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本編
第十話 君を好きになった理由(わけ)
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「森永二尉、一つお伺いしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「付き合わないか?と聞きながら、私に選択肢がまったくないような顔を二尉がしているように見えるのは、私の錯覚でしょうか?」
「錯覚じゃないな、二択じゃないから」
やっぱりねと言うか、なにあっさり認めてんだ?ってツッコミを入れたい。
「と申しますと?」
「NOという答えは認めないし、逃がすつもりは初めからまったく無いということかな」
なにやらさらりと物騒なことを言っているような気がする。
「それってつまり?」
「音無には拒否権がないってことか」
「ここは顔だけじゃなくて、声に出して言わなきゃいけませんね。なに言ってんだてめえ」
私、それなりに本気で言ったんだけど、目の前の二尉殿はまったく意に介してないようだ。しかも、意地の悪そうな笑みを口元に浮かべてこっちを見ているのは、どういうことなのか。もう一度言おう、まじでなに言ってんだてめえは。
「だが、デートかもしれないって少しは期待したんだろ?」
「ですから、知り合いにはそう言われたんですが、お詫びのケーキと聞いて、なるほどって納得したんですよ。もしかして、それも嘘だったんですか?」
「いや。お詫びにケーキを御馳走しようと思い立ったのは本当だ。ただ途中で目的が変わっただけで」
「一体いつ目的が変更になったか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
私の質問に二尉は少しだけ考え込んだ。いつだったかを思い出しているのではなく、私にどう説明しようかと考えていようだ。……待って、どうしてそういう以心伝心的なことが即座に分かるの私。
「災害派遣の時、あのおちびさんと話している音無を見かけた時かな」
「チョコレートのお嬢ちゃんですか?」
「少し話が脱線するが聞いてくれ」
そう言って二尉は、アイスコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「うちの両親は、居酒屋で偶然出会った時にお互い一目惚れして、一ヶ月としないうちに結婚した。何というか、そんなドラマみたいな出会いなんていうのは有り得ないと思ったし、百歩譲って両親がそうだったとしても、自分がそういう出会い方をするなんて、これっぽっちも思っていなかった」
考えたら凄い出会いだよなと笑った。
「それに、父親の母親に対する独占欲ときたら、そりゃもう見ているだけで暑苦しいの一言で、そんなのに我慢できる女なんて、世界中どこをさがしても存在しないから、父親のマネだけはするなと散々言われてきた。もちろん反面教師にはさせてもらっていたから、今まで暑苦しいなんて言われたことは無かったし、自分がそんな独占欲が強い男だなんて感じたこともなかったんだがな、今までは」
そう言って、再びグラスに口をつけてから首をかしげる。
「そしてここの駐屯地に来て出会った糧食班の隊員ときたら、階級のことなんて屁とも思っていない物言いでこっちに突っかかってる、しかも最強の料理人になるなんていうおかしな目標を掲げている妙な女で、一目惚れとは程遠い存在だったはずなんだ」
「悪かったですね、妙な女で」
あまりな言い草にムカついて、うっかり口を挟んでしまった。
「そこが現実の面白いところなんだよな。そんな妙な女なのに遠慮のない物言いが気に入って、あれこれ理由を作っては夕飯の時間を遅らせてトレーを返却しに行くんだから」
「……ちょっと待った。あれは、名取一佐に報告に出頭していたから遅くなっていたのでは?」
「報告していたのは本当だ。だが毎日するようなものではなかったから、本当に報告していたのは週に一度か二度程度だ」
つまりは七日のうち六日か五日は、まったく一佐は関係なかったということ? その口実に付き合わされて、私は馬鹿正直に遅くまで調理室で待っていたってこと?
