俺の彼女は中の人

鏡野ゆう

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本編

第九話 杏奈さんの始めの一歩

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「何だか御機嫌だね、立原たちはらさん。どうしたの」

 週明け職場で、向こう一週間の内勤分の予定とマツラー君の予定をチェックしていると、東雲しののめさんからそんな感じで声をかけられた。

「そうですか?」
「何か良いことでもあった?」
「ああ、そうですね、良いことありました。実は先日、お見合いパーティなるものに参加する機会がありまして、そこでお会いした方と、お付き合いすることになったんです」

 その言葉に、東雲さんは飲みかけていたコーヒーを、危うく噴き出しかけた。あら、なんて失礼な。私だって年頃の女の子なんですから、誰かとお付き合いしたりするんですよ? ああ、女の子っていうのは、ちょっとサバ読みすぎかな。

「お見合いパーティってまた……何て言うか、立原さんらしくないね」
「そうですか? 知り合いが勤めているイベント企画会社が、企画したものなんですけどね。親会社が大手広告代理店でしっかりしたところだし、参加されている方も皆さん公務員なので、きちんとした方ばかりでしたよ? あ、ちなみに相手が女性の場合もあるみたいです。東雲さん、いかがですか?」

 結婚するなら、手堅い公務員が良いかなっていつも言っているし、そうなると女性の警察官さんや自衛官さんは希望通りの人達なんじゃないかなって思う。それに東雲さんならイケメンさんだし、身内も手堅い大学の教授や銀行員さんって話だから、身上調査でも余裕でパスするんじゃないかな。

「うーん……俺としては、もっと自然な出会いをしたいかなあ」
「職場とかでですか?」
「そんなところかな」

 職場と言っても市役所内の人数なんてたかが知れている。マツラー君の出張時だって、スタッフさんは意外と年配の人が多かったり男性が多かったりで、東雲さんと同世代、つまりは三十代前半とか少し下の二十代後半の未婚女性って、なかなかいそうでいない。そりゃ東雲さんが、年上の女性が好みと言うのであれば、可能性はあるけれど。

「お見合い企画、合コンと同じレベルだと思ってます?」
「いや、お見合いパーティの企画を、大手広告代理店がやっているってのは聞いたことあるし、別に偏見があるわけじゃないんだ。ただ、立原さんがそういうのに参加したってのが、意外な感じでね。ほら、今まで結婚したいとか、お見合いしたとか聞いたことなかったし」
「欠員が出たので頼まれたんですよ」
「でも付き合うことにはなったと」
「はい」

 やっぱり意外だなあと、しみじみ呟いている。そりゃ、今まで特に結婚願望が強かったわけでもないし、そんな話を他の子達ともしたことなかったから、意外に思われてもしかたがないことかも。実際のところ私だって、佐伯さえきさんに会わなかったら、おいしいお料理をお腹いっぱい食べて終わりだったと思うし。

「ところで、相手は何処に勤めているんだい?」
「海です」
「海?」

 東雲さんが首をかしげる。

「あー、正確には護衛艦だったかな。ほら、夏の海の日イベントで遠征したじゃないですか、港。あそこが母港の護衛艦に、乗っている人なんです」
「ってことは、もしかして相手の人は海上自衛官?」
「はい」
「ってことは、なかなか会えないんじゃ? 相手が艦に乗っているってことは、出航して連絡が取れないってことも多いんだろ?」

 それは一花いちかにも言われたことなんだ。まさか私が、おいしいものを食べるだけじゃなく、相手を見つけちゃって付き合うことになるとは思ってなかった彼女は、佐伯さんが護衛艦に乗っている人だと知って、同じことを言ってきた。そして本当に大丈夫なの?って。

 だけどこんな風に、同じことを佐伯さん含めて二人にも言われるってことは、本当に会えないことでうまくいかなくなる人が多いのかなあ……なんて、ちょっとだけ心配になったのも事実。ま、うまく夫婦生活を続けている人の方が多いんだし、そんなに簡単にあきらめないけどね。

