俺の彼女は中の人

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
4 / 39
本編

第三話 二人して花より団子

しおりを挟む
「は?」
「だから、お見合いパーティに参加してほしいの」
「……」
「もしもし聞いてる?」
「うん、聞いてますよ」

 その日、学生時代の友達に急に呼び出されたと思ったら、いきなりお見合いしませんか?だって。

 目の前に座っている葉山はやま一花いちかちゃんは、某大手広告代理店の子会社であるイベント企画会社に務めている。そこで企画されているイベントの一つが今、私が誘われているお見合いパーティ企画。彼女達が企画するパーティのお相手は、制服を着ている公務員さんばかりで、警察官もいれば消防隊員もいるし自衛官もいるらしい。企画立案の段階で、それぞれのOBさん達がオブザーバーとして参加しているので、信用のできるものなんだとか。そして私が来てくれと言われているのは、その中でも一番人気の、海上自衛官さん達が参加されているもの、らしい。

「最近の制服人気でね、参加者も増えて抽選になったりするのよ」
「だったら私に声をかけなくても、定員はうまるんじゃ?」
「そうなんだけど、相手が国家公務員や地方公務員でしょ? 参加者の方も、それなりに身元がしっかりしている人じゃないとまずいのよ。土壇場で欠員が出て調べる時間がなくてね。その点、杏奈あんなは地方の上級職員だし、家族構成もしっかりしているし、身元も確かでしょ?」

 まあ確かに私は公務員だし、両親も同じで二人は都庁の職員。そして兄貴は、消防隊員で少しばかり筋肉オタクでおかしな性格をしているけど、少なくとも身元だけは確かだと思う。

「なるほど、身元調査が入るのね」
「そうなの。それなりに国の機密事項にたずさわる職業もあるから、誰でも参加できるってわけじゃないのよ。倍率が高くてなかなか参加できないっていうのも、実際は事前調査で選考落ちしている人が少なくないっていうのが実情」
「お見合いを企画するのも大変ねえ……」
「だからお願い。こっちとしても相手先のОBが携わっている関係上、参加者に欠員を出すわけにはいかないから」

 そう言って拝まれてはしかたがない。今のところ誰かと付き合っているわけでもないし、まあ当分は結婚する気はないけれど、出るぐらいなら話のネタに参加しても良いかなって思った。

「一花の頼みだし、変な集まりじゃないんなら出ても良いけど」
「本当? 参加費はうちで持つから安心して。立食形式でおいしいものがいっぱい出るんだ。参加しているような顔をして、それを楽しんでくれるだけで良いから」
「う、うん」

 別に、食べ物につられて参加するわけじゃないんだけどな。ちなみに参加費っておいくらぐらいするのか気になって質問したら、目玉が飛び出るかと思った。そ、そんなに高いの?! そのぐらい出せないようじゃ、参加する資格なんてないのよなんて言っているけど、いやいや、私ならそれだけ出すなら温泉に行くよって、密かにツッコミを入れてしまったのは秘密だ。


+++++


 そして当日、パーティ会場は都内の大手高級ホテル。立食形式の会場には、そりゃもうおいしそうなお料理が並んでいる。だけど皆さん、食べるよりお相手を捕まえるので頭がいっぱいって感じで、あまり食べている人は見かけない。せっかくおいしそうなお料理なのに、もったいないなあ。

「あ、お汁粉しるこがある」

 色とりどりのケーキが並んでいる中、白玉が浮いたお汁粉しるこのお椀が一つだけ残っていた。おいしそうと思って手にしたところで、後ろで“あ”って男の人の声が。振り返ると、海上自衛隊の制服を着た背の高いお兄さん。あれ? どこかでお会いしたような気が。……あ、もしかしてケーキよりおまんじゅうの人?

