ミストリアンエイジ

Ｂルート：金髪の少年の伝説

第60話 最後の晩餐

　魔王を〝烙らく印いん〟へと封印するための切り札、光の聖剣〝バルドリオン〟を携たずさえて、僕はアルティリア連合軍の集結する〝最さい後ごの砦とりで〟へと戻ってきた。

　そして最終決戦を翌日に控ひかえた朝。僕ら五人はアルトリウス王子の執務室に集い、束つかの間まの休息を味わう。目標である〝魔王城〟は〝ガルマニア魔王国〟に在あり、この最後の砦から向かうには、東の〝瘴しょう気きの森もり〟を越えて進む必要がある。

「斥せっ候こうからの決死の情報によると、魔王国内部の地形は共和国時代と同様のようです。つまり、瘴気の森を抜けさえすれば、あとは首都の外壁を破るのみ」

　アルトリウス王子は広げた地図を指さしながら、僕らの顔を順に眺ながめる。

　休息とは言うものの、やはり決戦の直前ということもあり、五人の話題も明日の作戦に関するものに終始してしまう。


「お互いに、本陣を隣り合わせている状態ですか。この攻略作戦が始まれば、すぐに決着はつきそうですね」

「ああ。ここまで時間が掛かったが。ようやく皆の苦労も報われるだろう」

　本隊である僕らが突撃すると同時に、魔導国家ディクサイスが北側から、鉱山王国ドラムダが南側から進軍し、魔法王国リーゼルタが東側の海上を封鎖する。こうして四方から攻撃を仕掛ける作戦ではあるが、おそらくは敵も、主力である西側こちらに戦力を集中させてくるだろう。


「実質的な全面衝突は、闇に沈みしシエル大森林――。すなわち〝瘴気の森〟となるであろう。だが、悪しき意志を宿せし森あれの堅けん牢ろうさは、人造の要塞の比ではない」

「それについてなんですが……。僕に名案があります。もちろん、成功の保証は無く、かなりの〝賭け〟にはなってしまうのですが」

　僕は腰に下げたバルドリオンの柄つかを握にぎりながら、四人に突とっ拍ぴょう子しもない〝作戦〟の内容を話す。現在、バルドリオンはアルトリウス王子から受け取った〝鞘さや〟に納められている。この鞘はアルティリアの古い宝物庫に、長年放置されていたらしい。

「がっはっは！　そりゃあスゲぇ作戦だ！　そ・い・つ・を信じてもいいんだな？」

「まっ、こうして実・例・もあるようだしな。オレも〝賭け〟に乗らせてもらおう」

　カイゼルは言いながら、僕が渡した〝薄汚れた薄い本〟をテーブルの上へ静かに置く。エピファネスには多少の逡しゅん巡じゅんがあったようだが――。最終的には仲間たちに、作戦への同意を示してもらうことができた。


「そういえば、この本なんですが。よければ貰ってくれませんか？　とんでもない内容ですが、この世界にとって歴史的な価値はあるようですし」

　僕はポーチの中から〝資料〟と書かれた冊子の束を出し、テーブルの上へ積み上げる。この戦いが終了すれば、もうアインスには戻れない。そして彼アインスもおそらくは。

「よろしいのですか？　ぜひ、王立図書館にて保管させていただきます」

「おっ、それじゃウチにも何冊か貰っていいか？　意外と好きな奴が多くてな！」

「もちろんです。なんでしたら写本を作り、両国で共有しましょうか」

　アルトリウス王子とドレッドが話し合い、それぞれ冊子を半分ずつポーチに仕し舞まう。カイゼルとエピファネスも、それで異論は無いようだ。

　　　　　　　　　　　　　＊

　その後も明日の作戦に関する話題は続き、太たい陽ようが昇りきった頃。僕らは昼食をとるために、椅い子すから立ち上がろうとする。

　すると、その瞬間――。
　執務室の扉が激しくノックされ、慌あわてた様子の兵士が飛び込んできた。

「しっ、失礼しますっ！　申し訳ございません！　あっ、あのっ……！」

「大丈夫か？　戦況に大きな動きがあったのか？」

「いえっ！　じつは……。聖女さまが慰い労ろうのため、お見えになられました！」

　兵士の言葉に、僕らは顔を見合わせる。少なくとも僕は、そういった存在に心当たりはないのだが――。

　そう考えた直後、背後から僕の耳に、聞き覚えのある少年の声が響いてきた。


「おっ、いたいた！　オッス、アインス兄ちゃん！　おれらも応援にきたぜ！」

　僕が声に振り返ると、そこにはアルティリアの孤児院に居るはずのククタがおり、屈くっ託たくのない笑顔で大きく手を振っている。そして彼を追いかけるように、緑色の髪をした、幼い少女が駆けてきた。

「ミチア！」

　思わず彼女の名前を大声で叫ぶ。するとミチアは少し驚いた様子をみせたあと、僕の許もとへと飛び込んできた。僕は咄とっ嗟さに膝ひざを屈かがめ、小さな躰からだを受け止める。

