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僕の主治医さん 第二部
第十四話 初めての朝
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休みの日でも、たいていは朝の七時頃には目が覚めるので、今朝も同じように目が覚めた。普段なら、ベッドに入ってから読んでいた医学書が顔にかぶさっていたり、足だけがベッドから垂れ下がっていて寒かったりするんだけど、今日は違う。温かいお布団にくるまれていて、その下では南山さんの腕にはがいじめにされている。
「……」
薄目を開けると、南山さんの喉元が目に入った。ちょっと視線をあげれば、不精ヒゲがはえ始めた顎。入院中は私が来る前にきちんとしていたのか、ヒゲには気がつかなかったなと思いながら、なんとなく気になって指で触ってみた。まだ剃ってから一日も経っていないだろうに、すでにチクチクしてる。頭髪が一日何ミリ伸びているというのは実感しにくいものだけど、ヒゲを見るとなるほど間違いなく伸びているんだなあって、目で見て分かるのがとても面白い。
「……雛子さん、なにやってるんですか」
チクチクした感触が気に入って撫で続けていたら、いきなり南山さんの声が頭の上でした。慌てて指を引っ込めるけど、後の祭りってやつだ。
「お、おはようございます」
「まだ、僕の質問に答えてませんよ?」
「……おひげ髭を見てました。一日数ミリ伸びる人間の毛髪を、目で見て実感していたところです」
「見ていただけじゃないでしょ?」
私の答えに、鋭いツッコミが入る。
「えっと、チクチクした感触が面白いのでつい……」
触ってましたと白状したら、南山さんがクスクスと笑った。
「まったく。朝からそんな刺激的なことをされたら、大変なことになるのを分かってるんですか?」
背中に回されていた南山さんの手が腰の辺りまで下がってきて、自分の方へと私を引き寄せた。なにか固いものが下腹部に当たっている……。これは昨晩の再現というものでは?
「ご、ごめんなさい」
「まったく。お腹の中をのぞかれるだけならまだしも、下半身まで見られて、しかもこんなふうにされてしまって。こんなんじゃもう僕、お婿に行けないじゃないですか。雛子さん、ちゃんと責任をとってくださいね」
南山さんは溜め息をつきながらそう言うと、私のことをベッドに押しつけてのしかかってきた。足の間に彼の体がおさまっていて、固いものがパジャマのズボン越しにはっきりと感じられる。
「責任って、あの……」
「雛子さんが、医者の親切心を起こして僕のことを送るなんて言い出さなかったら、こんなことにはならなかったと思うんですけどね。諦めて責任を取ってください」
そう言って微笑んだ顔は、ドラマで出てくる悪徳官僚みたいだ。
「南山さん、それおかしいような気が……」
「ああ、それとアヒル君のお蔭でもあるのかな。そうでなかったら雛子さんは、僕の腕の中に飛び込んでこなかったわけだら」
アヒル!! そうだ、夜中に私の頭の上に飛んできたアヒルちゃん。今もちゃんとペン立ての中で、おとなしくしているのだろうか? そう思ってペン立てが置いてある机の方を確認しようとしたのに、南山さんが両手で顔を挟んでいて頭を動かせない。
「よそ見しないでこっちに集中して」
「でも」
「アヒルのことはまた後で。今は、僕とのことの方が大事でしょ」
「でも」
南山さんはさらに反論しようとした私の口を、強引にキスという手段でふさいだ。出張前に不意打ちでされたキスとは違って、親密でとても深いキス。口の中を探られていくうちに、アヒルのことはどうでも良くなって、いつの間にか頭の中から消え去ってしまっていた。
「責任を取る覚悟はできましたか?」
顔を上げた南山さんが、私の下腹部に自分の下半身を押しつけながら問い掛けてくる。
