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第1章 ファスティアの冒険者
第20話 クエストクリア
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はじめてとなる激戦を、無事に乗り切ることができたエルスとアリサ。疲労し、体力や魔力素を消耗した二人ではあるが、しばらく休めば問題なく回復するだろう。
アリサは先ほどから、怪我人の治療を行うリリィナの姿を、憧れの目で見つめている。エルスは冷たい石の床に座り、退屈そうに周囲を見回した。
この部屋の壁や柱、天井などはヒビ割れ、所々が大きく崩れている。風化した滑らかな断面を見るに、今回の異変の遥か以前から、このような状態だったようだ。
「団長、遅っせェなぁ。俺たちも行ってみるか?」
「うーん。『休息を!』って言われたし、勝手に動かない方がいいんじゃないかなぁ。もし迷惑かけるといけないし、言われたとおり休もう?」
アリサはリリィナに視線を向けたまま、そうエルスに答える。
暇を持て余したエルスは手持ち無沙汰に、冷たい床の上へ手を滑らせている。すると、所々に窪みのような、指先の感触が違う部分があることに気がついた。
エルスはなんとなくそれが気になり、窪みに溜まった土埃を手で掃う。
すると石床の上に、〝MYSTLIA〟という形が浮かび上がった。
「なんだこれ? 神聖文字っぽいけど……。俺、これ苦手なんだよなぁ。アリサ、これ読めるか?」
エルスはアリサの太腿を軽くつつき、立っている彼女に問いかける。それに反応したアリサは隣にしゃがみ込み、彼の指先へ視線を移した。
「うーん、なんだっけ? どこかで見たような気がするけど……」
「これは〝ミストリア〟ね。神聖文字で、そう書いてあるわ」
いつの間に近づいたのか。
リリィナが二人の背後から、優しげな顔を覗かせていた。
「ミストリア? あぁ、創生神だか再世神だかの名前だっけ……」
「ええ、そうよ。基本的にミストリアといえば、再世神さまを指すわ」
「これ、そう読むんだ? 物知りだなぁ、お姉ちゃん!」
リリィナに煌く眼差しを向けるアリサに対し、エルスは再び床へと視線を戻す。
「……そういえば、なんで遺跡ってボロボロなんだ? 俺の家みてェに、魔王にブッ壊されたのか?」
何らかの理由で破壊されたとしても〝霧〟によって修復されるはず。
エルスはリリィナに向け、〝当たり前〟の疑問を口にした。
「確かに、そういう場所もあるけれど。いま現在、再世紀において遺跡となっている場所には、ずっと霧が出ていないのよ」
「言われてみれば確かに、ここって魔力素も少ねェし、何か息苦しいよな」
「そうなの? 大丈夫? エルス」
アリサは心配そうに、エルスへと視線を移す。
しかし彼は床に目を落としたまま、何やらブツブツと呟いている。
「……霧が出ねェから遺跡になる……霧が出ねェから魔力素が少ない……」
エルスは引き込まれるように、床の文字へと指を這わせる。リリィナはアリサの頭を優しく撫でながら、座り込んだままのエルスを軽く睨んだ。
「珍しく熱心ね、エルス? 遺跡に興味があるのなら、研究者になってみる?」
「へッ! ちょっと気になっただけさ! それに……」
そんなことは「時間の無駄だ」と言いかけ、エルスは思わず口をつぐむ。
「それに?」
「いや……。俺には魔王を……。あの魔王メルギアスを倒すッて目的があるし、そんな余裕なんかねェよ……」
「エルス。メルギアスは、もう――」
リリィナがそう言いかけた時。
不意に拠点広間の方向から、カダンの大声が響き渡った。
「皆さんッ! 勇者殿が! ロイマン殿が! やってくれましたぞぉぉ!」
戻ってきたカダンからの吉報に、冒険者たちからは歓声が上げる。
高く掲げられた彼の手には、何やら黒い棒きれが握られているようだ。エルスも詳細を知るべく、一目散にカダンの元へと駆け寄ってゆく。
「団長ッ! それで、ロイマンは?」
「おお、エルス殿! 勇者殿は王都へ向かわれました! 今日中に辿り着きたいとのことで!」
「そうなのか……。追いかけたい気もするけど、王都は俺らが来た方角だしなぁ」
