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Bルート:金髪の少年の伝説
第56話 ラストコンティニュー
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大長老ルゥランとの戦いに敗れ、僕の意識は白濁とした空間の中を漂っていた。足元には僅かな空間の裂け目があり、懐かしいアルティリアの教会が映っている。
これはこの世界との接続が断たれる際に見る、いつもの〝あの光景〟なのか。最後の僕の命も尽き、デッドエンドを迎えてしまったのだろう。
《私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを》
頭に響く、幼い少女の声。これはアレフが云うところの、ミストリアからの〝宣託〟か。しかし前回の時とは比べ、僕の意識もはっきりとしている。
《最後の時が近づいています。もう頼れるのは、あなただけ》
やはり以前と同じ文言。幸か不幸か僕の記憶能力は高い。僕ら〝最下級労働者〟は基本的に、そういう風に創られている。作業の効率化のために。
《私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります》
僕が犠牲になることには、恐怖も不安も迷いもない。
この世界を救う。それだけが僕の願いだから。
でも、ミチアは。どうしても彼女は助けてあげたかった。
ただひとつ、それだけが僕の後悔だ。
いつしか足元の映像は、四角錐をした〝はじまりの遺跡〟の上空へと移り変わっている。しかし僕の躰は見えず、声を出すことすら出来ない――。
*
《真世界の〝光の鍵〟を。どうか四つの〝はじまりの場所〟へ》
最後の賭けにはなってしまうけれど、光の鍵の見当はついた。あとはリーゼルタとネーデルタール、そしてエンブロシアの〝はじまりの遺跡〟を探さなければ。
《終了を阻める術はありません。全能なる神は痛みを知らない》
僕は絶対に諦めない。絶対に――。
いや、違う?
なんだろう、この違和感は。
ミストリアは何を伝えようとしている?
僕は〝なにか〟を見落としている?
《私に八つの〝虚の鍵〟を。神の眼を欺いて……》
神の眼。痛み。虚ろ――。それから、八つ。
わからない。もう少しで〝なにか〟に思い当たりそうなんだけど。
足元の映像が切り替わり、今度はエレナの農園を出力した。そこでは畑で鍬を振るシルヴァンと、彼に〝熱烈な指導〟を行なっているエレナの姿が確認できる。
彼女らの近くにはアルティリア戦士団のカタラも居り、二人の護衛についているようだ。心なしか三人の姿を認識しようとすると、僕の視界がぼやけて見えた。
『神の眼を欺くんだ。奴らはすべてが視えるからこそ、認識できないもんがある。ところでアインスってのは、本名かい?』
『いえ。現実世界での名は、兎山 四郎です。ウサギの山に、数字のシロウ』
『そうかい。バラしても一文字たりないね。まぁ、立派な名前があんのなら、たまには変えてみな?――ヒッヒッ、助言は以上だよ』
ルゥランとのやり取りがあったせいだろうか。なぜか今になって、闇の迷宮監獄での会話が頭にフラッシュバックする。
『まずは貴方の情報を登録します。八文字以内で名前を決めてください』
数字、名前、八文字――。僕の情報を、登録する?
僕の融けた脳によって、手がかりの断片が歪な形状へと再構築されてゆく。
『えっ。こんなに?』
『うん。合言葉を知ってたからね。しっかり色を付けてもらったよ』
『あれって説明が大変だから、今回はいいかなーって。さすがは経験者だねっ!』
これは僕がアルティリアの市場に、野菜を出荷した後のやり取りだ。
合言葉。キーワード。――鍵、単語。
もう一度エレナの姿を視る。僕のぼやけた視界の中で、彼女の全身に数字とアルファベットの羅列が貼りついているのが確認できる。
これは、まさか――。
しかし考えている間もなく、映像は再びアルティリアの教会を映しはじめた。
*
今度は礼拝堂の中で、ソアラが祭壇へ向かって祈りを捧げている様子が映る。そして教壇の前には剣を背負ったククタが立ち、物憂げに天井を見つめている。
そんな二人の全身にも、あの〝ID〟が重なって視える。やがてソアラは祈りを終えたのか、ククタの傍に膝をつき、何やら言葉を交わしはじめた。
『ミストリアスの滅びは、もう止められません。〝偉大なる古き神々〟の決定に抗う術は、如何なる者にも存在しない。――これがワタシからの答えです』
これはルゥランの言葉。賢者の知識と助言を求め、ようやくエンブロシアを訪れることができたというのに。与えられた答えがこんなものだったとは。
『さて――。自らの頭で正解を導き出してみては?』
切り取られた会話の内容が、恰も意味があるかの如く、勝手な順序で組み合わされる。これは僕の意志でやっていることなのか? それとも僕の?