「もしかして食べたかったですか?」

 私の問いに、ちょっと残念そうに笑いながら首を横にふる。

「いや、たまたま目についておいしそうだなって思っただけだから。どうぞ」
「日本人なら、ケーキよりおまんじゅうでしたっけ?」
「え?」
「前にお友達に、そんなことおっしゃってましたよね」

 私のことをジッと見つめていたその人は、何ヶ月か前に、自分が着ぐるみを抱き起した時のことを思い出したのか、ああ、と言ってうなづいた。

「……もしかして、海の日にいた中の人?」
「はい。あの時はお世話になりました」
「まさかここで、中の人に会えるとは思ってなかったよ」
「友達に頼まれまして。せっかくなので、おいしいお料理を堪能しようと思っていたところです。白玉、柔らかくておいしいですよ、食べます?」

 お箸でつまんだ白玉をかざしてみせると、その人は周囲を素早く見回してからパクリと白玉を食べた。

「本当に甘いものが好きなんですね、えーと……」
「佐伯です。佐伯さえき圭祐けいすけ。そちらは?」
「今はマツラーじゃなくて、ただの立原たちはら杏奈あんなです」
「今はってことは、こっちが仮の姿ってこと?」
「かもしれません」

 私の返事におかしそうに笑うと、佐伯さんはあっちに座って話をしませんかと誘ってきた。そのお誘いに返事をためらっていると、佐伯さんはちょっとこちらに身を屈めて、小声でこっそりとお願いしますとささいてきた。その顔は下心に大いにありという顔ではなく、少し悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべている。

「実は俺も、ここに無理やり連れてこられたクチでさ。そろそろ、肉食系なお姉さん達から守ってくれる人が必要なんだ」
「つまりは私は、佐伯さんの盾みたいなものですか?」
「まあそんなところ?」
「しかたないですね。私もお腹すいているし、何か食べながらで良かったらOKですよ」
「存分に食べてください。あっちに行くまでに、何かお皿に取っていこうか?」

 歓談用のテーブルが置かれている場所に行くまでに、私達が手にしたお皿には甘い物でいっぱいになった。日本人はおまんじゅうと言っていたのに、ケーキ選んでいるじゃないですかってツッコミを入れたら、最後のお汁粉しるこはそっちが食べちゃったじゃないかっていう反論が返ってきた。

「その代りと言っちゃなんだが、わらび餅はちゃんと入れてきたぞ」
「当然ですよ。みたらし団子は?」
「え? そんなの何処に?」
「ふふーん、私が最後の二本をせしめてきました」
「さすがマツラー」
「なんでそこでマツラーが?」
「確かマツラーは、市役所近くにある和菓子屋の団子が好きだって、書いてあったはず」

 そう言えばそんなことが、最初の広報誌に書かれていたっけ。地元に古くからあるお店の商品を気に入っているという設定にしたのは、やはり市のマスコットキャラだから。だから着ている服もリボンも、一応は地元の何処そこのお店で買ったものという、細かい裏設定までができあがっている。そこまで読む人はそうそういないんだけど、そんな珍しい人がこんな近くに現れるなんて。

「わざわざマツラー君の設定を読んだんですか?」
「あれから気になったんで、松平まつひら市のホームページにいって読んだんだ」
「そうなんですか。じゃあお礼と言ってはなんですが、みたらし一本は佐伯さんに進呈しんていします」
「ありがとう。そのお返しと言っちゃなんだが、こっちのミニシュークリームを一つ、進呈しんていしよう」
「もうお皿にのせられないからあきらめてたんです、嬉しいな」

 テーブルにつくと早速お互いの戦利品(?)を見せ合って、最初の言葉通り、みたらし団子とミニシュークリームをトレードした。

「これってまさに、色気より食い気ってやつですよね」
「確かに花より団子だな」
「さすがに食べてばかりだと浮いちゃうので、世間話程度はしませんか?」
「んー……別に俺は食ってばかりでもかまわないんだが、何か話したいことがあるなら聞くけど?」
「え、改まって言われるとちょっと困るって言うか……」

 何か無いかなあ、と頭の中で必死に考える。あ、そうだ。

「無理やりに連れてこられたっておっしゃってましたけど、カノジョさんがいるとか、そういうことなんですか?」

 私のその質問に、佐伯さんはちょっと困った顔をする。

「いや、カノジョはいない。実はね、俺、バツイチなんだ」
「え?! まだお若いですよね? まさかものすごく童顔とか言いませんよね?」
「二十八歳だからまだ若いのかな? 相手が短大を卒業したと同時に結婚したんだけどね、ほら、海上自衛官って海に出ると、長いこと連絡がとれなくなったりするだろ? それに耐えらなくなったらしくてね。二年前に離婚したんだ」
「でも、佐伯さんが海上自衛官だって分かって結婚したんですよね、相手の方も」
「まあ、付き合っていた頃から、分かっていたとは思うんだけどね。実際に結婚してみて、聞くと見るとでは大違いってやつだったんだろうな。ここまで頻繁ひんぱんに音信不通になるとは、思ってなかったらしい」

