窓辺の王子様シリーズ

鏡野ゆう

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恋色カレイドスコープ【改稿版】

第三話 友よ大志を抱け side - 優奈

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 美咲は絶対に恋してると思うんだなあ……昨日の電話のことを思い出しながらウィンナーを口に放り込む。


+++


 お風呂から出て自分の部屋に戻って、まったりしながら積んであった小説の続きを読もうとしていたらスマホがブルブルと震えた。

「えー……こんな時間に誰なのさ、せっかく珍しくまとめて本が読める時間が確保できたっていうのに」

 ブツブツ言いながらテーブルの上に放り出してあったスマホの液晶画面を見れば『美咲』の表示。

「どうしたのかな、こんな時間に」

 美咲のお父さんとお母さんは弁護士。そのせいもあってか、こういうことにはきちんとしていて夜の遅い時間にお友達の家に電話をかけるのは迷惑だからNGという家だった。

 だからこんな時間は何か話したいことがあれば大抵はメールで送ってきてるんだけど、わざわざこの時間に電話をかけてきてまで話したいことって一体なんだろう?

「よっぽど直接話したいことがあるんだよね。それとも文字にするには超めんどくさいぐらい複雑なこと? はーい、もしもしお待たせ!」
『あ、優奈、ごめんね、こんな時間に』

 そして電話の向こう側からは相変わらずの申し訳なさそうな美咲の声。

 なんていうか美咲って周りに気を遣いすぎなんだよね。幼稚園からの大親友がかけてきた電話なんだから迷惑だなんて絶対に思わないのに。

 ……あ、でも本を読む時間が削れちゃうのは無念かな。んー、でもいいや、相手は美咲なんだもん、本を読むより美咲と話すことの方が大事に決まってるんだし。

「気にしないで。でも良かったよ、あと五分早かったらお風呂出たところでパニックだったかもしれないから」
『ごめーん』

 私の返事に美咲が笑いながら謝る。うん、さっきの申し訳なさそうな声よりこっちの方がずっといい。

「それでー? お母さん達にこっそり内緒で電話してきたのはどうして?」
『んーっとね、今日、料理研究会で文化祭で作るカレーの予行をしたの』
「あー……そう言えば帰る時に美味しそうなカレーの匂いが漂ってたよ。美咲がいると分かってたら家庭科室に押しかければ良かったかな、一足先に味見できたかもしれないのに残念なことした~~」

 図書館で調べものをし終わって外に出た時に超いい匂いがしてたんだよ。あれ、美咲たちが作ってたカレーだったんだなあ。あの匂いのせいで帰りのコンビニでどうしても我慢できなくてカレーマン買っちゃったんだよね。

 だけど美咲の言いたいことはそこじゃないはず。そんなことだったらメールですむことだもの。きっとその時にもっと大事なことがあったに違いない。

『でね、家庭科室にお鍋を運んでたら早瀬先輩と偶然に会っちゃってね、お鍋を運ぶの手伝ってくれたの。で、そのお礼にカレーを御馳走することになっちゃった』

 ほら、やっぱり!!

 普通の子だったら校内で顔を合わせたぐらいでそこまで大騒ぎすることじゃないのかもしれない。だけど美咲にとってはとんでもなく大事件だ。しかもお鍋を運んでもらったって?

『研究会の部長が先輩と同じクラスの人でね。お鍋を運んでからカレーを作るところを見て、で、一緒に食べたんだよ? 美味しいって言ってくれたの。あ、レシピはうちの部に受け継がれているものだし、私はニンジンとジャガイモの皮むきをしただけなんだけどね』
「へえ、先輩も優しいところがあるんだね」
『うん。でも、お鍋けっこう重かったから悪かったかなあって』
「大丈夫だって。男子の方が女子より力もあるしそのぐらいなんでもないと思うよ?」
『そう? だったら良いんだけど』

 きっと美咲は自分の声が恋する乙女モードになっているなんて気づいてもいないよね。スマホからピンク色の空気が流れ出ているように見えるのは気のせいじゃないと思うんだ。

 とにかく、幼稚園からの親友に初めて訪れた恋の季節に拍手喝采を送りたい。きっと私は明日から彼女をニヨニヨと見守りながら、ネタに出来ることは無いかと彼女を観察するんだろうなあ。我ながらかなり性格が悪い。

 性格悪いと思いつつ、次の日から更に美咲ちゃん観察日記などと密かに名付けながら親友の動向を生温かく見守ることにした。あ、別にストーカーしてるわけじゃないからね?

 だって早瀬先輩が小学校の時の意地悪な男子みたいな美咲に酷いことを言わないかなって少し心配だったんだもん。その時のための証拠集めも必要でしょ? まだ二人が親しくなると決まったわけでもないのに私ったらちょっと気が早すぎる?

