貴方と二人で臨む海

鏡野ゆう

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東京・江田島編 GW

第六話 広島に来た、隊長さんも来た

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 車内アナウンスが流れて、乗っている新幹線があと少しで広島駅に着くことが知らされた。

―― やっと広島だよ~~ ――

 それなりに電車通勤で鍛えられているとはいえさすがに東京から広島は遠かった。朝が早かったんだから寝ちゃえば良かったのかもしれないけど、うっかり寝過ごして気がついたら終点の博多まで行っちゃってたなんてことになったらシャレにならないと心配で一睡もできなかったのだ。

 最近の新幹線のシートは座り心地が良いと言われているけれど奮発してグリーン車にしておけば良かったなあと今更ながら後悔。それに目的地はここじゃなくて更にその先にまだ電車での移動が待っている。

―― 次からは絶対にグリーン車にしよう!! ――

 少しでも早く外の空気が吸いたくてアナウンスが終わると早々に席を立って出入口の方へと向かった。

「はあ……」

 そこには誰もいなかったのでやれやれと溜め息をつく。窓の外を眺めていると市街地に入った。あともう少しの我慢だ。しばらくすると速度を落としながら新幹線はホームに入って止まった。早くドアを開けて車掌さん!!

 プシュッと音がしてドアが開いたので急いで外に出る。

「はー、やっと外!! 新鮮な空気!!」
「まるで転がり出るように出てきたがどうしたんだ。けつまずいて顔面からホームに突っ込んみでもしたらどうするつもりだったんだ?」

 深呼吸しているところで腕を掴まれたと思ったらお久し振りの声がした。振り返れば何となく御機嫌斜め顔をした篠塚さん。あ、間違えた、この顔は元からなんだっけ? 顔を見るのが久し振り過ぎてつい怒っているのかな?って思っちゃう。

「篠塚さん!」
「俺以外の誰と思ったんだ?っておいおい、どうした」

 私は篠塚さんに抱きついた。そして懐かしい匂いを思いっきり吸い込む。うん、これは間違いなく篠塚さんの匂いだ。それと電話で話しただけじゃ感じられない温かさも間違いなく篠塚さんのもの。

「もう最悪だった!! 次からは絶対にけちらずグリーン車にする!! この移動はお金の問題じゃないって今回のことでよーく分かった!!」
「だから言っただろ、長時間乗るならグリーン車の方が良いぞって。なんだかんだ言っても普通の指定席と座り心地は違うんだから」

 私の口から飛び出したのはそんなロマンチックの欠片もない言葉。でも今の私の気分はそれ一色なんだもの、仕方がないよね? きっとその反応だと篠塚さんだって私がカノジョらしく抱きついてきているなんて期待していないだろうし。

「ムカついてるのはその点じゃないの!」

 ムッとしながら顔を見上げる。うん、相変わらずとっても元気そうで安心した。

「だったらどうしてそこまで機嫌が悪いのか話してくれるか?」
「新幹線、ちゃんと喫煙車両じゃないところをとったのに通路の向こうのおじさんがすっごいタバコ臭くて全然意味なかったんだよ。しかもプラス加齢臭みたいな感じで最悪だった! その臭いのせいでお弁当を食べる気にもなれなくて未だにご飯食べてないの。笑ってるけど本当に笑いごとじゃないんだってば。篠塚さんも乗り合わせていたら絶対にそのおじさんのこと車両から放り出したくなると思うから。とにかくお腹すきすぎてムカつく!」

 もうおじさんにムカついているんだか、こっちが災難に遭ったのに呑気に笑っている篠塚さんにムカついているのかわからなくなってきた。

「それは先ずは飯を食わせろと言ってるわけだな?」
「うん。お腹空きすぎて倒れる前に暴れたい」

 篠塚さんは愉快そうな顔をすると首を振りながら私のキャリーバッグを持ち上げる。

「分かった。このまま先に呉まで移動しようと思っていたが電車の中で暴れられたら一大事だからな。先にどこかで飯を食うか」
「うん。……篠塚さんの方のお腹は大丈夫? もうご飯食べられそう?」
「昼すぎだからそれなりに」
「キャリーバッグ、持ってもらわなくても転がしていけば大丈夫だから私が持つよ」
「混雑しているところでゴロゴロ引っ張るのは周りに迷惑だろ。俺が持った方が手っ取り早い。行くぞ」

