9 / 39
本編
第八話 海の男と中の人の出会い side - 佐伯
しおりを挟む
最初に彼女、立原杏奈さんに出会ったのは、母港で催されていた地元の海の日のイベントだった。そこのブースで売られているまんじゅうがエラくうまいらしいという話を耳にしたので、同僚の寺脇と共に出向いた時の事だ。
そこは東京都に属しているある中規模の行政市のブースで、まんじゅうの他にも色々なものが売られていた。そしてテントの奥から、何やら茶色くて丸いものがジッとこちらを見つめている。まんじゅうを頬張りながら何気にその視線が気になって、足がその物体の元へと向いていた。
「これ、なんなんだ?」
「こちらのマスコットキャラらしいぞ。松平市の公式キャラだそうだ」
「へえ……休憩中だそうだ」
「そりゃ中の人だって、昼休みぐらいとるだろ、飯も食わなきゃいけないし」
「そりゃそうだ」
よく見れば、柔らかそうな腹のところに紙が貼ってあり、手書きで【マツラー君ただ今休憩中】の文字が。つまりはジッとしているのではなく、今は中に入っている人が不在ということなんだろう。それなのに視線を感じるとは、大した着ぐるみだと感心してしまう。しかし見れば見るほど不思議な生き物だな、これは何をモデルに作られたものなんだろう、クマ? ハムスター? カワウソ? 中の人がいないのであれば良いだろうと、頭を軽く叩いてみる。思った以上にしっかりした作りのようだ。腹を突いてみると、そこは空洞らしくフニャリと凹んだ。
「何してんだよ、佐伯~~」
そんな俺を見た寺脇が、呆れた様子で声をかけてきた。
「ん? なんだか触り心地良いなって。新しいせいだろうな、そのうち子供達に触られまくって、真っ黒になる運命か」
何となくお腹の辺りの毛が毛羽立っているのは、恐らく子供達からの洗礼を何度も受けているせいだろう。こちらもたまに制服オタクな民間人に囲まれたりするが、着ぐるみ達のように、子供達からの容赦ない突撃は今のところ受けたことがない。この毛羽立っている部分が黒くなるのも時間の問題だろうなと、ベージュ色の腹部分を眺めながら、少しばかり気の毒に思った。
「おい、佐伯、あまり触りまくるなよ、それこそ汚れるぞ。黒い餡子がついたら大変だろ、淡い色だから目立つし」
「そうだな」
うなづいて振り返ろうとした拍子に、まんじゅうの中身がこぼれ落ちた。
「あ、しまった」
「ちょっと餡子をつけたりしないでください ―― っ!!」
中に誰もいないと思っていたそいつがいきなり立ち上がったので、驚いて思わず後ずさる。
「うわっ、中に人がいたのかよ!」
「もう、食べ物の汚れはとれにくいんだからっ!! わあっ」
そいつは、俺に向かって短い手を振り上げながら、文句を言いつつ向かってこようとしたらしいが、短い足が絡まったのか、目の前で前のめりに倒れ込んでしまう。地面の固さに負けて、全体がペシャリと平べったくなったところが、何とも哀愁を誘う光景だ。そして倒れた拍子に背中の部分が見えて、チョコンと飛び出た尻尾が見えた。こいつはもしかして、ハムスターなんだろうか?
そんなことを考えつつ、倒れたままになっている茶色い物体を抱えて抱き起す。見た目も他の着ぐるみ達よりも一回りほど小さいせいか、重さも思っていたよりもずっと軽いものだった。
「おい、大丈夫か?」
抱き起してからフラフラしているので、何か踏んでいてバランスが取れないのかと思い、そいつを支えながら足元を見ると、右足の部分の布が不自然な形で突き出ていた。こいつ、中に金属の棒でも入っているのか?
