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本編
第三十話 それぞれの呼び方
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明日はお店の定休日。それを利用してノンちゃん達がお店に集まることになったのでお花が邪魔にならないように隅っこに移動させて、真ん中に普段はお店の奥にある作業用の大きなテーブルを移動させることにした。さすがに私一人では無理なので諸々の作業は疲れて帰宅したところ申し訳ないけれど真田さんにも手伝ってもらうことに。
「どこまで話が進んでいるのか聞いてるのかい?」
テーブルを真ん中に引っ張り出し終えると真田さんが尋ねてくる。
「ううん。明日、初めて聞くの」
最初はビックリプランにしようかって話もあったみたいなんだけど、あくまでも結婚式の主役は私と真田さんだしその主役の意見を聞かないで進めるのは如何なものかってことになって明日のプレゼンになったってわけ。真田さんのお友達に関しては企画立案よりも実働部隊って感じで携わっているらしく、ノンちゃんの彼氏の武藤君達と一緒に足になったり肉体労働に励んでいるらしい。学生と違って警察官だからなかなかお休みも無くて思うように手伝えなくて申し訳ないってノンちゃん達には言ってるんだって。
「真田さんも一緒に話が聞けたら良いのにね」
残念なことに真田さんは明日も普通にお仕事だ。
「帰ってきたら芽衣さんから詳しく聞かせてもらうよ」
どうせ目の前の派出所にあるんだからパトロールを口実に覗きにこれば?って誘ってみたんだけど職務怠慢は治安を守る者としてあるまじき行為ですと実にお巡りさんらしい答えが返ってきた。変なところで真面目なんだから。
「ところでさ」
「なあに?」
お花を全て片付け終わって自宅に戻ってから思いついたように真田さんが口を開く。
「婚約者になったことだし、そろそろ呼び方は改めないか?」
「呼び方? 真田さんってやつ?」
「そう。正則のことは名前で呼ぶのに俺だけ苗字、しかも他人行儀なさん付けってちょっと微妙な気分になる」
「そうなの?」
「ああ」
私にとっては真田さんは真田さんで特に他人行儀にしているつもりは無いんだけどな。
「じゃあさん付けをやめたら良いの? 真田?」
「芽衣さん、変えるところが違う」
「名前で呼んでほしいの? 康則君って」
「君付け……」
あ、ガックリしちゃった。だけどうちのお婆ちゃんとお母さんは康則君って呼んでるじゃない? 二人にそう呼ばれても嫌がっている風には見えないけど? ってことはえーと……。
「じゃあ康則ちゃん?」
「芽衣さん、分かってて言ってるだろ?」
ちょっとからかっただけなんだからそんな恨めし気な顔をすることないのに。
「だけど真田さんだって私のことさん付けでしょ? お互いさまだと思うんだけど」
「……だったら今日から芽衣って呼ぶことにする、これでお互いさまだよな?」
え、私を呼ぶのも変えちゃうんだ。
「そう呼ばれるの、なんだか恥ずかしいかな」
「どうして?」
「だって……」
実のところ真田さんが私のことを芽衣って呼ぶのは初めてのことじゃない。普段は芽衣さんって呼んでいるのに何故かエッチする時だけは芽衣って口にするんだよね。だから私にとっては真田さんが芽衣って呼ぶ時はちょっと特別な感じなのね。別に普段からそう呼ばれるのがイヤなわけじゃないけど人前で芽衣って呼ばれたら物凄く恥ずかしい気分になっちゃいそうな予感がする、ううん、これは予感じゃなくて確信かな。最初は分かって呼び方を変えているのかなって思っていたけど、この反応からしてどうやら意識して変えていた訳じゃないみたいだ。
「全然意識してなかったよ」
「私は真田さんに芽衣さんって呼んでもらうの好きなんだけどな~」
「じゃあこれからも芽衣さんって呼んでほしい?」
「うん、今まで通りが良いかな」
真田さんは分かったって頷いてからニッコリと笑った。
「じゃあ今までと変わらず芽衣って呼ぶのはベッドの中だけにしておくよ」
「何でそういうこと言うかな……」
「だって事実だろ?」
「それはそうなんだけど」
「つまりは俺が芽衣さんのことを芽衣って呼ぶ時はベッドに行こうっていう合図になるわけか」
「もう、だから何でそう言うこと言うかな! 晩御飯、抜きだよ、真田さん!!」
これから芽衣って呼ばれるたびに顔が赤くなっちゃうじゃない!! 真田さんのことだから絶対にとんでもないタイミングで呼んだりするに違いないんだから!!