「アインスお兄ちゃん……。無事でよかった」

「ああ、うん……。ミチアがくれた守護符おまもりのおかげでね……。ミチアこそ本当に――。本当に、よかった……」

　僕は襟えり元もとから〝木き彫ぼりの守護符アミュレット〟を出し、〝アインス〟と刻まれた裏面を見せる。もしかすると僕アインスの命が助かり、例の奇跡が起きたのは、ミチアの〝おまじない〟の効果だったのかもしれない。


「ああっ、聖女さまっ！　急に走られると危険です！」

　二人の後からは狼ろう狽ばいした様子の聖職者らが現れ、僕らの様子を見て絶句する。この聖職者たちはアレフと同様の法衣ローブを着ていることから、アルティリアの教会ではなく、ミルセリア大神殿の所属であることがわかる。

　どうやら〝神の奇跡〟が起こった直後、話を聞きつけた高位の聖職者らにより、ミチアは〝奇跡の聖女〟として祭り上げられてしまったようだ。それからは幼い身ながらも各地を巡じゅん礼れいし、絶望に拉ひしがれる人々に対して希望を与えているらしい。

　そう言い替えれば美しく聞こえるが、要ようは大神殿による、プロパガンダに利用されているということか。奇跡を起こしたミストリアの神の器アバターである、ミルセリアが進んでそ・れ・をするとは思えないのだが。大神殿あそこも一枚岩ではないのだろう。

　　　　　　　　　　　　　＊

「それでは聖女さま。そろそろ次の巡礼に――」

「ちょっと待てよ！　約束したはずだろ？　ほら、ミチア。早く兄ちゃんに」

　予定が詰まっているのか、次の行動を急せかす聖職者を抑おさえ、ククタがミチアに小さなバスケットを渡す。ミチアは彼からそ・れ・を受け取り、僕の方へと差し出した。

「アインスお兄ちゃん。これ、真ま似ねして作ってみたの……」

「え？　なんだろう」

　僕はバスケットを開き、中から魔ま法ほう紙しに包まれた柔らかい物を取り出す。それを丁寧に開いてみると、僕の大好物である〝勇者サンド〟が入っていた。


「これは……。勇者サンド、ミチアが作ったのかい？」

「うん……。どう？　美味しい？」

「あっ、すぐに食べてみるからね」

　僕は「いただきます」と呟つぶやき、勇者サンドを一口かじる。エレナの物と比べ、やや塩気が強いものの――。いまの僕には、これ以上ない美味だと感じる。

「美味しい。ありがとうミチア。……ははっ、これは負ける気がしないな」

　勇者サンドを頬ほお張ばりながら、僕の眼からは熱いものが零こぼれ落おちる。ミチアが幸せに暮らせる世界を創る。かつての僕には実現できなかったが、今度こそは――。


　ふと気づくとククタがスケッチブックを持っており、僕らと紙面を睨にらみながら、熱心に右手を動かしている。どうやら今の様子をスケッチしているようだ。

「あれ？　ククタ、絵を描く趣味があったんだ？」

「へへっ、ミチアが戻ってきてからな！　いつかミチアと絵本を描いて、孤児院の仲間みんなにも読んでもらおうと思ってさ！」

　ククタは素早く筆を滑すべらせ、完成したイラストをこちらへ向ける。

　絵は黒一色で描かれており、お世辞にも上手いとはいえないが――。あとでミチアと一緒に、丁寧に描きなおすのかもしれない。


「よしっ！　完成、っと！　ミチアも願いが叶かなって良かったな！」

「うん。それじゃ、アインスお兄ちゃん……」

　ミチアはそこまでを言い、こっそりと僕に口付けをする。刹せつ那な、周囲に小さなど・よ・め・き・が起こったことから、今のを完全に見られてしまったようだ。

「……いってらっしゃい」

「あっ、ああ……。うん、いってきます。ミチアも気をつけてね」

　聖職者の一人が僕からミチアを引ひき剝はがすかのように、彼女を軽く抱えて移動させる。そして最後にミチアは小さく手を振りながら、一団と共に去っていった。

　　　　　　　　　　　　　＊

　願ってもない訪問者らが去ったあと、執務室には五人の男たちが残される。しかし全員が固まったまま、誰も動こうとしない。

「……ははっ、若わけぇってのは良いもんだな！　確かにパワーを貰ったぜ」

「ええ……。あの幼おさな子ごらのためにも、必ずや平和な世界を取り戻さなければ」

　アルトリウス王子は言いながら、悲しげに微ほほ笑えんでみせる。やはり皆も、さきほどの〝巡礼〟の真意に気づいているのだろう。

　とはいえドレッドの言うとおり、彼女らに力を分けてもらったのは事実。子供を使ったプロパガンダに思うところはあるが、僕らが成すべきことは変わらない。


「さぁて……。そんじゃ、そろそろ飯に行くか！」

「あっ。すみません、僕だけ先に食べてしまって」

「構わんさ。出撃前の食事は、いつも〝ピザ〟だと決まっている」

　カイゼルの言葉に、一同は揃そろって笑い声を上げる。そして僕らは〝最さい後ごの晩ばん餐さん〟を味わうべく、大食堂へと向かっていった。