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番外小話
吉村学の溜め息
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宮内さんが産休を取ってしばらくして、海藤部長と宮内さんの赤ん坊が生まれたぞという話が長野部長からもたらされた。それを聞いて先ずは女子社員達がお祝いは何にしようかと盛り上がり始めている。そんな騒ぎを横目で見ながら密かに溜息をついた。
―― とうとう産まれちまったかぁ…… ――
彼女が人妻になった時点で諦め切れなかった俺の未練たっぷりな気持ちに、とうとうとどめをさされた瞬間だった。
+++++
宮内さんが海藤部長のことを好きだと気がついても、まだ付き合っているわけではないんだからと安心していた。だがそれから暫くしてあれよあれよと言う間に二人は急接近、そしていつの間にやら出来ちゃった婚。本来なら然るべき地位の人間が歳の離れた自分の部下に手を出したとか眉をひそめられそうなものなのに、最初からこの二人に対しての周囲の反応は規格外の温かさだった。
―― そりゃあれだけ彼女が幸せオーラを出しまくっていたら当然か ――
古い考えをもつ年配の社員の中にはきっと物申そうとした人間もいたに違いない。しかしそんな気さえ失せてしまうほど宮内さんの幸せオーラは半端なかったのだと思う。そしてそれは海藤部長も同様で。
「必死に無関心を装ってるけどなあ、ピンク色の思考が駄々漏れだっつーの」
そう呟きながらニヤニヤしていたのは部長と同期の長野部長だ。
彼女に思いを伝えることなくへたれていた俺が悪いとは言え、まさに鳶に油揚げを強奪された気分だ。付き合うだけならいつか彼女を部長の手から奪取できるかも……そんな俺の細やかな野望と言うか妄想も彼女が妊娠したらしいという話で見事に霧散。そしてあれよあれよと言う間に彼女は人妻となり手の届かない存在となった。
「あれは絶対に長野部長を尋問中よね、海藤部長」
彼女が人妻となり、体型がどんどん妊娠している女性独特の丸みを帯びていくのを眺めながら溜息をこっそりとつく毎日のある日、食堂で昼飯を食べている俺の耳に瀬能さんのそんな声が入ってきた。視線を走らせれば確かに長野部長と海藤部長が一緒に昼飯を食べていた。時々長野部長が何か言われて顔をしかめている。宮内さんは長野部長の下で働いているので仕事中の様子をああやって根掘り葉掘りと尋ねているらしかった。
「もうさ、長野部長の為だと思って愛海は海藤部長の横に座っていてあげたら? それぐらいしないと安心出来ないんでしょ、あの様子からして」
「嫌だよぉ、あれするなこれするなってずっと言われ続けたら私の方がストレスで倒れちゃうよ。コピー用紙二包みですら持たせてくれないんだよ? そのうちマグカップもボールペンも駄目だとか言い出しそう」
超過保護だねえ……という言葉と同時に惚気ご馳走様という笑い声が後ろから聞こえてくる。話をなんとなく聞いていると、自宅ではそこまで煩くないらしい。
「ま、分からないでもないわよね、初めての子どもだよ? 溺愛している愛海との赤ちゃんだもの、そりゃあ煩くなるのも当然でしょ? しかも愛海って可愛いもん。部長としては男性社員の視線とかも気になってるんじゃないかなあ」
なんとなく瀬能さんがこちらを見て今の言葉を発したような気がしたのは気のせいか?
「えー……」
「うちの部署で男が手助けするのも気に入らないって感じだし? 愛海に対する独占欲が妊娠によって更に倍増したって感じ?」
「私、人妻だけど」
「そんなの関係ねぇっていう奴もいるってことよ」
「やだぁ……それって不倫したいって人でしょ? そんな目で見られるの気持ち悪いよ……」
宮内さんの言葉に、自分の今の気持ちを見透かされてしまったような気分になってガックリとなった。
+++++
「吉村さん、ここの皆でお祝いをしようって話なってるんだけど一口乗る?」
同じ部署にいる同期の女子が声をかけてきた。
「え? ああ、そうだね、うん、乗るよ」
そう答えながら、宮内さんと海藤部長は今頃は産院で家族水入らずで過ごしているんだろうななどと傷口に自分で塩を塗るようなことを考えてしまう。こんなことになるのだったら彼女が部長に思いを寄せている時にさっさと告白して玉砕しておくんだったと今更ながら後悔する。
「確かにはっきりと振られていた方が引き摺ることもなくて良かったかもなあ……」
「まだ吹っ切れてなかったのかよ、俺はとうに諦めたかと思ってたぞ」
その日の夜、同僚達と飲みに言った時にうっかり宮内さんへの未練を口にしてしまい、よしよしと飲み会参加者全員に慰められてしまった……らしい。いやあ、俺、しこたま飲んだらしくその辺の記憶が曖昧なんだよな。
愛海ぃ好きだったんだよぉ~とか言いながら泣いたような気がするんだが、誰も俺がそんな風に泣いたことを覚えてなかった。ただ、性懲りもなく未練たらたらな情けない状態でそこに居るはずのない海藤部長に説教をしていたらしいんだが。
