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本編
第十話 マツラー君と青いヤツ
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・青いヤツは言わずと知れた希望が丘駅前商店街に登場するキーボ君。
・あのね医院さんは【小説家になろう】希望が丘駅前商店街シリーズで阿野根の作者様が書いておられる【あのね医院は今日もにぎやか~お年寄り限定~】の舞台である医院です。阿野根さんには許可をいただいております。
++++++++++
世の中は秋から冬へと移り変わり、世間ではインフルエンザの本格的流行を前に、予防接種をしましょうという話になっている。子供達は学校で集団接種をするところもあるけど、実のところ問題なのは大人の人達の方。お年寄りはかかりつけの病院に行く機会も多く、予防接種を受ける人が多いけど、社会人ってなかなか病院に行かないみたい。
ちなみに私達は、役所内の福祉医療課から直々の通達があったので、職員全員が接種済み。予防接種の啓発をする側で流行したらシャレにならないから、きちんと接種してくださいってことらしい。とは言え、予防接種したからインフルエンザには、絶対かからないってことじゃないんだけどね。やっぱりうがいと手洗いは大事よね。
そして今日のマツラー君は、予防接種と風邪ひき防止の啓発運動のために、市庁舎近くのとある駅前に出動中。そこには駅前商店街のマスコット君もいて、土曜日のお昼ということもあってか子供達が集まっていた。
「あの青い子って、何の動物がモデルなんでしょうね」
チラシ入りのポケットティシュを配っていた武藤さんに、コソッと質問をしてみる。一応はマツラー君はお喋りをしない設定なので、あまり大っぴらに声を出すことはできないけど、こうやってコソコソするぐらいなら問題はない。何てったって、こちちらは着ぐるみのプロじゃないんだから、多少のお喋りは問題ない、はず。
「デザインには、それなりの理由があるみたいなんだけどね、特定のモデルがあるわけじゃないみたい」
「へえ、ってことは謎生物ってことですね」
それはマツラー君も同じなんだけど、少なくともこの子は、ブラウン系で見ようによってはハムスターやリスに見えるので、そこまで謎生物ってほどじゃないと思う。だけど、目の前で子供達に囲まれている子の体の色は、あざやかな青色。どう見ても謎生物。もちろん愛嬌のある顔をしているので、宇宙怪人とか悪役モンスターって感じはしないけれど、少なくとも地球上の生物っぽくは見えていないと思う。
「ところで、今日は商店街の反対側の病院に行くことになっているんだけど、歩くの大丈夫?」
「はい。もう夏みたいに、暑くてバテるってことはないので、歩くのはまったく平気ですよ。でもどうして?」
「ここの商店街の自治会の人がね、あの青い子は台車で移動するから、もし良ければマツラー君も運びますよって、言ってくれているの」
「台車、ですか」
「そう。ここらへんでは、キーボ君タクシーって呼ばれているらしいけどね」
「タクシー……なるほど、物は言いようですね」
「帰りはそれ、でこっちの駐車場まで送ってくれるそうよ」
ちなみに、目の前にいる青い子の名前はキーボ君。マツラー君より、少し早く生まれた地域のマスコットキャラクターで、この辺一帯の地名である希望が丘にちなんで命名され、デザイン的には商店街内できちんと理由づけされているものらしい。そして商店街界隈ではとても人気者とのこと。
自治会長さんが言うには、キーボ君はマツラー君がやってきて、新しいお友達ができてとても喜んでいるらしい。ま、最初に顔を合わせた時は、お互いに何処を見ているか分からない顔つきな者同士で、向き合った時はちょっとシュールな雰囲気になっちゃったけど。
「別の意味で注目されそうですね、台車で送迎だなんて」
「ここの人達はキーボ君で慣れているから、珍しがらなかったりして」
「あー、それはあるかも」
そしてどう慣れているのかは、病院までの道のりで証明された。何故か駅前担当のキーボ君が、マツラー君を病院までエスコートしてくれることになって、二人?二匹?で並んでアーケード内を歩いていると、お店の人達が普通にキーボ君に声をかけてくるのだ。「おや新しい友達かい?」とか「もしかして昼間からデートかい?」とか。つまりはキーボ君は単なるマスコットではなく、ここの住人としてすでに定着しているってことみたい。
お互いに性別不明の謎生物なのに、デートなんてどうなの?と思いつつ、そこで思いっきり否定するのも失礼な話なので、一応は体をかしげて“どうでしょう?”的なジェスチャーをしてみると、可愛いわねって言われてしまった。可愛いって言われたことは喜ばしい事ではあるよね。
そして到着したのは、駅前とは商店街をはさんで反対側にある、開業医の“あのね医院”さん。普段はお年寄りの患者さんが多い病院も、ここしばらくは、予防接種に訪れる子ども達や学生さん達がたくさんいるんだとか。ここでは先生から、風邪ひき防止のために何をすれば良いかという説明を、患者さん達と一緒に聞かせてもらうことになっている。
送ってくれたキーボ君とはここでお別れ。彼?彼女?はこれで本日のお仕事は終りなんだって。送ってもらったことに対して、お礼を言う代わりにお辞儀(らしき仕草)をした。本当は握手するべきなんだろうけど、最初に顔を合わせた時に握手しようとしたら、お互いのお腹が邪魔な腹ドン状態になっちゃって、相手の手に触れることすらできないという……。何て言うか可愛い寸胴体型も、こういう時には実に不便なんだなって思った瞬間だった。
立ち去るキーボ君に手を振って見送ると病、院の方へと体を向ける。実のところ、私もここでのお仕事が終わったら今週のお仕事は終了で、今日のこの半日分の代休は何処で取ろうかなあ……などと考えながら、病院の前まで歩いていって立ち止まった。目の前にはガラスのドア。建物と入口には目立った段差はなし。だけど……。
「入口、入れるかな……」
マツラー君は、さっきのキーボ君と比べても一回り小さいとはいえ、普通の人よりも横幅がある。入口のガラス張りのドアは両開きにはなってるようだけれど、通り抜けるには微妙な幅で、ちょっとの間ドアの前に立ち止まって考え込んでしまった。すると病院の背の高い看護師のお兄さんがやってきて、片側のドアのロックをはずすと、マツラー君が通れるようにと大きくドアを開けてくれた。
「いらっしゃい。足元、気をつけてくださいね。まだ完全なバリアフリー化はしていないので」
お年寄りの患者さんが多いためか、靴を脱いで上がるところの段差は低い。だけどマツラー君の足、かなり短いからね……。小走りに入って低い段差を上がると、待合室にはニコニコ顔のお爺ちゃんお婆ちゃん、そして子ども達が待っていて、マツラー君のためには、背もたれの無いパイプ椅子が置かれていた。私が皆さんの前で紹介されて椅子に座ると、先生がやってきて色々なお話をしてくれた。インフルエンザも当然のことながら、とにかく風邪は万病のもと、たかが風邪と侮るなかれということを、先生は分かりやすく説明してくれた。
それから、活動報告のホームページに載せる写真として、皆で写真を撮ることに。一緒に写真を撮った人の希望があれば、写真を配布することになっているので、武藤さんが希望者の人数を確認して、写真はあのね医院さんにお届けすることになった。意外と希望者が多くて、ちょっと嬉しかったかな。
武藤さんの、写真の受付や諸々の作業が終わるのを待っている間、周りに座っていたお婆ちゃん達に「フワフワだねえ」とか「可愛いねえ」と言われながら何となく病院の外に目をやると、長身の男の人がこちらに背中を向けて立っている。あれ? もしかして佐伯さんじゃ? 私服だし背中だけでは分かんないから、こっちを向いてくれないかなと思っていたら、それが伝わったのか、こちらに顔を向けた。あ、やっぱり佐伯さんだ。体をかしげて手を振ると、ニッコリと笑ってうなづいてくれた。
そんなマツラー君の様子に、お婆ちゃん達が医院の外に目を向けた。そして合点がいったという顔をして、ウンウンと皆でうなづいている。
「おや、お迎えかい?」
「この子はキーボ君のカノジョかと思ったら違うんかい」
「おやおや。ってことは、マツラーさんは女の子さんだったってことかいな」
「じゃあこれからは、マツラーちゃんと呼ばなきゃいけないね」
「頭にリボンをつけると女の子らしくて良いんじゃないかねえ」
「いやいや、この子は何もつけない方が可愛いんじゃよ」
そんなことを、楽しそうに話しているお婆ちゃん達にペコリと会釈をして、そのまま入口のドアの方へと向う。段差に気をつけながら降りて、それからドアを開け……あ、お腹がドアにつっかえるから、この子の短い手ではドアの引手に届かないんじゃ? それに気がついて頭では立ち止まろうとしたんだけど、何故か足は勝手にそのまま進んでしまい、ドアに正面衝突してその反動で引っくり返ってしまった。うーん、私の頭と手足が、何気に連携できてないという衝撃的な真実が明らかになった瞬間。あのね医院さんのドアを突き破って壊さなかったのが、不幸中の幸い?
「大丈夫か?」
天井を見つめながら、一人で起き上がるにはどうしたものかと考えていると、ドアの開く気配と共に、佐伯さんの声がして抱き起された。目の前の景色が急転して、こちらを心配そうと言うより、吹き出しそうな顔をしている佐伯さんの顔が視界に入ってくる。
「すみません……」
「手が短いんだから気をつけないと」
「足が短いのは気にしていたんですけど」
「マツラーちゃんのカレシさんは人間みたいなヤツじゃな」
「人間みたいじゃなくて、人間なんですよ、お爺さん」
そんな声に人の目があることを思い出し、慌てて口をつぐむと、両手で届かないお腹辺りをパタパタと叩く仕草をしてみせる。一応は体についた埃を掃っている仕草、のつもり。それを見た佐伯さんは、背中を軽くはたいてくれた。
「大丈夫、背中は汚れてないから。すっ転んだのが道路じゃなくて院内で良かったな、マツラー君」
「……ありがとうございます」
コソッとささやくと、佐伯さんは聞こえたらしくうなづいてくれた。そこへ武藤さんがやってくる。
「マツラー君、キーボ君タクシーで送ってもらうことになっているから、阿野根さんの裏口の方に回ってくれる? ……病院の裏口の方に回って、そこから台車で運ぶから。立原さんはそこで、東雲君から自分の荷物を受け取ったら、今日は終業して良いわよ」
最後の方は、私にだけ聞こえるようにささやいた。
「え?」
「今日はお疲れ様。ここで上がってくれたら良いから」
「良いんですか?」
「うん。後は庁舎に帰るだけだし、この子は“お風呂”に入れなきゃいけないから、帰りに業者さんのところで降ろすのよ」
「ああ、そうでした」
前は一ヶ月ぐらいクリーニングしなくても、三体で回していたから汚れも目立たなかった。だけど最近は出掛ける機会も増え、三体同時にあっちとこっちに出張なんてことも珍しくなくなっていて、薄汚れてくるのが早くなっているのよね。なので少しスケジュールに余裕が出てきた週に“お風呂”、つまり専門業者さんへクリーニングに出すようにしているのだ。最近はその“お風呂”の回数が増え、予算的にも馬鹿に出来ない額になってきているので、汚れ対策の一つとして、佐伯さんが前に言っていた服を着せるのはどうかって話にもなっている。
「それに、せっかくカレシさんがお迎えに来てくれたんだしね。最近はマツラー君で休日返上で頑張ってくれているから、ちょっとした私からのボーナスだと思っておいて」
そう言って武藤さんは、マツラー君の頭をポンポンと軽く叩いて微笑んだ。
+++
【今日のマツラー君のお写真】
希望が丘駅前商店街:キーボ君と共に
・あのね医院さんは【小説家になろう】希望が丘駅前商店街シリーズで阿野根の作者様が書いておられる【あのね医院は今日もにぎやか~お年寄り限定~】の舞台である医院です。阿野根さんには許可をいただいております。
++++++++++
世の中は秋から冬へと移り変わり、世間ではインフルエンザの本格的流行を前に、予防接種をしましょうという話になっている。子供達は学校で集団接種をするところもあるけど、実のところ問題なのは大人の人達の方。お年寄りはかかりつけの病院に行く機会も多く、予防接種を受ける人が多いけど、社会人ってなかなか病院に行かないみたい。
ちなみに私達は、役所内の福祉医療課から直々の通達があったので、職員全員が接種済み。予防接種の啓発をする側で流行したらシャレにならないから、きちんと接種してくださいってことらしい。とは言え、予防接種したからインフルエンザには、絶対かからないってことじゃないんだけどね。やっぱりうがいと手洗いは大事よね。
そして今日のマツラー君は、予防接種と風邪ひき防止の啓発運動のために、市庁舎近くのとある駅前に出動中。そこには駅前商店街のマスコット君もいて、土曜日のお昼ということもあってか子供達が集まっていた。
「あの青い子って、何の動物がモデルなんでしょうね」
チラシ入りのポケットティシュを配っていた武藤さんに、コソッと質問をしてみる。一応はマツラー君はお喋りをしない設定なので、あまり大っぴらに声を出すことはできないけど、こうやってコソコソするぐらいなら問題はない。何てったって、こちちらは着ぐるみのプロじゃないんだから、多少のお喋りは問題ない、はず。
「デザインには、それなりの理由があるみたいなんだけどね、特定のモデルがあるわけじゃないみたい」
「へえ、ってことは謎生物ってことですね」
それはマツラー君も同じなんだけど、少なくともこの子は、ブラウン系で見ようによってはハムスターやリスに見えるので、そこまで謎生物ってほどじゃないと思う。だけど、目の前で子供達に囲まれている子の体の色は、あざやかな青色。どう見ても謎生物。もちろん愛嬌のある顔をしているので、宇宙怪人とか悪役モンスターって感じはしないけれど、少なくとも地球上の生物っぽくは見えていないと思う。
「ところで、今日は商店街の反対側の病院に行くことになっているんだけど、歩くの大丈夫?」
「はい。もう夏みたいに、暑くてバテるってことはないので、歩くのはまったく平気ですよ。でもどうして?」
「ここの商店街の自治会の人がね、あの青い子は台車で移動するから、もし良ければマツラー君も運びますよって、言ってくれているの」
「台車、ですか」
「そう。ここらへんでは、キーボ君タクシーって呼ばれているらしいけどね」
「タクシー……なるほど、物は言いようですね」
「帰りはそれ、でこっちの駐車場まで送ってくれるそうよ」
ちなみに、目の前にいる青い子の名前はキーボ君。マツラー君より、少し早く生まれた地域のマスコットキャラクターで、この辺一帯の地名である希望が丘にちなんで命名され、デザイン的には商店街内できちんと理由づけされているものらしい。そして商店街界隈ではとても人気者とのこと。
自治会長さんが言うには、キーボ君はマツラー君がやってきて、新しいお友達ができてとても喜んでいるらしい。ま、最初に顔を合わせた時は、お互いに何処を見ているか分からない顔つきな者同士で、向き合った時はちょっとシュールな雰囲気になっちゃったけど。
「別の意味で注目されそうですね、台車で送迎だなんて」
「ここの人達はキーボ君で慣れているから、珍しがらなかったりして」
「あー、それはあるかも」
そしてどう慣れているのかは、病院までの道のりで証明された。何故か駅前担当のキーボ君が、マツラー君を病院までエスコートしてくれることになって、二人?二匹?で並んでアーケード内を歩いていると、お店の人達が普通にキーボ君に声をかけてくるのだ。「おや新しい友達かい?」とか「もしかして昼間からデートかい?」とか。つまりはキーボ君は単なるマスコットではなく、ここの住人としてすでに定着しているってことみたい。
お互いに性別不明の謎生物なのに、デートなんてどうなの?と思いつつ、そこで思いっきり否定するのも失礼な話なので、一応は体をかしげて“どうでしょう?”的なジェスチャーをしてみると、可愛いわねって言われてしまった。可愛いって言われたことは喜ばしい事ではあるよね。
そして到着したのは、駅前とは商店街をはさんで反対側にある、開業医の“あのね医院”さん。普段はお年寄りの患者さんが多い病院も、ここしばらくは、予防接種に訪れる子ども達や学生さん達がたくさんいるんだとか。ここでは先生から、風邪ひき防止のために何をすれば良いかという説明を、患者さん達と一緒に聞かせてもらうことになっている。
送ってくれたキーボ君とはここでお別れ。彼?彼女?はこれで本日のお仕事は終りなんだって。送ってもらったことに対して、お礼を言う代わりにお辞儀(らしき仕草)をした。本当は握手するべきなんだろうけど、最初に顔を合わせた時に握手しようとしたら、お互いのお腹が邪魔な腹ドン状態になっちゃって、相手の手に触れることすらできないという……。何て言うか可愛い寸胴体型も、こういう時には実に不便なんだなって思った瞬間だった。
立ち去るキーボ君に手を振って見送ると病、院の方へと体を向ける。実のところ、私もここでのお仕事が終わったら今週のお仕事は終了で、今日のこの半日分の代休は何処で取ろうかなあ……などと考えながら、病院の前まで歩いていって立ち止まった。目の前にはガラスのドア。建物と入口には目立った段差はなし。だけど……。
「入口、入れるかな……」
マツラー君は、さっきのキーボ君と比べても一回り小さいとはいえ、普通の人よりも横幅がある。入口のガラス張りのドアは両開きにはなってるようだけれど、通り抜けるには微妙な幅で、ちょっとの間ドアの前に立ち止まって考え込んでしまった。すると病院の背の高い看護師のお兄さんがやってきて、片側のドアのロックをはずすと、マツラー君が通れるようにと大きくドアを開けてくれた。
「いらっしゃい。足元、気をつけてくださいね。まだ完全なバリアフリー化はしていないので」
お年寄りの患者さんが多いためか、靴を脱いで上がるところの段差は低い。だけどマツラー君の足、かなり短いからね……。小走りに入って低い段差を上がると、待合室にはニコニコ顔のお爺ちゃんお婆ちゃん、そして子ども達が待っていて、マツラー君のためには、背もたれの無いパイプ椅子が置かれていた。私が皆さんの前で紹介されて椅子に座ると、先生がやってきて色々なお話をしてくれた。インフルエンザも当然のことながら、とにかく風邪は万病のもと、たかが風邪と侮るなかれということを、先生は分かりやすく説明してくれた。
それから、活動報告のホームページに載せる写真として、皆で写真を撮ることに。一緒に写真を撮った人の希望があれば、写真を配布することになっているので、武藤さんが希望者の人数を確認して、写真はあのね医院さんにお届けすることになった。意外と希望者が多くて、ちょっと嬉しかったかな。
武藤さんの、写真の受付や諸々の作業が終わるのを待っている間、周りに座っていたお婆ちゃん達に「フワフワだねえ」とか「可愛いねえ」と言われながら何となく病院の外に目をやると、長身の男の人がこちらに背中を向けて立っている。あれ? もしかして佐伯さんじゃ? 私服だし背中だけでは分かんないから、こっちを向いてくれないかなと思っていたら、それが伝わったのか、こちらに顔を向けた。あ、やっぱり佐伯さんだ。体をかしげて手を振ると、ニッコリと笑ってうなづいてくれた。
そんなマツラー君の様子に、お婆ちゃん達が医院の外に目を向けた。そして合点がいったという顔をして、ウンウンと皆でうなづいている。
「おや、お迎えかい?」
「この子はキーボ君のカノジョかと思ったら違うんかい」
「おやおや。ってことは、マツラーさんは女の子さんだったってことかいな」
「じゃあこれからは、マツラーちゃんと呼ばなきゃいけないね」
「頭にリボンをつけると女の子らしくて良いんじゃないかねえ」
「いやいや、この子は何もつけない方が可愛いんじゃよ」
そんなことを、楽しそうに話しているお婆ちゃん達にペコリと会釈をして、そのまま入口のドアの方へと向う。段差に気をつけながら降りて、それからドアを開け……あ、お腹がドアにつっかえるから、この子の短い手ではドアの引手に届かないんじゃ? それに気がついて頭では立ち止まろうとしたんだけど、何故か足は勝手にそのまま進んでしまい、ドアに正面衝突してその反動で引っくり返ってしまった。うーん、私の頭と手足が、何気に連携できてないという衝撃的な真実が明らかになった瞬間。あのね医院さんのドアを突き破って壊さなかったのが、不幸中の幸い?
「大丈夫か?」
天井を見つめながら、一人で起き上がるにはどうしたものかと考えていると、ドアの開く気配と共に、佐伯さんの声がして抱き起された。目の前の景色が急転して、こちらを心配そうと言うより、吹き出しそうな顔をしている佐伯さんの顔が視界に入ってくる。
「すみません……」
「手が短いんだから気をつけないと」
「足が短いのは気にしていたんですけど」
「マツラーちゃんのカレシさんは人間みたいなヤツじゃな」
「人間みたいじゃなくて、人間なんですよ、お爺さん」
そんな声に人の目があることを思い出し、慌てて口をつぐむと、両手で届かないお腹辺りをパタパタと叩く仕草をしてみせる。一応は体についた埃を掃っている仕草、のつもり。それを見た佐伯さんは、背中を軽くはたいてくれた。
「大丈夫、背中は汚れてないから。すっ転んだのが道路じゃなくて院内で良かったな、マツラー君」
「……ありがとうございます」
コソッとささやくと、佐伯さんは聞こえたらしくうなづいてくれた。そこへ武藤さんがやってくる。
「マツラー君、キーボ君タクシーで送ってもらうことになっているから、阿野根さんの裏口の方に回ってくれる? ……病院の裏口の方に回って、そこから台車で運ぶから。立原さんはそこで、東雲君から自分の荷物を受け取ったら、今日は終業して良いわよ」
最後の方は、私にだけ聞こえるようにささやいた。
「え?」
「今日はお疲れ様。ここで上がってくれたら良いから」
「良いんですか?」
「うん。後は庁舎に帰るだけだし、この子は“お風呂”に入れなきゃいけないから、帰りに業者さんのところで降ろすのよ」
「ああ、そうでした」
前は一ヶ月ぐらいクリーニングしなくても、三体で回していたから汚れも目立たなかった。だけど最近は出掛ける機会も増え、三体同時にあっちとこっちに出張なんてことも珍しくなくなっていて、薄汚れてくるのが早くなっているのよね。なので少しスケジュールに余裕が出てきた週に“お風呂”、つまり専門業者さんへクリーニングに出すようにしているのだ。最近はその“お風呂”の回数が増え、予算的にも馬鹿に出来ない額になってきているので、汚れ対策の一つとして、佐伯さんが前に言っていた服を着せるのはどうかって話にもなっている。
「それに、せっかくカレシさんがお迎えに来てくれたんだしね。最近はマツラー君で休日返上で頑張ってくれているから、ちょっとした私からのボーナスだと思っておいて」
そう言って武藤さんは、マツラー君の頭をポンポンと軽く叩いて微笑んだ。
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【今日のマツラー君のお写真】
希望が丘駅前商店街:キーボ君と共に
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