「おい、目つきが悪くなってきたぞ」
「それで? 話したいことは終わりですか? 殴りたいんですが」
「いや、まだもう少し」
まったく悪びれていないところが何とも腹立たしい。即座に殴らせろ。
「そんな時に、音無が大森と言い争っているのを見かけた。腕に残った痣を見たとたん、あいつをぶっ飛ばしてやるって思いが急に沸き起こったんだ。それまでは、どんな嫌味を言われようが反抗されようが気にならなかったのに、君を傷つけようとしたのだけは、どういうわけか許せなかったわけだ。あんな気持ちになったのは初めてで、自分でも最初は戸惑ったよ。そしてチョコレートのおちびさんのところに話が戻るわけなんだが」
その時のことを思い出しているのか、戸惑ったような笑いを口元に浮かべている。
「あの子と音無が話しているのを見ていたら、ふと君に子供がいたら、あんな風に仲睦まじく娘と話をするんだろうなと思った。そしてその隣にはどんな男が立つんだろうと」
そこでニッと笑った。
「そしてその場所を、見ず知らずの野郎にくれてやるわけにはいかないなと思ったんだよ。そこに立つのは俺だけだって」
「そんなことおくびにも出さなかったくせに」
「当たり前だ、任務中だぞ。あそこで俺が君のことを押し倒しでもしたら大問題だ。まあテント裏では、一瞬そうしてやろうかと思ったが」
あの私が猫つかみされた時のことを言っているらしい。
「懲罰とか言ってたくせに!」
「油断大敵だな音無」
「幹部だからって国語力があるわけじゃないって、たった今分かりました、その言葉遣いはどう考えてもおかしいです」
ムッとしながら反論すると、二尉は楽しそうに笑った。
「予告してから逃げるチャンスを与えてやろうと思っていたんだが、やめた。二択は無し、NOも認めない。君には拒否権は無しってことだ、諦めろ」
「……二尉のお母様はよく平気ですね」
「そこが不思議なところなんだ。いまだに理解できない」
そう言うと、テーブルに置かれてた会計伝票を手に席を立った。
「行くぞ」
「……あの、何処へ?」
「親睦を深めないと駄目だろ?」
「今でも十分に親睦は深まっていると思うんですが」
「もっとお近づきになっておく必要があるだろ。他の男を寄せ付けないためにも」
最後の方は身を屈めて私の耳元で囁いた。背中がゾワッとなって髪の毛が逆立ったような気がして、思わず頭に手をやったけど気のせいだったみたいだ。
「ほら、行くぞ。さっさと起立」
命令口調に思わず立ち上がってしまった。習性って恐ろしい。
「私だって暑苦しいのは嫌いですよ!」
「知ってるよ」
「本当に?!」
「ああ」
知っていても改める気はまったく無いように思えるのは何故だ?!
+++++
「わはぁぁ、私、ラブホをなめてましたよ、最近のラブホってこんなのなんですね」
入った部屋を見て思わず驚嘆の声をあげる。
「今のってなんだ今のって。過去に来たことがあるってのか?」
「そうじゃなくてほらほら、テレビのドラマに出てくるようなホテルってやつを思い浮かべていたんですよ。ドピンクでド派手な感じの。でも今はこーんなにお洒落なんですね。ラブホじゃないみたい。いや、このとんでもシャンデリア装飾はラブホかな」
一瞬面白くなさそうな顔をした二尉のことなんて気にせずに、天井を見上げてからあっちこっちを見て回る。わお、お風呂のお湯が出るところ、魚の口からお湯が出るようになっている、しかも金ぴか。凄い。それがたとえ金メッキでも凄い。
どうして私達がラブホにいるかというと話は簡単。私がいるのは女性専用の独身寮で、男の二尉が立ち入ろうものならたちまち警備担当にフルボッコにされるから。そして二尉が住んでいる官舎に行けば、出入りする時に私が他の隊員に目撃される危険性があるから。と、この二点。
不倫でもないんだし、互いにいい年した大人なんだから、別に目撃されても問題ないのでは?と思わないでもないけれど、昨今は色々と大人の事情というものもあって、男女のことに関してはあれこれうるさく言われているのだ。
「あの二尉、本当に親睦を深めるんですか?」
「異論でも?」
「だって今でも十分に親しいじゃないですか、いつの間にかですけど。そんなに急いでこれ以上深めなくて、うわっ、近いってば! いくらなんでもお近づきすぎ!!」
いきなりこっちに大股でやってきたので思わず後ずさったら。足がもつれてベッドに引っ繰り返りそうになって、とっさに二尉の腕に捕まった。そして案の定というか何というか、二人してそのまま仲良くベッドに引っ繰り返ってしまった。私が下で二尉が上。この体勢は非常にまずい。
「二尉、さっさとどいていただけると大変ありがたいのですが」
「どく前にすることがある」
それだけ言うと、二尉は私が文句を発する前に口をふさぐという実力行使に出た。
口の中に温かいものが滑り込んできて中を探っている。そちらに気を取られていたら、いつのまにかブラウスの下に大きな手が入り込んでいて、脇腹の辺りをゆっくりと撫でていた。そしてその手がさらに深く入り込んできて、ブラにかかったところで我に返って、慌ててブラウスの上からその手を抑える。
二尉が顔をあげてどうした?と言いたげな表情をした。
「あ、あのですね、お恥ずかしい話ですが、私には経験があまりないんですよ」
「あまり?」
「訂正します、まったくありません!」
言ったとたんにに顔が赤くなるのが分かった。
「と言うことは、こんなことをしたのは俺が初めてってことか」
こっち顔から火が出そうなぐらい恥ずかしいのに、二尉はとても嬉しそうな顔をしている。
「そうですよ」
「それは男として非常に光栄なことだな」
「光栄なことは分かりましたが、できますれば先にシャワーを浴びたいのでありますが?」
もう言葉遣いがメチャクチャだ。そんな私のプチパニックを察してくれたのか、二尉は体を起こすと私のことも引っ張り起こしてくれた。
「だったら一緒にシャワーを浴びよう」
「い、一緒に?!」
「何か問題でも? 音無三曹?」
「なんでそこで階級付けで呼びますかね?」
私の問い掛けに口元にイヤな笑みを浮かべる二尉。
「おとなしく従わせるために決まっている」
「なにげに酷くないですか」
「音無だってイヤじゃないからおとなしくついてきたんだろ? 本気で嫌がっていたら、店を出たところで俺のことを投げ飛ばしてでも逃げたはずだ」
「まあそりゃ……」
だけど二尉相手だと、絶対に逃げ切れそうにないと思えるのは何故だろう。万が一逃げたとしても、絶対に捕まって土嚢のようにかつがれて、結局はここに連れてこられそうだ。
「俺とお近づきになりたくないのか?」
二択は無いと言い切ったはずの二尉がそう質問してきたから、これ幸いにと考えてみる。
こんな風に「お近づき」になった相手なんて入隊して以来なかった。いやいや、それまでだってなかった。そんな私が、どうしてここまで二尉と親しくなったのかも不思議だ。毎晩の遅刻のトレー返却の時のやりとりも、何だかんだと言いながら楽しかったし。うん、私はきっと二尉とお近づきになりたかったんだな、今まで自覚がなかっただけで。
「……そんなことないですよ、お近づきになりたいとは思いますけど」
「なら問題ないじゃないか」
二尉は笑いながらベッドからおりると、私の手を引っ張ってバスルームへと連れて行く。そしてシャワーのお湯の調節をしながら、意味深な顔をしてこっちを見た。
「俺が脱がせるか、自分で脱ぐか、なんだが?」
「……じ、自分で脱ぎますよ、ぬぬぬぬ脱げばいいんでしょ!! その代わり、二尉もさっさと脱いでくださいよね、私だけが脱ぐなんて不公平の極みですから!!」
後になってこの時のことを思い出すたびに、それこそ「なに言ってんだお前は」って気分になったものだけど、まあその話はまだまだ先のことだ。
「なに見てる?」
シャツを脱いだ二尉のことを思わず眺めてしまい、声をかけられて慌てて我にかえる。
「え、いやあ、最初に会った時の印象がなんて言うか、自衛隊員にしては細い人だなって思ってたんですけどね」
どうやらそれは間違いだったみたいで、服の下には均整の取れたたくましい身体が隠れていたらしい。腹筋あたりの硬さを触って確かめてみたい気がしたけど、今はやめておいた方がよさそうだ。
