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第三十四話 鎌倉さん案件発生? 3

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 それから二週間。トラックやショベルカーは公園の前に到着すると動かなくなり、作業員のおじさん達は公園に一歩踏み込んだとたん、ハトやスズメの襲撃を受け謎のぎっくり腰に見舞われた。そんなわけで、公園の整備工事はまったく進んでいないらしい。

「死人が出ていないだけ、マシってやつなんですかね」

 一宮いちみやさんがお茶を飲みながら言った。

「そんな呑気のんきに言ってる場合?」
「でも神様がからんでいるなら、もっと怖いことになってもおかしくないじゃないですか」
「まあそれはそうなんだけど」
「昔はね、それこそもっと怖いことも起きてたのよ?」

 さかきさんが恐ろしいことを言いだす。

「木を切り倒そうとしたら、重機を運んできたトラックが横転して、現場の作業員が亡くなったりとかね」
「神様こわすぎ」

 なんとなくだけど背筋が冷たくなった。

「それに比べたら、公園の神様は優しいわね」
「ぎっくり腰もなかなかダメージ大きいですけどねー……」

 しかもハトやスズメの襲撃つきだ。物理的なダメージも大きいけど、精神的なダメージもそれなりにありそう。ここで接しているのが穏やかな神様達ばかりで忘れがちだけど、やはり神様というのは恐ろしい存在なんだと思い知らされる。

「榊さん、あと三十分ほどしたらお客さんがみえるんだけど、お客さん用のお茶ってどこに片づけてあったかな?」

 そこへ課長がやってきた。

玉露ぎょくろなら給湯室の右上の棚ですよ」
「ああ、あそこか。ありがとう、助かった」
「もしかして課長が自らお茶をれるんですか?」

 榊さんが首をかしげる。

「うん。そのつもりだけど?」
「……私がれたほうが良さそうですね。課長に任せたら熱湯を注ぎそうだし」
「そんなことはないよ。僕だって玉露ぎょくろれ方ぐらい心得てる」
「それでもですよ」

 榊さんは笑いながら立ち上がると、課長の背中を押しながら行ってしまった。

「珍しいですよね、課長が自らお茶をれるぐらいのお客さんて。あ、もしかして公園の件じゃないですか? ほら、管轄外かんかつがいだから静観してたんですよね、うちの資特殊技能持ちの職員さん達」

 ちょっと気になるかもと、一宮さんはワクテカしている。まあそういう私も、実のところワクテカしているわけなんだけど。

 そして二十分ほど経ったころ、スーツ姿の男性が二人、事務所にやってきた。雰囲気からして、一人は課長よりも偉い人っぽい。そしてもう一人の若い人は、大きな紙袋を持っていた。あれは市内で有名な洋菓子店の袋だ。あれだけの大きさとなると、かなりのお値段になるはず。

―― まさかのそでの下だったりして? ――

「ああ、お久しぶりです」

 そして二人を出迎えた課長の笑顔ときたら。

「時間をとってもらって申し訳ない」
「いえいえ、とんでもない。どうぞ、こちらへ」

 三人が客室に入っていくのを横目で追う。そしてドアが閉められたのを見てホッと息を吐いた。

「今の課長の顔、見た?」
「見ました見ました、すっごい笑顔でしたね」
「あのお二人が気の毒に思えてきた」
「そうですか?」

 一宮さんが首をチョコンとかしげる。

「だって、あの笑顔だよ?」
「すごく爽やかな笑顔でしたね! まあ営業スマイルなんでしょうけど!」

 私はその営業スマイルを浮かべた課長の頭上に、カモがネギしょってきたよ~♪という吹き出しが見えた気がした。そんなことを考えている私の前で、神様は呑気のんきにお取り寄せのカタログを見ている。少しぐらい気にする素振りをしても良いようなものなのに、神様は管轄外かんかつがいのこととなるとまったくの無関心だ。きっとそういうところが、神様と人間の違うところなんだろう。

「どんな話になるのかなあ。ま、これまでのことを考えれば依頼は引き受けるんだろうけど」

 そのためにどんな貸しを作るんだろう。

「…………」

 そしてポンッと変なフレーズが頭に浮かんだ。

―― 貸しに菓子を要求? ……いやいや、それってどこのオヤジギャグ ――

 頭に浮かんだ考えを振り払った。


+++


 それから三十分ほどして客室から課長が出てきた。そして事務所を見まわすと、鎌倉かまくらさんと浜岡はまおかさんを呼んで手招きをする。どうやらさっき来た人達の依頼は、間違いなく鎌倉さん案件で確定らしい。

―― しかも浜岡さんも一緒に呼ばれてたし、今回の件、思っていたより大変なことなのかな ――

 鎌倉さんが担当する場合、だいたいは課長が同行する。課長は特殊技能持ちの職員ではない。同じ特殊技能持ちの浜岡さんが同行するということは、それなりに規模が大きな案件になるということだと思われる。けど……。

「課長に呼ばれた時の浜岡さんの顔、見ました?」

 私がそう言うと、一宮さんと榊さんが無言でブンブンとうなづいた。

「めちゃくちゃイヤそうでしたね」
「俺を巻き込むなって顔してたわね」

 浜岡さんのことだ、絶対に「なんで俺まで?!」ぐらいのことは思ってそう。いや、間違いなく思ってる。

「今年の浜岡さんの残業時間、また新記録更新になりそうだわね。そろそろ人事院から勧告がきそう」
「ていうか、まだ勧告がきていないことのほうが不思議ですけど」
「ほら、特殊技能持ち職員って少ないから。ここ数年、特殊技能持ちの職員は入ってきてないし」

 一般の技術職と違って訓練でどうにかなる分野じゃない分、新規職員の補充がままならないのが特殊技能持ち職員だ。だから人事院も見て見ぬふりをしているというのが現状なのだ。

「大々的に募集できないのが困りものですよね、特殊技能持ちの職員」
「それなのよね。この八百万やおよろずハロワだっておおやけにはなっていない部署だし」
「私達の生活、こんなにたくさんの神様のお世話になっているのに」

 そして一時間ほどして、客室のドアが開いた。皆、見ないふりをしているけど耳はダンボ状態だ。

「では、よろしくお願いします」
「お任せください。うちの職員はこの手のことに関しては優秀ですから」

 課長はニコニコしながら二人と一緒に事務所を出ていく。どうやら外までお見送りをするらしい。

「商談成立みたいね。すっごい笑顔だったし」
「ですねー」

 相手の偉い人も安堵の表情だったし、そこは間違いないだろう。客室から鎌倉さんと浜岡さんも出てきた。二人であれこれ話をしているのは、おそらく今回の件の段取りだと思われる。

「工事再開までどのぐらいかかるんでしょうね」
「どうなのかしらねー」

 課長が戻ってきた。

「さてー、みんな、そろそろおやつの時間だと思うんだけど、どうかな。今日はお客さんから洋菓子をいただいたので、それをみんなで食べて一服しよう」

 そう言いながら客室から紙袋を持ってくると、テーブルにお菓子の箱を並べていく。

「めちゃくちゃありますね」
「そりゃ、ここにいるのは職員だけじゃないからね。神様ー、神様達もどうぞー」

 課長の呼びかけに、ハロワで働く神様達も「なんじゃなんじゃ」と集まってきた。

「えーと、このお菓子がらみの件なんだけど、各自それぞれ食べながらで良いので聞いてほしい」

 お菓子を選んでいる中、課長が話を続けた。

「公園でトラブルが起きていることは、すでにここにいる全員の耳に入っていると思う。その件で、土木事務所から正式に依頼が来た。この依頼の件は、鎌倉君と浜岡君に任せることになったので、なにかあったら皆で二人のサポートをよろしく頼むね」

 全員が「はーい」と声をあげる。

「ところで今回はどんな貸しを押しつけたんですか?」

 榊さんが課長に質問をした。その質問に課長は少しだけ顔をしかめる。

「押しつけただなんて心外だな。二人とも僕の大事な部下だよ? その二人がリスクを背負って仕事をするんだから、そのへんの担保はきちんと保証してもらわないと」

 一体どんな条件をつけたのかはわからないけど、課長なりにきちんとした根拠はあるようだ。

「もちろん手土産てみやげ相殺そうさいなんてことはないからね。貸しを菓子で相殺そうさいなんて聞いたことないし」

 一瞬、ものすごいブリザードが事務所の中を吹き抜けた。
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