「けど、先輩が美咲の名前を知っていたのには驚いた。もしかして本屋でのことも覚えてるかもね」
『んー……それは無いと思うよ? 病院で見かけたって言ってた。ほら、私の頭って目立つし』

 美咲の髪の毛は茶色くてフワフワだ。そのせいで小学校の時は男子がからかってきたり、中学校では生活指導の先生に注意を受けたりして嫌な思いを何度もしてきた。でもそれはアイルランド人のお婆ちゃん譲りなんだからしかたがないって本人もそれなりに割り切っている。

 それと色白な美咲にはその髪がとっても似合っていて可愛いんだからもっと自信を持たなくちゃって思うんだ。ま、本人は雨の日は爆発して大変だよ~っていつも泣いてるけどね。

「病院で思い出した。今日は通院の日だったんだよね? どうだった? もう行かなくても良いって?」
『うん。あと少しでお薬も飲まなくていいようになるって先生は言ってた』
「よかったよかった。これでようやく人並みに体育が出来るようになるね」
『でも今年中は様子見ましょうだって。体育参加は来年からになるみたい』
「そっかー」

 美咲が極度の貧血に陥ったのは小学校の高学年になった頃だったと思う。悪性ではなく成長期の女の子にみられる鉄分の欠乏なんちゃらが主な原因だということらしいけど、話を聞いていたら一言で貧血と言ってもなかなか馬鹿に出来ないんだなと改めて鉄の大切さを教えてくれるものだった。

 その治療もようやく一段落。本人もやっと普通の中学生生活を送れるよと喜んでいる。それと同時に訪れた恋の予感。これが運命と言わずして何とやら。いやあ素晴らしいネタ……じゃなくて、親友に到来した恋の季節!!


+++


「優奈、なんか変な笑いを浮かべてるよ?」

 そこで我に返る。どうやらちょっと魂があっちの世界に行っちゃっていたみたいで美咲が心配そうな顔でこっちを覗き込んでいた。

「そう? きっと陽気のせいだね、うん」
「そうかなあ……」
「そうだよ。五月病っていうじゃない?」
「もうそろそろ十月だよ……?」
「細かいことは気にしない気にしない」
「えーー……」

 お弁当を食べ終えたので教室を出て校庭の隅っこにある日当たりのいいベンチに二人して座った。貧血気味で体育を見学している美咲にとっては、この時間が学校でのんびりと外の空気を吸いながらお日様にあたる唯一の時間だ。そして私たちの前では同級生の男子や先輩達がサッカーを始めていた。

「よくご飯食べて直ぐに走り回れるよね、感心しちゃう。お腹痛くなったりしないのかなあ」
「私もあんなふうに走り回ってみたいなあ。あ、でもあんなに思いっ切り行ったり来たりしてたら足が絡まって転んじゃうかも」

 頭と足がお互いに反対側に動いちゃうそうだよと笑っている。

「あ、美咲、早瀬先輩がいるよ。ほら、こっち見てるかも」

 途端に美咲が顔を赤らめて視線を膝に落とした。

「そ、そんなことないよ、ボール見てるだけだよ」
「そうかなあ、絶対に先輩は美咲のこと意識していると思うけどなあ」
「……まだこっち見てる?」
「ううん。山崎先輩にボール渡されて蹴りながらあっち行っちゃった」

 そう言うとホッとした様子で視線を上にあげる。その時はすでに先輩はこっちに背中を向けて山崎先輩と何やら話しながらボールを蹴り合っていた。

 でも、間違いなく今の早瀬先輩は美咲を見ていたと思うんだ。だって最初にこちらに視線を向けた時、微かに微笑んだのはきっと隣に座っていた美咲に気がついたからだもん。

「そんなに恥ずかしがることないじゃん。目が合ったらせんぱーいって言って手を振ってあげたら喜ぶと思うんだけどなー」
「そそそそ、そんなことできないよ!!」
「相変わらず恥ずかしがり屋だよね、美咲ってば」
「優奈が元気すぎなんだってば。手を振ったりなんてありえない」

 頬っぺたを赤くして恥ずかしそうにチラチラと先輩を見ている美咲をみながらフフフッと変な笑いがこみ上げてしまった。

 けどね、美咲は気がついていないと思うけど、もう一つ気になる視線があるんだ。

 それはなんだか突き刺さるような冷たさを感じる視線。発生源は校舎三階の音楽室、その視線を送るのは我が藤森中学校の歌姫と呼ばれる杉野晴香先輩だ。

 柔らかく微笑みながら透き通った歌声で全校生徒を魅了する先輩が、今はまるで能面のような冷たい表情をしてこちらを見下ろしている。

 そして先輩が見ているのは間違いなく美咲だ。本人は全く気がついていないけどね。親友の恋の行方に暗雲が……なんてことを言うと、また恋愛小説読み過ぎって言われるのかな。でも私はやっぱり心配だよ。

 温かい早瀬先輩の視線と冷たい杉野先輩の視線、どちらからも見詰められているのに全く気がつかない私の親友はある意味において最強かもしれない。でもあの冷たい視線は超危険!! 私の小説家の本能がそう言ってるから間違いない!

 その背中、私が守ることにする!!と勝手に決意した。

「美咲、私がついてるから心配ないよ!」
「え?」

 私に手を握られた美咲が目を丸くした。

「背中は私に任せて美咲は前進あるみ! ほふく前進でgo!go!だからね!」
「んん? ほふく前進って? どういうこと?」

 なんとのこと?と首を傾げる親友の肩をガシッと掴んでウンウンとうなずいてみせる私だった。
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