エルスは考え込むように、自身の顎に拳を当てる。
そんな彼の両肩を、カダンが大きな両手でガッシリと掴んだ。
「それよりも! 実はロイマン殿が動いてくださったのは、エルス殿のおかげなのですよ!」
「はぁッ? な、何でだよッ!?」
カダンいわく。彼が勇者への報酬を訊ねたところ「エルスに免じて無料で良い」との返答を貰ったとのこと。これは戦力面以上に〝財政面〟に問題を抱えている自警団にとって、まさに願ったり叶ったりな言葉だった。
「いやぁ! 流石は、ロイマン殿ご推薦の冒険者ですな!」
カダンは興奮した様子で大喜びし、今度はエルスの手を掴んで上下に振ってみせる。予想外の結果に驚く彼に対し、周囲の冒険者たちからは口々に、エルスへの称賛の声が上がりはじめていた。
「おいおい、すげぇな! あのニイちゃん!」
「ありゃ昼間、酒場で大暴れしてた冒険者か? 勇気あるな!」
「あのロイマンを動かしちまうとは、大したモンだ!」
日中の酒場で浴びた嘲笑との温度差に、しばし唖然となるエルス。そんな彼の元へ、アリサとリリィナが遅れてやってきた。
「エルスの頑張りが通じたんだよ。きっと」
「そう……なのか? よくわからねェな……」
「あの団長の言う通りなら、あなたの行動が〝勇者〟の心に響いたのでしょうね」
未だ冷めやらぬ称賛の大合唱。
しかし当のエルスとしては、この結果に納得できない部分も多い。
リリィナは戸惑う彼の背中にそっと触れながら、さらに言葉を続ける。
「ほら、人々からの称賛に応えることも〝勇者の責任〟よ? あなたも魔王を倒し、いずれ勇者となるのなら――今は、彼らに応えてあげなさい?」
「勇者の……責任……? ええいッ! まぁいいやッ!」
エルスは意を決し、冒険者らの前へと一歩進み出た。
そして高らかに拳を突き上げ、自分なりの労いの言葉を叫ぶ。
「みんなッ! お疲れさんッ! 今日は美味い飯でも食って、思い切り寝ようぜェ!」
「ウム! あとの処理は自警団にお任せを! 皆様、ご協力ありがとうございました! 今宵はパーっと、祝杯を挙げましょう!」
依頼の完了を告げる宣言に、周囲の冒険者たちからは大きな歓声が巻きおこる。その大歓声は暫くの間、〝はじまりの遺跡〟を揺らさんとばかりに響き渡るのだった。
アリサは先ほどから、怪我人の治療を行うリリィナの姿を、憧れの目で見つめている。エルスは冷たい石の床に座り、退屈そうに周囲を見回した。
この部屋の壁や柱、天井などはヒビ割れ、所々が大きく崩れている。風化した滑らかな断面を見るに、今回の異変の遥か以前から、このような状態だったようだ。
「団長、遅っせェなぁ。俺たちも行ってみるか?」
「うーん。『休息を!』って言われたし、勝手に動かない方がいいんじゃないかなぁ。もし迷惑かけるといけないし、言われたとおり休もう?」
アリサはリリィナに視線を向けたまま、そうエルスに答える。
暇を持て余したエルスは手持ち無沙汰に、冷たい床の上へ手を滑らせている。すると、所々に窪みのような、指先の感触が違う部分があることに気がついた。
エルスはなんとなくそれが気になり、窪みに溜まった土埃を手で掃う。
すると石床の上に、〝MYSTLIA〟という形が浮かび上がった。
「なんだこれ? 神聖文字っぽいけど……。俺、これ苦手なんだよなぁ。アリサ、これ読めるか?」
エルスはアリサの太腿を軽くつつき、立っている彼女に問いかける。それに反応したアリサは隣にしゃがみ込み、彼の指先へ視線を移した。
「うーん、なんだっけ? どこかで見たような気がするけど……」
「これは〝ミストリア〟ね。神聖文字で、そう書いてあるわ」
いつの間に近づいたのか。
リリィナが二人の背後から、優しげな顔を覗かせていた。
「ミストリア? あぁ、創生神だか再世神だかの名前だっけ……」
「ええ、そうよ。基本的にミストリアといえば、再世神さまを指すわ」
「これ、そう読むんだ? 物知りだなぁ、お姉ちゃん!」
リリィナに煌く眼差しを向けるアリサに対し、エルスは再び床へと視線を戻す。
「……そういえば、なんで遺跡ってボロボロなんだ? 俺の家みてェに、魔王にブッ壊されたのか?」
何らかの理由で破壊されたとしても〝霧〟によって修復されるはず。