「芽衣さんの呼び方はこれで解決。あとは俺の方だけど真田さんは却下だから」
こっちがジタバタしているのに勝手に話を進めているし!
「私はその呼び方が好きなのにぃ」
「却下です」
どうしてもそこだけは譲れないみたい。
「じゃあ康則さんって呼ぶことにする。だけどお仕事中は真田さんの方が良くない?」
「どうして?」
「どうしてって……」
逆に尋ねられて困ってしまう。
「ほら、公私混同とかにならない? それに酒井さんに何か言われない?」
「別に本署で呼ぶわけでもないんだから問題ないよ。酒井さんだってそんなこと気にしないさ」
「そう?」
まあ酒井さんのことだからそのうち「芽衣ちゃん、いい加減に真田のことを真田さん呼びから格上げしてやってくれない?」とか言い出しそうな気がしないでもないかな。
「それともう一つ」
「なに?」
「正則のことは君付けで良いから」
「え?」
君付け? それっておかしくない?
「あいつは芽衣さんの義理の弟になるわけだし君付けで」
「だけど正則さん、私より年上だよね?」
「それでも芽衣さんは義理の姉になるんだから。正則にもお義姉さんと呼ばせる」
えー?!
+++++
そして翌日早々から私達は新しい呼び名を抵抗なく使えるかどうか試されることになった。
ピンポ~ン
ノンちゃん達が集まるのはお昼過ぎからってことなので二人でのんびりと朝ご飯を食べていると玄関のチャイムが鳴った。朝から誰だろう? 食べかけていたロールパンをお皿に置いて椅子から立ち上がる。
「……」
「どうした? 俺が出ようか?」
椅子から立ち上がった私の様子が変だと感じたのか首を傾げて声をかけてきた。
「ううん、私が出るよ。そうじゃなくてドアチャイムの音、新しくなってから初めて聞いたかも」
「あー、そう言えばそうかもしれないな」
郵便屋さんにしろ宅配便にしろ大抵はお店が開いている時に来るから普段の受け取りは店舗側でしていてお母さんとお婆ちゃんはともかく私がこっち側で受け取りをすることは今まで全くなかった。なんだか新鮮だ。
「はーい、今いきまーす」
町内で急なご不幸でもあったのかな?と思いつつ玄関ドアを開けるとそこには何とも微妙な顔をした正則さんとニコニコしている小柄で可愛い女の子が立っている。
「おはようございます、オネーサン」
正則さんが口にする「お義姉さん」の単語が妙にぎこちないのは気のせい?
「芽衣さん、誰だった?」
ダイニングから康則さんが声をかけてきた。
「え、えーとね、ま、正則、くん……と、そのお連れさん」
いくら義理の弟になるとは言えやっぱり年上の人に対して面と向かって君付けは言いづらいものがあるよ。奥から出てきた真田さんは私と正則君の様子を見て面白がっている様子だ。もしかして最初から誰が来たのか分かっていたのかな。
「こいつを学校に送っていくついでに挨拶に寄りました」
正則君が隣に立っている女の子を指さすと指された女の子の方は「こいつって何だよ、失礼だな」と彼の脇腹を思いっきり小突いた。あ、もしかしてこの前言っていた彼女さんってこの人なのかな? 学校に送っていくってことは山手にある光陵学園の学生さん?
