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本編
第五話 先輩な神様の魔法? 2
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「あのさ、前の奥さんが俺の勤務状態に耐えられなくなったっていうのは、バツイチの話の時に言ったよね?」
「聞きました」
「じゃあ、俺の普段の仕事でどれだけ頻繁に音信不通になって会えないかってのも、分かってるよね?」
「頭では分かってますけど……」
私の返事にうなづく佐伯さん。
「うん、頭では理解できていると思う。だけど思うようにデートできなかったり、約束していたのに急に会えなくなったりした時に、どれだけガッカリした気分を味わうかなんてのは、実際にその身に起きてみないと分からないだろ?」
「確かにそうです」
「だからそんなに簡単に、頼まれちゃっても良いかな~なんて言っちゃタメだ。そりゃ、立原さんみたいな人に可愛いなんて言われて、ちょっと嬉しかったけどね」
「それはつまり、お断りしますという遠回しのお返事という解釈で、良いんですか?」
反応が返ってくるのに一瞬の間があり、やがて少しだけ残念そうにうなづいた。
「まあ、結果的にはそういこうことになるのかな」
「じゃあ、私が出てくるのをわざわざ待っていて、ここに無理やり座らせたのは、本当にちょっとした好奇心と、わざわざお断りをするためだったってことですか?」
だったら、そのまま放っておいてくれたら良かったのにって思う。そうすれば、また顔が赤くなって恥ずかしい思いをしなくて済んだのに。これじゃあまた、こもっていた場所に逆戻りじゃない。
「それだけじゃないけど、やっぱり自分の仕事の事を考えるとね。それが原因で別れたヤツとか少なくないし」
「そうなんですか、分かりました。じゃあ佐伯さんの好奇心も満足したことでしょうし、正式なお断りのお返事も頂いたことですし、これで失礼します」
そう言って立ち上がるとペコリと頭を下げて、出てきたパウダールームの方へと歩いていく。もう絶対にまた顔が赤くなってるよ。ほんと、何であんなこと言っちゃったかなあ……。最初から黙って甘いものだけに集中していれば、こんなことにはならなかったのに、私の口ったら本当にお馬鹿なんだから。
「立原さん、なんでまたそこに?」
「もう、この顔見てくださいよ、真っ赤でしょ?! こんなのでは、女子的に外を出歩けませんから!」
「もしかして俺のせいとか?」
何故か追いかけてきた佐伯さん、何でそんな慌てているのか理解できない。もう放っておいて欲しいんだってば。
「そりゃ佐伯さんのせいに決まってるじゃないですか。何もないのに顔が赤くなったり青くなったりしたら、それこそ病気でしょ。じゃあ失礼します」
心配そうな顔をしてこちらを見ている佐伯さんを残して、私は出てきたばかりの場所に入った。こんなんだったら恥ずかしいの我慢して、ババロアを完食しておけば良かった、なんて考えながら。
「まーた逆戻りとか……こういう時にマツラー君がいれば助かるんだけどなあ」
あの子の中に入っていれば、多少顔が赤かろうが青かろうが気にすることもないんだけどな。子供達や女の子達に囲まれて、別の意味で動けなくなりそうではあるけど。それからまた三十分、誰も来ないことを良いことに、ブツブツと一花や佐伯さん、それから先輩な神様に文句を言いつつ時間をつぶした。そして顔色が元に戻っていることをチェックして外に出る。そしてまた声をかけられた。
「あのさ」
「うきゃあ!!」
もう何の嫌がらせ?! 二十センチ飛び上がっただけじゃ足りなかった? 今度は変な声まで出ちゃったけど! もう色々な意味で心臓に悪いよ、この人!!