「足のところで何か突き出てるぞ?」
「え?! 破れちゃったとか?」
そいつはギョッとしたように体を震わせて、足元を見ようとしている、らしい。丸い体は前屈するのには向いていないらしく、その様子は傍から見ると、体を前後左右に揺すって踊っているようにしか見えなかった。
「いや、そこまででもないけど、そのまま踊り続けたら、破れて中が飛び出すかも」
「踊ってなんかいませんー!」
「そうなのか、楽しそうに上下左右に動いているから、てっきり踊っているものかと。ちょっとジッとしてな」
見た感じ、中から何かが飛び出しているのだから、中に手を入れなければこの突起は取り除けないだろう。この手の着ぐるみと言うのは大抵は後ろにファスナーがあって、そこから人が出入りしているものだ。そいつの後ろに回り込む。
茶色い毛に埋もれているファスナーを見つけると、一気に下ろした。そして中を覗きこんだ俺の目に飛び込んできたのは、可愛らしいTシャツとジャージのズボンをはいた女の子、いや女性だった。声からして女性が入っているらしいということは分かっていたが、まさかその女性がこんなに若くて可愛い子だとは予想外で、しばらくファスナーを下げた目的を忘れ、中にいる彼女の顔を見つめていた。
「ちょっと! いきなり中をのぞくとか、ありえないですよ!!」
その憤慨した声に我に返ると、あわてて足元に視線を落とす。
「いや、何か困ってるから、困っている原因を取り除いてやろうと思って。ああ、椅子を入れてたのか。そりゃ足が八本になったらもつれて当然だよな、人間はタコじゃないんだから」
着ぐるみの足元は、彼女の足と着ぐるみの足、そしてパイプ椅子の足とで混沌とした状態になっている。どうやら休憩中というのは本当だったようで、ジッとしていたのは中で椅子に座っていたからに違いない。丸い体の中はそこそこの空間があるから、パイプ椅子程度なら問題なく運び込むことができたのだろう……ただし、ジッとしているならば、の話だが。
転がってしまったのは、俺が落とした餡子に反応して思わず動いてしまったからのようで、少しばかり気の毒なことをしてしまった。椅子を取り出すと足から突き出していた尖がりは無くなり、ようやくまともに立つことができるようになって、中の彼女もホッとした顔をしている。
「あの……ありがとうございます。あ、餡子は……」
「ああ、足元に落ちただけだから」
「え、ってことは私が転がった時に……」
「あ、ちょっと待って」
前に回りこみ腹の辺りをのぞきこんでみると、幸いなことに、落とした餡子は着ぐるみの腹に貼りつけてあった、紙に張りついていた。それを見てホッとして視線を上げると、着ぐるみの丸い目がジッとこちらを見下ろしていて、余りの近さに思わず怯みそうになった。
「うん、大丈夫。ちょうど休憩中の文字のところで、ペタンコにのされてる」
咄嗟に怯んだことを誤魔化そうと、無理やり笑みを顔に張りつけてその目を覗き込む。何故か中の彼女と目があったような気がした。
「そうですか、よかった……あの、頼みついでで申し訳ないんですけど、後ろのファスナー、閉めてもらえます?」
「了解」
立ち上がるともう一度後ろに回り込んで、ファスナーを上げてやった。彼女の姿が見えなくなるのが、何となく寂しく感じたのは何故だろうと、内心首をかしげながら。それからお腹の紙もはがし、餡子が落ちないように折り畳むと、それを後ろにあったゴミ箱に放り込んだ。
「こんな暑い日に大変だねえ、えーと……これ、なんて名前?」
前に回り込むと、もう一度その茶色い着ぐるみを上から下まで眺める。
「マツラー君です。……マツラーちゃんかも、性別は決まってないので」
「マツラーね。明日の最終日も出るのかい?」
「そのつもりです」
「へえ。じゃあ明日も時間がとれたら、まんじゅうを買いに来るよ」
