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【5】 カムイ・ユーカラ 熊カムイのお話 帰れない神の霊魂

③ カムイ・ユーカラ 強情な熊神の話

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 結局、卵かけご飯二杯も食べてしまった。

「これだけで、おなかいっぱーい」
「店じゃなかったけどよ。一度、食べて欲しかったんだよ」
「うん、とっても美味しかったし、お庭も広くて癒やされたよ。木村さん、素敵な先輩さんじゃない」

 運転をしている優大が照れた横顔をみせている。

「うん。俺を最後まで見捨てなかった兄貴。っていうか、先輩もいまはあんな真面目だけど、養鶏農場なんてやってられっか――と暴れていた人なんだよな」

 元ヤン仲間と聞いて、イメージ湧かないと舞は目を丸くした。

「でも、根が優しい男だからさ、父ちゃんが徐々に腰を悪くして弱って農場が傾いていく様子は見ていられなかったんじゃないかな。自由にやってみろと任されてからは、あのとおり、これぞ俺の仕事と平飼いの養鶏へと舵を切ったんだよ。札幌の洋菓子店からも注文がはいるらしい。それでもまだ農場を支えて行くには販路が足りないらしいんだよ。俺もいつか使いたいと思っていたからさ」

 だったらもう使うしかないじゃないかと、舞は思う。

「さて、いまからどうすっかな。どっかの道の駅でも寄るか」
「だったら、剣淵けんぶちの道の駅がいいな。ハチミツを買いたいんだ」
「あそこの鶏もも炭火焼きうまいから、行ってみるか」

 道の駅に寄って、おいしいパンや士別産のハチミツ、優大お気に入りの鶏もも肉炭火焼きや、道の駅オススメのスイーツなどをあれこれ頬張っていたら、またまたお腹いっぱいに。


 剣淵には『絵本の館』という図書ミュージアムがある。道の駅から近いため、優大が連れて行ってくれた。

 中は裸足で歩くようになっている。子供連れの家族が多く、小上がりで読めるスペースには赤ちゃんを寝かせて、上の子に読み聞かせをしているママの姿も見えたり、息子とお父さんが揃って楽しめる乗り物の絵本もあったり、大人も楽しめる絵本も無数に揃っていた。夏になると、全国の絵本作家の新作を並べ、来館者に投票してもらう『絵本の里大賞』が開催される。

 今日、優大が連れてきてくれたのは『アイヌの絵本』を探すためだった。

「あったぞ」

 『カムイ・ユーカラ』で伝えられる物語を、わかりやすい絵本にしたものだった。

 ユーカラは『叙事詩』。文字を持たないアイヌ文化は、この叙事詩で後世に文化を言い伝えてきたという。カムイ・ユーカラは『神、自然、人間』の関わりを教え伝えるものとなっているとのことだった。

 舞がいくつか目に通していると、同じテーブルに座った優大も、気になった絵本を眺めはじめた。彼らしい、パン屋さんの物語だった。

 舞も何冊か物語別になっているカムイ・ユーカラを読んでみる。『カムイチカプ』は神の鳥『シマフクロウ』のお話、他にも、ウサギや白狐の神の話など、動物のカムイの話が目につく。

「動物が多いんだね。でもカムイモシリィという自分の国に帰ったら、アイヌと同じ人の姿なんだよね」

 ほのぼのとしたパン屋さんの物語を眺めていた優大も、こちらへと気を向けてくれる。

「アイヌの世界に降りてくる時は、動物や物の皮というか衣装をまとって存在すると言われているな。良く聞くのが、人を食べたりした悪い熊は、もう一度このアイヌの国に戻ってきたら困るから、見送りの儀式をせずカムイの国には返さない。そうすると二度と悪いカムイはアイヌの世界には戻ってこないという思想もあるみたいだ」
「神といっても、アイヌの世界とは対等で通じている感じがするね」
「そうだと思う。でもカムイの力と恵みがなければ豊かに自然界では暮らせない。だからきちんとカムイの国へとお返しするという循環みたいなのがあるんだよ。自然との循環みたいなかんじかなと……俺は思う」

 スミレ・ガーデンカフェがペンションだった時代にいたお婆様は、どうしてカムイがいると最後に言っていたのだろう。
 やっぱり、カラク様とはなんら繋がりがなさそうだった。だって、カラク様はこの世に人の姿で舞に見えているのだから。

 最後の一冊に、目を通した。


【 強情な熊の神が語ったこと――】

石狩峠を支配する高い位を持つ『キムン・カムイ』、熊のカムイは山の神といわれていた。毎年夏になると訪ねてくる大親友、龍のカムイ『ポン・カンナ・カムイ』と語らうことを楽しみにして四季を過ごしている。

ある夏の夜から、北の峠より素晴らしく美しい金の音が聞こえてくるようになった。それが気になって気になって仕方がなく、ついに石狩峠を出て、キムン・カムイはその音が鳴る方へと向かうことにした。

親友のポン・カンナ・カムイに打ち明けると必死に止められる。
『あれは悪霊を退治する神の剣を造るための、鉄を打つ音だよ。そんな剣はどんなに強いあなたでも太刀打ちできない。行ってはいけない』と必死に引き留めたのだが、キムン・カムイは私は強いから大丈夫だと振り払い、北の峠へと向かってしまう。

北の峠は険しい峠でなかなか頂に辿り着かない。力尽きそうになった中腹で出会った神々しい老人にも『ここから先はますます険しくなる、石狩峠の守り神なのにどうしてそこへ向かうのか。安全なところまでお連れしましょう』という引き留めも振り払い、傷だらけになりながら、息も絶え絶え頂に辿り着く。

そこには三人の神々が剣を打つ仕事場があり、キムン・カムイは傷だらけで身動きすることができないまま、その仕事場で行われる鍛冶を眺めていた。美しいあの金の音が聞こえる。でも打ち付けるたびに放たれる火の粉が、動けずにいるキムン・カムイの身体に飛び移り、体中が炎に包まれる。キムン・カムイは岩にぶつかりながら転がり、岩場の谷底へ転落。身体の肉は飛び散り、息絶える。

神の国の掟は厳しい。正しく神の道を歩いて天寿を全うしたなら、死んで肉体と霊魂が別れても霊魂は神の国へ帰ることができるのだが、キムン・カムイのように自分で自分を殺すような勝手なことをした神は、肉体と霊魂が別れ肉体だけが朽ちても、骨が朽ちるまで霊魂は神の国へ帰ることはできない。


 そうなんだ。帰ることが出来ないカムイの霊魂もあるんだと、舞は何故かここで文字を追う目が止まる。奇妙なものが胸の奥から湧き上がってくる……。

「読み終わったのか」

 優大に声を掛けられ、さらに舞は我に返り、絵本の世界から館内の穏やかな空気の中へと還ってきた気持ちになる。

「あと、もう少しかな……」
「それ、兄ちゃんが小説でも持ってる。我を張った強情な熊のカムイが勝手なことをしたから霊魂だけになって、息絶えた谷底で肉と骨が朽ちるまで延々と彷徨うことになったという話だろ」
「ちょっと、ネタバレしないでよ!」

 怒りながらページをめくると、優大がいうとおりのストーリーになっていた。

「アイヌの守護神がその骨を見つけ、カムイの国へと帰る儀式をしてくれてカムイとして帰ることができたって話だろ」
「もう~、だから、いま読んでいるから!」

 悪びれない優大も、舞がページをめくる手元へと覗き込んでくる。顔が近いんだけど! むかつきながら読み終わる。

「終わりました!」
「んじゃ、俺の家に行こう。シフォンケーキ焼くからよ。兄ちゃんにも、その小説を用意しておくように言っておいたから」

 自分の家に早く帰りたくて急かしていたようだった。まったくもうと舞もむくれつつも、夕の刻も迫っていたので切り上げて、優大と車へと向かった。



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強情な熊神の話
参照
カムイ・ユーカラ 山本多助 著 平凡社ライブラリー出版
収録作 『強情な熊の神が語ったこと』を参照

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