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 あたりを満たしていた音も熱気もすべてが消え去り、俺はひとり薄暗い公園に立っていた。
 見慣れた夜の公園が、どうしてかひどくよそよそしく見える。

 足元に置いたリュックのなかでブブブ、とスマホが音を立てる。
 取り出してみれば、待ち合わせをしていた同志からのメールが届いていた。

『矢島氏、間に合いそうなら打ち上げだけでもいかがか』

 続く文面には同志たちが集まっている店の名前が書いてあるのだろう。

 見れば、今は俺が待ち合わせをしていた時間からほんの一時間が過ぎた程度。同志たちはさっさとオタ芸の練習を切り上げて、今ごろは涼しい店のなかで推しへの思いを語り合っていることだろう。

 俺はといえば、行方不明になったと騒がれることもなく、浦島太郎状態で途方に暮れることもない。ただ、ちょっと約束に遅れただけの男として日常に溶け込んでいくのだ。

「……俺、あの世界にいたんだよな」

 つぶやくけれど、肯定してくれる相手なんていやしない。
 だけど俺の胸にはあのときのドキドキが確かに残っていた。

「マグノリア……俺、忘れたくないよ……」

 一時の夢として片付けるには抱えた熱が熱すぎる。
 ひとりでは抱えきれない、彼女がいなければ。
 苦しい胸を押さえて、俺は首を傾げた。

「なんか、硬いんですけど?」

 押さえた胸がやたらと硬い。筋肉とか骨の硬さじゃなくて、例えるならそう、石のような。
 不思議に思いながらシャツのなかを覗き込むと、そこにはにぶくきらめく炎色の石が。

「え、サザンカ……?」

 びっくりしてつぶやいた瞬間、ほわん。
 胸元に暖かい風が吹いて、そこに現れたのは手乗りサイズの色黒マッチョ。

「サザンカ!?」
「ネイ~! 呼んでくれてありがとう。おかげで魔石から出られたよ」

 俺の目線あたりに浮いて、にこにこするプチマッチョ。ちょっとかわいい、か?
 いや、今そこは問題じゃない。

「え、ちょっとあんたこっちついてきちゃったのか!? 大丈夫なの? こっちには魔力が無いから体維持できないとかそういうこと無いわけ? ていうか、今度はあんたが帰れなくなっちゃってるじゃん!」

 どうしよう、どうしようと慌てる俺をよそにサザンカはにこにこ笑う。

「置いていかれなくてよかった。ネイのそばにいたほうが、自分らしくいられるから。それに魔力のことなら大丈夫だよ」
「大丈夫って、そんな軽く……!?」

 呑気なサザンカに何か言ってやろうとした、そのとき。
 俺の目の前の景色がぐわりと割れて、そこからアイドル衣装のマグノリアが現れた。

「え、マグノリア……!?」
「すまん、ネイ。民衆が盛り上がってしまってな。どうにも収集がつかんのだ!」

 身を乗り出してくるマグノリアの背後からは、確かに熱狂する魔族たちの声が聞こえてくる。「ちょっとー! おしまいって言ってるのに、なんで言うこと聞かないのさー!」と騒いでいるのはソテツだろう。

「さっき、お別れしたばっかりなのに……?」

 言いながらも、俺は緩みそうになる口元を抑えられない。

「無理は重々承知のうえ。互いの界の道はもう我が把握しているし、今回はこちらの都合で呼ぶのだ。帰りの魔力もこちらで手配する!」
「それって帰り道が約束された異世界行きってことじゃん」
「たのむ、そなたの知恵を貸してはもらえんか!」

 民衆の声に押されたマグノリアが焦ったように叫ぶ。
 差し伸べられた白い手を俺はしっかり握って笑う。

「もちろん、よろこんで!」

 マグノリアとイソトマがアンコールに答えている間に、次回のコンサートの予定をロータスと立てなきゃいけない。
 忙しくなるぞ、と俺は空いた片手でスマホをいじる。日本に残していく同志たちへメッセージだ。

『わるい、今日は大事な用があるから打ち上げにも行けそうにない』

 それだけ送って、俺はマグノリアの手を取り割れた景色に飛び込んだ。

「行こう、マグノリア! アンコールだ!」

 目指すは異世界全土を席巻する、世界一のアイドルだ!
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