 ま、浮気されなかっただけましだよねと、付け加えて笑った。

「お子さんは?」
「いるよ、いま三歳。たまに写真を送ってきてくれる。で、最近その元奥さんが再婚したものだから、お前もそろそろ何とかしろってんで、ここに連れてこられたってわけ」
「そうなんですか。色々と大変なんですね、海上自衛官って」
「まあ海自に限ったことじゃないだろうけどね。なかなか思うようにデートもできないとなると、お付き合いするのは余程の覚悟がないと難しいんじゃないかな。それで? 立原さんはどんな仕事を? 中の人をしてない時はってことだけど」

 そう言って、佐伯さんは今度は私に質問をしてきた。

「松平市役所の広報課で働いていて、広報誌とか作っているんですよ。最近はイベントで中の人をしているから、役所の中にいるより外にいる方が多いんですけど。あ、マツラー君のプロジェクトもうちがやりました」
「へえ、本当にマツラーの誕生から関わっているんだね」
「そうです。まさか自分が、中の人になれるとは思ってなかったですけどね」

 最初に着ぐるみが届いた時の話をして聞かせる。

「へぇぇ、本当に希望したのか。てっきりサイズが立原さんしか無理だから、しかたなくだと思っていたよ」
「確かに他の着ぐるみに比べると、ちょっと小さいかな」

 何処かの駅前商店街にマツラー君が遊びに行った時、そこのマスコットキャラとも並んで写真を撮ったんだけど、確かにマツラー君は小柄な気がする。

「市役所勤めってことは、当然のことながら社会人なんだよね?」
「そうですけど?」
「そうか。いやさ、最初に会った時、バイトの学生さんかなとか思ったんだ」
「……それって暗に私が小さいとおっしゃってます? 私これでも二十四歳ですし、身長に関しては、佐伯さんが大きすぎるんだと思いますけど」
「まあ確かに同僚にも、お前は縦に育ちすぎだとよく言われる」

 ちなみに身長がいくつかなのかと尋ねてみれば、案の定百八十五センチでうちの東雲しののめさんと同じぐらいだ。ってことは私より三十センチ以上上背があるってことで、これはマツラー君なしでも、隣に立っていたら肘掛にされそうな身長差かもしれない。

「おや、佐伯一尉。自分はお見合いなんて興味ありませんと言っていたらしいのに、早々に可愛いお嬢さんを捕まえているじゃないか」

 二人で空になったお皿を眺めながら、次は何を食べてみましょうか?なんて話していると、和装の御年輩の方に声をかけられた。佐伯さんはその人の顔を見たとたん、慌てて椅子から立ち上がり敬礼をしている。突然のことに、私はその様子をポカンとした顔で見上げるしかなかった。

「御無沙汰をしております」
「そんな堅苦しい挨拶は無用だよ、ちょっと様子を見に来ただけなんだから。こちらのことは気にせず、お嬢さんのお相手をして差し上げなさい」
「はっ」

 その人は私に目を向けて柔らかい笑みを浮かべると、いきなりとんでもないことをおっしゃった。

「佐伯君のこと、頼みますよ」
「え……?」

 頼みますってどう頼みますなんでしょう? 食べすぎないように頼みますでしょうか? あの、もしもし? あのー? 唖然とする私と佐伯さんをその場に残し、その御年輩の方は、かくしゃくとした足取りで立ち去っていかれたのでした。


+++


 【今日のマツラー君のお写真】
 和菓子司まつ葉庵:お店の皆さんと共に
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

貴方の腕に囚われて

鏡野ゆう
恋愛
限られた予算の中で頭を悩ませながら隊員達の為に食事を作るのは、陸上自衛隊駐屯地業務隊の補給科糧食班。 その班員である音無美景は少しばかり変った心意気で入隊した変わり種。そんな彼女の前に現れたのは新しくやってきた新任幹部森永二尉だった。 世界最強の料理人を目指す彼女と、そんな彼女をとっ捕まえたと思った彼のお話。 奈緒と信吾さんの息子、渉君のお話です。さすがカエルの子はカエル?! ※修正中なので、渉君の階級が前後エピソードで違っている箇所があります。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...