「えっと……大丈夫だと思いますよ。医者だから、セックスで男女の体がどういう具合になるかぐらいは、ちゃんと分かってますし……」
私の答えに怪訝な顔をする。
「雛子さん?」
「はい?」
「もしかして、初めて、ですか?」
一瞬で顔が熱くなるのが分かった。
最近じゃ高校生で経験済みなんて珍しくないし、イヤな話ではあるけど、産婦人科には予想外の妊娠でやって来る若い子達もいる。そんな中で私は、すで二十代後半に差し掛かっているのに、なぜかいまだに、その手のこととは縁遠い世界に住んでいた。別に男性に興味が無いわけではなく、勉強が楽しくて、気がついたらこの年齢になっていたというのが本当のところなんだけど。まあ何が言いたいのかと言えば、私はまだ男性経験が無いってこと。
「昨晩のお爺さんからの話を聞いて、察しておくべきでした。そうですか」
「あの、変、ですか……?」
じゃあ止めますとでも言い出すのかなと思って、南山さんのことを見上げていたら、ニッコリと微笑まれてしまった。
「そんなことはありませんよ。雛子さんの、最初で最後の男になれるなんて光栄です」
「はい?」
「大丈夫ですよ。僕もちゃんと責任は取りますから」
「えっと……?」
「できるだけ優しくしますから、安心して任せてください」
「えーっと……?」
そして私は男女の営みというものは、いくら医学書を読んで知識を溜め込んでいても、なんの役にも立たないんだってことを、身をもって経験することになった。
+++++
「雛子さん、普段の朝は、どんなものを食べているんですか?」
「クリームパンとコーヒー牛乳です」
「コーヒー牛乳は用意できるけど、さすがに今日はクリームパンはないなあ……」
キッチンからは、御機嫌な南山さんの声。一宿一飯の恩義もあることだし、ここは私が朝ご飯を用意するべきところなんだろうけど、初めてのあれやこれやな経験の余韻で、まだベッドの中から出ることができずにいた。そして南山さんは、そんな私をお世話することがとても楽しいらしい。
「ホットケーキならあるけど、それはどう?」
ベッドの横に戻ってきた南山さんが、私の顔をのぞき込む。
「ホットケーキ?」
「冷凍だけどね。夜食に美味しそうだなと思って、買っておいたのがある」
「食べたいです、ホットケーキ」
「分かった」
ニッコリと微笑んで、キッチンに引き返していく。パジャマのズボンは腰のあたりまでずり落ちているし、上は上でボタンもとめずにはおっただけで朝ご飯の用意をするなんて、普段の私だったらだらしないと思ってしまうようなことなのに、今は剃っていない不精ヒゲも込みでセクシーだって感じてしまうのは、絶対にさっき経験したことのせいだ。
「雛子さん、そろそろ起きられるかな? それともそこで食べる?」
しばらくして、電子レンジのチンという音と共に甘い匂いが漂ってきた。再び南山さんがこっちに戻ってくる。
「大丈夫ですよ、ちゃんと起きられます。その……着るものさえ渡してもらえれば」
パジャマと下着は何処にあるのかと、布団の中からベッドの下に手を伸ばす。脱がされた事は覚えているけど、どの辺りに放り出されたのか見当がつかない。そんな私のことを、南山さんは楽しそうな顔をして見下ろしていた。
「あの、そこでニヤニヤしてないで、手を貸すとかしてくれないんですか?」
「寝たまま探すなんて不精なことをせず、起きれば良いじゃないか。そうすれば、どこにパジャマがあるかすぐに分かるのに」
そんなことは言われなくても分かっている。布団から出たくないのは、目の前にニヤニヤしている誰かさんが立っているからだ。
「だったら、あっちに行っててください」
「イヤだ」
「イヤだって……」
ブツブツ文句を言いながら手探りを続ける私をしばらく眺めていた彼は、落ちていたパジャマを拾い上げると、ベッドに腰を下ろした。
「どうしてそこに落ち着くかな。パジャマを渡して、あっちに行くという選択肢はないの?」
「ない。ほら、起きて」
「恥ずかしいから、あっちに行ってて」