「な、何してるんですか?!」
「何って、立原さんを待っていたんだけど」
「どうして待ってるんですか、さっさと会場に戻ったら良いじゃないですか! まだ終わってないんでしょ?!」
「そんなこと言われても心配だったから」
「ああ、佐伯さんの盾代わりって話だったんですよね! 分かりました、じゃあもう少しだけ付き合います! もうお腹いっぱいなので、お茶だけでも良いならですけど」
そう言って、相手の返事を待たずに会場の方へと戻ろうとすると、腕をつかまれて引き止められた。
「気を悪くしたなら申し訳ない、そんなつもりで待っていたわけじゃないんだ」
「別に気を悪くなんてしませんよ。ちょっと恥ずかしかっただけです。今もここで立ち話するのが恥ずかしいから、早く戻って座りませんか? 佐伯さんの服装だと、ここにいたら目立っちゃうじゃないですか。また顔が赤くなったら困りますし」
つかんだ手を振りほどくようにして、会場の方へと歩いていく。
「あれ? 戻ってきたのか? てっきり彼女とトンズラこいたんだとばかり」
会場に戻ったところで、同じ制服姿の男の人が佐伯さんに声をかけてきた。トンズラ?なんて思われてたってことは、私が出て行った時のことを見ていたってことだよね? 前言撤回、まだ顔は赤くないけど恥ずかしいから、やっぱりお茶だけでも付き合うのやめる。そんな私の気持ちを察したのか、佐伯さんはさりげなく私の腕をつかんできた。チラリと見上げると、少し怒った顔をして相手の人を見ている。
「いや、彼女がのぼせて気分が悪いって話だったから、ロビーで休んでいただけだ。トンズラしたとか人聞きが悪いぞ」
「そうか残念だな。ここのホテル、客室もなかなか豪勢だから、ベッドの使い心地を聞きたかったのに」
「つ、使い心地……」
「いくらなんでも、もう使ってきたとか言わないよな?」
なんでベッドの話まで飛躍するんだか。しかも腕時計を見て時間を計るとか勘弁してほしい。
「あまりお嬢さんの前で下品なことを言うなよ。嫌われたらどうすんだ?」
「ああ、すまんすまん。お目当ての女の子にふられでもしたら大変だもんな。お口にはチャックしておきますよ。申し訳ありません、お嬢さん」
口元で鍵を閉める仕草をして私に笑いかけると、“またね”と言ってその場を立ち去った。まったくと呟いた佐伯さんは、私の腕をとったままテーブルの方へと向かう。さっきとは違う席に着くと、ウェイターさんが紅茶を持ってきてくれた。あれ? いつのまにセルフじゃなくなったのかな? 不思議に思って周囲を見渡せば、あちらこちらのテーブルで歓談していらっしゃるカップルができあがっていた。なるほど、会場はすでに、そういうステージに移行していたのね、納得。
「すまない、普段が男ばかりの職場だから口が悪くて」
「いえ、別に。うちの兄の職場も似たようなものですから。ところで佐伯さん?」
「なに?」
黙っているのもあれなので口を開く。
「佐伯さん、他にお付き合いしたいなって思ってる人は、いないんですか?」
「今のところはいないな。とにかくこんな仕事だし、今はまだ、相手に待っててくれなんて言えるような気分でもないから」
そこで急に疑問に感じたんだよね、なんで佐伯さんの話って、相手を待たせることが前提なんだろうって。だからその疑問をぶつけてみることにした。するとちょっと首をかしげてそうかな?って呟いている。あれ? 何の違和感も感じてないの?
「今どきの女の子って、私みたいに仕事している子が多いじゃないですか。色々な趣味の事や習い事をしている子も多いし。いつもいつも待っている気分でいてくれるとは、限らないんじゃないかなって思うんですよ。少なくとも私は、今はマツラー君のイベントであちこちに出張しているから、佐伯さんが考えているような、貴方のお帰りを家でおとなしく待ってます~的な気分には、ならないと思いますよ? 佐伯さんの方がその状態に、耐えられないかもしれないです」
「俺? 俺がどうして?」
相手が耐えられなくなる可能性は頭にあったみたいだけど、まさか自分が耐えられなくなるかもしれないと言われるとは思っていなかったらしく、本当驚いた顔をしている。
「だって私、基本的には土日休みですけど、マツラー君の中の人で休日返上の地方出張とかあるんですよ? そりゃ代休はもらえますけどね。で、せっかく佐伯さんがお休みなのに、私の方が仕事で不在なんて事もあるかもしれないじゃないですか。そうなると佐伯さんの方が、俺は耐えられない~って話になるかもしれないんじゃないですか?」
私の言葉に何やら考え込んでしまった。あれ? 本当にそんな可能性があるなんて、一ミクロンも考えてなかったってこと?
