俺の彼女は中の人

鏡野ゆう

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本編

第四話 先輩な神様の魔法? 1

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 年輩のその男性が行ってしまうと、佐伯さえきさんが咳払いをしながら椅子に座って、申し訳なさそうにこちらを見た。

「なんだか気まずくなっちゃったかな、すまない」
「いえ、佐伯さんが謝ることないですよ。ここはお見合いパーティの会場だし、こうやって甘い物を食べながら、関係ないことを話している私達の方がおかしいんだから。……ちなみにさっきの方は、どちら様です?」
「ああ、海自のね、大先輩っていうか……」

 なんて説明したら良いんだろうねと呟きながら、考え込む。

「ОBさんですか?」
「それに近いね。どちらかというと俺達にとっては、大先輩っていうより神様みたいな人なんだけど」
「神様ですか。その神様に頼みますねって言われた私はどうしたら?」
「うーん……俺としては頼まれてくれる?としか言いようがない」
「そこまで神様あつかいなんですか」

 自衛隊という名前ではあっても、組織としては軍隊と同じ。ってことは、いわゆる体育会系縦型社会な組織。上官の命令は絶対で、つまりは相手が退職して一般人になっていても、立ち上がって敬礼するぐらいの大先輩で神様あつかいな人の言うことは、すでに神の啓示に近いのかもしれない。

 ……なんていうのは私の個人的見解なんだけど、目の前で困った顔をしている佐伯さんを見ていると、あながち私の見解は、間違いではないんじゃないかって思えてきた。私が複雑な顔をしているのを見て、佐伯さんは慌てて首を横に振る。

「いやいや、今のは忘れてくれて良いから! いくらなんでも無茶ぶりな話だよね。そっちからしたら、見ず知らずのお爺ちゃんから頼むと言われて、バツイチの男と付き合うなんてありえないだろうから」
「って言うか、そこまで神様なのかーってちょっと驚いてます。さっきの一言二言で、嫌々このお見合いパーティに参加していた、佐伯さんの気持ちを一気に方向転換させちゃうなんて、不思議と言うか、ものすごい先輩で神様なんだなって」
「あー、それは言えてるかな。ちょっと民間人さんには理解できないかも」
「あ、それも」

 私の指摘に、目をパチクリとさせる佐伯さん。その表情がちょっと可愛いかもって思えてしまった。あ、これは非常にやばいかもしれない。私こういう可愛い系って、物とか人間とか問わず弱いんだ。顔の作りは厳つくてそれほどタイプって感じじゃないのに、今の一瞬見せた表情が可愛くて、ものすごく私の好みかも。

「それもって?」

 ちょっとだけ思考が横道にそれていたのを、佐伯さんに引き戻された。

「その“民間人”てやつです。その区別の仕方が不思議な感じで、理解できないかもしれないです」

 私の質問にちょっと困惑した表情を見せた。

 ああ、やっぱり。この人のちょっと困った顔や驚いた顔が、ものすごく可愛いってことに気がついてしっまった。いやいや、ダメだよね、顔だけで決めちゃダメだよ。だって仕事で不在ばかりで、まともにデートもできない人だって言うし、それで奥さんと離婚しちゃった人なんだよ? そんな仕事をしている人とのお付き合いなんて、私みたいな呑気なお役所仕事の人間には、とてもできそうにないもの。いや、気が早いぞ私。そんなことになるか決まったわけでもないのに、何を脳内だけで勝手に先走っているんだか。

「あらためて指摘されると困るんだが、俺達の中では、自然とそういうとらえ方になるんだ。自分達とそうじゃない民間人って」
「つまりはどういうことです?」
「意味的には、辞書に載っている通りの“軍属ではない人々”ってことで、間違っていないと思うんだ。ただ、俺達にとってそれは同時に、“守るべき存在”と同意になるわけで。んー……あらためて質問されると、説明しにくいものだな」