「どうして恥ずかしがるのか分からない。ほら、起きて」
布団を引き剥がそうとするのを慌てて阻止すると、布団がずり落ちないようにおさえながら体を起こした。起きた拍子に下腹部にピリッとした痛みを感じて、顔をしかめてしまう。
「まだ痛い?」
「それほどでも……」
最初の痛みを感じた時に、思わず涙目になってしまったのを見たせいか、南山さんはその後はとても優しく愛してくれた。そのせいか痛みもその時だけで、よく言われている初めての時の出血もそれほどなかったし、今もほとんど痛みを感じない。あ敢えて言うなら、体の中に異物感があるぐらいだろうか、なんて言うかまだ彼が中にいるような……。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、まずはお腹に何か入れないと」
「誘ってなんかいません。さっさとパジャマを渡してください」
「そう?」
パジャマを差し出されたので受け取ると、なんとか見えないようにと四苦八苦しながら腕を通す。南山さんはそんな私を見ながら、呆れたように微笑んだ。
「隠すことなんてないのに。僕はもう、雛子さんの全部を見てしまってるんだから」
「そういう問題じゃないです」
「じゃあ、後でもう一度、ゆっくり堪能させてもらうことにする。あっちに行ってるから、冷めないうちに早く出ておいで」
そう言って、ズボンと下着を布団の上に置いてベッドから離れた。一人になって、自分の膝の上に置かれた下着を見ていたら溜め息が出た。実用一点張りのセクシーでもなんでもない下着。こんなことになると分かっていたら、もうちょっと考えて選んだのにな……。そんなことを考えながら、急いで身に着けるとベッドから出た。そこで、南山さんが去り際に口にした言葉を思い出す。
「ん? もう一度って……?」
今日、自分の家に帰してもらえるんだろうかと本気で心配になってきた。いやいや、明日は仕事で朝早くからミーティングもあるから、なにがなんでも帰るから!
そしてリビングへと向かいながら、いまさらのように、アヒルがさし込まれているペン立てに目をやった。アヒルは後頭部をこっちに向けて、窓の方を向いていた。昨日の夜に南山さんがペン立てにさした時は、ひょうきんな顔をこっちに向けていたような気がしたんだけど、記憶違いだろうか。
「雛子さん、冷めてしまうよ」
「いま行きますー」
きっと、なにかの拍子であっちを向いてしまったんだよねと自分を納得させると、足早に、甘い匂いがしているリビングへと向かった。
「……」
薄目を開けると、南山さんの喉元が目に入った。ちょっと視線をあげれば、不精ヒゲがはえ始めた顎。入院中は私が来る前にきちんとしていたのか、ヒゲには気がつかなかったなと思いながら、なんとなく気になって指で触ってみた。まだ剃ってから一日も経っていないだろうに、すでにチクチクしてる。頭髪が一日何ミリ伸びているというのは実感しにくいものだけど、ヒゲを見るとなるほど間違いなく伸びているんだなあって、目で見て分かるのがとても面白い。
「……雛子さん、なにやってるんですか」
チクチクした感触が気に入って撫で続けていたら、いきなり南山さんの声が頭の上でした。慌てて指を引っ込めるけど、後の祭りってやつだ。
「お、おはようございます」
「まだ、僕の質問に答えてませんよ?」
「……おひげ髭を見てました。一日数ミリ伸びる人間の毛髪を、目で見て実感していたところです」
「見ていただけじゃないでしょ?」
私の答えに、鋭いツッコミが入る。
「えっと、チクチクした感触が面白いのでつい……」
触ってましたと白状したら、南山さんがクスクスと笑った。
「まったく。朝からそんな刺激的なことをされたら、大変なことになるのを分かってるんですか?」
背中に回されていた南山さんの手が腰の辺りまで下がってきて、自分の方へと私を引き寄せた。なにか固いものが下腹部に当たっている……。これは昨晩の再現というものでは?