ミストリアスの消滅は覆せない。――ならば、それに抗う手段がないのであれば、なにか別の方法を考える必要がある。
『私も色んな世界を救って回ったんだけどねぇ。魔王や神を倒したり。なかにはどうにもならずに世界ごと消えちまったり、そうかと思えば簡単に復活したり』
『世界が、復活? いったい、どうやって……』
またしても迷宮監獄の男の言葉。消滅を阻められないのであれば、復活させろということか? しかし、いったいどうすれば。そんな奇跡を起こせるのだろう。
――その時、僕の足元へ向かって、静かに〝光〟が下りていった。
柔らかく穏やかでありながら、白き闇をも貫く光。それは確固たる意志を持つかのように屈折し、映像の中の祭壇へと降り注いでいる。
そして次の瞬間。祭壇から眩い輝きが放射され、白い霧が集まりはじめた。その状況にソアラとククタも驚きながら、祭壇の前へと駆け寄ってゆく。
そんな二人の足元には、穏やかな表情で横たわる、ミチアの躰が現れていた。彼女の法衣には切りつけられた痕こそあるが、身体に目立った外傷は残っていない。
この騒ぎに気づいたのか、神使クリムトも礼拝堂に姿をみせる。彼の様子はいつになく、激しく動揺しているように見受けられる。
やがて彼らの目の前で、ミチアがゆっくりと目を開けた――。
*
まさか……。これは夢か幻覚か。
本当にミチアが甦ったというのか。
ソアラに抱きしめられながら、ミチアは〝僕〟を見つめるかのように、じっとこちらを見上げている。そんな彼女の傍らで、ククタが自らの顔を覆いながら小さな全身を震わせる。彼の背負っている剣は、間違いなく僕があげた品だ。
「私には、この程度の奇跡しか起こせません」
僕の間近で聞こえた声。それは大教主ミルセリアの――。
いや、ミストリアのものだった。
「すでに私の力は尽き、たった一人を救うだけが精一杯。しかし、私が千年に渡って蓄えた知識と情報、すべてを継承することが可能ならば」
それを僕に伝えるというのか?
それを使って僕にミストリアスを、世界全体を復活させろと?
「今の貴方には不可能です。貴方の存在はかれらに記録されている。――どうか虚ろの鍵を私に。痛みを知った貴方ならば、すべての鍵を手に出来るはず」
痛み。これまでの冒険との違いと云えば、痛覚が存在することだ。これのせいで僕が深手を負うたびに視界が歪み、意識がアインスから抜け出してしまいそうになる。
そして周囲の言葉も〝虚ろ〟に聞こえ――。
「神の奇跡など些細なもの。さあ、貴方の在るべき場所へと戻る時間です」
まっ、待ってくれ! ようやく、ようやく答えに辿り着けそうだったのに!
もう少しだけ時間を――ッ!
