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第十六話 特殊技能持ち職員 1
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「だいじょうぶなのかな、あの神様達……」
連絡をとったのは自分ではあったが、いまさらながら心配になってきた。オバチャン神様の口ぶりから、天変地異ほどではないにしろ、なにかしら起きそうな予感がする。
「今週末、商店街に様子を見にいったほうが、良さそうな気がしてきた」
「だいじょうぶじゃろ」
それまで隠れていたパソコンの神様が、ひょっこりと顔を出した。
「どう考えても、だいじょうぶじゃなさそうでしたよ? 考えたくはないですけど、話がこじれて天変地異が起きたら、どうするんですか」
私の懲戒処分だけですむだろうか?などと、怖い考えがよぎるる
「そんなことは起きないと思うんじゃがな。あれこれ言ってはいたが、金物屋の神も結局は、あの商店街には戻りたいようじゃしの」
「えー、そうですかー?」
オバチャン神様はともかく、元金物屋の神様の顔つきは、どこから見ても戻りたくなさそうだった。少なくとも、自分にはそう見えた。神様同士だと、見えかたが違うのだろうか?
「そもそもじゃ。神同士は元から不仲だったわけではなく、それぞれの家の人間のいざこざがもとで、仲たがいをしたんじゃろ? そろそろ仲直りをしたいというのが、本音じゃろう」
「そうかなあ。あの話っぷりからすると、元から気が合わなさそうでしたけどねえ……」
自分は薬屋の神様とは直接会っていないので、なんとも言えないが。
「肉屋の神が言っていたじゃろうが。人間が原因で仲たがいしたままでいるのは、神の矜持にかかわると」
「そりゃそうですけどねー……」
「肉屋の神のことじゃ。和菓子屋の神の時と同じに、うまく丸めこむじゃろ」
「丸めこむって」
納得できたような、できないような、そんな微妙な気分になる。そしてそこで、思い出した。
「あ、それより神様! なんで隠れちゃうんですか! 少しぐらい、私を手助けしようっていう気持ちはないんですか? いつも、おみやげ持って帰ってきてるのに、あんまりじゃないですか」
「わしがいたら余計に話がこじれるじゃろ? それにわしはパソコンの神じゃ。職業の紹介は、お前さんの仕事じゃろ? 給料分は働かねば」
そこはたしかに、ごもっともな意見だ。だがしかし!
「でも、おみやげ分ぐらいは助けてくださいよー」
「パソコンのトラブルなら、いつでもお助けておるじゃろ?」
「えー……」
今回の神様の件は難題そうなのに、助けてもらえそうにない。
「いやあ、いつもながら羽倉さんの窓口は盛況だねえ」
その声を聴いたのは、たぶん半年ぶりぐらいかもしれない。振り返るとスーツに七三分けと、いかにも真面目な公務員でございます的な、メガネの男性職員が立っていた。
「あ、浜岡さん、お帰りなさい! お久しぶりすぎて、存在を忘れちゃうところでしたよー」
「あいかわらずだね、羽倉さん。一宮さんも久しぶりー」
向こうの窓口に座っている一宮さんにも、ニコニコしながら声をかける。一宮さんは困ったなーという顔をして、軽く会釈をした。その態度に、浜岡さんが首をかしげる。
「あれ? 僕、もしかしてお邪魔だった?」
「そうじゃないと思いますよ?」
少し訂正。今の一宮さんの表情は「困ったな」ではなく「誰でしたっけ?」だ。
「私はともかく、一宮さんには、顔すら覚えてもらえてないのでは? だって新年度になってすぐ、朝の挨拶もそうそうに、今回の出張に行っちゃったじゃないですか」
そうなのだ。一宮さんがやってきた初日、朝の朝礼が終わってすぐ、「出張行ってきまーす!」という言葉とともに、浜岡さんはロケットなみの勢いで、事務所を飛び出していった。そんな状態で、顔を覚えておけというほうが無理な話だった。
「今だって、めっちゃ不審そうに見られてますよ?」
「え?! マジか?! 一宮さん、僕の顔、覚えてるよね?!」
一宮さんがあいまいな笑みを浮かべる。
「あ、えーと……浜岡さんですよね?」
「それ、羽倉さんが名前を言ったから思い出したとか、そういうのじゃないよね?!」
「えーと、多分?」
一宮さんの言葉に、浜岡さんはショックを受けた様子だった。
「ショックすぎる……」
「浜岡さん、行ってきまーすから何日たちましたっけ?」
「……五ヶ月です」
「出張、長すぎですね」
「しかたないでしょー? 終わったから戻ろうとするタイミングで、新しい仕事が入ってくるんだから。そういうことは、新しい仕事をねじ込んでくる、上の人達に言ってくれる?」