「ほぼ毎日のように兄貴がお世話になっているのに素通りするのも失礼かと思いまして……」
「本当に?」
喋り方も変だしなんだか目が泳いでいるのは気のせいじゃないよね?
「……実のところ兄貴に顔を出せと言われたんだ。ちゃんとお義姉さんって呼べるかどうか試してやるとか言って」
「やっぱり……」
そして私がちゃんと正則君って呼ぶかどうかも試したってわけだよね?
「取り敢えずは二人とも合格だな」
何が合格だな、なんだか。本当にもう!
「あ、でもこいつを学校まで送っていくってのは本当なんだ」
「だからこいつと呼ぶなって言ってるのに」
こいつって言われて彼女さんは再び腹立たし気に正則君の脇腹を小突いた。
「それからこれは気持ちばかりのものなんだけど、ほら、楓、さっきの渡せ」
「分かってるよ。正則が喋り続けるから渡すタイミングが掴めなかっただけだろ。あ、初めまして、おねえさん。私、木崎楓と申します。これの彼女です、末永くよろしくお願い致します。お近づきのしるしにこれをどうかお納め下さい」
そう言って正則君の彼女さん、楓さんが私に可愛くラッピングされた箱をうやうやしく差し出してきた。
「これの趣味は最悪なので私の方で選ばせていただきました。お花屋さんをされているということでお忙しいと聞き及んでおります。美味しいハーブティーなので仕事で疲れた時はこれを飲みながらリラックスして下さい」
「ありがとうございます、ここのハーブティー、凄く美味しいですよね、大好きなんです」
私の言葉に楓さんが嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かった。私もここのお茶が大好きなんです。ただ、これにはその繊細な味が分からないようで」
「こいつって呼んだら小突くくせに自分は俺のことをこれ呼ばわりかよ……」
「やかましい、黙れ。きちんと挨拶をしろ、大人げない」
「どっちがだ……」
更に何か言おうとしていたようだけど彼女さん、楓さんの一睨みが効いたのか正則君は黙り込む。おお、これはもしかして既にお尻に敷かれているというやつ? 正則君は咳ばらいをして私の方を見た。
「結婚式の時に改めて挨拶はするつもりではいるけど、こんな兄貴ですが末永く宜しくお願いします。ああ、それと、こいつも結婚式のお手伝いをさせてもらうことになってるんで」
「良いんですか、学校の授業とか問題ないんですか?」
「はい。今日は昼までしか講義が無いので午後からはこちらに伺う……どうかしましたか、おねえさん」
私の驚いた表情に気が付いたのか楓さんが途中で言葉を切って首を傾げた。
「あの、正則君?」
「なに?」
「もしかして、楓さんって……?」
「あ? ああ、こいつは山手の光陵学園大学の学生だよ。一限目から講義があると言うのに寝坊しやがったものだから俺が送る羽目になったんだ」
「何を言ってるんだ、私が一緒じゃなければここに立ち寄る勇気も無かったくせに」
「それとこれとは別の話であってだな、なんで今日に限って寝坊なんだ、お前ってやつは」
私が驚いた理由は言わない方が良いかな……言い合いを始めてしまった二人を前にチラリと康則さんの方を伺った。
「仲が良いのは良いが楓ちゃん、時間の方は大丈夫なのか?」
頃合いを見計らって康則さんが二人の間に割って入った。さすがお巡りさん、喧嘩の仲裁はお手のもの。
「ああ、いかん、そろそろ行かないと単位がやばい」
「まったく。め、じゃなくてお義姉さん、楓とはまた後でゆっくりと話をしてやって、ください。じゃあ」
そう言って二人は慌ただしく、更に言い合いを続けながら行ってしまった。
「芽衣さん、さっき何で驚いたか当ててみせようか?」
「楓さんも私より年上ってことなんだよね?」
「そういうことになるね」
「それでも私がお義姉さんなの?」
「そうみたいだね」
ゴメンナサイ、楓さん。私、可愛い妹ちゃんが出来た!と一瞬喜んでしまいました……。
「どこまで話が進んでいるのか聞いてるのかい?」
テーブルを真ん中に引っ張り出し終えると真田さんが尋ねてくる。
「ううん。明日、初めて聞くの」
最初はビックリプランにしようかって話もあったみたいなんだけど、あくまでも結婚式の主役は私と真田さんだしその主役の意見を聞かないで進めるのは如何なものかってことになって明日のプレゼンになったってわけ。真田さんのお友達に関しては企画立案よりも実働部隊って感じで携わっているらしく、ノンちゃんの彼氏の武藤君達と一緒に足になったり肉体労働に励んでいるらしい。学生と違って警察官だからなかなかお休みも無くて思うように手伝えなくて申し訳ないってノンちゃん達には言ってるんだって。
「真田さんも一緒に話が聞けたら良いのにね」
残念なことに真田さんは明日も普通にお仕事だ。
「帰ってきたら芽衣さんから詳しく聞かせてもらうよ」
どうせ目の前の派出所にあるんだからパトロールを口実に覗きにこれば?って誘ってみたんだけど職務怠慢は治安を守る者としてあるまじき行為ですと実にお巡りさんらしい答えが返ってきた。変なところで真面目なんだから。
「ところでさ」
「なあに?」
お花を全て片付け終わって自宅に戻ってから思いついたように真田さんが口を開く。
「婚約者になったことだし、そろそろ呼び方は改めないか?」
「呼び方? 真田さんってやつ?」
「そう。正則のことは名前で呼ぶのに俺だけ苗字、しかも他人行儀なさん付けってちょっと微妙な気分になる」
「そうなの?」
「ああ」
私にとっては真田さんは真田さんで特に他人行儀にしているつもりは無いんだけどな。
「じゃあさん付けをやめたら良いの? 真田?」
「芽衣さん、変えるところが違う」
「名前で呼んでほしいの? 康則君って」
「君付け……」
あ、ガックリしちゃった。だけどうちのお婆ちゃんとお母さんは康則君って呼んでるじゃない? 二人にそう呼ばれても嫌がっている風には見えないけど? ってことはえーと……。
「じゃあ康則ちゃん?」
「芽衣さん、分かってて言ってるだろ?」
ちょっとからかっただけなんだからそんな恨めし気な顔をすることないのに。
「だけど真田さんだって私のことさん付けでしょ? お互いさまだと思うんだけど」
「……だったら今日から芽衣って呼ぶことにする、これでお互いさまだよな?」
え、私を呼ぶのも変えちゃうんだ。
「そう呼ばれるの、なんだか恥ずかしいかな」
「どうして?」
「だって……」
実のところ真田さんが私のことを芽衣って呼ぶのは初めてのことじゃない。普段は芽衣さんって呼んでいるのに何故かエッチする時だけは芽衣って口にするんだよね。だから私にとっては真田さんが芽衣って呼ぶ時はちょっと特別な感じなのね。別に普段からそう呼ばれるのがイヤなわけじゃないけど人前で芽衣って呼ばれたら物凄く恥ずかしい気分になっちゃいそうな予感がする、ううん、これは予感じゃなくて確信かな。最初は分かって呼び方を変えているのかなって思っていたけど、この反応からしてどうやら意識して変えていた訳じゃないみたいだ。
「全然意識してなかったよ」
「私は真田さんに芽衣さんって呼んでもらうの好きなんだけどな~」
「じゃあこれからも芽衣さんって呼んでほしい?」
「うん、今まで通りが良いかな」
真田さんは分かったって頷いてからニッコリと笑った。
「じゃあ今までと変わらず芽衣って呼ぶのはベッドの中だけにしておくよ」
「何でそういうこと言うかな……」
「だって事実だろ?」
「それはそうなんだけど」
「つまりは俺が芽衣さんのことを芽衣って呼ぶ時はベッドに行こうっていう合図になるわけか」
「もう、だから何でそう言うこと言うかな! 晩御飯、抜きだよ、真田さん!!」
これから芽衣って呼ばれるたびに顔が赤くなっちゃうじゃない!! 真田さんのことだから絶対にとんでもないタイミングで呼んだりするに違いないんだから!!
「芽衣さんの呼び方はこれで解決。あとは俺の方だけど真田さんは却下だから」
こっちがジタバタしているのに勝手に話を進めているし!
「私はその呼び方が好きなのにぃ」
「却下です」
どうしてもそこだけは譲れないみたい。
「じゃあ康則さんって呼ぶことにする。だけどお仕事中は真田さんの方が良くない?」
「どうして?」
「どうしてって……」
逆に尋ねられて困ってしまう。
「ほら、公私混同とかにならない? それに酒井さんに何か言われない?」
「別に本署で呼ぶわけでもないんだから問題ないよ。酒井さんだってそんなこと気にしないさ」
「そう?」
まあ酒井さんのことだからそのうち「芽衣ちゃん、いい加減に真田のことを真田さん呼びから格上げしてやってくれない?」とか言い出しそうな気がしないでもないかな。
「それともう一つ」
「なに?」
「正則のことは君付けで良いから」
「え?」
君付け? それっておかしくない?
「あいつは芽衣さんの義理の弟になるわけだし君付けで」
「だけど正則さん、私より年上だよね?」
「それでも芽衣さんは義理の姉になるんだから。正則にもお義姉さんと呼ばせる」
えー?!
+++++
そして翌日早々から私達は新しい呼び名を抵抗なく使えるかどうか試されることになった。
ピンポ~ン
ノンちゃん達が集まるのはお昼過ぎからってことなので二人でのんびりと朝ご飯を食べていると玄関のチャイムが鳴った。朝から誰だろう? 食べかけていたロールパンをお皿に置いて椅子から立ち上がる。
「……」
「どうした? 俺が出ようか?」
椅子から立ち上がった私の様子が変だと感じたのか首を傾げて声をかけてきた。
「ううん、私が出るよ。そうじゃなくてドアチャイムの音、新しくなってから初めて聞いたかも」
「あー、そう言えばそうかもしれないな」
郵便屋さんにしろ宅配便にしろ大抵はお店が開いている時に来るから普段の受け取りは店舗側でしていてお母さんとお婆ちゃんはともかく私がこっち側で受け取りをすることは今まで全くなかった。なんだか新鮮だ。
「はーい、今いきまーす」
町内で急なご不幸でもあったのかな?と思いつつ玄関ドアを開けるとそこには何とも微妙な顔をした正則さんとニコニコしている小柄で可愛い女の子が立っている。
「おはようございます、オネーサン」
正則さんが口にする「お義姉さん」の単語が妙にぎこちないのは気のせい?
「芽衣さん、誰だった?」
ダイニングから康則さんが声をかけてきた。
「え、えーとね、ま、正則、くん……と、そのお連れさん」
いくら義理の弟になるとは言えやっぱり年上の人に対して面と向かって君付けは言いづらいものがあるよ。奥から出てきた真田さんは私と正則君の様子を見て面白がっている様子だ。もしかして最初から誰が来たのか分かっていたのかな。
「こいつを学校に送っていくついでに挨拶に寄りました」
正則君が隣に立っている女の子を指さすと指された女の子の方は「こいつって何だよ、失礼だな」と彼の脇腹を思いっきり小突いた。あ、もしかしてこの前言っていた彼女さんってこの人なのかな? 学校に送っていくってことは山手にある光陵学園の学生さん?
「ほぼ毎日のように兄貴がお世話になっているのに素通りするのも失礼かと思いまして……」
「本当に?」
喋り方も変だしなんだか目が泳いでいるのは気のせいじゃないよね?
「……実のところ兄貴に顔を出せと言われたんだ。ちゃんとお義姉さんって呼べるかどうか試してやるとか言って」
「やっぱり……」
そして私がちゃんと正則君って呼ぶかどうかも試したってわけだよね?
「取り敢えずは二人とも合格だな」
何が合格だな、なんだか。本当にもう!
「あ、でもこいつを学校まで送っていくってのは本当なんだ」
「だからこいつと呼ぶなって言ってるのに」
こいつって言われて彼女さんは再び腹立たし気に正則君の脇腹を小突いた。
「それからこれは気持ちばかりのものなんだけど、ほら、楓、さっきの渡せ」
「分かってるよ。正則が喋り続けるから渡すタイミングが掴めなかっただけだろ。あ、初めまして、おねえさん。私、木崎楓と申します。これの彼女です、末永くよろしくお願い致します。お近づきのしるしにこれをどうかお納め下さい」
そう言って正則君の彼女さん、楓さんが私に可愛くラッピングされた箱をうやうやしく差し出してきた。
「これの趣味は最悪なので私の方で選ばせていただきました。お花屋さんをされているということでお忙しいと聞き及んでおります。美味しいハーブティーなので仕事で疲れた時はこれを飲みながらリラックスして下さい」
「ありがとうございます、ここのハーブティー、凄く美味しいですよね、大好きなんです」
私の言葉に楓さんが嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かった。私もここのお茶が大好きなんです。ただ、これにはその繊細な味が分からないようで」
「こいつって呼んだら小突くくせに自分は俺のことをこれ呼ばわりかよ……」
「やかましい、黙れ。きちんと挨拶をしろ、大人げない」
「どっちがだ……」
更に何か言おうとしていたようだけど彼女さん、楓さんの一睨みが効いたのか正則君は黙り込む。おお、これはもしかして既にお尻に敷かれているというやつ? 正則君は咳ばらいをして私の方を見た。
「結婚式の時に改めて挨拶はするつもりではいるけど、こんな兄貴ですが末永く宜しくお願いします。ああ、それと、こいつも結婚式のお手伝いをさせてもらうことになってるんで」
「良いんですか、学校の授業とか問題ないんですか?」
「はい。今日は昼までしか講義が無いので午後からはこちらに伺う……どうかしましたか、おねえさん」
私の驚いた表情に気が付いたのか楓さんが途中で言葉を切って首を傾げた。
「あの、正則君?」
「なに?」
「もしかして、楓さんって……?」
「あ? ああ、こいつは山手の光陵学園大学の学生だよ。一限目から講義があると言うのに寝坊しやがったものだから俺が送る羽目になったんだ」
「何を言ってるんだ、私が一緒じゃなければここに立ち寄る勇気も無かったくせに」
「それとこれとは別の話であってだな、なんで今日に限って寝坊なんだ、お前ってやつは」
私が驚いた理由は言わない方が良いかな……言い合いを始めてしまった二人を前にチラリと康則さんの方を伺った。
「仲が良いのは良いが楓ちゃん、時間の方は大丈夫なのか?」
頃合いを見計らって康則さんが二人の間に割って入った。さすがお巡りさん、喧嘩の仲裁はお手のもの。
「ああ、いかん、そろそろ行かないと単位がやばい」
「まったく。め、じゃなくてお義姉さん、楓とはまた後でゆっくりと話をしてやって、ください。じゃあ」
そう言って二人は慌ただしく、更に言い合いを続けながら行ってしまった。
「芽衣さん、さっき何で驚いたか当ててみせようか?」
「楓さんも私より年上ってことなんだよね?」
「そういうことになるね」
「それでも私がお義姉さんなの?」
「そうみたいだね」
ゴメンナサイ、楓さん。私、可愛い妹ちゃんが出来た!と一瞬喜んでしまいました……。
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