俺の彼女は中の人

鏡野ゆう

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本編

第六話 先輩な神様の魔法? 3

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佐伯さえきさんがお断りならお断りで、私は気にしませんよ。無理して頼まれようなんて思わなくて良いです。別に今回のことで、海上自衛隊の悪口を言って回ることなんてことしませんから」

 まだちょっと意地悪なことが言い足りなくて、そんな風に言うと、佐伯さんはますますションボリしちゃって困ったなって顔になった。二十八歳の年上の人が、どうしてこういう可愛い顔になるのか不思議だし、これってやっぱり反則だと思うんだな。佐伯さんのこの顔が可愛いって感じるかどうかは、人それぞれで個人差があるとは思うけど、とにかく私は彼のこういう顔が、とても可愛いと感じちゃうのだ。……もしかしてSの気でもあるのかな、私。

「いや、無理しているわけじゃないんだ。最初に頼まれてくれるって言ってくれた時は、すごく嬉しかったのは本当だしね。だから立原さんに、その気持ちがまだ残っているのかなって思っただけだよ。その気が失せたって言うなら、俺はあきらめる」

 そんなにあっさりと引き下がる気になっちゃうって、一体どういうことなんだろうって思う。よほど周りの同僚さんで同じ境遇の人が多いのかな。なんだかそれってちょっと不幸? いやいや、かなり不幸な状況じゃ? ここは誰か一人が現状を打破して、皆の希望の星になるべきなんじゃないのかな?なんて、我ながら突飛とっぴな考えが浮かんだ。

「……何もしないうちからあきらめちゃうって、どうなのかなって思いますよ、佐伯さん」
「え?」
「あのね、頼まれる気はまだありますよ。だけど、今までの佐伯さんの話を聞いていると、相手が我慢するばかりじゃないですか。そういうのはイヤですからね、私」
「つまりはお互いに努力しましょうってこと?」
「そういうことです。でね、考えたんですけど、一年を通して色々と二人で試していくっていうのは、どうでしょう?」
「どういうこと?」
「一年の間に色々なイベントがあるじゃないですか。お誕生日とかクリスマスとかバレンタインとか、とにかく色々な諸々のイベント。そういうのをどうすごせていくのかって、試していくんですよ。会えなくてもちゃんと二人でそのイベントが楽しめるなら、その後もうまくいくんじゃないかなって思うんですけど」

 私の提案を吟味ぎんみしているのか、しばらく黙り込んだまま考えている。

「ま、会えない状態でどう楽しめるのか、今は分かんないですけどね。あとは佐伯さんしだいかな」
「じゃあさ、これからの一年間の色んなことを二人で試していく前に、まずは」

 佐伯さんが少しだけ悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべ、こちらにかがみこんできた。

「体の相性、試しておかない? ここの客室のベッドの使い心地も気になることだし」

 あまりにストレートな提案に、飲んでいたお茶を噴き出しそうになる。

「な、なんでいきなりそこに飛ぶんですか?!」
「だって大事なことだろ? いざ結婚を前提に付き合うことになったのは良いけど、そっちの相性が最悪だったら困るじゃないか」

 俺はいたって真面目な提案をしていますよ?という表情をして見せているけど、口元がムニュムニュしているのは何故?

「それはそうなんでしょうけど、いきなりすぎて、なんて言ったら良いのか分かりません」
「大事なことだと思わない?」
「まあ大事だとは思いますけどね。ただあの、もしかしてそれだけが目的ってことないですよね?」
「それだけって?」
「だから~、付き合うのはイヤだけど、相性を試す行為だけがしたいとか」
「あれ、まさか俺がやり逃げするような男とでも?」
「そんなこと……ちょっとだけよぎったかもです」

 正直に答えると、佐伯さんはちょっと傷ついた顔をした。

「あのさ、この際だから白状するけど、実のところ俺、立原さんに一目惚れしてたんだよね」
「え?! 言うに事欠いてなに言ってるんですか! お断りする気満々だったくせに」

 そう言いながら、私がお断りのお返事なんですねって尋ねた時、残念そうな顔をしていたことを思い出した。もしかして、私のことを考えてお断りしようと決めたのを、本当に残念だって思っていたってこと?

「そりゃ、一目惚れした子には、離婚した相手と同じ苦労はさせたくないって思うのが、普通だろ?」
「だったら最初から、そう言えば良いじゃないですか。なのにお断りするのが良いと思うみたいなこと言って、挙句に今になって一目惚れしたとか。ん? それっていつ一目惚れ?」
「海の日」
「……はい?」

 あのイベントの日? あの日に佐伯さんと顔を合わせたのって、抱き起こしてもらって椅子を引っ張り出してもらった、一瞬だけじゃなかったかな。次の日にお友達と来た時には、肘掛にされながらも中からは出なかったはずだし。

「嘘じゃないよ。あの時に可愛い子だなって思って、来年も会えたら良いなって思ったんだ」
「でも今日は私のこと、分からなかったですよね?」
「ほら、マツラーの印象が強烈すぎて」

 え、ちょっと待って。それってどういう意味?

「マツラー君込みで一目惚れされてるとか……ちょっと笑えないかも」
「いや、別にマツラーに惚れたとかそういうことじゃないから。ちゃんと人間の立原さんに、一目惚れしたんだからね?」

 その点は誤解しないでくれよって、しつこいぐらいに念押しされて思わず笑ってしまう。

「最近は、マツラー君が自分の分身みたいに思えているから、マツラー君に惚れてもらっても良いですけどね。何だか変なイメージが頭の中を横切っていったので、ちょっと微妙な気分にはなりますけど」
「だから、俺が一目惚れしたのは立原さんだから。ファスナーを開けた時、まさかこんな可愛い子が入っているとは思わなくて、不意打ちされた気分だったよ。それと、これは中の人を他の連中には見せられないなって思った」

 そう言われてみれば、初めて会った次の日、他の人を連れてきた時も、佐伯さんは片時もマツラー君から離れようとしなかったっけ。あの時は、単に高さが丁度良いから肘掛にされているとばかり思っていたけど、本当は、他の人がちょっかい出してこないようにガードしていたということ? 外見はマツラー君なのに?

「で、少なくともこれから一年間はお付き合いをすることになったわけだから、一目惚れした立原さんを逃がさないためにも、まずは体の相性をお試し」
「何ですか、その理屈」
「ん? なんていうかマーキングがしたいってやつ?」

 さっきまで散々あれこれ言いながら足踏み状態だったくせに、いざ、お付き合いをすると決めた途端にベッドに誘ってくるなんて、何たる変わり身の早さ。しかも逃がさないためとか? なんだかそれって、もうお試しする気がまったく無いように聞こえるんだけど。

「あの」
「なに?」
「ちゃ、ちゃんと避妊はしてくださいね? 今の佐伯さんの言葉を聞いていると、事前に言っておかないと、逃がさないためとかマーキングとか、笑いごとじゃすまないような気がしてきました」

 私の言葉に愉快そうに笑っているけど、なんだか本当にシャレにならないような気がするんだよね。

「そんなに笑うことないじゃないですか、私、これでも真面目に言ったんですよ?」
「ごめんごめん。あまりに真剣な顔して言うからさ、つい笑ってしまったんだ。大丈夫だよ、俺はその点ではお行儀の良い、海の男だから」

 やっぱり可愛いだけで決めちゃダメだったかも?と、ニッコリと微笑む佐伯さんの顔を見ながら思ってしまった。


+++++


 そして私は佐伯さんと一緒に、ホテルの一室にいる。

 何でそんな用意周到なんです?って尋ねたら、自分で取った部屋じゃなくて、制服に着替えるために取ってもらった部屋なんだとか。護衛艦が停泊している港からこのホテルまでは結構な距離があって、基地からこのホテルまでは私服での移動して、到着してからこの部屋で持ってきた制服に着替えたらしい。何だか色々と大変ですねって呟いたら、そのお陰で立原さんをここに連れてこられたんだから、結果オーライなんじゃないかな?だって。