しかし僕の心の叫びも空しく、真っ白な空間は黒い闇へと塗りつぶされてゆく。
そして僕が目を開けると――。
視界には木製の天井と、汗に塗れたレクシィの顔が映ったのだった。
*
「ああ、アインスさん……。よかった。気がついたのね?」
「レクシィ、さん……? じゃあ、ここは……」
「評議会の医務室です。もう貴方は三日も眠ったままで……」
ルゥランに敗北した僕は一命を取りとめ、レクシィによる懸命な治療を受けていたようだ。失ったはずの右腕も再生されており、服も元通りになっている。
「その服、大切な人の想いが込められているのね。剣の方は腕と一緒に断絶の闇魔法で消滅してしまったけれど……、服だけでも元に戻せてよかったわ」
どうやらゼニスさんに貰った剣は、あの黒き刃によって灰になってしまったらしい。彼には申し訳ないが、命が助かっただけでも幸いだったと思うしかない。
見ればレクシィの白い魔法衣は薄汚れ、わずかな臭気が漂ってくる。この三日間、彼女は汗だくになりながら、僕に付きっきりで治療を施してくれたのだろう。
「ありがとうございます。レクシィさん。――本当に」
僕はベッドに身を起こし、その場で彼女に頭を下げる。
「あっ、いえ。いいのよ。好きでしたことだから。――それじゃ私はルゥラン様に報告を……。その前に、身を清めないといけないわね」
そう言ったレクシィは柔らかく微笑み、上品な足取りで医務室から出ていった。
*
一人になった僕はポーチから暦を出し、記された日付を確認する。光の男神が二十四を指していることから、今日は僕の〝十五日目〟であることが理解できる。
残りの日数は半分か。しかし現実の躰を考慮すれば、早めに戻されてしまう可能性も捨てきれない。あと十日、ないしは五日で結果を出すつもりで挑まなければ。
僕はベッドから足を下ろし、靴を履いて足元を確かめる。まだ若干のふらつきはあるものの、歩けないわけではない。
「もう一度、ルゥランさんに会わないと。彼に聖剣の在処を聞いて、魔王となったリーランドさんを倒す。そして、この世界を絶対に救ってみせる」
おそらくルゥランは戦いの中で、僕に助言を行なったのだ。彼も〝神の眼〟を持つ者の一人。だからこそ、あの場で闘う必要があったのだろう。
僕に〝痛み〟の意味を教えるために。僕を〝諦めさせる〟ために。
僕に世界を救うための、ただひとつの正解を示すために――。
諦めた先にも道は在る。諦めたからこそ可能となる行動がある。
そして諦めたからこそ、欺くことのできる存在が居る。
『神の眼を欺くんだ。奴らはすべてが視えるからこそ、認識できないもんがある』
異世界創生管理財団にも、何らかの事情や目的があるのだろう。しかしミストリアスを終了させようというのなら、いまは〝敵〟として認識させてもらう。
世界の内側に在る脅威。そして外側から来る脅威。
それらに対する抵抗だけは、僕は決して諦めない――。
これはこの世界との接続が断たれる際に見る、いつもの〝あの光景〟なのか。最後の僕の命も尽き、デッドエンドを迎えてしまったのだろう。
《私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを》
頭に響く、幼い少女の声。これはアレフが云うところの、ミストリアからの〝宣託〟か。しかし前回の時とは比べ、僕の意識もはっきりとしている。
《最後の時が近づいています。もう頼れるのは、あなただけ》
やはり以前と同じ文言。幸か不幸か僕の記憶能力は高い。僕ら〝最下級労働者〟は基本的に、そういう風に創られている。作業の効率化のために。
《私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります》
僕が犠牲になることには、恐怖も不安も迷いもない。
この世界を救う。それだけが僕の願いだから。
でも、ミチアは。どうしても彼女は助けてあげたかった。
ただひとつ、それだけが僕の後悔だ。
いつしか足元の映像は、四角錐をした〝はじまりの遺跡〟の上空へと移り変わっている。しかし僕の躰は見えず、声を出すことすら出来ない――。
*
《真世界の〝光の鍵〟を。どうか四つの〝はじまりの場所〟へ》
最後の賭けにはなってしまうけれど、光の鍵の見当はついた。あとはリーゼルタとネーデルタール、そしてエンブロシアの〝はじまりの遺跡〟を探さなければ。
《終了を阻める術はありません。全能なる神は痛みを知らない》
僕は絶対に諦めない。絶対に――。
いや、違う?
なんだろう、この違和感は。
ミストリアは何を伝えようとしている?
僕は〝なにか〟を見落としている?
《私に八つの〝虚の鍵〟を。神の眼を欺いて……》
神の眼。痛み。虚ろ――。それから、八つ。
わからない。もう少しで〝なにか〟に思い当たりそうなんだけど。
足元の映像が切り替わり、今度はエレナの農園を出力した。そこでは畑で鍬を振るシルヴァンと、彼に〝熱烈な指導〟を行なっているエレナの姿が確認できる。
彼女らの近くにはアルティリア戦士団のカタラも居り、二人の護衛についているようだ。心なしか三人の姿を認識しようとすると、僕の視界がぼやけて見えた。
『神の眼を欺くんだ。奴らはすべてが視えるからこそ、認識できないもんがある。ところでアインスってのは、本名かい?』
『いえ。現実世界での名は、兎山 四郎です。ウサギの山に、数字のシロウ』
『そうかい。バラしても一文字たりないね。まぁ、立派な名前があんのなら、たまには変えてみな?――ヒッヒッ、助言は以上だよ』
ルゥランとのやり取りがあったせいだろうか。なぜか今になって、闇の迷宮監獄での会話が頭にフラッシュバックする。
『まずは貴方の情報を登録します。八文字以内で名前を決めてください』
数字、名前、八文字――。僕の情報を、登録する?
僕の融けた脳によって、手がかりの断片が歪な形状へと再構築されてゆく。
『えっ。こんなに?』
『うん。合言葉を知ってたからね。しっかり色を付けてもらったよ』
『あれって説明が大変だから、今回はいいかなーって。さすがは経験者だねっ!』
これは僕がアルティリアの市場に、野菜を出荷した後のやり取りだ。
合言葉。キーワード。――鍵、単語。
もう一度エレナの姿を視る。僕のぼやけた視界の中で、彼女の全身に数字とアルファベットの羅列が貼りついているのが確認できる。
これは、まさか――。
しかし考えている間もなく、映像は再びアルティリアの教会を映しはじめた。
*
今度は礼拝堂の中で、ソアラが祭壇へ向かって祈りを捧げている様子が映る。そして教壇の前には剣を背負ったククタが立ち、物憂げに天井を見つめている。
そんな二人の全身にも、あの〝ID〟が重なって視える。やがてソアラは祈りを終えたのか、ククタの傍に膝をつき、何やら言葉を交わしはじめた。
『ミストリアスの滅びは、もう止められません。〝偉大なる古き神々〟の決定に抗う術は、如何なる者にも存在しない。――これがワタシからの答えです』
これはルゥランの言葉。賢者の知識と助言を求め、ようやくエンブロシアを訪れることができたというのに。与えられた答えがこんなものだったとは。
『さて――。自らの頭で正解を導き出してみては?』
切り取られた会話の内容が、恰も意味があるかの如く、勝手な順序で組み合わされる。これは僕の意志でやっていることなのか? それとも僕の?
ミストリアスの消滅は覆せない。――ならば、それに抗う手段がないのであれば、なにか別の方法を考える必要がある。
『私も色んな世界を救って回ったんだけどねぇ。魔王や神を倒したり。なかにはどうにもならずに世界ごと消えちまったり、そうかと思えば簡単に復活したり』
『世界が、復活? いったい、どうやって……』
またしても迷宮監獄の男の言葉。消滅を阻められないのであれば、復活させろということか? しかし、いったいどうすれば。そんな奇跡を起こせるのだろう。
――その時、僕の足元へ向かって、静かに〝光〟が下りていった。
柔らかく穏やかでありながら、白き闇をも貫く光。それは確固たる意志を持つかのように屈折し、映像の中の祭壇へと降り注いでいる。
そして次の瞬間。祭壇から眩い輝きが放射され、白い霧が集まりはじめた。その状況にソアラとククタも驚きながら、祭壇の前へと駆け寄ってゆく。
そんな二人の足元には、穏やかな表情で横たわる、ミチアの躰が現れていた。彼女の法衣には切りつけられた痕こそあるが、身体に目立った外傷は残っていない。
この騒ぎに気づいたのか、神使クリムトも礼拝堂に姿をみせる。彼の様子はいつになく、激しく動揺しているように見受けられる。
やがて彼らの目の前で、ミチアがゆっくりと目を開けた――。
*
まさか……。これは夢か幻覚か。
本当にミチアが甦ったというのか。
ソアラに抱きしめられながら、ミチアは〝僕〟を見つめるかのように、じっとこちらを見上げている。そんな彼女の傍らで、ククタが自らの顔を覆いながら小さな全身を震わせる。彼の背負っている剣は、間違いなく僕があげた品だ。
「私には、この程度の奇跡しか起こせません」
僕の間近で聞こえた声。それは大教主ミルセリアの――。
いや、ミストリアのものだった。
「すでに私の力は尽き、たった一人を救うだけが精一杯。しかし、私が千年に渡って蓄えた知識と情報、すべてを継承することが可能ならば」
それを僕に伝えるというのか?