「それって、新しい考え方だよね」
「そうでもないと思いますよ? 今は私の例で話をしましたけど、意外とそういう女の子は多いと思います。もしかしてその可能性、今まで考えたことなかったとか?」
「ああ、まったく無かった。自分の都合で急に会えなくなることがあるばかりで、相手の都合で会えない可能性があるとか、まったく頭になかったよ」
「そうですよね、さっきから話を聞いていると、待たせるのが前提みたいな感じでしたもん。もちろん普通のお仕事は、何週間も音信不通なんてことはないですけどね。ちょっと不思議に思って、聞いてみたくなりました」
「仮に俺と立原さんが付き合ったとしてら、どちらも相手を待ったり待たせたりって、ものすごい擦れ違いになりそうだ」
何やら考えていた佐伯さんが、そんなことを呟く。
「どうなんでしょう。それこそ頭で分かっていても、実際に付き合ってみないと分からないってやつじゃないかなって思います。まあ下手すれば年に数度しかまともに会えないかも。いえ、複数回ならまだマシかも。下手すれば、年に一度なんてことになったり?」
「何て言うか……もうそれは織姫と彦星の世界だな」
「実際はマツラー君と自衛官さんで、ロマンチックでもなんでもないですが」
実際のところ、そんな三百六十五日のほとんどを擦れ違いですごすなんてことは、ないとは思うんだ。もちろん市役所の地方公務員の休暇みたいに、好きな時に何日も取れるとは思ってないけど、少なくとも自衛官さんにだって、年次休暇というものがあるわけで。
「今、何故だか日本全国の港に入港するたびに、マツラーが埠頭に立っている光景が浮かんだ……」
「そこまで全国行脚はできませんよ、一応は予備を含めて三体いるので、遠方の場合は中の人はきっとバイトさんです」
「そうなのか、ちょっとガッカリだな」
「大体なんで私が、そこまでして佐伯さんに会いに行かなきゃいけないんですか? 普通は佐伯さんも会えるように頑張るんじゃないんですか? って言うか、私はすでにお断りされた人なので、頑張る必要はないはずですよね」
「それは、付き合うことになったとしても、きっと立原さんに我慢させてばかりになるだろうから……」
「で、自分が我慢する可能性をまったく考えてなかったと」
「……」
あ、もしかして固まっちゃったかもしれない。ちょっと意地悪く言いすぎたかな?
