10 / 103
【2】名もなき朝の写真《北星秀、最期の撮影》
3.Good-bye My Loneliness
しおりを挟む
案の定、彼女『葉子』は初日から浮かぬ暗い顔をしている。
こんな田舎に仕方なく帰ってきたんだ、父が言うからひとまずここで働くだけなんだという顔。
初対面の日、秀星は、やる気のなさそうな彼女を初めて呼ぶ。
「えー、シェフのお嬢様ですね。ハコさんですか」
彼女がぎょっとした顔になった。
普通『ようこ』と読めるだろという顔だった。
「葉っぱの子で、ヨウコです」
「あ、そうだよね、そう読むよね。申し訳ない」
彼女が秀星の目を見た最初の時だった。
こっちの世界に踏み込ませ、ここで一緒に働く男がいることをわからせた瞬間。
履歴書も綺麗な字できちんと書かれている。
仕事も指示をしたことはきちんとできる。アルバイトでしっかり社会経験をしてきたこともわかる。
それでも、だった。
「十和田さん、ちょっといいかな」
なんとなくその時間をやりこなしている彼女を、閉店後の給仕長室へと呼んだのは、彼女が働き始めて二ヶ月経ったころだった。
十和田シェフにキャリアを認めてもらえ、『素晴らしい仕事だ。ここでも給仕長として接客全般をまかせるよ』と与えてくれた秀星専用の仕事部屋。そこに、葉子を呼びつける。
窓辺には白樺の木立がそばにあり、隙間の向こうには駒ヶ岳と大沼が見える。
「なんでしょうか……給仕長」
自覚があるのか。いつにない秀星の険しい視線に怯えている。
「とにかく姿勢が悪いです。立っている姿勢もそうだし、心構えもです」
彼女はなにも言わなかった。でも心では『やりたい仕事じゃない』と納得していないのは、秀星の眼から見ても明らかだった。
「いつかライブ会場のステージに立っておもいっきり唄いたいのでしょう。その時、お客様に向かってどう唄いたいのか、いまここで説明してください」
また彼女が眼を見開いて、秀星を見上げた。
もう二十も越えた大人だろうが、秀星から見ればまだまだ幼さが見え隠れしている女の子だった。
「……来てくださった、お客様に、喜んで帰っていただきたいです……」
その言い方で、彼女が既に秀星が言いたい核心を捉えていると確認する。もうそれが説明なしに見つけた答えなら、この子はこの先、きちんと生きていける子だと秀星も確信できる。でも、それには『生きていくためには心構えと術が必要だ』と心から欲せねばならない。彼女はまだその段階にきていない。
「わかっていただけましたか。ここは、これまで何十年と修行をしてきた貴女の、お父様の、大事なライブ会場です。貴女がステージで唄う時も、一人きりではできません。貴女を素敵に見せるためのスタッフが何人もいるはずなのです。いまここが『生きていくしかない場所と時間』だとしたら、いまの貴女はステージを支えるスタッフしかやれることはありません。プロになりたいなら『プロ』に敬意を払ってください。『プロ』の仕事に対価をくださるお客様にもです。それが出来ねば、貴女が思う『プロ』にはなれません。いますぐここを辞めてください」
「も、申しわけ、ありませんでした」
「ひとつの仕事を軽んじる者は、夢など叶えられませんよ」
「はい、承知いたしました……」
泣かせてしまった。
でも、父親である十和田シェフが同じことを言っても、彼女には響かなかったと秀星は思う。
後日、十和田シェフにも『任せてすまない』と頭を下げられてしまった。貴方の娘でなくとも同じことを言うと伝えた。