「お買い上げありがとうございます。おいしいって思ったなら、他の人にも宣伝してもらえると嬉しいんですけど」
「分かった」
俺と寺脇がそのブースから離れる時、そのマツラーはひょこひょこと歩きながら、子供達の相手をしていた。そしてこちらに気がついたのか、立ち去る俺達に手を振ってきた……ような気がした。あれは恐らく手を振っていたんだと思う。多分。
そして次の日も彼女に告げた通り、非番だった連中も連れてまんじゅうを買いに顔を出した。着ぐるみの彼女はそれを見て喜んでくれたようで、俺が横に立った時に「有難うございます」と嬉しそうに話しかけてきた。ただ申し訳なかったのは、俺達全員が制服のままで来たものだから、イベントの客というよりもミリオタや制服オタを呼び込んでしまったらしく、ブースの前が大変な混雑状態になってしまったことだ。
「すまない、ちょっと考えなしだった」
「大丈夫ですよ、皆さんお行儀の良い人ばかりみたいだし。写真を撮ったついでにいろいろと買ってくれているので、千客万来です。皆さんの集客力は凄いですよ。あらためて目の当たりにしてビックリです」
マツラーが嬉しそうに横ではねている。テントの人だかりを眺めながら、何となくその頭に肘を乗せてみると丁度よい高さで、つい買い物を終えて戻ってきた連中と、そのまま話し込んでしまった。
その時はさほど意識はしていなかったんだが、他の客に愛想を振りまいている彼女を見るのが、何となく面白くなかったのだ。他の連中は中の彼女のことを知らないんだから、ただの着ぐるみが跳ねているとしか思っていないはずなのに、とにかく面白くないと感じていた。だから自分の横でジッとしているようにと、肘掛けにしておさえ込んでいたわけだ。まあ途中で彼女の方が肘掛け状態に耐えられなくなって、飛び跳ねながら抗議してきたんだが。
そしてイベントが終わり彼女達が地元へと帰る日、来年の海の日にもイベントがあるから是非来いよと言うと、ありがとうございますと元気な返事が返ってきた。自分が異動になれば当然のことながら会えなくなるのに、馬鹿なことを言ったものだなと笑ってしまったのは、その日の夜になってから。自宅でパソコンを開き松平市のサイトをのぞいてみると、そこにはマツラーのページが設けられており、様々な地域で参加したイベントの写真が載っていた。その中には、俺達と一緒に写っている画像も掲載されている。そう言えば広報から、掲載しても良いかという問い合わせがあったとか言っていたな。
「へえ……団子が好きなのか、こいつ」
好物の食べ物が、市役所近くにある和菓子屋のみたらし団子だと書いてある。なかなか芸が細かいなと思いつつ、その数か月後、まさか再会した彼女とスイーツ三昧をするなんて夢にも思わず、中の彼女も団子が好きなんだろうか?などと考えている自分がいた。
+++++
「お前、本当にあの時のお嬢さんを部屋につれこんだのか」
お見合い企画が終わってから二日後、休暇日が終わって職場に戻ったその日、艦橋に上がる直前で顔を合わせた寺脇が、こちらの顔を見たとたんに声をかけてきた。
「つれこんだなんて人聞きの悪い。ご招待したと言ってくれ」
「同じだろ」
「いや、違う」
「まったく……お前のすることは極端すぎてついていけん」
「なんだよ、お前が勝手に俺の名前を書いて、無理やり参加させたんだろうが」
そうだ。こいつが勝手に俺の名前を書いて、あの企画苦に無理やりに参加させた張本人だ。お蔭で彼女に再会できたわけだが、それは結果論であって、勝手にと無理やりが帳消しになるわけではない。
「だからって、会ったばかりのお嬢さんを部屋につれこむか?」
「ご招待」
「ああもう! ご招待でも何でも良いが、とにかく、おかしいだろ。しかも一泊しただと?」
「彼女とは初めてあったわけじゃないから、会ったばかりのというのには該当しない、それと正確には二泊だ」