「立原さん?」
「なんでしょう」
「君って何気に根に持つタイプ?」
「そういうわけじゃありませんよ。今日だけで一年分くらいの恥ずかしい思いをしたので、ちょっと意地悪なことも言ってみたいだけです」
何て言うか最初のお断りも、相手のことを考えた上でのものだってことは理解できているんだ。だけどこっちにだって、プライドっていうものがあってですね? 佐伯さんが何となくその気になってくれたからと言って、ホイホイと喜んでその腕の中に飛び込むっていうわけにはいかないのですよ。しかも遠回しのお断りをされてから、まだ一時間ぐらいしか経ってないんだし? こっちにだって意地ってものがあるわけで。
そんなことを考えつつも、目の前でちょっとしょぼくれている佐伯さんを見ていると、やっぱり可愛いかもって思っちゃうんだよね。私ってしようがないなぁ、本当に可愛い系に弱いんだから……。
「そんな恥ずかしい思いまでして、俺のことを頼まれてくれようとしていたこと、まだ有効なのかな?」
ほら、その上目遣いとか。ここまでくると分かっていてやっているとしか思えないんだけど、本当のところはどうなの?って思った。
「聞きました」
「じゃあ、俺の普段の仕事でどれだけ頻繁に音信不通になって会えないかってのも、分かってるよね?」
「頭では分かってますけど……」
私の返事にうなづく佐伯さん。
「うん、頭では理解できていると思う。だけど思うようにデートできなかったり、約束していたのに急に会えなくなったりした時に、どれだけガッカリした気分を味わうかなんてのは、実際にその身に起きてみないと分からないだろ?」
「確かにそうです」
「だからそんなに簡単に、頼まれちゃっても良いかな~なんて言っちゃタメだ。そりゃ、立原さんみたいな人に可愛いなんて言われて、ちょっと嬉しかったけどね」
「それはつまり、お断りしますという遠回しのお返事という解釈で、良いんですか?」
反応が返ってくるのに一瞬の間があり、やがて少しだけ残念そうにうなづいた。
「まあ、結果的にはそういこうことになるのかな」
「じゃあ、私が出てくるのをわざわざ待っていて、ここに無理やり座らせたのは、本当にちょっとした好奇心と、わざわざお断りをするためだったってことですか?」
だったら、そのまま放っておいてくれたら良かったのにって思う。そうすれば、また顔が赤くなって恥ずかしい思いをしなくて済んだのに。これじゃあまた、こもっていた場所に逆戻りじゃない。
「それだけじゃないけど、やっぱり自分の仕事の事を考えるとね。それが原因で別れたヤツとか少なくないし」
「そうなんですか、分かりました。じゃあ佐伯さんの好奇心も満足したことでしょうし、正式なお断りのお返事も頂いたことですし、これで失礼します」
そう言って立ち上がるとペコリと頭を下げて、出てきたパウダールームの方へと歩いていく。もう絶対にまた顔が赤くなってるよ。ほんと、何であんなこと言っちゃったかなあ……。最初から黙って甘いものだけに集中していれば、こんなことにはならなかったのに、私の口ったら本当にお馬鹿なんだから。
「立原さん、なんでまたそこに?」
「もう、この顔見てくださいよ、真っ赤でしょ?! こんなのでは、女子的に外を出歩けませんから!」
「もしかして俺のせいとか?」
何故か追いかけてきた佐伯さん、何でそんな慌てているのか理解できない。もう放っておいて欲しいんだってば。
「そりゃ佐伯さんのせいに決まってるじゃないですか。何もないのに顔が赤くなったり青くなったりしたら、それこそ病気でしょ。じゃあ失礼します」
心配そうな顔をしてこちらを見ている佐伯さんを残して、私は出てきたばかりの場所に入った。こんなんだったら恥ずかしいの我慢して、ババロアを完食しておけば良かった、なんて考えながら。
「まーた逆戻りとか……こういう時にマツラー君がいれば助かるんだけどなあ」
あの子の中に入っていれば、多少顔が赤かろうが青かろうが気にすることもないんだけどな。子供達や女の子達に囲まれて、別の意味で動けなくなりそうではあるけど。それからまた三十分、誰も来ないことを良いことに、ブツブツと一花や佐伯さん、それから先輩な神様に文句を言いつつ時間をつぶした。そして顔色が元に戻っていることをチェックして外に出る。そしてまた声をかけられた。
「あのさ」
「うきゃあ!!」
もう何の嫌がらせ?! 二十センチ飛び上がっただけじゃ足りなかった? 今度は変な声まで出ちゃったけど! もう色々な意味で心臓に悪いよ、この人!!
