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第二部 航海その2
第二十七話 太平洋へ
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「出港時間だが、予定より少し遅くなる」
出港当日、朝の申し送りで航海長の山部一尉からそう言われた。
「なにか不具合でも?」
「いや。お隣さんが出港作業中なんだが、大所帯なんで少し時間がかかっているらしい」
「ああ、海軍さん。大所帯ってことは、空母が出港なんですか」
「そういうことだ」
ここに入港した時、米軍施設側に空母が停泊しているのが見えていた。その空母が出港をするらしい。そして空母は単体で出港することはほとんどなく、目的地に展開する時は必ず、数隻の軍艦と潜水艦がエスコート役として同行するのだ。そしてそのエスコート役を、海自がつとめることもあった。
「うちから出ていく艦は見てないですし、全部、アメリカさんってことですか」
「それ以上は言うなよ? あちらに対して失礼になるからな」
俺がなにを言いたいのか察したのか、一尉がクギをさしてくる。
「別になにも言うつもりはないですよ。大きな空母なんです、引き出しだけでも大変な作業になるのは、わかってますから」
「まあこちらはそのお蔭で、ゆっくり出港準備ができるんだがな。あいた時間を利用して、念入りに点検をしておけよ? 今回は、そう簡単には戻ってはこれないから」
「了解しました」
そして打ち合せを終えた一尉は、俺達をその場に残し、艦長や副長達と合流して廊下を歩いていった。
「艦長達、どこへ行くんだろう」
「あき時間ができたから、幹部だけでお茶会とか?」
「まさかー……」
比良の言葉に笑いつつ、なんとなく気になってこっそりと後をつける。すると艦長達は神棚の前で立ち止まった。そして並んでかしわ手を打つと、頭をさげる。
「本日、当艦は横須賀を出港し、日本の領海を出ることになります。どうか今回の航海を、無事に乗り切ることができますよう、お守りください。よろしくお願いいたします」
艦長がそう言い、幹部達がもう一度、頭をさげた。そして頭を上げた艦長が、声をあげた。
「そこでなにをコソコソ見ているんだ? 隠れているぐらいなら、お前達もちゃんと祈願しないか」
「!!」
お前達?と振り返ると、そこには比良を含めた、教育訓練中の海士全員が立っていた。気づかれてしまっているのなら、隠れている意味もない。艦長達が神棚の前をあけてくれたので、全員でゾロゾロと神棚の前に出ていき、同じようにかしわ手を打ち、頭をさげる。
「あの、艦長達はなにをされていたのですか? 普段はこのようなことはされてませんよね?」
「今回は行き先はハワイだからな。遠い上に、国外だ」
艦長の答えにイマイチ納得がいかず、その場の全員が首をかしげた。その様子に、副長の藤原三佐が笑って説明を続ける。
「日本を離れる当艦を守ってくれるのは、この艦内神社の神様だけだろう? しっかり祈願して当然だという話だ。しかも太平洋は広い。なにが起きるかわからんだろう。だからいつもより、念入りに祈願しただけのことだ」
「なるほど」
「だからお前達も、念入りに拝んでおけ。ハワイでの試験を無事に終え、ちゃんと帰国できるようにとな」
たしかに、太平洋に出てハワイに到着するまでは海だけだ。今の時代、GPSもあるし通信装置もあるから、なにか起きてもそうそう孤立無援状態が続くことはない。だが、それでも陸地が近い場所を航海するのとは違う。その説明を聞き、俺達はもう一度、神棚に頭をさげて、航海安全の祈願をした。
だがこの時の俺達は、艦長達が言っていることが、俺達が想像していたこととまったく違うということを、まだ知らなかった。
+++
予定時間より三時間ほど遅れ、みむろは横須賀を出港した。
「この時間は入港時と違い、船舶の往来がかなり激しい。監視をおこたるな」
「了解です」
艦橋に上がっている全員が、双眼鏡を片手に周囲の警戒をする。ここに入港した時とは違い、かなりの船舶が周囲を航行していた。そのほとんどは物流関係のタンカーで、みむろよりもずっと大きな船だ。双眼鏡で見ている先に、先に出港した米国海軍の空母の姿が見えた。随行している駆逐艦が小さく見える。それだけ空母が大きいということだ。
