人々の波を縫うように横切り、目的の店へと辿り着く――。
「いらっしゃい。武器に防具、薬や魔道具なんかも揃ってるよ」
店主と軽く挨拶を交わしたあと、エルスはボロボロになった剣を素材として売却し、同じタイプの長剣を購入する。この剣は安価な量産品ながら、誰にでも扱いやすく造られており、冒険者の間では初心者から熟練者まで幅広く愛用されている。
「はい、毎度あり。それはそうと、お連れさんの剣、なかなかの代物だね」
「んッ? そうなのか?」
「ああ。見た感じ、剣自体が周囲の魔力素を取り込んで、魔法剣の負担を減らすように造られているな」
突然の解説を始めた店主に、エルスは新しい剣を身に着けながら適当に相槌を打つ。――対して、アリサは嬉しそうに目を輝かせた。
「これでも、武器を扱って長いもんでね。良い武器には自然と、目がいってしまうのさ。魔法剣に特化した武器なんて滅多に出回らないし、大事に使いなよ?」
「はい! ありがとうございますっ」
祖父の作品を褒められたことで気分が良くなったのか、アリサは店頭にあった薬を手に取り、幾つかを購入する。それらの品物を冒険バッグに入れ、彼女は再びエルスと共に大通りを進みはじめる――。
「アリサのジイちゃん、何気にすげェモン造れンだなぁ」
「ドワーフの国だと、有名な職人なんだって。お姉ちゃんの長杖も、おじいちゃんが作ったみたいだし」
「あのヤベェ杖も、そうなのか……」
幼い頃、あの杖でリリィナから何度も教育を受けたことを思い出し、エルスは小さく身震いをした。
広大な〝ドワーフの酒場〟の外周をぐるりと廻り、街外れへと通じる道へ入る。この先が、ファスティア自警団の本部だ。こちら側は市街地として開発されることなく農地のまま残されており、人通りも少ない。
だが、歩きやすくなった反面――
目的地に近づくにつれて、エルスの足取りが次第に重くなる。
「あっ、見えてきたよ? ほら、あそこに団長さんも居るみたい」
エルスの腕を引きながら、アリサは石造りの無骨な建物を指さす。二階建ての建物の前では、自警団長カダンが大柄な人物と話をしているようだ。
「げえッ! 団長の横の……アレって……」
カダンとやり取りを交わす騎士の姿を見るや、エルスの顔は見る間に青ざめる――。
大柄な体躯は白銀色の全身鎧に覆われ、人相も・性別も・種族さえも窺い知ることはできない。その異様な出で立ちに加え、盾に刻まれた〝ミルセリア大神殿〟の紋章と、腰に携えた聖剣ミルセリオンが、神々しくも威圧的な輝きを放っている。
「しッ……神殿騎士じゃねェか……」
神殿騎士は大神殿により世界中の街に配置され、永き眠りについた再世神に代わって〝神の定めし法と秩序〟を犯した者を裁く権限を持つ。
神の直属の使徒とされ、たとえ一国の王であっても逆らうことは許されない。この世界における絶対的な秩序の番人。それが神殿騎士だ――。
「うーん、なに話してるんだろ? ここからじゃわからないね」
「まさか俺を……? 捕まえる気じゃ……」
隣の敷地は自警団員たちの訓練所になっており、数人の男たちが素振りや模擬戦などのトレーニングを行っている。
エルスが立ち竦んでいると、神殿騎士は踵を返し、こちらへと歩き始めた――!
「うぐッ……」
重い金属音と共に迫る威圧感に、エルスは思わず跳び退く。だが、神殿騎士はエルスを一瞥することもなく、ゆっくりと通り過ぎていった。
「団長さんに用があっただけみたいだね」
「だッ……だなッ! ふぅ、人生終わったかと思ったぜ……」
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
アリサは、すっかり腰が引けてしまったエルスの腕を強く引っ張る――。
「自首しに来たんじゃないんだから。ほら、行こっ?」
「わかったから引っ張ンなッて!――ふぅーッ……よしッ! 行くぞッ!」
まるで絶望的な戦いに赴くかのように。エルスは剣の柄を握り、冷や汗を拭う。そして自警団本部へ向かって、ぎこちなく歩きはじめた――。
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