「ご、ごめんなさい」
「まったく。お腹の中をのぞかれるだけならまだしも、下半身まで見られて、しかもこんなふうにされてしまって。こんなんじゃもう僕、お婿に行けないじゃないですか。雛子さん、ちゃんと責任をとってくださいね」
南山さんは溜め息をつきながらそう言うと、私のことをベッドに押しつけてのしかかってきた。足の間に彼の体がおさまっていて、固いものがパジャマのズボン越しにはっきりと感じられる。
「責任って、あの……」
「雛子さんが、医者の親切心を起こして僕のことを送るなんて言い出さなかったら、こんなことにはならなかったと思うんですけどね。諦めて責任を取ってください」
そう言って微笑んだ顔は、ドラマで出てくる悪徳官僚みたいだ。
「南山さん、それおかしいような気が……」
「ああ、それとアヒル君のお蔭でもあるのかな。そうでなかったら雛子さんは、僕の腕の中に飛び込んでこなかったわけだら」
アヒル!! そうだ、夜中に私の頭の上に飛んできたアヒルちゃん。今もちゃんとペン立ての中で、おとなしくしているのだろうか? そう思ってペン立てが置いてある机の方を確認しようとしたのに、南山さんが両手で顔を挟んでいて頭を動かせない。
「よそ見しないでこっちに集中して」
「でも」
「アヒルのことはまた後で。今は、僕とのことの方が大事でしょ」
「でも」
南山さんはさらに反論しようとした私の口を、強引にキスという手段でふさいだ。出張前に不意打ちでされたキスとは違って、親密でとても深いキス。口の中を探られていくうちに、アヒルのことはどうでも良くなって、いつの間にか頭の中から消え去ってしまっていた。
「責任を取る覚悟はできましたか?」
顔を上げた南山さんが、私の下腹部に自分の下半身を押しつけながら問い掛けてくる。
「えっと……大丈夫だと思いますよ。医者だから、セックスで男女の体がどういう具合になるかぐらいは、ちゃんと分かってますし……」
私の答えに怪訝な顔をする。
「雛子さん?」
「はい?」
「もしかして、初めて、ですか?」
一瞬で顔が熱くなるのが分かった。
最近じゃ高校生で経験済みなんて珍しくないし、イヤな話ではあるけど、産婦人科には予想外の妊娠でやって来る若い子達もいる。そんな中で私は、すで二十代後半に差し掛かっているのに、なぜかいまだに、その手のこととは縁遠い世界に住んでいた。別に男性に興味が無いわけではなく、勉強が楽しくて、気がついたらこの年齢になっていたというのが本当のところなんだけど。まあ何が言いたいのかと言えば、私はまだ男性経験が無いってこと。
「昨晩のお爺さんからの話を聞いて、察しておくべきでした。そうですか」
「あの、変、ですか……?」
じゃあ止めますとでも言い出すのかなと思って、南山さんのことを見上げていたら、ニッコリと微笑まれてしまった。
「そんなことはありませんよ。雛子さんの、最初で最後の男になれるなんて光栄です」
「はい?」
「大丈夫ですよ。僕もちゃんと責任は取りますから」
「えっと……?」
「できるだけ優しくしますから、安心して任せてください」
「えーっと……?」
そして私は男女の営みというものは、いくら医学書を読んで知識を溜め込んでいても、なんの役にも立たないんだってことを、身をもって経験することになった。
+++++
「雛子さん、普段の朝は、どんなものを食べているんですか?」
「クリームパンとコーヒー牛乳です」
「コーヒー牛乳は用意できるけど、さすがに今日はクリームパンはないなあ……」
キッチンからは、御機嫌な南山さんの声。一宿一飯の恩義もあることだし、ここは私が朝ご飯を用意するべきところなんだろうけど、初めてのあれやこれやな経験の余韻で、まだベッドの中から出ることができずにいた。そして南山さんは、そんな私をお世話することがとても楽しいらしい。
「ホットケーキならあるけど、それはどう?」
ベッドの横に戻ってきた南山さんが、私の顔をのぞき込む。
「ホットケーキ?」
「冷凍だけどね。夜食に美味しそうだなと思って、買っておいたのがある」
「食べたいです、ホットケーキ」
「分かった」