「やっぱ空母って、でっけーよなー……」
空母の甲板上には、まだ艦載機の姿は見えない。出港してから合流するのが常なので、今ごろは岩国にある基地から、こちらに向けて離陸しているだろう。
「艦載機の着艦、間近で見られないのが残念だな」
俺の横で、双眼鏡をのぞいていた山部一尉が言った。
「あっちは南下するんですね。方角が同じなら、遠くからでも見られたのに、残念です」
空母がとっている進路から、あの一団は九州沖へと向かっているようだ。そこで艦載機の訓練をするのか、さらに南下して南シナ海に展開するのか、そのあたりは俺達も知らされていない。
「んー……あー……」
「?」
しばらくして、艦橋横に出ていた比良が、変な声をあげているのに気がついた。気のせいか顔色もさえない。一尉に許可をもらい、比良のもとへと向かった。
「大丈夫か、比良?」
「大丈夫です」
ここしばらく、船酔いがマシになっていたんだが、今日はそうでもないらしい。
「気分悪いなら、薬をもらってくるか? その間ぐらいなら、ここ、変わってやれるし」
「いえ、今日はもう飲んでいるので」
「比良、もう少しの辛抱だ。ここを抜けたら揺れはマシになるからな」
「はい」
艦橋から顔を出した藤原三佐が、なぐさめるように比良の肩をたたいた。
「どういうこと?」
「今年の黒潮は、陸地にかなり近いところを蛇行してますよね。で、みむろは今、その黒潮を横切る形で航行しているじゃないですか。そのせいで、横からの波が艦を複雑に揺らしているんですよ。それもあって、ちょっと気持ち悪いだけなんです。ここを抜けたら平気になります」
「へえ……比良の三半規管、敏感なんだな。もしかしたら制御装置より正確なんじゃ?」
俺の言葉に、比良が力なく笑う。
「そんなふうに言ってくれるの、波多野さんと副長ぐらいですよ」
「いやあ、こればっかは俺にもどうにもしてやれないからさ」
「我慢ができないようなら、遠慮なく俺に言うんだぞ。監視がおろそかになったら困るからな」
三佐はそう言って、もう一度、比良の肩をたたくと、艦橋へと戻っていった。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい。久しぶりに船酔い状態になってるってのも、あるんですよ」
「そう言えば、ここしばらくは全然平気だったもんな」
言われてなるほどと思う。比良がこんなふうに、船酔いで苦しんでいるのを見るのは久しぶりのことだ。
「そうなんです。俺は大丈夫ですから、波多野さんも自分の持ち場に戻ってください。航海長にしかられちゃいますよ」
「わかった。そこから落ちるなよ?」
「ありがとうございます」
俺が艦橋に入るのと同時に、横を相波大尉が通りすぎた。どうやら大尉も、比良の船酔いを心配して出てきたらしい。
―― 相波大尉、本当に比良のことになると過保護だよな。いや、もしかして船酔いしているヤツ限定なのかな…… ――
大尉は、比良の背中を心配そうにさすっている。そして猫大佐はと言えば、甲板の単装砲の上に鎮座し、呑気に毛づくろいをしていた。
―― 相変わらず呑気だよな、猫神様ってのは ――
俺が見ているのを知ってか知らずか、大佐はそのまま単装砲の上でゴロンと横になり、昼寝を始めた。
太平洋をハワイに向けて航海を始めた「みむろ」だが、航海中、なにもしないわけではない。それぞれの部署では普段通りの勤務が行われるのと同時に、様々な訓練も実施されることになっていた。
「往路の訓練、もう計画は決まってましたよね?」
「今日はこのまま航海のみだが、明日からは訓練が目白押しだな。往路前半は防火訓練が中心か」
俺の質問に一尉が答えた。防火訓練とは言葉通りの訓練で、艦内で火災が起きたと想定して行うものだ。主に3分隊、4分隊を中心として、様々な状況を想定して行われる。もちろん俺達も、艦橋やワッチに入っていない限りは、消火機材の使用訓練をするために訓練に参加していた。
「それから後半は、立検隊を中心とした対テロ戦闘訓練になる予定だな」
「伊勢が、張り切って計画してくれているらしいじゃないか。今から楽しみだな」
「今回はどんなネタを仕込んできますかね」
艦長と副長がニヤニヤしている。
「楽しみって……」