それから彼女の姿勢が変わった。立ち姿も、心構えも、笑顔も、よくなった。
「お写真、見せてください」
それからしばらくして、彼女が小さな仕事部屋に用事で訪れた時に、そう声をかけてくれた。
秀星のデスクには、いつもカメラが置いてある。出勤するとき、必ず持ってきている。
彼女も、秀星が写真を撮り続けていることを、もう知っていた。
父親から幾分か、秀星のいままでのことや、生き方を聞いたのだろう。
「いいよ」
デスクの引き出しにしまっている現像済みの写真ファイルの冊子を彼女に手渡す。
デスクのそばに、小さな椅子をおいてあげると、彼女が向き合うようにそこに座った。
そこには神戸のルミナリエがあった。
「これが、神戸の。綺麗、素敵……」
そう言われると嬉しい秀星だったが、ルミナリエは秀星の中では追悼を意味する哀しげな輝きなのだ。
若い彼女にはただ綺麗に美しく見えるだけで充分……。
写真を撮ることに関してはエゴを押し通してきた。でも写真の意味を人に押しつけようとは思ってない。
写真で我が儘を押し通す分、仕事は使命を持って果たしてきた。『社会に貢献する、人のためになることをする』。仕事はそうして対価を得るからだ。写真は我が儘にやってきたい。そのためにもやはり仕事は必要だった。
写真はエゴ。だから対価が生まれないのだろう。
それでも秀星はこれを貫いていく。これからも。
若い彼女には、わからないだろう――。
それに彼女には、こんなふうになって欲しくないと秀星は思ってしまった。
それでも、きっと。彼女が思い描く夢は、誰もが掴めるものではないのだ。いつか彼女もその現実を目の当たりにして、飲み込みながら生きていく日がやってくる。
若くてまだ諦めがつかないころの、自分の生き方をかみ砕けるようになるまでの苦悩。『エゴ』で生きていくことになる、いつか……。
その時に、夢だけじゃない『生き方』は持っていてほしいと思う。
秀星にはそれが『ギャルソン』であって、その結果が『メートル・ドテル』だった。
一冊見終わった彼女が、秀星に冊子を返しながら呟いた。
「ずっと写真をしてきたんですか」
「うん。辞めようと思ったことはないな。いまでも諦めていないよ」
「……どうしてですか」
「撮っているときが、楽しいから。あるいは、心が満たされるから。ハコちゃんもそうでしょう。唄っている時がいちばん楽しいでしょ。それと一緒」
「プロを目指しているんですか」
「まあ、そうなるには歳を取りすぎたかな。でもチャレンジはしているんだ。コンテストとかね。あ、それから、北海道に来てからこれを始めてみたんだ」
デスクの上にあるスマートフォンの画面を開き、彼女にそのアプリを見せた。
SNSのアカウント、そこに投稿した写真が並んでいた。
しかしフォロワーは一桁、フォローも二桁。投稿している写真には、いいねがひとつ、ふたつついているだけ。
だからなのか、葉子が固まっている。また反応に困っているようだった。
「少ない『いいね』のうちの、ひとつは、まえのレストランで一緒に働いていた後輩なんだ」
メートル・ドテルを引き継いだ後輩『篠田』がしてくれる『いいね』と、たまに残してくれるコメントを葉子に見せた。
『くっそー。めっちゃ良い景色!! 先輩もさぞや満足でしょうね~。ばっかやろーー』
相変わらずの『バカ』発言に葉子が面食らっていたが、その下にある秀星のリプライ返信を見て笑った。
@僕、いま、しあわせですからー。メシもうまい!!