僕が悪いわけじゃありません!とふくれている。
「一宮さん、覚えているかもしれないけど、念のために一応、紹介しておくね。こちら、鎌倉さんと同じ部署の浜岡さん。部署は同じだけど、出張が多いチームに所属しているの」
「一宮です! よろしくお願いします!」
「本当に覚えられてなかった……」
一宮さんの挨拶に、ますますショックを受けたようだ。
「しかたがないです、チラ見から五ヶ月たってますから」
「顔を覚えてもらえてないのって、僕だけ?」
「そうですねえ……浜岡さんと同じ日に出張に出て、戻ってない人は他にもいるので、多分そのあたりは全員、あらためて紹介しなきゃいけないかも」
少なくとも片手分ぐらいの人数はいるはず。
「だいたい、特殊技能持ちの職員が少なすぎだよ。もっと人数を増やさないと。僕達だって、体力が無尽蔵ってわけじゃないんだから」
「無尽蔵そうですけどねー」
一宮さんに紹介した通り、浜岡さんは私や一宮さんのような一般職員ではなく、特殊技能持ちの職員だ。詳しくは聞いたことはないが、鎌倉さんと同じで純粋な人間、のはず。
「ところで浜岡さん。今回の出張、なにか面白いことありました?」
「面白いことって、僕達、遊びに行ってるわけじゃないんだよ? 出張に行ってるんだよ?」
「でも、ありましたよね?」
真面目な顔で「遊びに行っていると思われてるなんて」とつぶやいてもだまされない。いつもその手の話を一番してくれるのは、当の浜岡さん自身なのだから。
「まあ、そうだね。道路拡張工事を進めるために、木の神様の説得を頼まれたことぐらいかな。これ、厚労省じゃなくて、国交省の仕事だよね。あっちにだって、特殊技能持ちの職員はいるだろうに」
「それはそれは。お疲れ様です」
「ま、詳しくは、お昼休みにでも。僕はこれから、報告書の作成をしなきゃ」
長すぎる出張から戻ってきたら戻ってきたで、いろいろとやることが山積みのようだ。
「あ、それよりも経費の計算が先かな。木の神様のことだけじゃなく、今回は足が出まくりで大変だったんだよ」
「お疲れさまでした。しばらくは出なくても、良さそうなんですか?」
「どうだろうねえ。さっきも言ったけど、この手の技能を持った職員が少なすぎなんだよ。こういう仕事は、機械化もできないからね。じゃあ、昼休みにね。その時におみやげを渡すよ。一宮さんもねー」
そう言って手をヒラヒラとふると、浜岡さんは榊さんの机に向かった。
「榊さんは僕の顔、忘れてないですよねー?」
「心配なくても、忘れてはいませんよ。はい、これ。ちゃんと請求しなさいね。自腹なんてとんでもないから」
榊さんは書類の束を浜岡さんに押しつける。
「今日中に提出してくださいね」
「えー……今日、戻ってきたばかりなのに」
「さっさとしないと忘れちゃうでしょ? 今日中に提出しなさい」
「了解しましたー」
書類の束を受け取ると、隣の部屋に入った。
「浜岡さんが戻ってきたってことは、そろそろ他の皆さんも、出張から戻ってくるころですよね」
「そうね。今回の出張、浜岡君が一番仕事量が多かったみたいなのよ。その彼が戻ってきたのなら、他の人達も、今日明日中には戻るんじゃないかしら」
というわけで、五ヶ月ぶりに、八百万ハローワークの職員全員がそろいそうな気配。このまま何事もなければ、週末の終業後はにぎやかなことになりそうだ。
「一宮さん、もしかしたら今週末は、第二次歓迎会とお疲れ様会があるかも」
「え、そうなんですか?」
「多分だけど。どこか希望のお店ある?」
「そりゃもう、あのイタリアンのお店一択ですよ! 石窯の神様のピザです! もちろん飲み会がなくても、私は行きますけどね!」
石窯ピザに対する一宮さんの思いは、まだまだ冷めていないようだ。
連絡をとったのは自分ではあったが、いまさらながら心配になってきた。オバチャン神様の口ぶりから、天変地異ほどではないにしろ、なにかしら起きそうな予感がする。
「今週末、商店街に様子を見にいったほうが、良さそうな気がしてきた」
「だいじょうぶじゃろ」
それまで隠れていたパソコンの神様が、ひょっこりと顔を出した。
「どう考えても、だいじょうぶじゃなさそうでしたよ? 考えたくはないですけど、話がこじれて天変地異が起きたら、どうするんですか」
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「えー、そうですかー?」
オバチャン神様はともかく、元金物屋の神様の顔つきは、どこから見ても戻りたくなさそうだった。少なくとも、自分にはそう見えた。神様同士だと、見えかたが違うのだろうか?
「そもそもじゃ。神同士は元から不仲だったわけではなく、それぞれの家の人間のいざこざがもとで、仲たがいをしたんじゃろ? そろそろ仲直りをしたいというのが、本音じゃろう」
「そうかなあ。あの話っぷりからすると、元から気が合わなさそうでしたけどねえ……」
自分は薬屋の神様とは直接会っていないので、なんとも言えないが。
「肉屋の神が言っていたじゃろうが。人間が原因で仲たがいしたままでいるのは、神の矜持にかかわると」
「そりゃそうですけどねー……」
「肉屋の神のことじゃ。和菓子屋の神の時と同じに、うまく丸めこむじゃろ」
「丸めこむって」
納得できたような、できないような、そんな微妙な気分になる。そしてそこで、思い出した。
「あ、それより神様! なんで隠れちゃうんですか! 少しぐらい、私を手助けしようっていう気持ちはないんですか? いつも、おみやげ持って帰ってきてるのに、あんまりじゃないですか」
「わしがいたら余計に話がこじれるじゃろ? それにわしはパソコンの神じゃ。職業の紹介は、お前さんの仕事じゃろ? 給料分は働かねば」
そこはたしかに、ごもっともな意見だ。だがしかし!
「でも、おみやげ分ぐらいは助けてくださいよー」
「パソコンのトラブルなら、いつでもお助けておるじゃろ?」
「えー……」
今回の神様の件は難題そうなのに、助けてもらえそうにない。
「いやあ、いつもながら羽倉さんの窓口は盛況だねえ」
その声を聴いたのは、たぶん半年ぶりぐらいかもしれない。振り返るとスーツに七三分けと、いかにも真面目な公務員でございます的な、メガネの男性職員が立っていた。
「あ、浜岡さん、お帰りなさい! お久しぶりすぎて、存在を忘れちゃうところでしたよー」
「あいかわらずだね、羽倉さん。一宮さんも久しぶりー」
向こうの窓口に座っている一宮さんにも、ニコニコしながら声をかける。一宮さんは困ったなーという顔をして、軽く会釈をした。その態度に、浜岡さんが首をかしげる。
「あれ? 僕、もしかしてお邪魔だった?」
「そうじゃないと思いますよ?」
少し訂正。今の一宮さんの表情は「困ったな」ではなく「誰でしたっけ?」だ。
「私はともかく、一宮さんには、顔すら覚えてもらえてないのでは? だって新年度になってすぐ、朝の挨拶もそうそうに、今回の出張に行っちゃったじゃないですか」
そうなのだ。一宮さんがやってきた初日、朝の朝礼が終わってすぐ、「出張行ってきまーす!」という言葉とともに、浜岡さんはロケットなみの勢いで、事務所を飛び出していった。そんな状態で、顔を覚えておけというほうが無理な話だった。
「今だって、めっちゃ不審そうに見られてますよ?」
「え?! マジか?! 一宮さん、僕の顔、覚えてるよね?!」
一宮さんがあいまいな笑みを浮かべる。
「あ、えーと……浜岡さんですよね?」
「それ、羽倉さんが名前を言ったから思い出したとか、そういうのじゃないよね?!」
「えーと、多分?」
一宮さんの言葉に、浜岡さんはショックを受けた様子だった。
「ショックすぎる……」
「浜岡さん、行ってきまーすから何日たちましたっけ?」
「……五ヶ月です」
「出張、長すぎですね」
「しかたないでしょー? 終わったから戻ろうとするタイミングで、新しい仕事が入ってくるんだから。そういうことは、新しい仕事をねじ込んでくる、上の人達に言ってくれる?」
僕が悪いわけじゃありません!とふくれている。
「一宮さん、覚えているかもしれないけど、念のために一応、紹介しておくね。こちら、鎌倉さんと同じ部署の浜岡さん。部署は同じだけど、出張が多いチームに所属しているの」
「一宮です! よろしくお願いします!」
「本当に覚えられてなかった……」
一宮さんの挨拶に、ますますショックを受けたようだ。
「しかたがないです、チラ見から五ヶ月たってますから」
「顔を覚えてもらえてないのって、僕だけ?」
「そうですねえ……浜岡さんと同じ日に出張に出て、戻ってない人は他にもいるので、多分そのあたりは全員、あらためて紹介しなきゃいけないかも」
少なくとも片手分ぐらいの人数はいるはず。
「だいたい、特殊技能持ちの職員が少なすぎだよ。もっと人数を増やさないと。僕達だって、体力が無尽蔵ってわけじゃないんだから」
「無尽蔵そうですけどねー」
一宮さんに紹介した通り、浜岡さんは私や一宮さんのような一般職員ではなく、特殊技能持ちの職員だ。詳しくは聞いたことはないが、鎌倉さんと同じで純粋な人間、のはず。
「ところで浜岡さん。今回の出張、なにか面白いことありました?」
「面白いことって、僕達、遊びに行ってるわけじゃないんだよ? 出張に行ってるんだよ?」
「でも、ありましたよね?」
真面目な顔で「遊びに行っていると思われてるなんて」とつぶやいてもだまされない。いつもその手の話を一番してくれるのは、当の浜岡さん自身なのだから。
「まあ、そうだね。道路拡張工事を進めるために、木の神様の説得を頼まれたことぐらいかな。これ、厚労省じゃなくて、国交省の仕事だよね。あっちにだって、特殊技能持ちの職員はいるだろうに」
「それはそれは。お疲れ様です」
「ま、詳しくは、お昼休みにでも。僕はこれから、報告書の作成をしなきゃ」
長すぎる出張から戻ってきたら戻ってきたで、いろいろとやることが山積みのようだ。
「あ、それよりも経費の計算が先かな。木の神様のことだけじゃなく、今回は足が出まくりで大変だったんだよ」
「お疲れさまでした。しばらくは出なくても、良さそうなんですか?」
「どうだろうねえ。さっきも言ったけど、この手の技能を持った職員が少なすぎなんだよ。こういう仕事は、機械化もできないからね。じゃあ、昼休みにね。その時におみやげを渡すよ。一宮さんもねー」
そう言って手をヒラヒラとふると、浜岡さんは榊さんの机に向かった。
「榊さんは僕の顔、忘れてないですよねー?」
「心配なくても、忘れてはいませんよ。はい、これ。ちゃんと請求しなさいね。自腹なんてとんでもないから」
榊さんは書類の束を浜岡さんに押しつける。
「今日中に提出してくださいね」
「えー……今日、戻ってきたばかりなのに」
「さっさとしないと忘れちゃうでしょ? 今日中に提出しなさい」
「了解しましたー」
書類の束を受け取ると、隣の部屋に入った。
「浜岡さんが戻ってきたってことは、そろそろ他の皆さんも、出張から戻ってくるころですよね」
「そうね。今回の出張、浜岡君が一番仕事量が多かったみたいなのよ。その彼が戻ってきたのなら、他の人達も、今日明日中には戻るんじゃないかしら」
というわけで、五ヶ月ぶりに、八百万ハローワークの職員全員がそろいそうな気配。このまま何事もなければ、週末の終業後はにぎやかなことになりそうだ。
「一宮さん、もしかしたら今週末は、第二次歓迎会とお疲れ様会があるかも」
「え、そうなんですか?」
「多分だけど。どこか希望のお店ある?」
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