「なんとか兵曹ほどじゃないけどな」
「そこまで期待してませんよ」
「おい、何気に失礼だぞ」
「正直に言ったまでです」
二尉は服をさっさと脱ぐと、もたしている私の身に着けていた残りをさっさと剥ぎ取って、シャワーブースに引っ張り込んだ。
「今、勝手に脱がせてませんでしたか?」
「音無がもたもたしているからだろ」
お前が悪いと言わんばかりの口調。悔しいけど反論できない、ムカつく。
「この傷は?」
お湯を浴びていると背中の肩甲骨あたりに二尉の指が触れた。ん?と首だけひねって後ろを見ると、二尉が眉をひそめて自分が指で触っているところを見ている。
「ああ、それですか? 御幼少のみぎり、なんとか兵曹に憧れて無茶した結果です。友達をいじめていた小学生のお兄さん達を追い掛け回して、木に追い詰めたまでは良かったんですけどね。とどめを刺してやろうと登ってる途中で真っ逆さまに落ちました」
「この傷の残り具合からして、随分と酷い怪我だったんじゃ?」
「それが正直あまり覚えてないんですよ。覚えているのは、気がついたら両親がベッドの横にいて酷く叱られたことぐらいです」
それも父親に拳骨で思いっ切り頭を殴られて、そっちの方が痛かったという記憶しかない。
「口ばかりではなく、本当にあの兵曹が目標だったんだな」
「私が男だったらS部隊とか目指していたかもしれませんね」
「君が男じゃなくて良かったよ。男だったらこんなことできなかった」
そんな言葉が聞こえて、肩甲骨の傷の辺りに温かいものが触れた。それは二尉の唇だった。
「なんだ?」
「付き合わないか?と聞きながら、私に選択肢がまったくないような顔を二尉がしているように見えるのは、私の錯覚でしょうか?」
「錯覚じゃないな、二択じゃないから」
やっぱりねと言うか、なにあっさり認めてんだ?ってツッコミを入れたい。
「と申しますと?」
「NOという答えは認めないし、逃がすつもりは初めからまったく無いということかな」
なにやらさらりと物騒なことを言っているような気がする。
「それってつまり?」
「音無には拒否権がないってことか」
「ここは顔だけじゃなくて、声に出して言わなきゃいけませんね。なに言ってんだてめえ」
私、それなりに本気で言ったんだけど、目の前の二尉殿はまったく意に介してないようだ。しかも、意地の悪そうな笑みを口元に浮かべてこっちを見ているのは、どういうことなのか。もう一度言おう、まじでなに言ってんだてめえは。
「だが、デートかもしれないって少しは期待したんだろ?」
「ですから、知り合いにはそう言われたんですが、お詫びのケーキと聞いて、なるほどって納得したんですよ。もしかして、それも嘘だったんですか?」
「いや。お詫びにケーキを御馳走しようと思い立ったのは本当だ。ただ途中で目的が変わっただけで」
「一体いつ目的が変更になったか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
私の質問に二尉は少しだけ考え込んだ。いつだったかを思い出しているのではなく、私にどう説明しようかと考えていようだ。……待って、どうしてそういう以心伝心的なことが即座に分かるの私。
「災害派遣の時、あのおちびさんと話している音無を見かけた時かな」
「チョコレートのお嬢ちゃんですか?」
「少し話が脱線するが聞いてくれ」
そう言って二尉は、アイスコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「うちの両親は、居酒屋で偶然出会った時にお互い一目惚れして、一ヶ月としないうちに結婚した。何というか、そんなドラマみたいな出会いなんていうのは有り得ないと思ったし、百歩譲って両親がそうだったとしても、自分がそういう出会い方をするなんて、これっぽっちも思っていなかった」
考えたら凄い出会いだよなと笑った。