 そんなことを質問されたことが一度もないらしく、ちょっと困った顔で考え込んでしまっている。その顔、やめてください。

「じゃ、じゃあ、さっきの先輩な神様はどうなんですか? 当然あのお年ですから現役じゃないですよね? あの方も“民間人”?」
「いや、違うと思う。それに仮に俺達がそう思っていたとしても、本人は恐らく自分のことを“民間人”とは思っていないんじゃないかな」
「ふーん……なんだか不思議な考え方ですね。それって自衛隊の人の独特の考え方?」
「っていうか、軍隊に属する人間独特のとらえ方なのかもしれないな、他の国の連中とは話したことないけど」
「そういうものなんですか……」
「分かりにくい説明しかできなくててゴメン」
「いえ。なんとなく分かったような気がするので問題ないです。問題ないと片づいたところで、ババロア、もう少し食べたいと思いません? あ、お汁粉しるこも出ているかも」

 変に意識しちゃうとジッと顔を見つめちゃいそうで、そのうち変に思われるだろうから、ここは食い気の方に集中しようと、追加のスイーツ探索に誘ってみる。

「そうだね、あの白玉うまかったし、あると良いなあ……」
「本当に甘いものが好きなんですね」
「仕事中はなかなか口にできないからね」

 ちょっと幸せそうな顔をして微笑むとか、一体どんな先輩な神様の嫌がらせなのかと。だけど一度相手を意識しちゃうと、隣に立たれて話しかけられると返事をする声が引っ繰り返っちゃいそうになるし。さすがに挙動不審なのに気がついたのか、テーブルに戻ってきてから佐伯さんが、心配そうな顔をしてこちらをうかがってきた。

「どうした? 具合でも悪くなった?」
「え? いえ、そんなことないですよ」
「何だか顔が赤いよ? 具合が悪いわけじゃないんだね?」
「違いますよ。人が多くてちょっとのぼせてるだけです」
「なら良いんだ。具合が悪いとか、さっきのことで気分を害したのでなければ」

 そう言いながら、このゼリー食べる?とか色々と気を遣ってくれて、逆に申し訳ないと言うか。佐伯さんは純粋に心配してくれているっていうのに、当の私はまったく違うことを考えていたんだから。

「あの、ですね」

 ババロアを半分ほど食べたところで、思い切って佐伯さんに話を振ってみることにした。何でこんな急にその気になっちゃったのか、自分でも分からない。何か食べ物に混ぜられてた?なんて真剣に考えてしまうぐらい突然のことに、自分でも何か変なスイッチが入ったしか思えなくて。あ、これってもしかしてさっきの、先輩な神様に知らない内に何かされたとか? 

「ん?」
「さっきの先輩な神様のおっしゃっていたことなんですけどね、頼みますっていう」
「ああ、もう気にしなくても良いよ。葛木かつらぎ先生も本気で、立原たちはらさんが俺のことを頼まれてくれるとは、思ってないだろうから」
「いえ、別に気にしているんじゃなくて、その……」

 佐伯さんがこっちを見ながら首をかしげている。ほらっ、その仕草とか仕草とか仕草とか! ぬいぐるみのクマさんを連想させるから反則なんだってば。

「その……私は頼まれても良いかなって、思ってるんですけど……」

 い、言ってしまった、とうとう言ってしまった!!

 案の定、佐伯さんはポカンとした顔でこちらを見ている。そ、そうだよね、唖然とする気持ちはものすごくよく分かる。まさか佐伯さんも、私が先輩な神様の言葉を本気で受け取るとは、思ってなかったんだもんね。私だって、最初は真面目に受け止めてなかったんだよ? 今日だって一花いちかに頼まれて来ただけだし、当分は結婚する気も無かったし。でもさ、佐伯さんが一瞬見せた表情がね、ものすごく好みで……。

 これってもしかして、落ちたってやつ? いつ? どこで? やっぱりさっきの、佐伯さんが目をパチクリした時?!