 佐伯さんが上着を脱いでハンガーにかけているのを見ながら、そう言えば最初に会った時は夏服で、上から下まで真っ白な制服だったなあって思い出す。あの夏の制服にクラッと来ちゃう女の子も多いそうだ。確かにあの夏服はなかなかカッコいいと思う。だけど今の黒い制服もなかなかじゃないかな。特に佐伯さんは背が高いから見栄えがするって言うか、あの時だって、アメリカ海軍の人と並んでいてもまったく見劣りしなかったし。これっていわゆる、制服効果かっこよさ五割増しってやつ?

「いつまでそうやって、俺のことをこそこそ見ているつもり?」
「こそこそなんて見てませんよ。こういう時って、何をしていたら良いのかな~って」
「一緒に服を脱ぐとか?」
「そんなことできないですよ」
「だったら俺が脱がせることになるけど、良いのかな?」

 そう言いながらこちらにやってくる佐伯さん。マジですか?!

「あ、あのですね、せめてシャワーとか使わせて欲しいかな?なんて、お願いするのはダメなんでしょうか?」
「シャワーね、いいよ、一緒に浴びてくれるなら」
「え?」
「ん? シャワー使いたいんだろ?」
「はい」
「じゃあ一緒にね」
「……」
「何か御不審な点でも?」
「御不審だらけなんですけど、聞き入れてもらえないような気がしてきました」
「大変よくできました」

 そこで褒めてもらっても嬉しくないんだけどな……。

 とにかく自衛官さんっていうのは、何でもテキパキって感じで物事を進めてい行く人達らしい。私が尻込みする時間を与えないためにわざとなのか、とにかくあっと言う間に有無を言わせない口調で命令されるがまま服を脱いで、気がついたらお湯の下に立っていた。せない……。

「ほら、そんなにボーッと立っていたら、お湯がどんどん流れていっちゃうよ」

 一人でバスルームに押し込まれて安心したのもつかの間、すぐ後ろで佐伯さんの声がした。

「あの、本当に一緒に?」
「こんな状況下でいまさらでしょ、杏奈あんなさん」
「こんな状況下とは、二人とも何も着ていない状態で、バスルームにいるってことですよね」
「その通りです。安心して良いよ、ここにいる間は、体を洗うのとお湯を浴びる以外は何もしないから。最初はやっぱりベッドから始めないとね。あ、だからと言って、バスルームに明日まで籠城ろうじょうしようだなんて考えないように」

 ……先手を打たれてしまった。

 そんなわけでシャワーを使わせてもらったんだけど、その時に佐伯さんの手が、とても優しく体を撫でてくれるってことに気がついた。チラリと視線を下に落とした時に見えた感じでは、何て言うか優しさとは無縁ないわゆる臨戦態勢ってやつだったのに、そんなことまったく感じさせない本当に優しい手つきで、思わずうっとりしちゃうほど。最初はバスルームの壁にもたれていたはずが、いつの間にか佐伯さんの方に寄りかかっていた。

「なんだか、撫でてもらって喜んでいる猫みたいだね、杏奈さん」
「だって気持ちいいんですもん、佐伯さんの手」
「それは良かった。だけど気持ちいいからって、寝てもらったら困るよ?」

 寝てしまったら色々な方法で起こすのが楽しみではあるんだけどねと笑うと、佐伯さんはシャワーを止めて私のことを軽々と抱き上げた。

「体、拭かないと。このままだとベッドが濡れちゃいますよ」
「どうせ濡れちゃう以上のことになるんだから気にしない」
「えー?」
「ツインルームで良かったよな。もしかしてそういうことも見越して取ってくれたのかな……」

 誰が何をどういう具合に見越して?なんて、とても怖くて聞けなかった。
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