@あーそうですか。お好きなだけお写真をどうぞ! いいね、しまくってやりますよ♥( • ̀ω•́ )b ✧ 今度、蟹、くださーい
@やだ😌
@(*`Д´*)💢 いままでのいいね♥没収する
@😌いいよ
@😡😡😡
たったひとりの、確実な閲覧者は彼だけだった。
大人の男同士のやりとりに、彼女がずっとくすくすと笑っている。
「楽しそうですね」
「楽しいよ。彼はいいヤツなんだ。なんでも男前、男らしくてね。これも彼の優しさ」
そこで葉子が急に神妙な顔つきになって、眼を伏せて秀星に問う。
「プロは諦めてないんですね」
「……『写真家』を諦めていない、だよ」
若い彼女と噛み合わない違和感が、静かな空気の中で軋んだ。
しかたがないことだと、秀星は多くは返さない。彼女も怖がるように聞いてこない。
その後からだった。葉子、『ハコ』が朝早くランニングを始め、湖畔で発声練習を始めた。秀星が毎朝写真を撮っている湖畔のそばだった。
東屋のある畔で、空へと音符が飛んでいくようなイメージが浮かぶほどの、金管楽器のような声だったのだ。
「ハコちゃん、凄いね。そんな声が出るんだ!」
カメラを担いで東屋で彼女を見つけた秀星が声をかけると、彼女が気恥ずかしそうにうつむいた。
あれ。歌手になりたいんだろ? そんな恥ずかしがるなんて。人前で唄いたいと願っている人間に見えなかったのだ。
なんとなく。彼女がオーディションに受からなかったことがわかったような気がした。もっとハングリーなライバルにだいぶ押しのけられてきたことだろう。
なにかを唄ってくれと頼んでも、彼女は唄ってくれなかった。
でも。毎朝、撮影を終えて散策道を辿って東屋に着くと、彼女が今日の写真を見せて欲しいというので、秀星も嬉しくなってほいほいと見せるのが楽しみになってしまった。
「秀星さんは、なんの曲が好きなの?」
初めて彼女に聞かれる。
「ZARDの『Good-bye My Loneliness』」
まだ若く恋人もいたころの思い出の曲だった。
女性とは長続きせず、やはり写真のために結婚をしたいという気持ちには至らない男として独身を続けてきた。
そのために別れてきた恋の思い出。
この楽曲は、そういうほろ苦く甘いせつなさを覚える。
なぜ、この曲をすぐに答えたのか。
秀星はこの時、初めて自分の気持ちがいままでと違うなにかを持ったことに気がついた。
答えた数日後の朝だった。
その唄を知らなかったので、聴いて覚えてきたと葉子が微笑んだ。
「秀星さんのために、唄うね」
最初で最後。『ハコ』が秀星に唄ってくれた、たった一曲になる。
その歌詞に、『僕の気持ち』が見え隠れしていると知った。
――僕は、この楽曲と、君の唄を、いちばん大事な場所にしまうと決めたよ。ハコは知らない。
こんな田舎に仕方なく帰ってきたんだ、父が言うからひとまずここで働くだけなんだという顔。
初対面の日、秀星は、やる気のなさそうな彼女を初めて呼ぶ。
「えー、シェフのお嬢様ですね。ハコさんですか」
彼女がぎょっとした顔になった。
普通『ようこ』と読めるだろという顔だった。
「葉っぱの子で、ヨウコです」
「あ、そうだよね、そう読むよね。申し訳ない」
彼女が秀星の目を見た最初の時だった。
こっちの世界に踏み込ませ、ここで一緒に働く男がいることをわからせた瞬間。
履歴書も綺麗な字できちんと書かれている。
仕事も指示をしたことはきちんとできる。アルバイトでしっかり社会経験をしてきたこともわかる。
それでも、だった。
「十和田さん、ちょっといいかな」
なんとなくその時間をやりこなしている彼女を、閉店後の給仕長室へと呼んだのは、彼女が働き始めて二ヶ月経ったころだった。
十和田シェフにキャリアを認めてもらえ、『素晴らしい仕事だ。ここでも給仕長として接客全般をまかせるよ』と与えてくれた秀星専用の仕事部屋。そこに、葉子を呼びつける。
窓辺には白樺の木立がそばにあり、隙間の向こうには駒ヶ岳と大沼が見える。
「なんでしょうか……給仕長」
自覚があるのか。いつにない秀星の険しい視線に怯えている。
「とにかく姿勢が悪いです。立っている姿勢もそうだし、心構えもです」
彼女はなにも言わなかった。でも心では『やりたい仕事じゃない』と納得していないのは、秀星の眼から見ても明らかだった。
「いつかライブ会場のステージに立っておもいっきり唄いたいのでしょう。その時、お客様に向かってどう唄いたいのか、いまここで説明してください」
また彼女が眼を見開いて、秀星を見上げた。
もう二十も越えた大人だろうが、秀星から見ればまだまだ幼さが見え隠れしている女の子だった。
「……来てくださった、お客様に、喜んで帰っていただきたいです……」