「それに、父親の母親に対する独占欲ときたら、そりゃもう見ているだけで暑苦しいの一言で、そんなのに我慢できる女なんて、世界中どこをさがしても存在しないから、父親のマネだけはするなと散々言われてきた。もちろん反面教師にはさせてもらっていたから、今まで暑苦しいなんて言われたことは無かったし、自分がそんな独占欲が強い男だなんて感じたこともなかったんだがな、今までは」
そう言って、再びグラスに口をつけてから首をかしげる。
「そしてここの駐屯地に来て出会った糧食班の隊員ときたら、階級のことなんて屁とも思っていない物言いでこっちに突っかかってる、しかも最強の料理人になるなんていうおかしな目標を掲げている妙な女で、一目惚れとは程遠い存在だったはずなんだ」
「悪かったですね、妙な女で」
あまりな言い草にムカついて、うっかり口を挟んでしまった。
「そこが現実の面白いところなんだよな。そんな妙な女なのに遠慮のない物言いが気に入って、あれこれ理由を作っては夕飯の時間を遅らせてトレーを返却しに行くんだから」
「……ちょっと待った。あれは、名取一佐に報告に出頭していたから遅くなっていたのでは?」
「報告していたのは本当だ。だが毎日するようなものではなかったから、本当に報告していたのは週に一度か二度程度だ」
つまりは七日のうち六日か五日は、まったく一佐は関係なかったということ? その口実に付き合わされて、私は馬鹿正直に遅くまで調理室で待っていたってこと?
「おい、目つきが悪くなってきたぞ」
「それで? 話したいことは終わりですか? 殴りたいんですが」
「いや、まだもう少し」
まったく悪びれていないところが何とも腹立たしい。即座に殴らせろ。
「そんな時に、音無が大森と言い争っているのを見かけた。腕に残った痣を見たとたん、あいつをぶっ飛ばしてやるって思いが急に沸き起こったんだ。それまでは、どんな嫌味を言われようが反抗されようが気にならなかったのに、君を傷つけようとしたのだけは、どういうわけか許せなかったわけだ。あんな気持ちになったのは初めてで、自分でも最初は戸惑ったよ。そしてチョコレートのおちびさんのところに話が戻るわけなんだが」
その時のことを思い出しているのか、戸惑ったような笑いを口元に浮かべている。
「あの子と音無が話しているのを見ていたら、ふと君に子供がいたら、あんな風に仲睦まじく娘と話をするんだろうなと思った。そしてその隣にはどんな男が立つんだろうと」
そこでニッと笑った。
「そしてその場所を、見ず知らずの野郎にくれてやるわけにはいかないなと思ったんだよ。そこに立つのは俺だけだって」
「そんなことおくびにも出さなかったくせに」
「当たり前だ、任務中だぞ。あそこで俺が君のことを押し倒しでもしたら大問題だ。まあテント裏では、一瞬そうしてやろうかと思ったが」
あの私が猫つかみされた時のことを言っているらしい。
「懲罰とか言ってたくせに!」
「油断大敵だな音無」
「幹部だからって国語力があるわけじゃないって、たった今分かりました、その言葉遣いはどう考えてもおかしいです」
ムッとしながら反論すると、二尉は楽しそうに笑った。
「予告してから逃げるチャンスを与えてやろうと思っていたんだが、やめた。二択は無し、NOも認めない。君には拒否権は無しってことだ、諦めろ」
「……二尉のお母様はよく平気ですね」
「そこが不思議なところなんだ。いまだに理解できない」
そう言うと、テーブルに置かれてた会計伝票を手に席を立った。
「行くぞ」
「……あの、何処へ?」
「親睦を深めないと駄目だろ?」
「今でも十分に親睦は深まっていると思うんですが」
「もっとお近づきになっておく必要があるだろ。他の男を寄せ付けないためにも」
最後の方は身を屈めて私の耳元で囁いた。背中がゾワッとなって髪の毛が逆立ったような気がして、思わず頭に手をやったけど気のせいだったみたいだ。
「ほら、行くぞ。さっさと起立」
命令口調に思わず立ち上がってしまった。習性って恐ろしい。
「私だって暑苦しいのは嫌いですよ!」
「知ってるよ」
「本当に?!」
「ああ」
知っていても改める気はまったく無いように思えるのは何故だ?!
+++++
「わはぁぁ、私、ラブホをなめてましたよ、最近のラブホってこんなのなんですね」
入った部屋を見て思わず驚嘆の声をあげる。
「今のってなんだ今のって。過去に来たことがあるってのか?」
「そうじゃなくてほらほら、テレビのドラマに出てくるようなホテルってやつを思い浮かべていたんですよ。ドピンクでド派手な感じの。でも今はこーんなにお洒落なんですね。ラブホじゃないみたい。いや、このとんでもシャンデリア装飾はラブホかな」
一瞬面白くなさそうな顔をした二尉のことなんて気にせずに、天井を見上げてからあっちこっちを見て回る。わお、お風呂のお湯が出るところ、魚の口からお湯が出るようになっている、しかも金ぴか。凄い。それがたとえ金メッキでも凄い。
どうして私達がラブホにいるかというと話は簡単。私がいるのは女性専用の独身寮で、男の二尉が立ち入ろうものならたちまち警備担当にフルボッコにされるから。そして二尉が住んでいる官舎に行けば、出入りする時に私が他の隊員に目撃される危険性があるから。と、この二点。
不倫でもないんだし、互いにいい年した大人なんだから、別に目撃されても問題ないのでは?と思わないでもないけれど、昨今は色々と大人の事情というものもあって、男女のことに関してはあれこれうるさく言われているのだ。
「あの二尉、本当に親睦を深めるんですか?」
「異論でも?」
「だって今でも十分に親しいじゃないですか、いつの間にかですけど。そんなに急いでこれ以上深めなくて、うわっ、近いってば! いくらなんでもお近づきすぎ!!」
いきなりこっちに大股でやってきたので思わず後ずさったら。足がもつれてベッドに引っ繰り返りそうになって、とっさに二尉の腕に捕まった。そして案の定というか何というか、二人してそのまま仲良くベッドに引っ繰り返ってしまった。私が下で二尉が上。この体勢は非常にまずい。
「二尉、さっさとどいていただけると大変ありがたいのですが」
「どく前にすることがある」
それだけ言うと、二尉は私が文句を発する前に口をふさぐという実力行使に出た。
口の中に温かいものが滑り込んできて中を探っている。そちらに気を取られていたら、いつのまにかブラウスの下に大きな手が入り込んでいて、脇腹の辺りをゆっくりと撫でていた。そしてその手がさらに深く入り込んできて、ブラにかかったところで我に返って、慌ててブラウスの上からその手を抑える。
二尉が顔をあげてどうした?と言いたげな表情をした。
「あ、あのですね、お恥ずかしい話ですが、私には経験があまりないんですよ」
「あまり?」
「訂正します、まったくありません!」
言ったとたんにに顔が赤くなるのが分かった。
「と言うことは、こんなことをしたのは俺が初めてってことか」
こっち顔から火が出そうなぐらい恥ずかしいのに、二尉はとても嬉しそうな顔をしている。
「そうですよ」
「それは男として非常に光栄なことだな」
「光栄なことは分かりましたが、できますれば先にシャワーを浴びたいのでありますが?」
もう言葉遣いがメチャクチャだ。そんな私のプチパニックを察してくれたのか、二尉は体を起こすと私のことも引っ張り起こしてくれた。
「だったら一緒にシャワーを浴びよう」
「い、一緒に?!」
「何か問題でも? 音無三曹?」
「なんでそこで階級付けで呼びますかね?」
私の問い掛けに口元にイヤな笑みを浮かべる二尉。
「おとなしく従わせるために決まっている」
「なにげに酷くないですか」
「音無だってイヤじゃないからおとなしくついてきたんだろ? 本気で嫌がっていたら、店を出たところで俺のことを投げ飛ばしてでも逃げたはずだ」