それを使って僕にミストリアスを、世界全体を復活させろと?
「今の貴方には不可能です。貴方の存在はかれらに記録されている。――どうか虚ろの鍵を私に。痛みを知った貴方ならば、すべての鍵を手に出来るはず」
痛み。これまでの冒険との違いと云えば、痛覚が存在することだ。これのせいで僕が深手を負うたびに視界が歪み、意識がアインスから抜け出してしまいそうになる。
そして周囲の言葉も〝虚ろ〟に聞こえ――。
「神の奇跡など些細なもの。さあ、貴方の在るべき場所へと戻る時間です」
まっ、待ってくれ! ようやく、ようやく答えに辿り着けそうだったのに!
もう少しだけ時間を――ッ!
しかし僕の心の叫びも空しく、真っ白な空間は黒い闇へと塗りつぶされてゆく。
そして僕が目を開けると――。
視界には木製の天井と、汗に塗れたレクシィの顔が映ったのだった。
*
「ああ、アインスさん……。よかった。気がついたのね?」
「レクシィ、さん……? じゃあ、ここは……」
「評議会の医務室です。もう貴方は三日も眠ったままで……」
ルゥランに敗北した僕は一命を取りとめ、レクシィによる懸命な治療を受けていたようだ。失ったはずの右腕も再生されており、服も元通りになっている。
「その服、大切な人の想いが込められているのね。剣の方は腕と一緒に断絶の闇魔法で消滅してしまったけれど……、服だけでも元に戻せてよかったわ」
どうやらゼニスさんに貰った剣は、あの黒き刃によって灰になってしまったらしい。彼には申し訳ないが、命が助かっただけでも幸いだったと思うしかない。
見ればレクシィの白い魔法衣は薄汚れ、わずかな臭気が漂ってくる。この三日間、彼女は汗だくになりながら、僕に付きっきりで治療を施してくれたのだろう。
「ありがとうございます。レクシィさん。――本当に」
僕はベッドに身を起こし、その場で彼女に頭を下げる。
「あっ、いえ。いいのよ。好きでしたことだから。――それじゃ私はルゥラン様に報告を……。その前に、身を清めないといけないわね」
そう言ったレクシィは柔らかく微笑み、上品な足取りで医務室から出ていった。
*
一人になった僕はポーチから暦を出し、記された日付を確認する。光の男神が二十四を指していることから、今日は僕の〝十五日目〟であることが理解できる。
残りの日数は半分か。しかし現実の躰を考慮すれば、早めに戻されてしまう可能性も捨てきれない。あと十日、ないしは五日で結果を出すつもりで挑まなければ。
僕はベッドから足を下ろし、靴を履いて足元を確かめる。まだ若干のふらつきはあるものの、歩けないわけではない。
「もう一度、ルゥランさんに会わないと。彼に聖剣の在処を聞いて、魔王となったリーランドさんを倒す。そして、この世界を絶対に救ってみせる」
おそらくルゥランは戦いの中で、僕に助言を行なったのだ。彼も〝神の眼〟を持つ者の一人。だからこそ、あの場で闘う必要があったのだろう。
僕に〝痛み〟の意味を教えるために。僕を〝諦めさせる〟ために。
僕に世界を救うための、ただひとつの正解を示すために――。
諦めた先にも道は在る。諦めたからこそ可能となる行動がある。
そして諦めたからこそ、欺くことのできる存在が居る。
『神の眼を欺くんだ。奴らはすべてが視えるからこそ、認識できないもんがある』
異世界創生管理財団にも、何らかの事情や目的があるのだろう。しかしミストリアスを終了させようというのなら、いまは〝敵〟として認識させてもらう。
世界の内側に在る脅威。そして外側から来る脅威。
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