その言い方で、彼女が既に秀星が言いたい核心を捉えていると確認する。もうそれが説明なしに見つけた答えなら、この子はこの先、きちんと生きていける子だと秀星も確信できる。でも、それには『生きていくためには心構えと術が必要だ』と心から欲せねばならない。彼女はまだその段階にきていない。
「わかっていただけましたか。ここは、これまで何十年と修行をしてきた貴女の、お父様の、大事なライブ会場です。貴女がステージで唄う時も、一人きりではできません。貴女を素敵に見せるためのスタッフが何人もいるはずなのです。いまここが『生きていくしかない場所と時間』だとしたら、いまの貴女はステージを支えるスタッフしかやれることはありません。プロになりたいなら『プロ』に敬意を払ってください。『プロ』の仕事に対価をくださるお客様にもです。それが出来ねば、貴女が思う『プロ』にはなれません。いますぐここを辞めてください」
「も、申しわけ、ありませんでした」
「ひとつの仕事を軽んじる者は、夢など叶えられませんよ」
「はい、承知いたしました……」
泣かせてしまった。
でも、父親である十和田シェフが同じことを言っても、彼女には響かなかったと秀星は思う。
後日、十和田シェフにも『任せてすまない』と頭を下げられてしまった。貴方の娘でなくとも同じことを言うと伝えた。
それから彼女の姿勢が変わった。立ち姿も、心構えも、笑顔も、よくなった。
「お写真、見せてください」
それからしばらくして、彼女が小さな仕事部屋に用事で訪れた時に、そう声をかけてくれた。
秀星のデスクには、いつもカメラが置いてある。出勤するとき、必ず持ってきている。
彼女も、秀星が写真を撮り続けていることを、もう知っていた。
父親から幾分か、秀星のいままでのことや、生き方を聞いたのだろう。
「いいよ」
デスクの引き出しにしまっている現像済みの写真ファイルの冊子を彼女に手渡す。
デスクのそばに、小さな椅子をおいてあげると、彼女が向き合うようにそこに座った。
そこには神戸のルミナリエがあった。
「これが、神戸の。綺麗、素敵……」
そう言われると嬉しい秀星だったが、ルミナリエは秀星の中では追悼を意味する哀しげな輝きなのだ。
若い彼女にはただ綺麗に美しく見えるだけで充分……。
写真を撮ることに関してはエゴを押し通してきた。でも写真の意味を人に押しつけようとは思ってない。
写真で我が儘を押し通す分、仕事は使命を持って果たしてきた。『社会に貢献する、人のためになることをする』。仕事はそうして対価を得るからだ。写真は我が儘にやってきたい。そのためにもやはり仕事は必要だった。
写真はエゴ。だから対価が生まれないのだろう。
それでも秀星はこれを貫いていく。これからも。
若い彼女には、わからないだろう――。
それに彼女には、こんなふうになって欲しくないと秀星は思ってしまった。
それでも、きっと。彼女が思い描く夢は、誰もが掴めるものではないのだ。いつか彼女もその現実を目の当たりにして、飲み込みながら生きていく日がやってくる。
若くてまだ諦めがつかないころの、自分の生き方をかみ砕けるようになるまでの苦悩。『エゴ』で生きていくことになる、いつか……。
その時に、夢だけじゃない『生き方』は持っていてほしいと思う。
秀星にはそれが『ギャルソン』であって、その結果が『メートル・ドテル』だった。
一冊見終わった彼女が、秀星に冊子を返しながら呟いた。
「ずっと写真をしてきたんですか」
「うん。辞めようと思ったことはないな。いまでも諦めていないよ」
「……どうしてですか」
「撮っているときが、楽しいから。あるいは、心が満たされるから。ハコちゃんもそうでしょう。唄っている時がいちばん楽しいでしょ。それと一緒」
「プロを目指しているんですか」
「まあ、そうなるには歳を取りすぎたかな。でもチャレンジはしているんだ。コンテストとかね。あ、それから、北海道に来てからこれを始めてみたんだ」
デスクの上にあるスマートフォンの画面を開き、彼女にそのアプリを見せた。
SNSのアカウント、そこに投稿した写真が並んでいた。
しかしフォロワーは一桁、フォローも二桁。投稿している写真には、いいねがひとつ、ふたつついているだけ。
だからなのか、葉子が固まっている。また反応に困っているようだった。
「少ない『いいね』のうちの、ひとつは、まえのレストランで一緒に働いていた後輩なんだ」
メートル・ドテルを引き継いだ後輩『篠田』がしてくれる『いいね』と、たまに残してくれるコメントを葉子に見せた。
『くっそー。めっちゃ良い景色!! 先輩もさぞや満足でしょうね~。ばっかやろーー』
相変わらずの『バカ』発言に葉子が面食らっていたが、その下にある秀星のリプライ返信を見て笑った。
@僕、いま、しあわせですからー。メシもうまい!!
@あーそうですか。お好きなだけお写真をどうぞ! いいね、しまくってやりますよ♥( • ̀ω•́ )b ✧ 今度、蟹、くださーい
@やだ😌
@(*`Д´*)💢 いままでのいいね♥没収する
@😌いいよ
@😡😡😡
たったひとりの、確実な閲覧者は彼だけだった。
大人の男同士のやりとりに、彼女がずっとくすくすと笑っている。
「楽しそうですね」
「楽しいよ。彼はいいヤツなんだ。なんでも男前、男らしくてね。これも彼の優しさ」
そこで葉子が急に神妙な顔つきになって、眼を伏せて秀星に問う。
「プロは諦めてないんですね」
「……『写真家』を諦めていない、だよ」
若い彼女と噛み合わない違和感が、静かな空気の中で軋んだ。
しかたがないことだと、秀星は多くは返さない。彼女も怖がるように聞いてこない。
その後からだった。葉子、『ハコ』が朝早くランニングを始め、湖畔で発声練習を始めた。秀星が毎朝写真を撮っている湖畔のそばだった。
東屋のある畔で、空へと音符が飛んでいくようなイメージが浮かぶほどの、金管楽器のような声だったのだ。
「ハコちゃん、凄いね。そんな声が出るんだ!」
カメラを担いで東屋で彼女を見つけた秀星が声をかけると、彼女が気恥ずかしそうにうつむいた。
あれ。歌手になりたいんだろ? そんな恥ずかしがるなんて。人前で唄いたいと願っている人間に見えなかったのだ。
なんとなく。彼女がオーディションに受からなかったことがわかったような気がした。もっとハングリーなライバルにだいぶ押しのけられてきたことだろう。
なにかを唄ってくれと頼んでも、彼女は唄ってくれなかった。
でも。毎朝、撮影を終えて散策道を辿って東屋に着くと、彼女が今日の写真を見せて欲しいというので、秀星も嬉しくなってほいほいと見せるのが楽しみになってしまった。
「秀星さんは、なんの曲が好きなの?」
初めて彼女に聞かれる。
「ZARDの『Good-bye My Loneliness』」
まだ若く恋人もいたころの思い出の曲だった。
女性とは長続きせず、やはり写真のために結婚をしたいという気持ちには至らない男として独身を続けてきた。
そのために別れてきた恋の思い出。
この楽曲は、そういうほろ苦く甘いせつなさを覚える。
なぜ、この曲をすぐに答えたのか。
秀星はこの時、初めて自分の気持ちがいままでと違うなにかを持ったことに気がついた。
答えた数日後の朝だった。
その唄を知らなかったので、聴いて覚えてきたと葉子が微笑んだ。
「秀星さんのために、唄うね」
最初で最後。『ハコ』が秀星に唄ってくれた、たった一曲になる。
その歌詞に、『僕の気持ち』が見え隠れしていると知った。
――僕は、この楽曲と、君の唄を、いちばん大事な場所にしまうと決めたよ。ハコは知らない。
0
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる