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東京・横須賀編
第十三話 彼の憂鬱2 side - 篠塚
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それまでギャーギャー騒いでいた彼女が急に静かになった。
「おい、どうした?」
まさか痛さのあまりに気を失ったなんてことはないよな?と心配になって顔を覗き込んだ。眉間にシワを寄せたまま目を閉じている彼女の肩を揺すってみる。
「もう篠塚さん容赦なくて痛いんですってばあ……」
枕にしがみつきながら、きつく閉じられている目の縁に涙が滲んでいるところを見ると、本当に痛いらしい。だが、このぐらいの力できちんと解しておかないと意味がないのだから、そこは我慢してもらうしかない。そして静かになったのは気を失ったのではなく、痛み止めが急激に効いてきたからだろう。確かにあの薬は猛烈な眠気に襲われる。
「門真さん、この際だから、今のうちに湿布を貼っておいたらどうだ」
「もう後でします~~……そんな元気ないですよう」
情けない声でそう答える様子を見ていたら、さすがに気の毒になってきた。
「今のうちに貼っておいた方が良いと思うがな。なんなら俺が貼ってやろうか?」
さすがにこれは却下されるだろうと思いつつ、取り敢えずは提案してみる。
「篠塚さんが?」
「ああ」
「……お願いします」
彼女はあっさりとその提案を受け入れた。どうやら俺の読みは甘かったようだ。
自分が提案しておいてこう言うのも何だが、本当に警戒心が皆無だな。いくら防衛省の職員と自衛官で仲間意識を持っているとはいえ、少し無防備過ぎないか? このままズボンをひんむいて、俺が襲い掛かったらどうするもりなんだ。もちろん、そんなことをするつもりは毛頭ないが。
「俺を痴漢とか言うなよ?」
「言いませんよう……」
そんなわけで、出会ってからまだ二度しか顔を合わせていない相手のズボンをずらして、湿布薬を貼る羽目になった。こんなところをうちの隊の連中に見られてみろ、絶対に変態扱いだ。
「まったくここまで酷い筋肉痛とは、普段どんだけ運動してないんだってやつだな。もしかしたら、筋トレ以前の問題なんじゃないか?」
俺の言葉に、彼女は不愉快そうな声で唸るだけだった。湿布を貼ると冷たかったのか、ビクッと体を震わせる。だがその動きですら痛いらしく、なにやらフニャフニャと泣きそうな声をあげていた。
「足と腰、他に痛いところは?」
「もう痛すぎて分かりません~」
「だったらその他の場所は、自分でその時々に貼るしかないな」
「分かりましたあ……じゃあ足だけでもお願いします~」
やれやれと溜め息をつきながら湿布薬を袋から出す。そして、ちょっと待てと湿布を手にしながら考え込んだ。
「門真さん」
「なんですかあ」
「足に貼るなら、ズボンを脱がさなきゃならんのだが……」
これがふくらはぎなら裾をめくり上げれば貼れるのだが、彼女が痛いと言っていたところは太腿だ。さてこれはどうしたものか。
「貼ってくださいよう」
「いいのか? ズボンを脱がすことになるんだぞ?」
「どうぞー……」
もう痛い方が大事で、男の俺に下着を見られる恥ずかしさなんて考えてないんだな、恐らく。ここはさっさと脱がして、さっさと貼って、さっさと元に戻すしかないか。
―― 何でこんなことになったのか ――
高島女史から怒りの電話がかかってきたのはまだ今朝方、俺の目が覚めきらない時間だった。
+++++
「なんだよ、せっかくの休みだというのに……」
いきなりスマホが鳴り出して顔をしかめた。昨晩は近江と長浜に、謝礼と称して酒をおごって、つい遅くまで飲み明かしてしまったのが悪かった。普段なら既に起きている時間なのに、まだ体にアルコールが残っているのが分かる。だが出ないわけにはいかない。もしかしたら緊急招集かもしれないからだ。
「はい、篠塚です」
『ちょっと!! あなた門真さんに何をしたのよ!!』
いきなりのキンキン声に、思わずスマホを耳から遠ざけた。この声は高島女史か?
「高島さん?」
『そうよ私よ。私以外の誰がいるっていうの!!』
「大きな声で叫ばないでくださいよ。せっかくの休みなのに、朝っぱらから何なんですか」
門真さんにどうしたって?