「は?」
「おい、何処かの御当地キャラみたいな顔になってるぞ」
「俺にもちゃんと分かるように説明しろ、二泊だって?」
「それより仕事が先だ」
「終わったらきちんと説明させるからな、逃げるなよ?」
この場で立ち話するわけにもいかないので、寺脇は指をさして俺に念押しすると、艦橋に入っていく。取り敢えずは仕事が終わるまでは、あいつも静かにしているということだ。一年間のお試しという提案をしてきた彼女と次に会えるのは、年を越してからだろうなと考えつつ、頭を切り替えてヤツの後に続いた。
そこは東京都に属しているある中規模の行政市のブースで、まんじゅうの他にも色々なものが売られていた。そしてテントの奥から、何やら茶色くて丸いものがジッとこちらを見つめている。まんじゅうを頬張りながら何気にその視線が気になって、足がその物体の元へと向いていた。
「これ、なんなんだ?」
「こちらのマスコットキャラらしいぞ。松平市の公式キャラだそうだ」
「へえ……休憩中だそうだ」
「そりゃ中の人だって、昼休みぐらいとるだろ、飯も食わなきゃいけないし」
「そりゃそうだ」
よく見れば、柔らかそうな腹のところに紙が貼ってあり、手書きで【マツラー君ただ今休憩中】の文字が。つまりはジッとしているのではなく、今は中に入っている人が不在ということなんだろう。それなのに視線を感じるとは、大した着ぐるみだと感心してしまう。しかし見れば見るほど不思議な生き物だな、これは何をモデルに作られたものなんだろう、クマ? ハムスター? カワウソ? 中の人がいないのであれば良いだろうと、頭を軽く叩いてみる。思った以上にしっかりした作りのようだ。腹を突いてみると、そこは空洞らしくフニャリと凹んだ。
「何してんだよ、佐伯~~」
そんな俺を見た寺脇が、呆れた様子で声をかけてきた。
「ん? なんだか触り心地良いなって。新しいせいだろうな、そのうち子供達に触られまくって、真っ黒になる運命か」
何となくお腹の辺りの毛が毛羽立っているのは、恐らく子供達からの洗礼を何度も受けているせいだろう。こちらもたまに制服オタクな民間人に囲まれたりするが、着ぐるみ達のように、子供達からの容赦ない突撃は今のところ受けたことがない。この毛羽立っている部分が黒くなるのも時間の問題だろうなと、ベージュ色の腹部分を眺めながら、少しばかり気の毒に思った。
「おい、佐伯、あまり触りまくるなよ、それこそ汚れるぞ。黒い餡子がついたら大変だろ、淡い色だから目立つし」
「そうだな」
うなづいて振り返ろうとした拍子に、まんじゅうの中身がこぼれ落ちた。
「あ、しまった」
「ちょっと餡子をつけたりしないでください ―― っ!!」
中に誰もいないと思っていたそいつがいきなり立ち上がったので、驚いて思わず後ずさる。
「うわっ、中に人がいたのかよ!」
「もう、食べ物の汚れはとれにくいんだからっ!! わあっ」
そいつは、俺に向かって短い手を振り上げながら、文句を言いつつ向かってこようとしたらしいが、短い足が絡まったのか、目の前で前のめりに倒れ込んでしまう。地面の固さに負けて、全体がペシャリと平べったくなったところが、何とも哀愁を誘う光景だ。そして倒れた拍子に背中の部分が見えて、チョコンと飛び出た尻尾が見えた。こいつはもしかして、ハムスターなんだろうか?
そんなことを考えつつ、倒れたままになっている茶色い物体を抱えて抱き起す。見た目も他の着ぐるみ達よりも一回りほど小さいせいか、重さも思っていたよりもずっと軽いものだった。
「おい、大丈夫か?」
抱き起してからフラフラしているので、何か踏んでいてバランスが取れないのかと思い、そいつを支えながら足元を見ると、右足の部分の布が不自然な形で突き出ていた。こいつ、中に金属の棒でも入っているのか?
