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第1章 ファスティアの冒険者
第21話 闇の夜空に封じられし心
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自警団からの依頼を、無事に完了させた冒険者たち。彼らは街で祝杯を挙げるべく帰路につき始め、〝はじまりの遺跡〟に残った者も、すでに疎らとなっていた。
「私はもう少し、ここで治療を手伝ってから帰るわね。あとでエルスに渡したい物があるの。宿で待っててちょうだい?」
リリィナは未だ残っている負傷者たちに、治癒魔法を施しながら言う。
魔法を使うことで消耗した魔力は、周囲の魔力素が体内に取り込まれることで回復する。そのため、魔力素濃度の低い遺跡内では並みの冒険者や魔術士では魔力の回復が追いつかず、ほぼ彼女が一人で治療を行なっていた。
「そうか……。考えてみたら、今から歩いて帰るンだよな……」
「来る時は魔法で〝びゅーん〟だったもんね。エルス、あれできない?」
「一応やり方は見てたし、やれなくはねェけどよ。アレは万全だったとしても、今の俺にはキツイぞ……」
「仕方ないわね。――はい、これ。エルスなら使えるわね?」
リリィナは溜息をつきながら、透き通った緑色の石をエルスに差し出す。石を見たエルスは、まるで怯えるかのように血相を変えた。
「げッ!? それは、風の精霊石か……?」
「安心なさい。属性は風に限定されているし、間違っても暴走しないわ」
「やったぁ。じゃあエルス、早く帰って美味しい物食べよう?」
「わッ、わかったよ! チクショウ……この二人が揃うと、いつもこれだッ……」
エルスは渋々ながら、風の精霊石をリリィナから受け取る。彼女は満足そうに微笑むと、上品な足取りで奥の救護室へと去っていった。
「お二方! 今から、お帰りですかな?」
帰り支度をはじめていたエルスとアリサの元へ、カダンが近づいて声をかけてきた。彼は忙しなく動き回っていたのか、額に汗が滲んでいるのが見てとれる。
「ああッ! 団長は、まだ残ンのか?」
「この異変の調査が、我らの任務ですので! 今から現場へ行き、これの正体も確かめねば!」
カダンは手にした二本の棒切れを、旗のように振ってみせる。黒い石質をしたそれには焦げたような断面があり、赤黒い汚れが全体的に付着しているようだ。
「そうそう、大事なことを忘れるところでした! 報酬は明日お支払いしますので、自警団本部までご足労頂けると幸いです!」
「わかった! じゃあ団長も気をつけてなッ!」
二人にアルティリア制式の敬礼を決め、カダンは数人の団員らと共に扉の中へと入っていった。魔物の巣窟だった〝あの奥〟も、しばらくの間は平穏が訪れるだろう。
カダンらを見送ったエルスは、何か引っかかるものを感じたのだが――。
まだその正体を、ハッキリとは把握できない。
「エルス、さっき団長さんが持ってたのって、なんか見たことあるような?」
「うーん……。なんか、俺もそんな気が……」
「とりあえず、わたしたちも帰ろっか。お腹空いたし」
「だなッ!――ッて、まだ俺には一仕事あるんだったぜ……」
エルスは深く息をを吐き、リリィナから手渡された小さな石を取り出した。これは術者の契約した精霊の力を増幅する、いわば〝守護符〟の一種だ。
魔法を扱う者にとっては極めて貴重な品であるそれだが、エルスにとっては恐怖にも似た、別の意味をもっていた。
遺跡から出たエルスは人気が無いことを確認し、静かに呼吸を整える。そんな彼の背中に、アリサがピッタリと貼りついた。
「失敗しても恨まないでくれよ……?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが危ないもの渡すとは思えないし」
「……リリィナのヤツ、俺とアリサじゃ態度を変えやがンだよ……」
エルスは風の精霊石を握りしめ、静かに石へと念を込める。続けて増幅の言葉と風の呪文を唱えると――次第に、彼の銀髪と瞳が緑色の光を帯びはじめた。
「我が風の力よ、此処に顕現せよッ! マフレイト――ッ!」
風の精霊魔法・マフレイトが発動し、エルスの足元に緑色の魔法陣が浮かぶ。
同時に風の結界が二人を包み込み、わずかに地面から浮上させた。
そして二人を乗せた結界はファスティアの方角へ向け、高速で飛行を開始する!
「わぁ! すごいねエルスっ――速い速いっ!」
高速で過ぎ去って行く景色を眺めながら、アリサは嬉しそうに声をあげる。エルスが生み出した結界は小さく、アリサは彼の背中に密着しなければ収まりきれないほどに狭い。それでも速度は申し分なく、すぐに街まで戻れるだろう。
「あ……危ねェから、あんまり話しかけンなよッ!? 今日見たばっかの高位魔法を、いきなり使ってンだから……」
震えるエルスの腰にしがみつきながら、アリサは暗黒の夜空を見上げる。
太陽は月へと姿を変え、柔らかな銀光を地上へ降らせている。その光に反応し、濃度の高い上空の魔力素が星々の如く、キラキラと輝きを放っていた。
「よく見ると綺麗だよねぇ。夜空って」
「いッ……いつも、見てるじゃねェかッ……」
「うん。でも、いつもはゆっくりと見てられないから。今は特別なの」
「よッ……よくわからねェけどッ……。危ねェから……、黙ってしがみついてろよなッ……!」
アリサは小さく「うん」と呟き、エルスの背中を見つめながら静かに微笑む。
そんな彼女の眼から涙が零れていたことを、今のエルスは知る由もなかった――。
「私はもう少し、ここで治療を手伝ってから帰るわね。あとでエルスに渡したい物があるの。宿で待っててちょうだい?」
リリィナは未だ残っている負傷者たちに、治癒魔法を施しながら言う。
魔法を使うことで消耗した魔力は、周囲の魔力素が体内に取り込まれることで回復する。そのため、魔力素濃度の低い遺跡内では並みの冒険者や魔術士では魔力の回復が追いつかず、ほぼ彼女が一人で治療を行なっていた。
「そうか……。考えてみたら、今から歩いて帰るンだよな……」
「来る時は魔法で〝びゅーん〟だったもんね。エルス、あれできない?」
「一応やり方は見てたし、やれなくはねェけどよ。アレは万全だったとしても、今の俺にはキツイぞ……」
「仕方ないわね。――はい、これ。エルスなら使えるわね?」
リリィナは溜息をつきながら、透き通った緑色の石をエルスに差し出す。石を見たエルスは、まるで怯えるかのように血相を変えた。
「げッ!? それは、風の精霊石か……?」
「安心なさい。属性は風に限定されているし、間違っても暴走しないわ」
「やったぁ。じゃあエルス、早く帰って美味しい物食べよう?」
「わッ、わかったよ! チクショウ……この二人が揃うと、いつもこれだッ……」
エルスは渋々ながら、風の精霊石をリリィナから受け取る。彼女は満足そうに微笑むと、上品な足取りで奥の救護室へと去っていった。
「お二方! 今から、お帰りですかな?」
帰り支度をはじめていたエルスとアリサの元へ、カダンが近づいて声をかけてきた。彼は忙しなく動き回っていたのか、額に汗が滲んでいるのが見てとれる。
「ああッ! 団長は、まだ残ンのか?」
「この異変の調査が、我らの任務ですので! 今から現場へ行き、これの正体も確かめねば!」
カダンは手にした二本の棒切れを、旗のように振ってみせる。黒い石質をしたそれには焦げたような断面があり、赤黒い汚れが全体的に付着しているようだ。
「そうそう、大事なことを忘れるところでした! 報酬は明日お支払いしますので、自警団本部までご足労頂けると幸いです!」
「わかった! じゃあ団長も気をつけてなッ!」
二人にアルティリア制式の敬礼を決め、カダンは数人の団員らと共に扉の中へと入っていった。魔物の巣窟だった〝あの奥〟も、しばらくの間は平穏が訪れるだろう。
カダンらを見送ったエルスは、何か引っかかるものを感じたのだが――。
まだその正体を、ハッキリとは把握できない。
「エルス、さっき団長さんが持ってたのって、なんか見たことあるような?」
「うーん……。なんか、俺もそんな気が……」
「とりあえず、わたしたちも帰ろっか。お腹空いたし」
「だなッ!――ッて、まだ俺には一仕事あるんだったぜ……」
エルスは深く息をを吐き、リリィナから手渡された小さな石を取り出した。これは術者の契約した精霊の力を増幅する、いわば〝守護符〟の一種だ。
魔法を扱う者にとっては極めて貴重な品であるそれだが、エルスにとっては恐怖にも似た、別の意味をもっていた。
遺跡から出たエルスは人気が無いことを確認し、静かに呼吸を整える。そんな彼の背中に、アリサがピッタリと貼りついた。
「失敗しても恨まないでくれよ……?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが危ないもの渡すとは思えないし」
「……リリィナのヤツ、俺とアリサじゃ態度を変えやがンだよ……」
エルスは風の精霊石を握りしめ、静かに石へと念を込める。続けて増幅の言葉と風の呪文を唱えると――次第に、彼の銀髪と瞳が緑色の光を帯びはじめた。
「我が風の力よ、此処に顕現せよッ! マフレイト――ッ!」
風の精霊魔法・マフレイトが発動し、エルスの足元に緑色の魔法陣が浮かぶ。
同時に風の結界が二人を包み込み、わずかに地面から浮上させた。
そして二人を乗せた結界はファスティアの方角へ向け、高速で飛行を開始する!
「わぁ! すごいねエルスっ――速い速いっ!」
高速で過ぎ去って行く景色を眺めながら、アリサは嬉しそうに声をあげる。エルスが生み出した結界は小さく、アリサは彼の背中に密着しなければ収まりきれないほどに狭い。それでも速度は申し分なく、すぐに街まで戻れるだろう。
「あ……危ねェから、あんまり話しかけンなよッ!? 今日見たばっかの高位魔法を、いきなり使ってンだから……」
震えるエルスの腰にしがみつきながら、アリサは暗黒の夜空を見上げる。
太陽は月へと姿を変え、柔らかな銀光を地上へ降らせている。その光に反応し、濃度の高い上空の魔力素が星々の如く、キラキラと輝きを放っていた。
「よく見ると綺麗だよねぇ。夜空って」
「いッ……いつも、見てるじゃねェかッ……」
「うん。でも、いつもはゆっくりと見てられないから。今は特別なの」
「よッ……よくわからねェけどッ……。危ねェから……、黙ってしがみついてろよなッ……!」
アリサは小さく「うん」と呟き、エルスの背中を見つめながら静かに微笑む。
そんな彼女の眼から涙が零れていたことを、今のエルスは知る由もなかった――。
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