拝啓 愛しの部長様

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
28 / 37
第四章 海藤ベイビーがやってきたの巻

第二十七話 惚気外来へGO

しおりを挟む
ここで登場する森永先生は『恋と愛とで抱きしめて』ヒロインの奈緒です。


++++++++++


 今日は健診の日。どれぐらい時間がかかるか分からないので有給を使わせてもらうことにした。そんな訳で久し振りに部長を先に送り出すところです。

「本当についていかなくても良いのか?」
「うん。今日は一人で大丈夫だよ、ただの定期健診だし」
「送っていくぞ?」
「会社と病院は反対方向だし、タクシー頼むから大丈夫だって」
「そうか、何かあったら連絡しろよ?」
「はーい。行ってらっしゃーい」

 半ば強引に送り出しちゃった♪ 実のところ一人で行きたいのには理由があるんだよね。部長には内緒にしてるんだけど、健診の後に不定愁訴外来ってところに予約を入れてあるんだ。いわゆる愚痴外来ってやつ。あ、別に愚痴りたい訳じゃなくて、どっちかと言えば思う存分惚気たい?そんな感じです。

 最初は初めての妊娠だったから不安で、そこの先生に話を聞いてもらったんだけど、何故か途中でお互いの旦那様の惚気話になっちゃって、それが楽しくてついつい予約を入れちゃったのね。お互いの旦那様……つまりそこにいる先生は女の人で、そんなことで予約を入れちゃって良いのかなって尋ねたら問題ないから是非惚気においでだって。

「こんにちはー」

 健診を終えていつもの部屋に行くと森永先生と看護師さん、そしてスーツを着た見知らぬ男の人がいた。医療メーカーの人かな、それとも製薬会社の人? なんだか看護師の吉永さんが微妙な顔をしているのが可笑しい。

「あ、いらっしゃい、海藤さん」

 私の顔を見た先生がニッコリ笑っておいでおいでをする。

「患者さんが見えましたので。加藤さん、部外者はとっととお帰り下さい」

 これ幸いにと吉永さんが男の人を追い出しにかかる。だけど言われた本人は私が来ても気にしていないようで、普段は患者さんが座る椅子に座ってまったりコーヒーを飲み続けている。

「つれないなあ、吉永さん。僕は森永先生とゆっくり話をしたいのに」
「先生は多忙です。ヤスリで削っても傷つかないような図太い神経の持ち主の加藤さんとお話をしている暇なんて全くございません」
「こう見えても繊細なんだよ、俺」
「嘘つきは泥棒の始まりってことわざご存知ですか? それに妊婦さんをいつまで立たせておくつもりですか、さっさと椅子を明け渡して下さい」

 吉永さんは物凄い勢いで男の人が持っていたマグカップを取り上げると、強引に椅子から立たせて部屋から追い出してしまった。さ、さすが吉永さん、元救命救急で働いていただけのことはあって凄い迫力。だけどそんなことして大丈夫なの? 予備の椅子があっちにも置いてあるの見えてたんだけど。

「あの、良かったんですか? 今の人も患者さんじゃ?」
「違うんですよ。あの人は以前にうちがお世話になったことのある人で、何故だかここに来るんですよねコーヒーを飲みに。うちは喫茶店じゃないって何度も言ってるのに全く聞く耳持たなくてちょっと困ってます」

 困った人なんですけどお世話になった人なので無碍にも出来なくてーと笑う先生。なんでも以前、先生がストーカー被害に遭った時にお世話になった警察の人らしいんだけど、いつの間にかここに顔を出すようになってしまったとか。そう言えばお役人さんって感じがしないでもなかったかな。でもさ、こんな時間になんでここに居たんだろ? 仕事はしなくても良いのかな? もしかして警察の人って暇なの?

「コーヒー外来とか何とか言ってるんですよ、さっきの人」
「コーヒー外来ですか……」
「先生、呑気すぎるんですよ。今度、山口先生が休暇から戻ってきたらガツンと言ってもらいますから。あの人が来るようになってからコーヒーの消費量が半端ないし……あれ、先生の自腹なのに。それに患者さんじゃない人がここに居座るのはよくありません。あれは絶対に森永先生を口説こうとしているに違いありませんよ、けしからんです。はっきり言って邪魔です、はっきり言わなくても邪魔です、とにかく邪魔なんです」

 吉永さんがそう言いながらお茶を出してくれた。何だか凄い言われよう。そこまで吉永さんに言わせるさっきの人って一体……。だけど森永先生はアハハと笑うだけで全く気にしていない様子。これは、口説かれているのを何とも思っていないというか、まったくのアウトオブ眼中なんだろうなあ。先生、旦那さまLOVEで他の人のことなんてまったく目に入ってないし。

「さて、と。今日の健診はどうでした?」
「はい、おかげさまで順調だということでした。あれだけカニカマを食べているのに塩分のことは何も言われませんでしたよ」
「他の食事できちんとセーブしているから大丈夫なんだと思いますよ?」
「良かったです。これでカニカマ禁止令が出たら私、どうやって毎日をすごしていいか分からなくなっちゃいますもん」
「あれですねー……塩分控えめのカニカマをメーカーに直談判して製造してもらうとか。あ、意外と病院でも使えそう、今度、話してみよう」

 そう言ってメモ書きを作ってペタリと机の隅っこに貼り付けている。そしてカルテを出してくる。惚気全開でも必要なんですよ、病院って面倒臭いですね?って先生は笑った。

「どうですか、妊婦生活は。少しは慣れました?」
「この前、蟹煎餅の匂いで気持ち悪くなっちゃって。カニカマは平気なのに意外なところで伏兵ですよ」
「あらあら、それってやっぱり蟹の呪い?」
「ですよねー、私もそう思いました。それ以外はお味噌汁だけなので楽と言えば楽です。あとは旦那様の過保護がもう少しマシになると良いんですけど。今日も送る送らないで一時間近く揉めたんですよ?」

 私の言葉にアハハと笑う森永先生。

「相変わらずなんですね、愛海さんの旦那様。まあ仕方がないですよ、初めてのお子さんともなれば誰だって浮足立ちますし。過保護になるのもある程度は容認してあげて下さい、男性はそれで気持ちが落ち着けるみたいだし」
「先生のところもそうでした?」
「うちですか? そりゃもう、初めての子が双子だったから浮き足立っちゃって。あれ持つなこれ持つな、出掛ける時は連絡しろって嫌になるぐらい煩かったですよ? しかも自衛官でしょ? なにもかもが命令口調で本当に困りました」

 でもねと続ける。

「大事にしてくれているのが分かるから強く言えなくて、結局は言われるがままって感じでしたよ」
「私もそうなんですよ。過保護過ぎて息が詰まりそうになるんですけど、部長が私のことを凄く大事にしてくれているのが分かるから強く拒否できなくて」

 困ったもんですよねーってお互いに笑っちゃう。こんなことを話しているから吉永さんにここが私が来ると惚気外来になるって言われるんだよね。吉永さんには申し訳ないけど先生と二人で惚気るのは凄く楽しい。森永先生の旦那様には会ったことがないけど話を聞く限りでは何となく部長と似ているような気がするな。いや、もしかしたら部長よりも溺愛度が高いかも。でも……。

「先生、さっきみたいな人がたびたび来るの、旦那様が知ったら怒りませんか?」

 絶対に面白くないって思ってるよね、先生の旦那様。

「んー? ああ、加藤さんのこと? そりゃ怒ってますよ、そのうち酷い目に遭わせてやるとか言っていっつも脅かしてるもの」
「わー、やっぱりぃ……」
「だけど、そんなことを言っている旦那様を見ていると幸せな気分になっちゃうのも事実よねえ。私のこと、昔と変わらずに愛してくれているんだって実感するの」
「結婚されて何年でしたっけ?」
「今度の三月で十五年。あっという間ですよ、十五年なんて」

 十五年かあ……ってことはお腹の子が中学三年生。うわー……なんだか物凄く先のことに思えちゃうけどそうでもないのかあ。

「ちょっと想像がつかないです、十五年先の私なんて。この子が産まれてくる十一月のことだってまだ想像がつかないのに」
「その為の準備期間ですものね。色々な初めてのことを経験しながらお父さんとお母さんになっていくんだから、楽しんで妊娠期間を過ごして下さいね。愛海さんが希望すれば産婦人科の先生も同席してここでお話しすることも出来ますから、何かあれば遠慮なく言って下さいね。その為の愚痴外来だから」
「今のところ私はカニカマさえ食べられたら問題ないです」

 そんな私を見て、私ももう一人ぐらい子供が欲しくなっちゃうわーって呟く先生。まだまだお若いんだから問題ないんじゃないのかなって思うんだけどな。あ、旦那様と結構な年の差があるんだっけ? そうなるとちょっと考えてからでないといけないのかな。

 その後、しばらく惚気全開でお互いの旦那様の自慢話なんかしちゃったりして、部屋から出る時、吉永さんに御馳走様でしたって言われてしまった。けど心行くまで惚気けることが出来て最高な気分。やっぱり来て良かった。大満足な気分で廊下を歩いている時、自衛隊と思しき制服姿の背の高い男性と擦れ違ったんだけど、もしかして森永先生の旦那様だったりして。コーヒー外来の加藤さんのことを何処かで聞きつけて来たんだったら面白いな……なんて考えたらウフフって変な笑いがこみ上げてきちゃった。ごめんなさい、森永先生、完全に他人事です。


+++++


『どうだった?』

 お昼休みの時間、スマホに部長から電話がかかってきた。

「何も問題なしで順調だって。エコー写真をもらったよ。帰ってきたら見せてあげるね」

 パッと見た感じはまだよく分かんないんだけどね。それでも初めての我が子の写真だから。

『そうか。今日は一日大人しくしていろよ?』
「なに言ってるんですか、一日中じっとしていたら太っちゃうよ。適度に動いてるから御心配なくぅ」
『だからと言って重たい物は持つんじゃないぞ』
「はいはい」

 掃除機はゴロゴロ引っ張りながら移動するから“持つ”うちには入らないよね?

『何か買って来て欲しいものがあるならメールを入れておけ』
「はーい」

 本当に過保護っていうか何と言うか。こんなに至れり尽くせりで甘やかされちゃうと後が大変だと思うんだけどなあ……。私、絶対に怠け癖がついちゃうと思うんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

スパダリ外交官からの攫われ婚

花室 芽苳
恋愛
「お前は俺が攫って行く――」  気の乗らない見合いを薦められ、一人で旅館の庭に佇む琴。  そんな彼女に声をかけたのは、空港で会った嫌味な男の加瀬 志翔。  継母に決められた将来に意見をする事も出来ず、このままでは望まぬ結婚をする事になる。そう呟いた琴に、志翔は彼女の身体を引き寄せて ―――― 「私、そんな所についてはいけません!」 「諦めろ、向こうではもう俺たちの結婚式の準備が始められている」  そんな事あるわけない! 琴は志翔の言葉を信じられず疑ったままだったが、ついたパリの街で彼女はあっという間に美しい花嫁にされてしまう。  嫌味なだけの男だと思っていた志翔に気付けば溺愛され、逃げる事も出来なくなっていく。  強引に引き寄せられ、志翔の甘い駆け引きに琴は翻弄されていく。スパダリな外交官と純真無垢な仲居のロマンティック・ラブ! 表紙イラスト おこめ様 Twitter @hakumainter773

お前を誰にも渡さない〜俺様御曹司の独占欲

ラヴ KAZU
恋愛
「ごめんねチビちゃん、ママを許してあなたにパパはいないの」 現在妊娠三ヶ月、一夜の過ちで妊娠してしまった   雨宮 雫(あめみや しずく)四十二歳 独身 「俺の婚約者になってくれ今日からその子は俺の子供な」 私の目の前に現れた彼の突然の申し出   冴木 峻(さえき しゅん)三十歳 独身 突然始まった契約生活、愛の無い婚約者のはずが 彼の独占欲はエスカレートしていく 冴木コーポレーション御曹司の彼には秘密があり そしてどうしても手に入らないものがあった、それは・・・ 雨宮雫はある男性と一夜を共にし、その場を逃げ出した、暫くして妊娠に気づく。 そんなある日雫の前に冴木コーポレーション御曹司、冴木峻が現れ、「俺の婚約者になってくれ、今日からその子は俺の子供な」突然の申し出に困惑する雫。 だが仕事も無い妊婦の雫にとってありがたい申し出に契約婚約者を引き受ける事になった。 愛の無い生活のはずが峻の独占欲はエスカレートしていく。そんな彼には実は秘密があった。  

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...