「ああああっ、いやっ、それこそ今の忘れてください、うん、無しです無し!! 記憶から抹消しましょう、お互いにっ、もう恥ずかしいったら……!」

 もう恥ずかしすぎて、穴を掘ってそこに埋まって百年ぐらい出てきたくない。佐伯さんが我に返るまでに、食べかけのババロアを放り出して逃げちゃおう。

「えっともう私、帰りますね! 友達との義理も果たしたし、お腹いっぱいおいしいスイーツ食べられたし! それと佐伯さんともお話できて良かったです! また来年の海の日のイベントで会えたら良いですね! じゃあ失礼しますっ」

 お皿をその場を通りかかったウェイターさんに渡して、佐伯さんをその場に残して急ぎ足で会場を出た。きっと顔が真っ赤になっているよね。何事かって感じで人に見られるのもイヤだから、まずは化粧室に行って気持ちを落ち着けようと、目に入った化粧室に飛び込んだ。鏡をのぞきこめば、案の定のユデダコさん状態。

「もう、何を考えているんだ私ーっ!! もう少し考えてモノを言えー!! 口はわざわいの元ということわざを知らないのかーっ!!」

 鏡の中の自分に向かって、指を刺して文句を言ってみる。とにかく赤くなった顔が少しマシになるまで、パウダールームで化粧を直しつつ座っていた。ほんと、ここが高級なホテルで良かったと、この時だけは一花の勤めている会社に感謝する。

 そこに三十分ぐらい篭っていたと思う。顔が元の色に戻ったことを念入りに確認して、立ち上がると外に出た。

「やっぱりここに隠れていたんだな」

 多分その時の私、二十センチぐらいは飛び上がったんじゃないかな。突然の声と腕をつかんできた大きな手に、ギョッとなって振り返った。振り返っても相手の胸元の金色ボタンしか目に入らなくて、しかたなく視線を上に動かせば、心配そうなのと同時にちょっと呆れた表情を浮かべた佐伯さんの顔。せっかくユデダコがおさまったというのに、また顔がー!

「あのっ、ですから、抹消なんですよ、抹消!」
「ほら落ち着いて。別に怒ってるわけじゃないんだからさ。こっちで座って落ち着いて話そうか」
「え? いやいやいや、もう私のことですね」
「はいはい、そんなに慌てないで深呼吸して。吸って~吐いて~」

 言われるがまま深呼吸して……ってそうじゃない!

「あの、急に置き去りにしたのは申し訳なかったとは思うんですけ!」
「良いから良いから、そこの椅子に座ろうか」

 ロビーにつながる階段の側にあった、座り心地の良さそうなソファのところまで引っ張っていかれると、そこに問答無用で座らされた。

「さてと」
「……あのぅ」
「怒ってるわけじゃないから心配しなくて良いよ。だけどちょっと興味があってさ」
「ナニガデショウ……」
「俺が葛木さんの一言で転舵てんだしたのが不思議だと言っていた立原さんが、どうして急に頼まれてもかまわないって思ったのか」
「アレワァ……」
「だって、立原さんも友達に頼まれて来てたんだよね、俺の記憶が正しければ」
「ソウナンデスケドォ……」
「立原さん、なんだか喋り方がおかしいよ?」
「あうぅぅ」

 こちらを見下ろす佐伯さんはとても楽しそうな顔をしていて、私の答えに興味津々きょうみしんしんといった感じだ。

「それはですね……佐伯さんが……」
「俺?」
屈強くっきょうな自衛官さんを前にして非常に言いにくいんですけど、そのぅ、私、可愛いものにはメチャクチャ弱くてですね、だからマツラー君とかああいう可愛いキャラも大好きなんですけど、あのぅ……」

 佐伯さんは、自分とマツラー君がどうつながるのか分からないらしく、困惑した顔になった。ほら、その表情もダメなんだってば!

「とにかく可愛いのに弱いんです。で、ちょっと驚いた佐伯さんの表情が可愛いなあって気がついちゃって、その表情を見ていたら、何となく頼まれても良いかなって気分になっちゃって……」
「つまりは俺が可愛いと、立原さんは思ったわけだ」
「スミマセン、さっき何か変なものでも食べたのかもしれないデス……」

 それかあの先輩な神様が、何か変な暗示か魔法をかけたのかも……そう付け足す。

「俺がバツイチで子供もいるって話はしたよね? それでも可愛いって思っちゃったんだ」
「……です」
「俺、二十八年間生きてきたけど、可愛いなんて言われたの初めてだ」
「私も、男の人相手に可愛いなんて言ったの初めてですよ」

 佐伯さんは何やら考え込んでいる。そしてしばらくしてから、私を見て口を開いた。
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