 そう言って私の腕を掴むと歩き出した。何て言うか手を繋ぐじゃなくて腕を掴むあたりが彼らしい。

「なんだ?」
「ん? こういうところは篠塚さんらしいなって」
「どういうところが?」
「相変わらず有無を言わさず偉そうなところ」
「やれやれ。こっちは親切心から荷物を持ってやったと言うのに汐莉ときたら。で? 何を食べたい?」
「んー……なにがいいかなあ……」

 なにが良いかなあと頭の中で考える。広島と聞いてすぐに浮かぶのは広島風お好み焼きか牡蠣ぐらい? でも牡蠣はあの食感があまり好きじゃないから出来ることなら避けて通りたい食べ物の一つ。ってことは広島焼き一択ってことかな。

「さすがにチーズ入りハンバーグが美味い店は知らないからな」
「チーズ入りハンバーグはミクルミ亭さんを越えるものはないと思うから大丈夫。やっぱり広島だから広島風のお好み焼きかなあ」
「無難なところをチョイスしてきたな」

 ニッと笑った。

「地元民じゃない人間だとそのぐらいしか浮かばないよ。あ、海軍カレーも食べたい。部長が話のネタに食べておいでって」
「それはあっちに行ってから。汐莉がこっちにいる間に美味い店に連れて行ってやるから今はカレーはお預けだ」
「じゃあやっぱり広島風お好み焼き」
「了解した」

 いったん改札から出ると篠塚さんがこっちに来て食べてみて美味しかったって思ったお店に行くことした。

「連休だからもっとごみごみしてるかと思ったけどそうでもないね」

 東京ほどではないにしても連休だからもっと人がいるものだと思っていたけど意外と静かでホッとする。

「京都とかあの手の観光地に比べるとまだマシってやつだろうな。汐莉の実家の鎌倉だって凄いんじゃないのか?」
「確かに。でも車の乗り入れを制限してから随分とマシになったんだよ。もちろん人は多いけど。あ、そうそう、忘れるところだった。大津隊長さんと近江さんと長浜さんがよろしくって」
「護身術の方はどうだ? あれから進んだか?」
「うん。素人にしては筋がいいって隊長さんには褒められたよ。きっと最初に篠塚さんからきちんと基礎を教えてもらったのが良かったんだろうって言ってた」
「そうか」

 実のところ隊長さんは次のステップに進めるべきかどうか迷っているって話だった。月に一度ではあるけれど私の進み具合を見ながら新しいことを取り入れていこうかなという話なんだけど、あまりあれこれ教えると篠塚さんから余計なことを教えるなって文句がくるかもしれないからなんだって。

「あまり無茶は言うなよ? 隊長が汐莉に教えているのはあくまでも好意からなんだから」
「分かってる。制圧術に関しては篠塚さんから教えてもらうつもりでいるから心配しないで」
「そこはまだ諦めてないのか、困ったもんだな」

 笑いながら呆れたように首を振る。そんなことを話しながら歩いていたらいきなり篠塚さんがビクッとなって立ち止まった。

「?」

 見上げると篠塚さんの肩に男の人の手が置かれている。もちろんオカルトとかスプラッター的な意味合いじゃなくて後ろに人が立っていてその人の手が肩に置かれていたわけなんだけど。

「あ……」

 そしてその人の顔には見覚えがあった。前に見た時は制服を着ていたけど今は私服。瀬田一佐さんだ。

「よう、篠塚。元気に生きてるか?」
「瀬田一佐……?!」
「もちろん俺だ。門真さんもお久し振りだな、元気そうでなによりだ」
「本当に速攻で現れた……」
「ん?」
「あ、いえ、こちらの話です。御無沙汰してます」

 固まっている篠塚さんの横でペコリと頭をさげて挨拶をした。

「まさかこんなところでお会いできるとは思いませんでした」

 そう言うと一佐さんはニヤッと笑って篠塚さんの方に視線を向ける。

「そうなのか? 篠塚、お前はそうは思っていなかったよな? お前のことだ、絶対に俺が二十四時間以内には自分達の前に現われると思っていただろ?」
「まあその……ただまさかここまで早いとは思いませんでした。顔を合わせるなら呉に着いてからだろうと」

 篠塚さんにしては珍しくぎこちない口調で一佐さんにそう言って頭をさげる。私の方はてっきり篠塚さんの冗談だと思ってたよ。まさか本当にその日のうちに瀬田一佐さんと顔を合わせるなんて思いもしなかった。

「お前のことだからきっとこの門真嬢を広島まで迎えに行くだろうと思っていたからこっちでアンブッシュしていた。で、俺があらかじめ決めていたキルゾーンにお前達が入ったから声をかけたというわけだ」

 ニヤニヤしている一佐さんを見て篠塚さんはなんだか呆れた顔をしている。アンブッシュ、キルゾーン、私にはいまいちピンとこない言葉だけど篠塚さんの方はそうでもないみたい。

「まったく一佐、どんだけ饅頭が食いたいんですが」
「お前、まだあれを食べてないのか? あれは絶品だぞ。手に入れるならこれぐらいのことはする」
「スキルの使い道を間違えているような。汐莉、申し訳ないが饅頭を一佐に渡してくれるか? 渡さなかったらとんでもない目に遭いそうだ」
「うん」

 三人で歩道の脇に移動すると一番上に乗せておいたお饅頭の箱を引っ張り出した。それと折りたたんで入れておいたお店の紙袋も。紙袋をひろげてその中に箱を入れると篠塚さんに渡す。

「とんでもない目とは失礼なヤツだな」
「饅頭目当てに待ち伏せしておいてなにをいまさらな言葉ですよ。どうぞ、心置きなく食べてください」

 篠塚さんが一佐さんに紙袋を渡した。

「わざわざ買ってきてくれてありがとう、門真さん。お礼はまたいずれ別の形で」
「いえいえ、そんなこと気になさらないでください。固くならないうちに皆さんで食べてくださいね」

 厳つい顔が嬉しそうにほころぶのを見ると買ってきて良かったって思う。次に来る時も買ってきて篠塚さんに言付けよう。……この様子だと余程のことが無い限り言付けるまでもないような気はするけどね。

「本当にありがとう。じゃあ以後はお前達のことをストーキングする気はないから気楽に連休を過ごせ」

 篠塚さんにそう言って立ち去ろうとした一佐さんが立ち止まった。

「だが篠塚、久し振りにカノジョに会えるから気が緩むのは仕方のないことだが相手の尾行に気付かないとは情けないな。これが訓練中だったらどうする、あっという間に不合格の烙印を押されるところだったぞ。これからは気を抜くなよ」
「心得ました」

 一佐さんの後ろ姿を見送りながら篠塚さんは大きな溜め息をついた。

「ねえ、尾行ってもしかして篠塚さんは呉から瀬田一佐さんに尾行されてたってこと?」
「いや、さっき一佐が言っていた通り広島駅で待ち伏せしてたんだろう」
「それだけ早くお饅頭を食べたかったってことだよね」

 そこまであのお饅頭に惚れ込んでくれたなんてお店の奥さんが聞いたら喜ぶだろうな。全部正直には話すことはできないけどこんなにファンになった人がいるって話してあげなくちゃ。もしかたら一佐さんから口コミが広まって密かな海上自衛隊御用達のお饅頭になったりして。

「まったく大人げないったら……」
「そう? 私はそこまでするほどお饅頭を気に入ってくれたんだなって感じで嬉しかったけど」

 そう言うと篠塚さんは信じられないって表情で私のことを見下ろした。
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