「そうみたいですよ。だから相手も、お付き合いすることに関しては、ちょっと及び腰だったみたいなんですよね。どちらかと言うと、私が押せ押せな感じだったかも」
「ええ? そりゃまたまた意外な。初対面なんだよね、相手とは]
「実は初対面じゃなくて、イベントで会った人なんです。ほら、うちのブースに、自衛官さんが集まってたじゃないですか、あの中にいた人なんですよ」
「え?! あの時に会った人なんだ」
「だから東雲さんも会っていると思います。えーっと、マツラー君のことを肘掛にしていた、背の高い自衛官さんなんですけど」

 私の言葉に、東雲さんは記憶をたどるように考え込む。それから“ああ思い出した”と呟きながらうなづいた。

「あの時の人なのか」
「そうなんですよ。会場で偶然に会いまして、甘いもの好きで話し込んでいたら何なく」
「ふーん……」
「あの、何か?」
「いや、突然なことで驚いたのと、立原さんらしくない意外な経緯だったからさ。困難は多いかもしれないけど、頑張って。この場合はやっぱり目指せ結婚式?」
「……あ、そうなるんですね?」

 私の間の抜けた反応に、東雲さんは苦笑いしながら自分の席に戻っていった。正直お付き合いすることばかり考えていて、その先のことまで頭が回っていなかったよ。ちょっとお馬鹿な私……。


+++++


 佐伯さんによると、海の日のイベント当日は、久し振りに日本に戻ってきた日だったらしい。それまでは、ニュースでも何度か流れていたこともある、米軍との合同訓練に参加していてずっと海にいたらしく、本来なら当分の間は、長期の訓練航海は無いはずなんだそうだ。

 だけど何にでも例外ってものがあるみたいで、佐伯さんが所属している護衛艦が、その例外ってやつだったみたい。ああ、別に特に重要な任務に連続してつくというわけじゃなくて、どちらかと言うと艦長さんが訓練好き?みたいな。とは言え、普通に一年の三分の一ぐらいは海の上っていうんだから、大変な仕事だなって思う。

 まあそれも後から聞いた話なんだけど、しばらく電話もつながらないしメールの返事も返ってこない日が続いたので、もしかしたらそうなのかな?と思っていたら案の定だったわけ。もちろん連絡が来ないからって、落ち込むことはない。だって話は最初に聞いていたし、そういう日が来るだろうっていうのは、佐伯さんから事前に聞いていたから。ただ本当にいきなりなんだなって、変なところで感心してしちゃった。

 そんなわけでその間にあるイベント、この時期はハロウィンイベントや秋の交通安全キャンペーンが中心なんだけど、マツラー君がお呼ばれしたのでバイト君に変わって私が行くことにした。だって、ハロウィン仕様の衣装で頭にカボチャの帽子、それとオレンジ色の蝶ネクタイをしたマツラー君の写真を撮ってもらう、絶好のチャンスだったし? せっかくなら、そういう珍しい服装(?)の時の写真も、佐伯さんに見せてあげたいと思ったんだよね。今は見ることができなくても、何処かの港に寄ることがあれば、携帯電話も確認できるって言われていたし。

 もちろんマツラー君の写真だけじゃなくて、友達と一緒に食べに行ったカボチャ尽くしのランチの写真も、是非一緒に行きましょうねっていうメッセージ付きで送っておいた。だってマツラー君の写真ばかりじゃ、本当に“立原たちはら杏奈あんなは仮の姿で、本当の姿がマツラー?”って思われちゃうでしょ?

 そして写真を送ってしばらくして、佐伯さんから久し振りにメールが来た。

「ん? 写真?」

 メールには返事ができなくてゴメンってことと、私が送った写真に対しての感想 ―― カボチャの帽子がなかなか似合っている ―― が書かれていて、それから一枚の写真が添付されていた。そこには何故か、フグ刺しとフグのフィギュア。フグ……ってことは佐伯さんは今、下関しものせきのあたりにいるって思っておいたら良いのかな? まさか護衛艦での食事にフグ刺しが出るわけないから、きっとこれは上陸した時に食べてたってことなんだろう。

「……電話してくれれば良いのに」

 今は訓練航海の途中だから自由時間って無いのかな? ん? だけどフグ刺し食べているってことは、自由時間だよね? あ、もしかして久し振りの上陸で、同僚の人と飲んだくれている可能性もあり?