そんな訳でこの日の飲み会は俺にとって黒歴史の一つになった。
―― とうとう産まれちまったかぁ…… ――
彼女が人妻になった時点で諦め切れなかった俺の未練たっぷりな気持ちに、とうとうとどめをさされた瞬間だった。
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宮内さんが海藤部長のことを好きだと気がついても、まだ付き合っているわけではないんだからと安心していた。だがそれから暫くしてあれよあれよと言う間に二人は急接近、そしていつの間にやら出来ちゃった婚。本来なら然るべき地位の人間が歳の離れた自分の部下に手を出したとか眉をひそめられそうなものなのに、最初からこの二人に対しての周囲の反応は規格外の温かさだった。
―― そりゃあれだけ彼女が幸せオーラを出しまくっていたら当然か ――
古い考えをもつ年配の社員の中にはきっと物申そうとした人間もいたに違いない。しかしそんな気さえ失せてしまうほど宮内さんの幸せオーラは半端なかったのだと思う。そしてそれは海藤部長も同様で。
「必死に無関心を装ってるけどなあ、ピンク色の思考が駄々漏れだっつーの」
そう呟きながらニヤニヤしていたのは部長と同期の長野部長だ。
彼女に思いを伝えることなくへたれていた俺が悪いとは言え、まさに鳶に油揚げを強奪された気分だ。付き合うだけならいつか彼女を部長の手から奪取できるかも……そんな俺の細やかな野望と言うか妄想も彼女が妊娠したらしいという話で見事に霧散。そしてあれよあれよと言う間に彼女は人妻となり手の届かない存在となった。
「あれは絶対に長野部長を尋問中よね、海藤部長」
彼女が人妻となり、体型がどんどん妊娠している女性独特の丸みを帯びていくのを眺めながら溜息をこっそりとつく毎日のある日、食堂で昼飯を食べている俺の耳に瀬能さんのそんな声が入ってきた。視線を走らせれば確かに長野部長と海藤部長が一緒に昼飯を食べていた。時々長野部長が何か言われて顔をしかめている。宮内さんは長野部長の下で働いているので仕事中の様子をああやって根掘り葉掘りと尋ねているらしかった。
「もうさ、長野部長の為だと思って愛海は海藤部長の横に座っていてあげたら? それぐらいしないと安心出来ないんでしょ、あの様子からして」
「嫌だよぉ、あれするなこれするなってずっと言われ続けたら私の方がストレスで倒れちゃうよ。コピー用紙二包みですら持たせてくれないんだよ? そのうちマグカップもボールペンも駄目だとか言い出しそう」
超過保護だねえ……という言葉と同時に惚気ご馳走様という笑い声が後ろから聞こえてくる。話をなんとなく聞いていると、自宅ではそこまで煩くないらしい。
「ま、分からないでもないわよね、初めての子どもだよ? 溺愛している愛海との赤ちゃんだもの、そりゃあ煩くなるのも当然でしょ? しかも愛海って可愛いもん。部長としては男性社員の視線とかも気になってるんじゃないかなあ」
なんとなく瀬能さんがこちらを見て今の言葉を発したような気がしたのは気のせいか?
「えー……」
「うちの部署で男が手助けするのも気に入らないって感じだし? 愛海に対する独占欲が妊娠によって更に倍増したって感じ?」
「私、人妻だけど」
「そんなの関係ねぇっていう奴もいるってことよ」
「やだぁ……それって不倫したいって人でしょ? そんな目で見られるの気持ち悪いよ……」
宮内さんの言葉に、自分の今の気持ちを見透かされてしまったような気分になってガックリとなった。
+++++
「吉村さん、ここの皆でお祝いをしようって話なってるんだけど一口乗る?」
同じ部署にいる同期の女子が声をかけてきた。
「え? ああ、そうだね、うん、乗るよ」
そう答えながら、宮内さんと海藤部長は今頃は産院で家族水入らずで過ごしているんだろうななどと傷口に自分で塩を塗るようなことを考えてしまう。こんなことになるのだったら彼女が部長に思いを寄せている時にさっさと告白して玉砕しておくんだったと今更ながら後悔する。
「確かにはっきりと振られていた方が引き摺ることもなくて良かったかもなあ……」
「まだ吹っ切れてなかったのかよ、俺はとうに諦めたかと思ってたぞ」
その日の夜、同僚達と飲みに言った時にうっかり宮内さんへの未練を口にしてしまい、よしよしと飲み会参加者全員に慰められてしまった……らしい。いやあ、俺、しこたま飲んだらしくその辺の記憶が曖昧なんだよな。
愛海ぃ好きだったんだよぉ~とか言いながら泣いたような気がするんだが、誰も俺がそんな風に泣いたことを覚えてなかった。ただ、性懲りもなく未練たらたらな情けない状態でそこに居るはずのない海藤部長に説教をしていたらしいんだが。
そんな訳でこの日の飲み会は俺にとって黒歴史の一つになった。
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