『だから門真さんに何をしたのかって聞いてるの!!』
「なにをって……金曜日のことでしたらちゃんと送り届けましたよ、自宅マンションまで」
『それで?!』
「それでって……それから俺は終電で帰りました。それが何か?」
『その後は会ってないの?! 正直に言いなさい!!』
これだけ電話を耳から遠ざけているのに、はっきりと聞き取れるとは凄いな。ということは、女史はそれほどお怒りということだ。しかしそれとこれとにどういった関係が?
「日曜日に会いましたよ。ああ、デートってやつじゃありません。彼女がどうしても護身術を覚えたいと言うので、うちの格闘術の練習を見せるためです。それがなにか? 怪我はしてなかったと思いますが?」
そこで、高島さんの溜め息まじりの笑い声が聞こえてきた。
『そういうことね。安心したわ。本当に送り狼になって、門真さんのことを食い尽くしたのかと思ってた』
「まさか。いくら今はフリーでも、そこまで困っているわけじゃありませんよ。それで、どうして朝っぱらからそんな電話を? 門真さんがどうかしたんですか?」
そうだ。女史の第一声は「門真さんに何をしたのか」という詰問だった。ということは、彼女に何かあったということだ。
『今日、仕事を休むって連絡が入ったわよ。体調が優れないってね』
「なるほど。それで俺が抱き潰したと思ったわけですか……俺、そんなに性欲過多に見えますか?」
『性欲過多には見えないけど、肉食系男子には見える。そんな篠塚君の目の前に子猫ちゃんが現れたんだもの。すっかり狼になったんだと思ってた』
やれやれ、一体どれだけ溜め込んでいたと思われていたのやら。いくら俺でもそこまで節操なしじゃない。
「安心してください。そういう意味では、俺は彼女に指一本も触れてませんよ」
彼女の口を塞いだ時に手のひらに感じた唇の柔らかさを、一瞬だけ別の場所で感じてみたいと思ったのは事実だが、それを今ここで言ったら、それこそ収集がつかなくなるだろうから黙っておくことにする。
『意外ね。もしかして好みじゃなかった? 門真さん、防衛省職員にしては雰囲気の柔らかい可愛い子でしょ?』
「なんでそんな話に? ……まあ可愛いのは認めますが、少しばかり正義感過多すぎてドン引きです」
俺がそう言うと、高島女史はそれは言えてるわねと笑った。分かっているなら、先輩としてもう少しアドバイスをしてもらえないものなのか?
『それで門真さんが休んだ原因に心当たりは?』
「あるようなないような」
まず浮かんだのは、痴漢に殴られたことだ。俺は気づかなかったが、色とりどりのアザが、顔にできてしまったのかもしれない。だがそれも今ここで話すと長くなりそうなので、黙っておくことにする。
『はっきりしないわね。まあ良いわ。どうやらそれに関しては貴方に原因があるようだから、今すぐ彼女の容態を確認してきなさい。これは命令です』
「俺は陸自の人間じゃないんですが……」
『同じ自衛隊でしょ、そんなの関係ないから。とにかく命令はしました。ちゃんと後で報告するように。してこなかったら、貴方のところの大津隊長に抗議を捻じ込みますからね』
まったく勘弁してほしい……。
「分かりました分かりました。門真さんの様子をちゃんと確かめて、高島一尉にご報告申し上げます。それで良いんですね」
『分かればよろしい。じゃあ任せたから』
そう言って女史は電話をきった。
「やれやれ。もしかしてここ最近の俺は女難の相でも出ているのか……?」
せっかくの休みだというのにまったく。溜め息をつきながら体をおこすとベッドを出た。
+++++
できるだけ視線を明後日の方向に向けながら、太腿に湿布を貼るとズボンをきちんとあげてやる。それからもう一度彼女の顔を覗き込んだ。相変わらず眉間にシワが寄っている状態だ。
「大丈夫か?」
「いたいです~~」
痛いと返事をしてきたものの、半分眠った状態だ。ということは薬が効いていて、俺がここに来た時に比べれば、痛みがおさまってきたということだ。次に目を覚ました時には、湿布薬の効果も出てもう少しマシになっているだろう。力をこめて揉み解していた場所を、今度はさする程度の力でもう一度マッサージをする。
「まったくなあ、この程度でこんな大騒ぎしていたら、俺のことを投げ飛ばすなんて絶対に無理だぞ?」
「ぜったいなげる~~」
「ああ、そうかいそうかい。是非とも頑張ってくれ」
痛くて半泣きになっているのに、その辺はまだ諦めていないらしい。大した女というか困った女というか。
「ところで門真さん、俺はいつまでこうやってれば良いんだ?」
「……」
しばらくしてそう問い掛けたが返事がない。
「おい、門真さん?」
「…………」
うんともすんとも返事がないので、手をとめて顔を覗き込む。どうやら今度は本当に眠ってしまったようだ。その顔はまだ眉間にシワが寄っている状態で、あまり安らかな寝顔ではなかった。その顔を見て思わず手をのばし、そのシワをのばしてやる。
「無防備もここまでくると逆に感心するな」
シワが無くなって、一段と幼くなったその寝顔を眺めながら苦笑いした。
「さて、だったらお役御免の俺は帰るとするか」
書き置きだけはしておこうと、メモか何かないかと部屋を見渡す。固定電話の横に置いてあるメモ帳が目に入った。文字を書く場所より、印刷されているクマのイラストの方が大きいという、実用的とは程遠いものだ。
「……クマ好きか?」
明後日の方向を向いていたにも関わらず、視界に入ってきたケツにあったのもクマだったな、ああ、いかんいかん。脳裏に浮かんだその映像を慌てて打ち消す。
とにかくそこにメッセージを書いて残していくことにした。
『眠ってしまったようなのでこれで帰ります。鍵は玄関ドアの新聞受けに入れておきます。お大事に。次に薬を飲む時は何か食べてから薬を飲むように』
それを彼女の枕元に、置き布団をかけてやった。
「お大事にな、門真さん」
しばらく目を覚まさないか様子を伺ってから、その辺に放り出してあった鍵を手に玄関に向かう。
「これもクマか……やっぱりクマ好きなんだな」
鍵につけられたキーホルダーを眺め、そんな独り言をつぶやきながら彼女の自宅を出て鍵をかけると、新聞受け口から鍵とクマを押し込んだ。
「さて、残る任務は高島女史への報告か……」
これが一番厄介な案件だ。マンションの敷地を出ると、ジャケットのポケットに押し込んであったスマホを取り出した。
「おい、どうした?」
まさか痛さのあまりに気を失ったなんてことはないよな?と心配になって顔を覗き込んだ。眉間にシワを寄せたまま目を閉じている彼女の肩を揺すってみる。
「もう篠塚さん容赦なくて痛いんですってばあ……」
枕にしがみつきながら、きつく閉じられている目の縁に涙が滲んでいるところを見ると、本当に痛いらしい。だが、このぐらいの力できちんと解しておかないと意味がないのだから、そこは我慢してもらうしかない。そして静かになったのは気を失ったのではなく、痛み止めが急激に効いてきたからだろう。確かにあの薬は猛烈な眠気に襲われる。
「門真さん、この際だから、今のうちに湿布を貼っておいたらどうだ」
「もう後でします~~……そんな元気ないですよう」
情けない声でそう答える様子を見ていたら、さすがに気の毒になってきた。
「今のうちに貼っておいた方が良いと思うがな。なんなら俺が貼ってやろうか?」
さすがにこれは却下されるだろうと思いつつ、取り敢えずは提案してみる。
「篠塚さんが?」
「ああ」
「……お願いします」
彼女はあっさりとその提案を受け入れた。どうやら俺の読みは甘かったようだ。
自分が提案しておいてこう言うのも何だが、本当に警戒心が皆無だな。いくら防衛省の職員と自衛官で仲間意識を持っているとはいえ、少し無防備過ぎないか? このままズボンをひんむいて、俺が襲い掛かったらどうするもりなんだ。もちろん、そんなことをするつもりは毛頭ないが。
「俺を痴漢とか言うなよ?」
「言いませんよう……」
そんなわけで、出会ってからまだ二度しか顔を合わせていない相手のズボンをずらして、湿布薬を貼る羽目になった。こんなところをうちの隊の連中に見られてみろ、絶対に変態扱いだ。
「まったくここまで酷い筋肉痛とは、普段どんだけ運動してないんだってやつだな。もしかしたら、筋トレ以前の問題なんじゃないか?」
俺の言葉に、彼女は不愉快そうな声で唸るだけだった。湿布を貼ると冷たかったのか、ビクッと体を震わせる。だがその動きですら痛いらしく、なにやらフニャフニャと泣きそうな声をあげていた。
「足と腰、他に痛いところは?」
「もう痛すぎて分かりません~」
「だったらその他の場所は、自分でその時々に貼るしかないな」
「分かりましたあ……じゃあ足だけでもお願いします~」
やれやれと溜め息をつきながら湿布薬を袋から出す。そして、ちょっと待てと湿布を手にしながら考え込んだ。
「門真さん」
「なんですかあ」
「足に貼るなら、ズボンを脱がさなきゃならんのだが……」
これがふくらはぎなら裾をめくり上げれば貼れるのだが、彼女が痛いと言っていたところは太腿だ。さてこれはどうしたものか。
「貼ってくださいよう」
「いいのか? ズボンを脱がすことになるんだぞ?」
「どうぞー……」
もう痛い方が大事で、男の俺に下着を見られる恥ずかしさなんて考えてないんだな、恐らく。ここはさっさと脱がして、さっさと貼って、さっさと元に戻すしかないか。
―― 何でこんなことになったのか ――
高島女史から怒りの電話がかかってきたのはまだ今朝方、俺の目が覚めきらない時間だった。
+++++
「なんだよ、せっかくの休みだというのに……」
いきなりスマホが鳴り出して顔をしかめた。昨晩は近江と長浜に、謝礼と称して酒をおごって、つい遅くまで飲み明かしてしまったのが悪かった。普段なら既に起きている時間なのに、まだ体にアルコールが残っているのが分かる。だが出ないわけにはいかない。もしかしたら緊急招集かもしれないからだ。
「はい、篠塚です」
『ちょっと!! あなた門真さんに何をしたのよ!!』
いきなりのキンキン声に、思わずスマホを耳から遠ざけた。この声は高島女史か?
「高島さん?」
『そうよ私よ。私以外の誰がいるっていうの!!』
「大きな声で叫ばないでくださいよ。せっかくの休みなのに、朝っぱらから何なんですか」
門真さんにどうしたって?
『だから門真さんに何をしたのかって聞いてるの!!』
「なにをって……金曜日のことでしたらちゃんと送り届けましたよ、自宅マンションまで」
『それで?!』
「それでって……それから俺は終電で帰りました。それが何か?」
『その後は会ってないの?! 正直に言いなさい!!』
これだけ電話を耳から遠ざけているのに、はっきりと聞き取れるとは凄いな。ということは、女史はそれほどお怒りということだ。しかしそれとこれとにどういった関係が?
「日曜日に会いましたよ。ああ、デートってやつじゃありません。彼女がどうしても護身術を覚えたいと言うので、うちの格闘術の練習を見せるためです。それがなにか? 怪我はしてなかったと思いますが?」
そこで、高島さんの溜め息まじりの笑い声が聞こえてきた。
『そういうことね。安心したわ。本当に送り狼になって、門真さんのことを食い尽くしたのかと思ってた』
「まさか。いくら今はフリーでも、そこまで困っているわけじゃありませんよ。それで、どうして朝っぱらからそんな電話を? 門真さんがどうかしたんですか?」
そうだ。女史の第一声は「門真さんに何をしたのか」という詰問だった。ということは、彼女に何かあったということだ。
『今日、仕事を休むって連絡が入ったわよ。体調が優れないってね』
「なるほど。それで俺が抱き潰したと思ったわけですか……俺、そんなに性欲過多に見えますか?」
『性欲過多には見えないけど、肉食系男子には見える。そんな篠塚君の目の前に子猫ちゃんが現れたんだもの。すっかり狼になったんだと思ってた』
やれやれ、一体どれだけ溜め込んでいたと思われていたのやら。いくら俺でもそこまで節操なしじゃない。
「安心してください。そういう意味では、俺は彼女に指一本も触れてませんよ」
彼女の口を塞いだ時に手のひらに感じた唇の柔らかさを、一瞬だけ別の場所で感じてみたいと思ったのは事実だが、それを今ここで言ったら、それこそ収集がつかなくなるだろうから黙っておくことにする。
『意外ね。もしかして好みじゃなかった? 門真さん、防衛省職員にしては雰囲気の柔らかい可愛い子でしょ?』
「なんでそんな話に? ……まあ可愛いのは認めますが、少しばかり正義感過多すぎてドン引きです」
俺がそう言うと、高島女史はそれは言えてるわねと笑った。分かっているなら、先輩としてもう少しアドバイスをしてもらえないものなのか?
『それで門真さんが休んだ原因に心当たりは?』
「あるようなないような」
まず浮かんだのは、痴漢に殴られたことだ。俺は気づかなかったが、色とりどりのアザが、顔にできてしまったのかもしれない。だがそれも今ここで話すと長くなりそうなので、黙っておくことにする。
『はっきりしないわね。まあ良いわ。どうやらそれに関しては貴方に原因があるようだから、今すぐ彼女の容態を確認してきなさい。これは命令です』
「俺は陸自の人間じゃないんですが……」
『同じ自衛隊でしょ、そんなの関係ないから。とにかく命令はしました。ちゃんと後で報告するように。してこなかったら、貴方のところの大津隊長に抗議を捻じ込みますからね』
まったく勘弁してほしい……。
「分かりました分かりました。門真さんの様子をちゃんと確かめて、高島一尉にご報告申し上げます。それで良いんですね」
『分かればよろしい。じゃあ任せたから』
そう言って女史は電話をきった。
「やれやれ。もしかしてここ最近の俺は女難の相でも出ているのか……?」
せっかくの休みだというのにまったく。溜め息をつきながら体をおこすとベッドを出た。
+++++
できるだけ視線を明後日の方向に向けながら、太腿に湿布を貼るとズボンをきちんとあげてやる。それからもう一度彼女の顔を覗き込んだ。相変わらず眉間にシワが寄っている状態だ。
「大丈夫か?」
「いたいです~~」
痛いと返事をしてきたものの、半分眠った状態だ。ということは薬が効いていて、俺がここに来た時に比べれば、痛みがおさまってきたということだ。次に目を覚ました時には、湿布薬の効果も出てもう少しマシになっているだろう。力をこめて揉み解していた場所を、今度はさする程度の力でもう一度マッサージをする。
「まったくなあ、この程度でこんな大騒ぎしていたら、俺のことを投げ飛ばすなんて絶対に無理だぞ?」
「ぜったいなげる~~」
「ああ、そうかいそうかい。是非とも頑張ってくれ」
痛くて半泣きになっているのに、その辺はまだ諦めていないらしい。大した女というか困った女というか。
「ところで門真さん、俺はいつまでこうやってれば良いんだ?」
「……」
しばらくしてそう問い掛けたが返事がない。
「おい、門真さん?」
「…………」
うんともすんとも返事がないので、手をとめて顔を覗き込む。どうやら今度は本当に眠ってしまったようだ。その顔はまだ眉間にシワが寄っている状態で、あまり安らかな寝顔ではなかった。その顔を見て思わず手をのばし、そのシワをのばしてやる。
「無防備もここまでくると逆に感心するな」
シワが無くなって、一段と幼くなったその寝顔を眺めながら苦笑いした。
「さて、だったらお役御免の俺は帰るとするか」
書き置きだけはしておこうと、メモか何かないかと部屋を見渡す。固定電話の横に置いてあるメモ帳が目に入った。文字を書く場所より、印刷されているクマのイラストの方が大きいという、実用的とは程遠いものだ。
「……クマ好きか?」
明後日の方向を向いていたにも関わらず、視界に入ってきたケツにあったのもクマだったな、ああ、いかんいかん。脳裏に浮かんだその映像を慌てて打ち消す。
とにかくそこにメッセージを書いて残していくことにした。
『眠ってしまったようなのでこれで帰ります。鍵は玄関ドアの新聞受けに入れておきます。お大事に。次に薬を飲む時は何か食べてから薬を飲むように』
それを彼女の枕元に、置き布団をかけてやった。
「お大事にな、門真さん」
しばらく目を覚まさないか様子を伺ってから、その辺に放り出してあった鍵を手に玄関に向かう。
「これもクマか……やっぱりクマ好きなんだな」
鍵につけられたキーホルダーを眺め、そんな独り言をつぶやきながら彼女の自宅を出て鍵をかけると、新聞受け口から鍵とクマを押し込んだ。
「さて、残る任務は高島女史への報告か……」
これが一番厄介な案件だ。マンションの敷地を出ると、ジャケットのポケットに押し込んであったスマホを取り出した。
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