「電話してみようかな……」

 写真が送られてきたってことは、今なら電話に出られるかもしれないってことだもんね。ダメモトでかけてみようと、短縮に入れてあった佐伯さんの電話番号を押す。

『はい!』

 は、はやっ!! 呼び出し、一回鳴ったか鳴らなかったかって感じだったよ?

「こんばんは、いま大丈夫なんですか?」
『ああ、上陸許可が出ている同僚と、飯を食いにきてるから大丈夫』

 電話の向こうで、冷やかしているらしい複数の声が聞こえてくる。うわあ、もしかしてものすごくタイミング悪かったかも。

「あの、かけ直しましょうか? フグ刺し、食べ損ねたら困りますし」
『いやいや、フグ刺しより杏奈さんと話す方が大事だから。ちょっと移動するから待ってて』

 さらに冷やかしの声が大きくなって、それに対して佐伯さんがうるさい黙れ!と言っているのがおかしすぎて、思わす笑ってしまった。しばらくして電話の向こうが静かになる。

『ごめん、うるさい連中でさ。杏奈さんを紹介しろって、しつこくて困っていたんだ』
「もしかして、微妙なタイミングで電話しちゃいました?」
『写真を送ったから、もしかしたら電話かかってくるかもと思っていたから大丈夫。お陰であいつらの追撃もかわせたし』
「なら良いんですけど。ところでフグ刺しは分かりますけど、横にあったフグのフィギュアは何?」
『ああ、あれね。店に入る前に御当地ガチャなんてのがあってさ。色々と面白そうなものが入ってるから、一回だけ回してみたんだ。で、出たのがあれだったってわけ。せっかくだから一緒に撮って、送ろうと思ったんだ」
「じゃあ本当に下関にいるんですね」
『まあそんなところ』

 返事の内容が若干ぼやかし気味なのは、それ以上は言えませんってことみたい。だからこれ以上は、深く追求しないことにする。

『ところでマツラーの衣装、帽子とリボンはハロウィンらしくて可愛いかったけど、あいつって服は着ないの? 考えてみたら今の状態って、素っ裸だよな?』
「……そりゃそうですけど、あの大きさに衣装を着せるのは大変ですよ? 今のところ男の子か女の子かも決まってないし」

 言われてみればそうなんだよね。他のキャラの中には固定された衣装を着ている子もいる。だけどマツラー君は小柄とはいえ着ぐるみだし、たくさん布を使うから予算的な問題もあるわけで……。

『せめて冬場だけでも、なにか着せてやってほしいかな』
「そうですか? んじゃあ一度、その提案を出してみますね」
『今のままでも十分に可愛いけどね』

 寸胴体型だから難しいかもしれないけど、提案だけはしてみよう。意外と洋服が可愛いって、言ってもらえるかもしれないし。

「ところで佐伯さん、都内の博物館で十一月から面白そうな展示をするんですよ。年明けまでやっているから、もし時間が合うようなら一緒に行きませんか?」
『都内?』
「はい。松平まつひらじゃなくて都内だから、佐伯さんの職場から余裕で二時間圏内だし、普通のお休みの日に行けるかなって。一応この前のハロウィンイベントで休日出勤したので、代休一日分をキープしてるんですよ。ただ一か月前には申請しなきゃいけないので、早めに分かると助かるんだけど」
『分かった、こっちの休みが確定したらすぐに知らせるよ』
「良かった。楽しみにしてますね」

 それからしばらく他愛のない話をして電話を切った。切る間際に、電話代が凄いことになるから次はこっちからかけるよと言われて時計を見たら、三十分も話し込んでいたみたい。ご飯中に悪い事をしちゃったかなと思いつつ、次に会う時は一緒に博物館に行けそうなので、それがすごく楽しみで一人でニマニマしてしまったのは秘密。


+++


 【今日のマツラー君のお写真】
 某ショッピングモール:ハロウィンイベントでカボチャ帽子です~
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