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 俺をくっつけたまま、ロータスが手のひらをパンパンと鳴らした。途端に、ちいさな影が彼の前にずらりと並ぶ。

「まおーです!」
「にゅーまおーです!」
「ですです!」

 霧のなかから姿を現したのは、妖精たち。
 ぱたぱたですですと上下に飛び交っていて整列はしないけど、心なしかさっきまでよりきりりとした顔をしている、気がする。
 気のせいかもせれないけど。

「霧を晴らしてください」

 ロータスがほほえみを浮かべて言うと、居並ぶ妖精がそろって額に手をあてる。手がちんまりしすぎててわかりづらいが、敬礼してるらしい。

「おっけーですです!」
「りょうかいなのですー」
「おやすいごようですー」

 良いお返事をした妖精たちが四方八方にパタパタと飛び立つ。あれだけ俺に対して言いたい放題やりたい放題してくれた奴らとは思えない、素直さだ。

 ちょっとむかつく、なんて思いながら霧にまぎれそうな姿をじっと見ていれば、なにやら……踊っている?

 とん、と宙をけって飛び上がり、くるりと回る。
 あっちへくるり、こっちへひらり。
 大勢いるのにぶつかることもなく、飛んで回って軽やかなダンスをする妖精たちはとても可憐だ。尾を引くように軌跡を残す燐光がまた美しい。

 さっきまで怖いと思っていたのも忘れて、つい見上げてしまう。

 ひらひらと宙を飛び踊るのを見ていれば、だんだんと霧の白さがにじみ周囲の木々が姿を現した。
 それに気が付いて周囲をぐるりと見回したころには、赤っぽい空もどんよりした森もはっきりと姿を見せる。
 そのときになって、そこらじゅうに飛び交う妖精の多さに驚いた。

「げ、なにあの数!」
「妖精はちいさい分、数が多いのですよ。さあ、お礼にこちらをどうぞ」

 前半は俺にささやき、後半は妖精に向けたロータスが広げた手のひらに転がっていたのは、果物、か?

「おいしいものです!」
「いただくのです!」
「ありがたいのですー!」

 わっと群がった妖精たちは、それぞれの手に果物を抱えて宙を舞う。
 さなぎを運搬するハチみたいだな、とか思ったけど、今それを言ったらまたよくない状況になることくらい俺でもわかるから、黙っとく。

 大した時間も経たないうちに、あんなにいた妖精たちはすっかり果物を抱えておとなしくなった。思い思いの場所で果物にかぶりつく妖精は愛らしい。
 その姿をながめてしみじみ思う。
 あんなちっこい生き物に負ける俺、この世界で最弱なんじゃ……。

「妖精はちいさく、力も弱い。けれど弱い力でも大勢が協力をすることで、恐ろしいものとなることもあります。さきほどの黒い闇に呑まれてしまえば、私でもあなたを見失っていたでしょう」
「まじか」

 しょんぼりする俺に気づいたのか、ロータスがフォローするように教えてくれた。妖精こえぇ。

「といった説明もなしに、あなたひとりを妖精の森に置いておふたりはどちらへ?」
「あ。俺ね、ソテツにさらわれちゃって。マグノリアたちとはぐれちゃってさ」

 隠してもどうしようもない、と素直に言えば、ロータスの切長の目が見開かれる。

「ソテツ、とは」
「あー、髪が白くて目が赤い、ボーイッシュな女の子。なんだっけ、マグノリアは始祖とか呼んでたなあ」
「始祖ですって!」

 記憶をたぐりながら答えるとロータスが声をあげ、すぐそばで食べかけの果物がぼとりと落ちた。
 落としたのは付近の木の枝に座っていた妖精だ。
 けれどそのチビは、果物を落としたことにも気づかない様子でぶるぶると震えている。

「始、祖……?」

 震える唇がつぶやくのを聞いて、俺はなんとなくうれしくなった。ほら、知らないやつとの間に共通の知り合いがいたら、なんか会話のネタにしちゃうやつ。あるでしょ?

「おー、お前らも知ってるの? あいつがさあ、妖精に投影魔術を教えてもらうとかで、妖精を探すために俺は森に落とされたのよ」

 俺があはは、と笑って言う間に、散らばっていた妖精が集まってきた。

「しそはなにしにきたのです?」
「なんでこんなあんぽんたんをぽいしたのです?」
「ぽいすて? ぽいすてなのです?」

 果物を抱えたまま、顔を寄せあい妖精がさざめく。
 ていうかポイ捨てはなくない? そりゃあ異世界から落ちてこぼれてきた俺ですけど、その言い方はあんまりじゃない?
 なんて思っていると、ロータスが真面目な顔で俺を見つめてくる。

「始祖がどのような意図であなたをここへ運んだか、わかりますか?」
「えっと、マグノリアといっしょにアイドルすることになってさ」
「始祖が、ですか?」

 ロータスが眉をはねあげる。

「うん。おもしろそーだって」

 ざっくり説明したあとで、もっと詳しく話すべきかなと思ったけれど。手のひらで額を覆い「あの方らしい」とため息まじりにこぼす姿を見るに、たぶんいまので十分っぽい。

「そんで、どうせやるなら王都じゅうの魔族に見せたいとか言い出して、妖精に魔術を教えてもらおうって俺をこの森に落としてさ。自分は海のほうの妖精を探しに行くって飛んでっちゃった」

 どこに飛んでいったのか検討もつかないから、俺は空を見上げる。
 霧が晴れてみればのどかな森だ。
 木の枝をチョロチョロと動くリスのような小動物がふと足を止め、振り向いた愛らしい顔にほっこり……いや待て、なにその牙。かわいくないよ? ふさふさのしっぽになんでそのえげつない牙を装備しちゃったの。怖くない、怖くないってか? 怖いわ!

 俺が異世界のマスコット候補を却下している横で、妖精たちはぷるぷる震えて身を寄せあう。

「しそが来るのです? このもりにくるのです?」
「やだです、こわいです、かくれなきゃあです!」
「どこへ? しそからにげきれるです? しそからかくれられるです?」
「むーりーーーーです!」
 
 わあきゃあ騒ぐ妖精を見つめて、ロータスは「ふむ」と頷いた。

「ネイ、あなた魔術を使いたくはありませんか?」
「え?」

 魔術。この世界における魔法みたいな力。それを使いたいか使いたくないかって言われたら、もちろん。

「使いたいですっ」
「良い返事ですね」

 にっこり笑うロータスの笑顔があんまりきれいで、むしろ怖い。
 俺はちょっと早まったかも? なんて思うのだった。
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