滅びゆく世界と創世の神々

最終話 〝終幕〟世界終焉へのシナリオ

　命令に従って国境を越え、ラグナスに入国したバルドとナナ。
　王城へ到着した二人を、国王自らが出迎えた。

「会いたかったぞ、ナナ。うむ、貴公がバルド・ダンディだな？」

「はい。お初にお目に掛かります。国王陛下」

「わっはっは！　畏かしこまらずともよい！　すでに貴公も、我ら王家の一員なのだからな！」

　ラグナス国王は豪快に笑いながら、使用人らに祝宴パーティーの指示を出す。
　当初抱いていたイメージとの差に、バルドは内心で首を傾げた。


「軽いでしょ？　父上ってば、昔からあ・あ・なのよ。まぁ、人が良すぎるっていうか」

　そう言ってナナは深い溜ため息いきをつく。バルドが周囲を観察すると、側近らしき高官や貴族らの中には、こちらに対して敵意混じりの視線を向けている者もいた。

（なるほど。人が良いとは、そういうことか）

　おそらく現在の王権は実質的に、傀かい儡らいと化しているのだろう。あの陽気な国王がナナへの不当な扱いや、暗殺を指示するとは考えにくい。


「これはこれは王女殿下。フレストでは〝馬小屋〟にお泊りになっておられたとか？　いやぁ、いけませんなぁ！　あの国は！」

　カールした髭ひげを撫なでながら、高官らしき男がナナに皮肉めいた挨拶をする。

「ふむ、新しいお相手は金髪なのですな。とはいえ色合いの美しさは、王子殿下には遠く及びませんが！」

「はーいはい、わかったから。あたしら疲れてるから、部屋に帰るねー」

　ナナは慣れた様子で高官をあしらい、バルドの腕を引っ張ってゆく。
　去り際にバルドが男へ目を遣やると、彼は実に憎々しげな笑みを浮かべていた。

　◇　◇　◇

「はー。スレイルったら相変わっらず嫌やなヤツ！」

「さっきの高官か？」

「そーよ。昔っから、あたしのこと馬鹿にしてんの」

　自室に戻るなりナナは嘆たん息そくし、巨大なベッドに身を投げ出す。二人は国王公認の仲となったことで、同室での生活を許されていた。それにナナの胎たい内ないには、すでに新たな命が宿っている。


「そういえば、イスルドが〝銀髪〟だってことは、この国の者に話したのか？」

「んー？　話してないよ。手紙に『彼氏が出来た』とは書いたけど」

　どうにもバルドには、さきほどのスレイルの言葉が引っ掛かっていた。

　交換留学が行なわれているとはいえ、両国の関係は緊張状態だ。聖王国に密偵が送られていた可能性は捨てきれないが、わざわざ髪の色まで報告するだろうか？

（気をつけたほうが、いいかもな）

　◇　◇　◇

　その夜。祝宴の準備が整ったことで、二人も城内の会場へと向かう。
　巨大な長ながテーブルには豪勢な料理が盛られ、国王や高官らが席に着いていた。

（あれが、例の王子か）

　上機嫌な国王のスピーチを聞き流しながら、バルドはナナの兄であるウル王子の姿を観察する。金色の短髪には角が生え、隈くまのできた赤い眼をしている。彼の容姿だけを見れば、お世辞にも男前とは言いがたい。

　しかも王子は恨めしそうに、ずっとバルドへ視線を向け続けている。


「はいっ。バルド、あーん！」

「んっ？　あーん」

　バルドはいつもの愛情表現をし、ワインを喉のどへ流し込む。
　するとその瞬間、王子が邪悪な笑みを浮かべた。

「うッ!?　これは毒か……！」

　強烈な脱力感に襲われ、バルドの意識がグラグラと揺ゆれる。
　しかも周囲では王をはじめ、ナナや高官らも次々と倒れてゆく――。

　その中で只ただひとり、ウル王子だけが立ち上がり、勝ち誇ったような嗤わらい声を上げていた。

　◇　◇　◇

「ここは……」

　全身を襲う痛みに耐えながら、バルドは重い瞼まぶたを上げる。どうやら、地下牢らしき場所へ連れて来られたらしい。彼の隣には青ざめた顔で横たわる、ナナの姿もあった。

「ナナ！」

「――無駄だよ。直じきに目を覚ますだろうが、どちらかは死ぬ」

　牢の外から声が響く。
　バルドがそちらへ目を遣やると、不敵な笑みを浮かべる王子の姿があった。


「他の者には睡眠薬を。しかし君ら二人には、特別に致ち死し毒どくを用意させてもらった」

　王子は下品に嗤いながら、錠剤と革の水筒を牢へ投げ入れる。

「それを飲めば、どちらかは助かる。さあ、どうする？　我が義弟おとうとよ」

　バルドはそ・れ・らを拾い上げ、迷わずナナの口元へ近づける。

　――が、その時。彼は一つの考えに思い至った。

　そう。
　もしもここでナナが死ねば、魔王の誕生は確実に阻止される。

（ふっ、馬鹿げている）

　バルドは小さく首を振り、錠剤と水を自らの口へ運ぶ。
　そしてそのまま、口移しでナナの口内へと流し込んだ。


「うっ、バルド……？」

　薬が効いたのか、ナナは直すぐに目を覚ます。
　そして彼女と反対に、バルドが石床へと倒れこんだ。

「ナナ……。良かった」

「嘘でしょ？　しっかりして！」

「俺は……。君を心から……、愛して……」

　そこまでを言い――。
　バルドの意識は黒い闇の中へと堕おちてゆく。

　最後に彼が耳にしたのは、王子の甲かん高だかい笑い声と、ナナの悲痛な慟どう哭こくだった。


　◇　◇　◇


　それから二百年後。
　ラグナス魔王国はフレスト聖王国との国境を破り、暴虐なる進軍を開始した。

　侵攻後間もなくして、魔王ヨルムルド・バルダンディ・ラグナスの奇襲により、フレスト聖王は暗殺。その後は魔王軍による一方的な蹂じゅう躙りんが続き、フレスト聖王国は世界から姿を消した。


　さらに一年後。
　神々は、混迷を極めた植民世界・ミストルティアの終了を決定。
　世界は〝大いなる闇の中〟へと消滅した。

　◇　◇　◇

「ふむ、駄目でしたか」

「残念ながら。しかし檀だん出で博士はかせ。そこまで仰おっしゃられるなら、貴方あなたが降臨なされては？　ご自身の器アバターですし」

「それでは意味がありませんよ。我々が手を出したのでは、真の世界たり得えない。テラスアンティクタスと同じ末路を辿るだけです」

　煌きらめく光の浮かぶ〝大いなる闇〟を見つめながら、檀だん出では長く息を吐く。


「それに貴女あなたこそ。お気に入りなのでしょう？　ナナ博士？」

「お生あい憎にくさまっ。あたしは博士あなたと恋愛なんてまっぴらですよ。たとえ器アバターでもねっ！」

「手厳しいですな。さて私は、次の創世へと取り掛かります。失礼しますよ」

　檀だん出では自走式車椅子を作動させ、自動ドアから通路へと出ていった。
　彼の後ろ姿を見送ったナナは、再び〝闇〟へと視線を戻す。


「植民世界・ミストルティアねぇ。やっぱり、名前が悪かったんじゃないかしら？」