「楽しみじゃないのか?」
艦長が俺の顔を見てニヤッと笑った。
「いやだって、伊勢曹長が計画しているってことは、本格的な戦闘訓練ってことじゃないですか」
「それのどこがダメなんだ」
「ダメってわけじゃないですけど……」
もちろん俺達だって、格闘技や小火器の扱いについては訓練を受けている。だが艦艇勤務をしていると、拳銃を手にすることはめったになかった。つまり、伊勢曹長ひきいる立検隊からしたら、今の俺達は素人と大して変わらないということだ。
「心配するな。もちろん事前講習は行われる。それも訓練プログラムのうちだからな。その総仕上げが、最終日の立検隊を相手にした戦闘訓練だ」
「え、あっちが敵役なんですか?!」
「当たり前だ。お前達が敵役をやっても、あっという間に制圧されて終わりだろ」
「いやでも、立検隊の任務内容を考えたら、どう考えても役割は逆でしょ」
しかし相手が伊勢曹長となると、どちらにしろ、あっという間に制圧される未来しか想像できない。
「あいつが言うには、最近の護衛艦乗りの体力低下は深刻らしいからな。その底上げはすべきだということだ」
「ってことは……?」
「この遠征中の目標は、艦内の全員の体力、戦闘力を少しでも上げること、らしい」
「うっわー……色々な意味でヤバい予感しかしません」
俺が声をあげると、その場にいた幹部が笑い出す。
「笑いこどじゃないです。そりゃあ、艦長達には関係ない訓練なのかもしれませんが」
「いや。俺達も事前講習は受けることになっている。それも伊勢の意見だ」
「俺達幹部が下の者の足手まといになるなんてことは、あってはならんことだからな」
一尉の言葉に、艦長がウンウンとうなづいた。
「マジっすか」
「あのな、波多野。幹部だって自衛官だ。お役所仕事をしたり、コーヒーを飲んでまったりしているだけじゃないんだぞ?」
「え、いや、そこまでは思ってないですよ」
何度かそうなんじゃないかと、考えたことはあったが。
「だが幹部だけのお茶会がされてるって、信じてるだろ?」
「え、してないんですか?」
思わず言ってしまってから、しまったと思った。だが艦長達は気を悪くしたふうもなく、ただ笑うだけだった。
そんなわけで、みむろのハワイに向けての航海が始まった。
出港当日、朝の申し送りで航海長の山部一尉からそう言われた。
「なにか不具合でも?」
「いや。お隣さんが出港作業中なんだが、大所帯なんで少し時間がかかっているらしい」
「ああ、海軍さん。大所帯ってことは、空母が出港なんですか」
「そういうことだ」
ここに入港した時、米軍施設側に空母が停泊しているのが見えていた。その空母が出港をするらしい。そして空母は単体で出港することはほとんどなく、目的地に展開する時は必ず、数隻の軍艦と潜水艦がエスコート役として同行するのだ。そしてそのエスコート役を、海自がつとめることもあった。
「うちから出ていく艦は見てないですし、全部、アメリカさんってことですか」
「それ以上は言うなよ? あちらに対して失礼になるからな」
俺がなにを言いたいのか察したのか、一尉がクギをさしてくる。
「別になにも言うつもりはないですよ。大きな空母なんです、引き出しだけでも大変な作業になるのは、わかってますから」
「まあこちらはそのお蔭で、ゆっくり出港準備ができるんだがな。あいた時間を利用して、念入りに点検をしておけよ? 今回は、そう簡単には戻ってはこれないから」
「了解しました」
そして打ち合せを終えた一尉は、俺達をその場に残し、艦長や副長達と合流して廊下を歩いていった。
「艦長達、どこへ行くんだろう」
「あき時間ができたから、幹部だけでお茶会とか?」
「まさかー……」
比良の言葉に笑いつつ、なんとなく気になってこっそりと後をつける。すると艦長達は神棚の前で立ち止まった。そして並んでかしわ手を打つと、頭をさげる。
「本日、当艦は横須賀を出港し、日本の領海を出ることになります。どうか今回の航海を、無事に乗り切ることができますよう、お守りください。よろしくお願いいたします」
艦長がそう言い、幹部達がもう一度、頭をさげた。そして頭を上げた艦長が、声をあげた。
「そこでなにをコソコソ見ているんだ? 隠れているぐらいなら、お前達もちゃんと祈願しないか」
「!!」