ニッコリと微笑んで、キッチンに引き返していく。パジャマのズボンは腰のあたりまでずり落ちているし、上は上でボタンもとめずにはおっただけで朝ご飯の用意をするなんて、普段の私だったらだらしないと思ってしまうようなことなのに、今は剃っていない不精ヒゲも込みでセクシーだって感じてしまうのは、絶対にさっき経験したことのせいだ。
「雛子さん、そろそろ起きられるかな? それともそこで食べる?」
しばらくして、電子レンジのチンという音と共に甘い匂いが漂ってきた。再び南山さんがこっちに戻ってくる。
「大丈夫ですよ、ちゃんと起きられます。その……着るものさえ渡してもらえれば」
パジャマと下着は何処にあるのかと、布団の中からベッドの下に手を伸ばす。脱がされた事は覚えているけど、どの辺りに放り出されたのか見当がつかない。そんな私のことを、南山さんは楽しそうな顔をして見下ろしていた。
「あの、そこでニヤニヤしてないで、手を貸すとかしてくれないんですか?」
「寝たまま探すなんて不精なことをせず、起きれば良いじゃないか。そうすれば、どこにパジャマがあるかすぐに分かるのに」
そんなことは言われなくても分かっている。布団から出たくないのは、目の前にニヤニヤしている誰かさんが立っているからだ。
「だったら、あっちに行っててください」
「イヤだ」
「イヤだって……」
ブツブツ文句を言いながら手探りを続ける私をしばらく眺めていた彼は、落ちていたパジャマを拾い上げると、ベッドに腰を下ろした。
「どうしてそこに落ち着くかな。パジャマを渡して、あっちに行くという選択肢はないの?」
「ない。ほら、起きて」
「恥ずかしいから、あっちに行ってて」
「どうして恥ずかしがるのか分からない。ほら、起きて」
布団を引き剥がそうとするのを慌てて阻止すると、布団がずり落ちないようにおさえながら体を起こした。起きた拍子に下腹部にピリッとした痛みを感じて、顔をしかめてしまう。
「まだ痛い?」
「それほどでも……」
最初の痛みを感じた時に、思わず涙目になってしまったのを見たせいか、南山さんはその後はとても優しく愛してくれた。そのせいか痛みもその時だけで、よく言われている初めての時の出血もそれほどなかったし、今もほとんど痛みを感じない。あ敢えて言うなら、体の中に異物感があるぐらいだろうか、なんて言うかまだ彼が中にいるような……。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、まずはお腹に何か入れないと」
「誘ってなんかいません。さっさとパジャマを渡してください」
「そう?」
パジャマを差し出されたので受け取ると、なんとか見えないようにと四苦八苦しながら腕を通す。南山さんはそんな私を見ながら、呆れたように微笑んだ。
「隠すことなんてないのに。僕はもう、雛子さんの全部を見てしまってるんだから」
「そういう問題じゃないです」
「じゃあ、後でもう一度、ゆっくり堪能させてもらうことにする。あっちに行ってるから、冷めないうちに早く出ておいで」
そう言って、ズボンと下着を布団の上に置いてベッドから離れた。一人になって、自分の膝の上に置かれた下着を見ていたら溜め息が出た。実用一点張りのセクシーでもなんでもない下着。こんなことになると分かっていたら、もうちょっと考えて選んだのにな……。そんなことを考えながら、急いで身に着けるとベッドから出た。そこで、南山さんが去り際に口にした言葉を思い出す。
「ん? もう一度って……?」
今日、自分の家に帰してもらえるんだろうかと本気で心配になってきた。いやいや、明日は仕事で朝早くからミーティングもあるから、なにがなんでも帰るから!
そしてリビングへと向かいながら、いまさらのように、アヒルがさし込まれているペン立てに目をやった。アヒルは後頭部をこっちに向けて、窓の方を向いていた。昨日の夜に南山さんがペン立てにさした時は、ひょうきんな顔をこっちに向けていたような気がしたんだけど、記憶違いだろうか。
「雛子さん、冷めてしまうよ」
「いま行きますー」
きっと、なにかの拍子であっちを向いてしまったんだよねと自分を納得させると、足早に、甘い匂いがしているリビングへと向かった。
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