「な、何してるんですか?!」
「何って、立原さんを待っていたんだけど」
「どうして待ってるんですか、さっさと会場に戻ったら良いじゃないですか! まだ終わってないんでしょ?!」
「そんなこと言われても心配だったから」
「ああ、佐伯さんの盾代わりって話だったんですよね! 分かりました、じゃあもう少しだけ付き合います! もうお腹いっぱいなので、お茶だけでも良いならですけど」
そう言って、相手の返事を待たずに会場の方へと戻ろうとすると、腕をつかまれて引き止められた。
「気を悪くしたなら申し訳ない、そんなつもりで待っていたわけじゃないんだ」
「別に気を悪くなんてしませんよ。ちょっと恥ずかしかっただけです。今もここで立ち話するのが恥ずかしいから、早く戻って座りませんか? 佐伯さんの服装だと、ここにいたら目立っちゃうじゃないですか。また顔が赤くなったら困りますし」
つかんだ手を振りほどくようにして、会場の方へと歩いていく。
「あれ? 戻ってきたのか? てっきり彼女とトンズラこいたんだとばかり」
会場に戻ったところで、同じ制服姿の男の人が佐伯さんに声をかけてきた。トンズラ?なんて思われてたってことは、私が出て行った時のことを見ていたってことだよね? 前言撤回、まだ顔は赤くないけど恥ずかしいから、やっぱりお茶だけでも付き合うのやめる。そんな私の気持ちを察したのか、佐伯さんはさりげなく私の腕をつかんできた。チラリと見上げると、少し怒った顔をして相手の人を見ている。
「いや、彼女がのぼせて気分が悪いって話だったから、ロビーで休んでいただけだ。トンズラしたとか人聞きが悪いぞ」
「そうか残念だな。ここのホテル、客室もなかなか豪勢だから、ベッドの使い心地を聞きたかったのに」
「つ、使い心地……」
「いくらなんでも、もう使ってきたとか言わないよな?」
なんでベッドの話まで飛躍するんだか。しかも腕時計を見て時間を計るとか勘弁してほしい。
「あまりお嬢さんの前で下品なことを言うなよ。嫌われたらどうすんだ?」
「ああ、すまんすまん。お目当ての女の子にふられでもしたら大変だもんな。お口にはチャックしておきますよ。申し訳ありません、お嬢さん」
口元で鍵を閉める仕草をして私に笑いかけると、“またね”と言ってその場を立ち去った。まったくと呟いた佐伯さんは、私の腕をとったままテーブルの方へと向かう。さっきとは違う席に着くと、ウェイターさんが紅茶を持ってきてくれた。あれ? いつのまにセルフじゃなくなったのかな? 不思議に思って周囲を見渡せば、あちらこちらのテーブルで歓談していらっしゃるカップルができあがっていた。なるほど、会場はすでに、そういうステージに移行していたのね、納得。
「すまない、普段が男ばかりの職場だから口が悪くて」
「いえ、別に。うちの兄の職場も似たようなものですから。ところで佐伯さん?」
「なに?」
黙っているのもあれなので口を開く。
「佐伯さん、他にお付き合いしたいなって思ってる人は、いないんですか?」
「今のところはいないな。とにかくこんな仕事だし、今はまだ、相手に待っててくれなんて言えるような気分でもないから」
そこで急に疑問に感じたんだよね、なんで佐伯さんの話って、相手を待たせることが前提なんだろうって。だからその疑問をぶつけてみることにした。するとちょっと首をかしげてそうかな?って呟いている。あれ? 何の違和感も感じてないの?
「今どきの女の子って、私みたいに仕事している子が多いじゃないですか。色々な趣味の事や習い事をしている子も多いし。いつもいつも待っている気分でいてくれるとは、限らないんじゃないかなって思うんですよ。少なくとも私は、今はマツラー君のイベントであちこちに出張しているから、佐伯さんが考えているような、貴方のお帰りを家でおとなしく待ってます~的な気分には、ならないと思いますよ? 佐伯さんの方がその状態に、耐えられないかもしれないです」
「俺? 俺がどうして?」
相手が耐えられなくなる可能性は頭にあったみたいだけど、まさか自分が耐えられなくなるかもしれないと言われるとは思っていなかったらしく、本当驚いた顔をしている。
「だって私、基本的には土日休みですけど、マツラー君の中の人で休日返上の地方出張とかあるんですよ? そりゃ代休はもらえますけどね。で、せっかく佐伯さんがお休みなのに、私の方が仕事で不在なんて事もあるかもしれないじゃないですか。そうなると佐伯さんの方が、俺は耐えられない~って話になるかもしれないんじゃないですか?」
私の言葉に何やら考え込んでしまった。あれ? 本当にそんな可能性があるなんて、一ミクロンも考えてなかったってこと?
「それって、新しい考え方だよね」
「そうでもないと思いますよ? 今は私の例で話をしましたけど、意外とそういう女の子は多いと思います。もしかしてその可能性、今まで考えたことなかったとか?」
「ああ、まったく無かった。自分の都合で急に会えなくなることがあるばかりで、相手の都合で会えない可能性があるとか、まったく頭になかったよ」
「そうですよね、さっきから話を聞いていると、待たせるのが前提みたいな感じでしたもん。もちろん普通のお仕事は、何週間も音信不通なんてことはないですけどね。ちょっと不思議に思って、聞いてみたくなりました」
「仮に俺と立原さんが付き合ったとしてら、どちらも相手を待ったり待たせたりって、ものすごい擦れ違いになりそうだ」
何やら考えていた佐伯さんが、そんなことを呟く。
「どうなんでしょう。それこそ頭で分かっていても、実際に付き合ってみないと分からないってやつじゃないかなって思います。まあ下手すれば年に数度しかまともに会えないかも。いえ、複数回ならまだマシかも。下手すれば、年に一度なんてことになったり?」
「何て言うか……もうそれは織姫と彦星の世界だな」
「実際はマツラー君と自衛官さんで、ロマンチックでもなんでもないですが」
実際のところ、そんな三百六十五日のほとんどを擦れ違いですごすなんてことは、ないとは思うんだ。もちろん市役所の地方公務員の休暇みたいに、好きな時に何日も取れるとは思ってないけど、少なくとも自衛官さんにだって、年次休暇というものがあるわけで。
「今、何故だか日本全国の港に入港するたびに、マツラーが埠頭に立っている光景が浮かんだ……」
「そこまで全国行脚はできませんよ、一応は予備を含めて三体いるので、遠方の場合は中の人はきっとバイトさんです」
「そうなのか、ちょっとガッカリだな」
「大体なんで私が、そこまでして佐伯さんに会いに行かなきゃいけないんですか? 普通は佐伯さんも会えるように頑張るんじゃないんですか? って言うか、私はすでにお断りされた人なので、頑張る必要はないはずですよね」
「それは、付き合うことになったとしても、きっと立原さんに我慢させてばかりになるだろうから……」
「で、自分が我慢する可能性をまったく考えてなかったと」
「……」
あ、もしかして固まっちゃったかもしれない。ちょっと意地悪く言いすぎたかな?
「立原さん?」
「なんでしょう」
「君って何気に根に持つタイプ?」
「そういうわけじゃありませんよ。今日だけで一年分くらいの恥ずかしい思いをしたので、ちょっと意地悪なことも言ってみたいだけです」
何て言うか最初のお断りも、相手のことを考えた上でのものだってことは理解できているんだ。だけどこっちにだって、プライドっていうものがあってですね? 佐伯さんが何となくその気になってくれたからと言って、ホイホイと喜んでその腕の中に飛び込むっていうわけにはいかないのですよ。しかも遠回しのお断りをされてから、まだ一時間ぐらいしか経ってないんだし? こっちにだって意地ってものがあるわけで。
そんなことを考えつつも、目の前でちょっとしょぼくれている佐伯さんを見ていると、やっぱり可愛いかもって思っちゃうんだよね。私ってしようがないなぁ、本当に可愛い系に弱いんだから……。
「そんな恥ずかしい思いまでして、俺のことを頼まれてくれようとしていたこと、まだ有効なのかな?」
ほら、その上目遣いとか。ここまでくると分かっていてやっているとしか思えないんだけど、本当のところはどうなの?って思った。
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