「足のところで何か突き出てるぞ?」
「え?! 破れちゃったとか?」
そいつはギョッとしたように体を震わせて、足元を見ようとしている、らしい。丸い体は前屈するのには向いていないらしく、その様子は傍から見ると、体を前後左右に揺すって踊っているようにしか見えなかった。
「いや、そこまででもないけど、そのまま踊り続けたら、破れて中が飛び出すかも」
「踊ってなんかいませんー!」
「そうなのか、楽しそうに上下左右に動いているから、てっきり踊っているものかと。ちょっとジッとしてな」
見た感じ、中から何かが飛び出しているのだから、中に手を入れなければこの突起は取り除けないだろう。この手の着ぐるみと言うのは大抵は後ろにファスナーがあって、そこから人が出入りしているものだ。そいつの後ろに回り込む。
茶色い毛に埋もれているファスナーを見つけると、一気に下ろした。そして中を覗きこんだ俺の目に飛び込んできたのは、可愛らしいTシャツとジャージのズボンをはいた女の子、いや女性だった。声からして女性が入っているらしいということは分かっていたが、まさかその女性がこんなに若くて可愛い子だとは予想外で、しばらくファスナーを下げた目的を忘れ、中にいる彼女の顔を見つめていた。
「ちょっと! いきなり中をのぞくとか、ありえないですよ!!」
その憤慨した声に我に返ると、あわてて足元に視線を落とす。
「いや、何か困ってるから、困っている原因を取り除いてやろうと思って。ああ、椅子を入れてたのか。そりゃ足が八本になったらもつれて当然だよな、人間はタコじゃないんだから」
着ぐるみの足元は、彼女の足と着ぐるみの足、そしてパイプ椅子の足とで混沌とした状態になっている。どうやら休憩中というのは本当だったようで、ジッとしていたのは中で椅子に座っていたからに違いない。丸い体の中はそこそこの空間があるから、パイプ椅子程度なら問題なく運び込むことができたのだろう……ただし、ジッとしているならば、の話だが。
転がってしまったのは、俺が落とした餡子に反応して思わず動いてしまったからのようで、少しばかり気の毒なことをしてしまった。椅子を取り出すと足から突き出していた尖がりは無くなり、ようやくまともに立つことができるようになって、中の彼女もホッとした顔をしている。
「あの……ありがとうございます。あ、餡子は……」
「ああ、足元に落ちただけだから」
「え、ってことは私が転がった時に……」
「あ、ちょっと待って」
前に回りこみ腹の辺りをのぞきこんでみると、幸いなことに、落とした餡子は着ぐるみの腹に貼りつけてあった、紙に張りついていた。それを見てホッとして視線を上げると、着ぐるみの丸い目がジッとこちらを見下ろしていて、余りの近さに思わず怯みそうになった。
「うん、大丈夫。ちょうど休憩中の文字のところで、ペタンコにのされてる」
咄嗟に怯んだことを誤魔化そうと、無理やり笑みを顔に張りつけてその目を覗き込む。何故か中の彼女と目があったような気がした。
「そうですか、よかった……あの、頼みついでで申し訳ないんですけど、後ろのファスナー、閉めてもらえます?」
「了解」
立ち上がるともう一度後ろに回り込んで、ファスナーを上げてやった。彼女の姿が見えなくなるのが、何となく寂しく感じたのは何故だろうと、内心首をかしげながら。それからお腹の紙もはがし、餡子が落ちないように折り畳むと、それを後ろにあったゴミ箱に放り込んだ。
「こんな暑い日に大変だねえ、えーと……これ、なんて名前?」
前に回り込むと、もう一度その茶色い着ぐるみを上から下まで眺める。
「マツラー君です。……マツラーちゃんかも、性別は決まってないので」
「マツラーね。明日の最終日も出るのかい?」
「そのつもりです」
「へえ。じゃあ明日も時間がとれたら、まんじゅうを買いに来るよ」
「お買い上げありがとうございます。おいしいって思ったなら、他の人にも宣伝してもらえると嬉しいんですけど」
「分かった」
俺と寺脇がそのブースから離れる時、そのマツラーはひょこひょこと歩きながら、子供達の相手をしていた。そしてこちらに気がついたのか、立ち去る俺達に手を振ってきた……ような気がした。あれは恐らく手を振っていたんだと思う。多分。
そして次の日も彼女に告げた通り、非番だった連中も連れてまんじゅうを買いに顔を出した。着ぐるみの彼女はそれを見て喜んでくれたようで、俺が横に立った時に「有難うございます」と嬉しそうに話しかけてきた。ただ申し訳なかったのは、俺達全員が制服のままで来たものだから、イベントの客というよりもミリオタや制服オタを呼び込んでしまったらしく、ブースの前が大変な混雑状態になってしまったことだ。
「すまない、ちょっと考えなしだった」
「大丈夫ですよ、皆さんお行儀の良い人ばかりみたいだし。写真を撮ったついでにいろいろと買ってくれているので、千客万来です。皆さんの集客力は凄いですよ。あらためて目の当たりにしてビックリです」
マツラーが嬉しそうに横ではねている。テントの人だかりを眺めながら、何となくその頭に肘を乗せてみると丁度よい高さで、つい買い物を終えて戻ってきた連中と、そのまま話し込んでしまった。
その時はさほど意識はしていなかったんだが、他の客に愛想を振りまいている彼女を見るのが、何となく面白くなかったのだ。他の連中は中の彼女のことを知らないんだから、ただの着ぐるみが跳ねているとしか思っていないはずなのに、とにかく面白くないと感じていた。だから自分の横でジッとしているようにと、肘掛けにしておさえ込んでいたわけだ。まあ途中で彼女の方が肘掛け状態に耐えられなくなって、飛び跳ねながら抗議してきたんだが。
そしてイベントが終わり彼女達が地元へと帰る日、来年の海の日にもイベントがあるから是非来いよと言うと、ありがとうございますと元気な返事が返ってきた。自分が異動になれば当然のことながら会えなくなるのに、馬鹿なことを言ったものだなと笑ってしまったのは、その日の夜になってから。自宅でパソコンを開き松平市のサイトをのぞいてみると、そこにはマツラーのページが設けられており、様々な地域で参加したイベントの写真が載っていた。その中には、俺達と一緒に写っている画像も掲載されている。そう言えば広報から、掲載しても良いかという問い合わせがあったとか言っていたな。
「へえ……団子が好きなのか、こいつ」
好物の食べ物が、市役所近くにある和菓子屋のみたらし団子だと書いてある。なかなか芸が細かいなと思いつつ、その数か月後、まさか再会した彼女とスイーツ三昧をするなんて夢にも思わず、中の彼女も団子が好きなんだろうか?などと考えている自分がいた。
+++++
「お前、本当にあの時のお嬢さんを部屋につれこんだのか」
お見合い企画が終わってから二日後、休暇日が終わって職場に戻ったその日、艦橋に上がる直前で顔を合わせた寺脇が、こちらの顔を見たとたんに声をかけてきた。
「つれこんだなんて人聞きの悪い。ご招待したと言ってくれ」
「同じだろ」
「いや、違う」
「まったく……お前のすることは極端すぎてついていけん」
「なんだよ、お前が勝手に俺の名前を書いて、無理やり参加させたんだろうが」
そうだ。こいつが勝手に俺の名前を書いて、あの企画苦に無理やりに参加させた張本人だ。お蔭で彼女に再会できたわけだが、それは結果論であって、勝手にと無理やりが帳消しになるわけではない。
「だからって、会ったばかりのお嬢さんを部屋につれこむか?」
「ご招待」
「ああもう! ご招待でも何でも良いが、とにかく、おかしいだろ。しかも一泊しただと?」
「彼女とは初めてあったわけじゃないから、会ったばかりのというのには該当しない、それと正確には二泊だ」
「は?」
「おい、何処かの御当地キャラみたいな顔になってるぞ」
「俺にもちゃんと分かるように説明しろ、二泊だって?」
「それより仕事が先だ」
「終わったらきちんと説明させるからな、逃げるなよ?」
この場で立ち話するわけにもいかないので、寺脇は指をさして俺に念押しすると、艦橋に入っていく。取り敢えずは仕事が終わるまでは、あいつも静かにしているということだ。一年間のお試しという提案をしてきた彼女と次に会えるのは、年を越してからだろうなと考えつつ、頭を切り替えてヤツの後に続いた。
4
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
貴方の腕に囚われて
鏡野ゆう
恋愛
限られた予算の中で頭を悩ませながら隊員達の為に食事を作るのは、陸上自衛隊駐屯地業務隊の補給科糧食班。
その班員である音無美景は少しばかり変った心意気で入隊した変わり種。そんな彼女の前に現れたのは新しくやってきた新任幹部森永二尉だった。
世界最強の料理人を目指す彼女と、そんな彼女をとっ捕まえたと思った彼のお話。
奈緒と信吾さんの息子、渉君のお話です。さすがカエルの子はカエル?!
※修正中なので、渉君の階級が前後エピソードで違っている箇所があります。
練習なのに、とろけてしまいました
あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。
「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく
※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる