帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう

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第二部 航海その2

第三十一話 射撃訓練

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 自衛官にとって、射撃訓練も格闘訓練も大事だ。だが最近の俺は、除霊やおはらいの技能習得訓練も必要なのでは?と真剣に思っている。

「なんだ波多野はたの、その握り方は」

 渡された訓練用の拳銃をかまえたところで、後ろに立っていた伊勢いせ曹長にダメ出しをされた。

「え、ダメですか、これ。訓練の時は、こうやって持つようにと言われたんですが」
「大体は正しい。だが、もっとしっかり両手で握って持て。肩で固定して撃つ小銃じゃないんだ、今のままだと、撃った時、発砲の衝撃で右手の人差し指と親指の間が裂けるぞ」
「うわ、痛そー……」
「真面目に言ってるんだぞ。かまえかたは、こう」

 曹長に持ち方を矯正された。

「なんだか訓練で教えられたのと、微妙に違います」

 いつもと違う握り方に戸惑う。

「それはしかたない。これは、俺が陸自で訓練を受けた時のやり方だからな。だがこの持ち方のほうが、格段に安定する」
「なんで陸自なんですか? 伊勢曹長はずっと海自ですよね」

 どうしてそこで陸自が出てくるんだ?と、その場にいる全員が首をかしげた。

立検隊たちけんたいの話を受けた時に、しばらく陸自で訓練を受けたんだよ。この手のノウハウは、俺達よりあっちのほうが上だからな」
「なるほど。あ、ってことはもしかしてレンジャー徽章きしょうなんてのも、持っているんですか?」
「あれはさすがに、海自に戻る前に死ぬかと思ったな」

 その時のことを思い出したのか、曹長が口元にうっすらと笑みを浮かべている。曹長が死ぬかと思ったなら、俺は間違いなく、生きて戻ってこれそうにない。

「曹長、つく職種、間違ってるんじゃ……?」
「やかましい。とにかくだ。その訓練を受けた俺としてはだな、射撃訓練をするより、お前達に必要なのは、気力体力筋力だと思うんだがな。だいたいなんだ、そのへっぴり腰は。自衛官が聞いてあきれるぞ」

 その言葉に、全員が「ゲッ」という顔をした。曹長は、時間があればトレーニングルームで筋トレをし、それ以外でもいたるところで懸垂けんすいをしたり、甲板を走ったりしている。つまり曹長は、あれを俺達にやれと言っているのだ。

「うへっ、それって、艦内のあっちこっちで懸垂けんすいしろってことでしょ? イヤですよ、そんなの。ここは、陸自じゃなくて海自なんだから」

 そうだそうだと、あちらこちらで声があがった。普段なら訓練中に、上官に対してこんな軽口はたたけない。それこそ陸自だったら、上官の鉄拳が飛んでくる。だがそこは伊勢曹長の方針もあって、訓練中は「節度ある無礼講」ということになっていた。

「それは偏見というものだぞ、お前達」
「いやー、そうでもないと思いますけど……」
「陸自連中の脳筋ぶりはあり得ないですよ。あいつら、ちょっとおかしいですもん」

 口々に陸自に対してのあれこれを言い始める。

「わかったわかった。とにかくだ。まずはお前達の射撃の練度が、どれほどのものか確かめる。そこが話にならなかったら、訓練どころじゃないからな。さて、ではまずは誰からだ?」

 そう言うと、曹長は俺達一人一人の横に立ち、それぞれの命中精度の確認を開始した。それから三十分後、全員の確認を終えた曹長は、まあまあ満足げな顔をしていた。

「ま、平時の状態で落ち着いてやれば、高い命中度だということはわかった。そこはさすが海自だな」
「ほめられている気がしない……」
「当然だ。俺はほめているつもりはない」

 なかなか厳しい。さすが陸自で訓練を受けただけのことはある。

「これでも甘い判定をしているんだ。少しは察しろ」
「うっわー……」

 射撃訓練を続けていると、猫大佐と相波あいば大尉が姿をあらわした。大尉は軍人らしく、俺達の様子を興味深げに見ている。猫大佐は相変わらず退屈そうな様子だ。その姿を見ていて急に思いついた。

「あの、伊勢曹長」
「なんだ?」
「曹長は、先日の幽霊騒動の話は聞きましたか?」
「ああ、聞いた。残念なことに俺は遭遇しなかったがな」
「……残念なんだ」

 曹長の言葉に、大尉も笑っている。

「それで? それがどうした」
「いえ、思ったんですけど、そっち用対策の装備品って、ないのかなって」
「は? 存在するかどうかハッキリしない、幽霊とやらの対策をする必要がどこにある」

 とたんに全員から異議ありの言葉が飛び出した。それは必要があるかどうかの異議ではなく、曹長が幽霊の存在をまるっきり信じていないことに対してだ。

「いますよ。俺達はこの目で見てるんですから! それに、ワダツミに関しては曹長だって見てるでしょ」
「あれは信じる。だが幽霊は一度も見たことがないからな」
「なんですか、その世界の中心は俺的な発言は」
「少なくとも俺にとっては、俺が世界の中心だ」

 大尉が笑い、猫大佐もあきれたように鼻をならす。

「で? 装備品とは? 塩か? 御札か? 神棚ならすでにあるだろう」
「えーと、お清めの塩や聖水を発射できる単装砲たんそうほうの砲弾とか、御札をチャフのようにまけるハープーンとか」

 とりあえず、今の装備品で利用できそうなものをあげてみた。

「おい。小火器ならともかく、護衛艦レベルなのか」
「だって、この前のような幽霊騒ぎは海域レベルで起きるわけですから、ハープーンで御札をまけば、まとめて除霊できるかなって……」
「どんな御札をまいても効きそうにないと思えるのは、なぜなんだろうな……」

 曹長は、やれやれといった様子で首を横にふる。

「やっぱりここは、地道に人の手でまくべきなんですかね」
「地道とか言うな」

「どうだ、訓練ははかどっているか?」

 艦長達が甲板に出てきた。めずらしく今日は作業服姿だ。どうやら艦長達も射撃訓練に参加するらしい。全員がその場で姿勢を正し、敬礼をした。いくら無礼講が許された訓練中であっても、上官に対しての敬礼は忘れてはならない。

「若い連中は、バチあたりなことを言っていますよ。御札をハープーンでまけとかね」
「まけとは言ってないじゃないですか。そういう装備品も必要なんじゃないですか?と提案しただけです」
「似たようなものだろうが」
「ぜんぜん違いますよ」

 艦長は曹長からの報告に笑った。

「どうやら、この前の騒動のことを言っているようだな。現実的に考えればだ、その調達予算を確保するには、まず、科学的に幽霊の存在を、証明しなければならない。お前達の目撃情報だけでは無理だぞ」

 艦長の言葉に全員が「えー」と声をあげる。

「当たり前だろう。それが無理なら、艦内予算でなんとかするしかないが」
「真っ先に、大河内おおこうちが却下するでしょうね」

 藤原ふじわら三佐がさらりと言った。

―― そういうのが認められたら、相波大尉だって、楽ができると思うんだけどなあ…… ――

 軍刀で各個撃破より、絶対に効率が良いのにと思う。

「なんでもかんでも機械に頼ろうとはするな。アナログな手法も、それなりに大事だぞ」
「やっぱり地道にですか……」
「だから地道にとか言うな」
「艦長や副長は、航海中に幽霊に遭遇したことはあるのですか?」
「あるぞ」

 俺の質問に、艦長がうなづく。

「うらやましいですね、艦長。自分は今まで一度もないのですよ」
「そうなのか。それは残念だな」

 そして三佐はないらしい。

「うらやましいんだ……しかも見れないと残念なんだ……」

 色々な意味で幹部はすごいと思った瞬間だった。

「まあ幽霊が怖いのはわかる。だが我々が警戒しなくてはならないのは、事故やこのふねに攻撃をしかけてくる存在だ。油断をしていると死者や怪我人、そしてふねが沈没する事態になるからな」

 艦長はそう言って、俺達が今、射撃訓練の途中だということを思い出させた。曹長も話が一段落したと判断したらしく、訓練の再開を宣言する。

「では訓練を再開する。艦長と副長のお手並みを拝見するところから、始めましょうか」
「そうだな。山部やまべ小野おのは我々と交代でこっちにおりてくることになっている。柿本かきもとと大河内はその後だ。少し長くなって申し訳ないが、伊勢、今日はそれに付き合ってくれ」
「了解しました。ではこちらに」

 伊勢曹長が見るなか、艦長と三佐が射撃の訓練を始めた。

 俺のイメージでは、幹部達は文武両道ではあるものの、管理職としての役割が大きいから、「武」はあまり重要視していないと思っていた。だが、銃の扱いや射撃の様子を見ていると、そうでもないことがわかる。

―― 艦長達って普段はどこで訓練しているんだろうな…… ――

 艦艇勤務の間も、処理しなければならない事務系の仕事は膨大だと聞くし、どこでそんな時間を作っているのだろう。それとも、うちの幹部が特別なんだろうか。

「艦長、銃のかまえ方がさまになってますよね。まさか、陸自さんに訓練に行っていたんですか?」

 艦長の射撃を見ていた時に、なんとなくかまえ方が曹長と似ていると思ったので質問をした。

「防大でも訓練はあったし、今でもそれなりに時間を見つけて訓練はしているからな」
「そうなんですか」
「なんだ、幹部はその手の訓練はまったくしていないと思っていたか?」

 思っていたことをズバリ言われて、少しだけ目が泳ぐ。

「あー……どうなんでしょう、あまりその手の訓練をしているところを拝見したことがないので」
「それにだ、同期には陸自に行ったヤツもいるからな。たまに会うのがサバゲー会場だったりもするわけだ。あいつら、まったく体力が落ちてないから信じられんな」

 艦長はそう言うと、呑気に笑った。

「サバゲー会場ですか……」
「もうこの年になると、あの手の雑木林ぞうきばやしの間を走り回るのはさすがにつらいな。若いころは陸海空交流の場として最適だと思ったが、さすがに体がついていかなくなってきた」
「陸自さんの体力は並はずれていますからね」

 曹長がうなづく。

「並はずれているどころか、あいつらの体力は化け物級だよ。そろそろ年相応に、おとなしく居酒屋で会合をしようって話になってるんだがな、空自の同期とは」
「ケガをしたら、元も子もありませんからね。では、遮蔽物しゃへいぶつを利用した射撃、相手へのアプローチのしかたをレクチャーします」

 立検隊たちけんたいのメンバーが、遮蔽物しゃへいぶつに見立てる段ボール箱を運んできた。

「思ったんだが、この訓練、一般公開で見せるのも面白いかもしれないな」

 それを見ていた艦長が言った。

「なるほど。見学客が多いと場所を確保するのが難しいですが、検討してみましょうか」

 艦内の廊下に模した段ボールの壁ができあがった。

「さて、ではまずは状況説明から。相手は護衛艦に侵入してきたテロリストだ。本来なら、乗り込まれる前に対処すべきだし、真っ先にそいつらとやり合うのは俺達なんだが、それを言い出すと訓練が始まらないからな」

 そう言いながら、曹長が状況の説明を始める。そして説明をしている途中、ふと我にかえったように黙り込んだ。

「曹長?」
「……いや。ふと考えたんだが、わざわざ乗り込んできて乗員を制圧するより、こっそり魚雷を下に運んできて、ふねの真下で爆発させたほうが、手っ取り早いよなって思ったんだが」
「ここにきて、まさかの訓練状況の全否定!!」
ふねを乗っ取る状況じゃなかったのか」
「まさかの護衛艦撃沈案件だったとは」

 その場で全員が爆笑した。いや、実際にそんなことになったら、笑い事じゃないんだけどな。
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