エルスはリリィナに向け、〝当たり前〟の疑問を口にした。
「確かに、そういう場所もあるけれど。いま現在、再世紀において遺跡となっている場所には、ずっと霧が出ていないのよ」
「言われてみれば確かに、ここって魔力素も少ねェし、何か息苦しいよな」
「そうなの? 大丈夫? エルス」
アリサは心配そうに、エルスへと視線を移す。
しかし彼は床に目を落としたまま、何やらブツブツと呟いている。
「……霧が出ねェから遺跡になる……霧が出ねェから魔力素が少ない……」
エルスは引き込まれるように、床の文字へと指を這わせる。リリィナはアリサの頭を優しく撫でながら、座り込んだままのエルスを軽く睨んだ。
「珍しく熱心ね、エルス? 遺跡に興味があるのなら、研究者になってみる?」
「へッ! ちょっと気になっただけさ! それに……」
そんなことは「時間の無駄だ」と言いかけ、エルスは思わず口をつぐむ。
「それに?」
「いや……。俺には魔王を……。あの魔王メルギアスを倒すッて目的があるし、そんな余裕なんかねェよ……」
「エルス。メルギアスは、もう――」
リリィナがそう言いかけた時。
不意に拠点広間の方向から、カダンの大声が響き渡った。
「皆さんッ! 勇者殿が! ロイマン殿が! やってくれましたぞぉぉ!」
戻ってきたカダンからの吉報に、冒険者たちからは歓声が上げる。
高く掲げられた彼の手には、何やら黒い棒きれが握られているようだ。エルスも詳細を知るべく、一目散にカダンの元へと駆け寄ってゆく。
「団長ッ! それで、ロイマンは?」
「おお、エルス殿! 勇者殿は王都へ向かわれました! 今日中に辿り着きたいとのことで!」
「そうなのか……。追いかけたい気もするけど、王都は俺らが来た方角だしなぁ」
エルスは考え込むように、自身の顎に拳を当てる。
そんな彼の両肩を、カダンが大きな両手でガッシリと掴んだ。
「それよりも! 実はロイマン殿が動いてくださったのは、エルス殿のおかげなのですよ!」
「はぁッ? な、何でだよッ!?」
カダンいわく。彼が勇者への報酬を訊ねたところ「エルスに免じて無料で良い」との返答を貰ったとのこと。これは戦力面以上に〝財政面〟に問題を抱えている自警団にとって、まさに願ったり叶ったりな言葉だった。
「いやぁ! 流石は、ロイマン殿ご推薦の冒険者ですな!」
カダンは興奮した様子で大喜びし、今度はエルスの手を掴んで上下に振ってみせる。予想外の結果に驚く彼に対し、周囲の冒険者たちからは口々に、エルスへの称賛の声が上がりはじめていた。
「おいおい、すげぇな! あのニイちゃん!」
「ありゃ昼間、酒場で大暴れしてた冒険者か? 勇気あるな!」
「あのロイマンを動かしちまうとは、大したモンだ!」
日中の酒場で浴びた嘲笑との温度差に、しばし唖然となるエルス。そんな彼の元へ、アリサとリリィナが遅れてやってきた。
「エルスの頑張りが通じたんだよ。きっと」
「そう……なのか? よくわからねェな……」
「あの団長の言う通りなら、あなたの行動が〝勇者〟の心に響いたのでしょうね」
未だ冷めやらぬ称賛の大合唱。
しかし当のエルスとしては、この結果に納得できない部分も多い。
リリィナは戸惑う彼の背中にそっと触れながら、さらに言葉を続ける。
「ほら、人々からの称賛に応えることも〝勇者の責任〟よ? あなたも魔王を倒し、いずれ勇者となるのなら――今は、彼らに応えてあげなさい?」
「勇者の……責任……? ええいッ! まぁいいやッ!」
エルスは意を決し、冒険者らの前へと一歩進み出た。
そして高らかに拳を突き上げ、自分なりの労いの言葉を叫ぶ。
「みんなッ! お疲れさんッ! 今日は美味い飯でも食って、思い切り寝ようぜェ!」
「ウム! あとの処理は自警団にお任せを! 皆様、ご協力ありがとうございました! 今宵はパーっと、祝杯を挙げましょう!」
依頼の完了を告げる宣言に、周囲の冒険者たちからは大きな歓声が巻きおこる。その大歓声は暫くの間、〝はじまりの遺跡〟を揺らさんとばかりに響き渡るのだった。
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