「まあそりゃ……」
だけど二尉相手だと、絶対に逃げ切れそうにないと思えるのは何故だろう。万が一逃げたとしても、絶対に捕まって土嚢のようにかつがれて、結局はここに連れてこられそうだ。
「俺とお近づきになりたくないのか?」
二択は無いと言い切ったはずの二尉がそう質問してきたから、これ幸いにと考えてみる。
こんな風に「お近づき」になった相手なんて入隊して以来なかった。いやいや、それまでだってなかった。そんな私が、どうしてここまで二尉と親しくなったのかも不思議だ。毎晩の遅刻のトレー返却の時のやりとりも、何だかんだと言いながら楽しかったし。うん、私はきっと二尉とお近づきになりたかったんだな、今まで自覚がなかっただけで。
「……そんなことないですよ、お近づきになりたいとは思いますけど」
「なら問題ないじゃないか」
二尉は笑いながらベッドからおりると、私の手を引っ張ってバスルームへと連れて行く。そしてシャワーのお湯の調節をしながら、意味深な顔をしてこっちを見た。
「俺が脱がせるか、自分で脱ぐか、なんだが?」
「……じ、自分で脱ぎますよ、ぬぬぬぬ脱げばいいんでしょ!! その代わり、二尉もさっさと脱いでくださいよね、私だけが脱ぐなんて不公平の極みですから!!」
後になってこの時のことを思い出すたびに、それこそ「なに言ってんだお前は」って気分になったものだけど、まあその話はまだまだ先のことだ。
「なに見てる?」
シャツを脱いだ二尉のことを思わず眺めてしまい、声をかけられて慌てて我にかえる。
「え、いやあ、最初に会った時の印象がなんて言うか、自衛隊員にしては細い人だなって思ってたんですけどね」
どうやらそれは間違いだったみたいで、服の下には均整の取れたたくましい身体が隠れていたらしい。腹筋あたりの硬さを触って確かめてみたい気がしたけど、今はやめておいた方がよさそうだ。
「なんとか兵曹ほどじゃないけどな」
「そこまで期待してませんよ」
「おい、何気に失礼だぞ」
「正直に言ったまでです」
二尉は服をさっさと脱ぐと、もたしている私の身に着けていた残りをさっさと剥ぎ取って、シャワーブースに引っ張り込んだ。
「今、勝手に脱がせてませんでしたか?」
「音無がもたもたしているからだろ」
お前が悪いと言わんばかりの口調。悔しいけど反論できない、ムカつく。
「この傷は?」
お湯を浴びていると背中の肩甲骨あたりに二尉の指が触れた。ん?と首だけひねって後ろを見ると、二尉が眉をひそめて自分が指で触っているところを見ている。
「ああ、それですか? 御幼少のみぎり、なんとか兵曹に憧れて無茶した結果です。友達をいじめていた小学生のお兄さん達を追い掛け回して、木に追い詰めたまでは良かったんですけどね。とどめを刺してやろうと登ってる途中で真っ逆さまに落ちました」
「この傷の残り具合からして、随分と酷い怪我だったんじゃ?」
「それが正直あまり覚えてないんですよ。覚えているのは、気がついたら両親がベッドの横にいて酷く叱られたことぐらいです」
それも父親に拳骨で思いっ切り頭を殴られて、そっちの方が痛かったという記憶しかない。
「口ばかりではなく、本当にあの兵曹が目標だったんだな」
「私が男だったらS部隊とか目指していたかもしれませんね」
「君が男じゃなくて良かったよ。男だったらこんなことできなかった」
そんな言葉が聞こえて、肩甲骨の傷の辺りに温かいものが触れた。それは二尉の唇だった。
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