お前達?と振り返ると、そこには比良を含めた、教育訓練中の海士全員が立っていた。気づかれてしまっているのなら、隠れている意味もない。艦長達が神棚の前をあけてくれたので、全員でゾロゾロと神棚の前に出ていき、同じようにかしわ手を打ち、頭をさげる。
「あの、艦長達はなにをされていたのですか? 普段はこのようなことはされてませんよね?」
「今回は行き先はハワイだからな。遠い上に、国外だ」
艦長の答えにイマイチ納得がいかず、その場の全員が首をかしげた。その様子に、副長の藤原三佐が笑って説明を続ける。
「日本を離れる当艦を守ってくれるのは、この艦内神社の神様だけだろう? しっかり祈願して当然だという話だ。しかも太平洋は広い。なにが起きるかわからんだろう。だからいつもより、念入りに祈願しただけのことだ」
「なるほど」
「だからお前達も、念入りに拝んでおけ。ハワイでの試験を無事に終え、ちゃんと帰国できるようにとな」
たしかに、太平洋に出てハワイに到着するまでは海だけだ。今の時代、GPSもあるし通信装置もあるから、なにか起きてもそうそう孤立無援状態が続くことはない。だが、それでも陸地が近い場所を航海するのとは違う。その説明を聞き、俺達はもう一度、神棚に頭をさげて、航海安全の祈願をした。
だがこの時の俺達は、艦長達が言っていることが、俺達が想像していたこととまったく違うということを、まだ知らなかった。
+++
予定時間より三時間ほど遅れ、みむろは横須賀を出港した。
「この時間は入港時と違い、船舶の往来がかなり激しい。監視をおこたるな」
「了解です」
艦橋に上がっている全員が、双眼鏡を片手に周囲の警戒をする。ここに入港した時とは違い、かなりの船舶が周囲を航行していた。そのほとんどは物流関係のタンカーで、みむろよりもずっと大きな船だ。双眼鏡で見ている先に、先に出港した米国海軍の空母の姿が見えた。随行している駆逐艦が小さく見える。それだけ空母が大きいということだ。
「やっぱ空母って、でっけーよなー……」
空母の甲板上には、まだ艦載機の姿は見えない。出港してから合流するのが常なので、今ごろは岩国にある基地から、こちらに向けて離陸しているだろう。
「艦載機の着艦、間近で見られないのが残念だな」
俺の横で、双眼鏡をのぞいていた山部一尉が言った。
「あっちは南下するんですね。方角が同じなら、遠くからでも見られたのに、残念です」
空母がとっている進路から、あの一団は九州沖へと向かっているようだ。そこで艦載機の訓練をするのか、さらに南下して南シナ海に展開するのか、そのあたりは俺達も知らされていない。
「んー……あー……」
「?」
しばらくして、艦橋横に出ていた比良が、変な声をあげているのに気がついた。気のせいか顔色もさえない。一尉に許可をもらい、比良のもとへと向かった。
「大丈夫か、比良?」
「大丈夫です」
ここしばらく、船酔いがマシになっていたんだが、今日はそうでもないらしい。
「気分悪いなら、薬をもらってくるか? その間ぐらいなら、ここ、変わってやれるし」
「いえ、今日はもう飲んでいるので」
「比良、もう少しの辛抱だ。ここを抜けたら揺れはマシになるからな」
「はい」
艦橋から顔を出した藤原三佐が、なぐさめるように比良の肩をたたいた。
「どういうこと?」
「今年の黒潮は、陸地にかなり近いところを蛇行してますよね。で、みむろは今、その黒潮を横切る形で航行しているじゃないですか。そのせいで、横からの波が艦を複雑に揺らしているんですよ。それもあって、ちょっと気持ち悪いだけなんです。ここを抜けたら平気になります」
「へえ……比良の三半規管、敏感なんだな。もしかしたら制御装置より正確なんじゃ?」
俺の言葉に、比良が力なく笑う。
「そんなふうに言ってくれるの、波多野さんと副長ぐらいですよ」
「いやあ、こればっかは俺にもどうにもしてやれないからさ」
「我慢ができないようなら、遠慮なく俺に言うんだぞ。監視がおろそかになったら困るからな」
三佐はそう言って、もう一度、比良の肩をたたくと、艦橋へと戻っていった。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい。久しぶりに船酔い状態になってるってのも、あるんですよ」
「そう言えば、ここしばらくは全然平気だったもんな」
言われてなるほどと思う。比良がこんなふうに、船酔いで苦しんでいるのを見るのは久しぶりのことだ。
「そうなんです。俺は大丈夫ですから、波多野さんも自分の持ち場に戻ってください。航海長にしかられちゃいますよ」
「わかった。そこから落ちるなよ?」
「ありがとうございます」
俺が艦橋に入るのと同時に、横を相波大尉が通りすぎた。どうやら大尉も、比良の船酔いを心配して出てきたらしい。
―― 相波大尉、本当に比良のことになると過保護だよな。いや、もしかして船酔いしているヤツ限定なのかな…… ――
大尉は、比良の背中を心配そうにさすっている。そして猫大佐はと言えば、甲板の単装砲の上に鎮座し、呑気に毛づくろいをしていた。
―― 相変わらず呑気だよな、猫神様ってのは ――
俺が見ているのを知ってか知らずか、大佐はそのまま単装砲の上でゴロンと横になり、昼寝を始めた。
太平洋をハワイに向けて航海を始めた「みむろ」だが、航海中、なにもしないわけではない。それぞれの部署では普段通りの勤務が行われるのと同時に、様々な訓練も実施されることになっていた。
「往路の訓練、もう計画は決まってましたよね?」
「今日はこのまま航海のみだが、明日からは訓練が目白押しだな。往路前半は防火訓練が中心か」
俺の質問に一尉が答えた。防火訓練とは言葉通りの訓練で、艦内で火災が起きたと想定して行うものだ。主に3分隊、4分隊を中心として、様々な状況を想定して行われる。もちろん俺達も、艦橋やワッチに入っていない限りは、消火機材の使用訓練をするために訓練に参加していた。
「それから後半は、立検隊を中心とした対テロ戦闘訓練になる予定だな」
「伊勢が、張り切って計画してくれているらしいじゃないか。今から楽しみだな」
「今回はどんなネタを仕込んできますかね」
艦長と副長がニヤニヤしている。
「楽しみって……」
「楽しみじゃないのか?」
艦長が俺の顔を見てニヤッと笑った。
「いやだって、伊勢曹長が計画しているってことは、本格的な戦闘訓練ってことじゃないですか」
「それのどこがダメなんだ」
「ダメってわけじゃないですけど……」
もちろん俺達だって、格闘技や小火器の扱いについては訓練を受けている。だが艦艇勤務をしていると、拳銃を手にすることはめったになかった。つまり、伊勢曹長ひきいる立検隊からしたら、今の俺達は素人と大して変わらないということだ。
「心配するな。もちろん事前講習は行われる。それも訓練プログラムのうちだからな。その総仕上げが、最終日の立検隊を相手にした戦闘訓練だ」
「え、あっちが敵役なんですか?!」
「当たり前だ。お前達が敵役をやっても、あっという間に制圧されて終わりだろ」
「いやでも、立検隊の任務内容を考えたら、どう考えても役割は逆でしょ」
しかし相手が伊勢曹長となると、どちらにしろ、あっという間に制圧される未来しか想像できない。
「あいつが言うには、最近の護衛艦乗りの体力低下は深刻らしいからな。その底上げはすべきだということだ」
「ってことは……?」
「この遠征中の目標は、艦内の全員の体力、戦闘力を少しでも上げること、らしい」
「うっわー……色々な意味でヤバい予感しかしません」
俺が声をあげると、その場にいた幹部が笑い出す。
「笑いこどじゃないです。そりゃあ、艦長達には関係ない訓練なのかもしれませんが」
「いや。俺達も事前講習は受けることになっている。それも伊勢の意見だ」
「俺達幹部が下の者の足手まといになるなんてことは、あってはならんことだからな」
一尉の言葉に、艦長がウンウンとうなづいた。
「マジっすか」
「あのな、波多野。幹部だって自衛官だ。お役所仕事をしたり、コーヒーを飲んでまったりしているだけじゃないんだぞ?」
「え、いや、そこまでは思ってないですよ」
何度かそうなんじゃないかと、考えたことはあったが。
「だが幹部だけのお茶会がされてるって、信じてるだろ?」
「え、してないんですか?」
思わず言ってしまってから、しまったと思った。だが艦長達は気を悪くしたふうもなく、ただ笑うだけだった。
そんなわけで、みむろのハワイに向けての航海が始まった。
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