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「あなたが成した異種族間の和平を書面だけのものにしないために、何か行動をと思っていたところです。国家予算をつけますから、魔族に限らずありとあらゆる者の心を惹きつける事業の先行調査をしていただいても?」
「……そこまで言われては、仕方あるまい」

 ロータスが駄目押しのように言えば、マグノリアが折れた。
 途端にイソトマが顔をぱあっと輝かせる。ごきげんに揺れる尻尾がかわいい。

「現魔王の許可も下りたことですし! マグノリアさま、まずはどのお衣装にいたします? こちらなんておすすめなのですけれどぉ!」

 イソトマが服の山からいそいそと取りだしたのは、淡い桃色のグラデーションがきれいなドレスだ。肩とか胸とかありとあらゆる場所にフリルの飾りがつけられていて、極めつけにスカートがふんわり広がっている。

「なっ!」

 差し出された桃色の布を目にして、マグノリアは頬を染めた。表情が変わりにくいせいでほんのり染めた程度だけれど、かわいい。黒髪クール系美少女の恥じらいピンクふりふりドレス……間違いなくかわいいだろう。

「そのような女子供の着るものを、この我が! 齢五百を超える元魔王が身に着けるなど!」

 マグノリアの押さえ気味の怒声とともに、テーブルの上の服の山がぶわりと持ち上がる。
 部屋のなかに渦巻くのは風だろうか。ごう、と巻く風にイソトマが「きゃあ!」と乱れる髪の毛を押さえたと思えば、服の山は掻き消えていた。

 あとには、わずかに残った風に黒髪を躍らせるマグノリアと肩をすくめるロータス。イソトマは……と横に目をやった俺は何も見ていません。ひとつだけ言えるとしたら、強風時には髪の毛よりスカートのすそを気にしてほしいかな! 見えてないけど。見えそうだったけど! 日頃、隠されてるものがちらりと覗くのってどうしてこうも心躍るのかな。太もも、めっちゃ柔らかそうですね! 俺は何も見てませんけど!!

「ふふ。今のも怒りの力の発露ですね」
「あ、魔術じゃないんだ」
「マグノリアさまは全盛期を終えたとはいえ、魔族のなかでもかなり莫大な魔力を持っていますからね。今のは、野良魔獣の仔を拾ってきた子どもに親が言う『元の場所に戻してきなさい!』と同程度のものでしょう」
「はあー。感情パワーすげえな。いや、マグノリアがすごいのか」

 わかりやすい説明ありがとうございます、ロータス先生。っていうか、異世界でも拾った獣を元の場所に戻してきなさい、は定番なんだな。勉強になります。
 俺とロータスがそんなやり取りをしている一方で、イソトマは艶めかしい唇を尖らせてマグノリアに抗議している。ついでに、その手にあったはずのピンクのワンピースも消えてるあたり、マグノリアの『戻してきなさい』は強力なようだ。

「だって、マグノリアさまったら威厳を損なうからと、黒くて素朴なものばかりお召しになるのですものぉ。一度くらいよろしいじゃありませんかぁ」

 しなだれかかって悲しげな表情を見せる美女の破壊力よ。
 俺なら速攻で「ですよね! どれから着ます!?」となること請け合いだけど、モブ男子の女装など誰も求めていない。

 求められてるのは黒髪美少女マグノリアとひらひら衣装のドッキングだし、絶対領域だ。俺じゃない。わかってる、俺は物分かりのいいモブである。

 ところでマグノリアの肩にイソトマのおっぱ……ええと、胸部のふたつのふくらみが乗っているのですが、気のせいですか。気のせいですね。眼福です。

「そなたの持ってくるものは、どれもかわいらし過ぎる。我はこの年まで黒衣に身を包み生きてきたのだ。今更あのような、華やかな装束など」

 美女の懇願も柔らかなものを押し付ける攻撃もさらりと流すマグノリアは、さすが元魔王さまだ。強い。

「ん? っていうか、マグノリアは色が気に食わないの?」

 元魔王と露出の少ない系サキュバスの攻防を見守っていた俺は、マグノリアの発言が引っかかって会話に割り込む。美しい絵面にモブがお邪魔しますよっと。

「む。気に食わぬとまでは言わんが、生じてこのかた黒以外を身に着けたことが無いのだ。黒い装束でなければ落ち着かん」
「またそのようにおっしゃってぇ。こんなことなら、在位中に無理を言ってでも華やかなお衣装を着ていただけば良かったわぁ」

 イソトマが後悔してるけど、でもこれ俺、解決法を知ってるかも。
「じゃあ、さっきの服が黒かったらいいんじゃない?」

「む?」
「あら」
「なるほど」

 どういうことか、と眉をあげるマグノリア。
 悪くないかも、という顔をするイソトマ。
 そのような案がありましたか、と頷くロータス。

「つまりは、こういうことですわね?」

 部屋の隅から持ってきた紙にイソトマがペンを走らせる。
 ちなみにそのペン、何でできてるのかな。軸の部分が歪にねじ曲がってて、顔のように見える黒い模様が入っている。それがどことなく苦悶の表情みたいに見えるのはきっと気のせいだし、かすかに呻いてるような気がするのも気のせいだよね。すらすらと紙のうえに線を描くインクがまるでペン軸のこぼす涙のあとのように見えるのも、気のせいに違いない。イソトマが一度もインクを付けずに描いてるのは、あれだ。魔術的なあれで解決してるんだ。きっとそう。

「うわ。絵、うま」

 テーブルから身体を起こしたイソトマの手元を見て、俺は異様なペンのことも忘れて声をあげた。びっくりするくらいうまい、服の絵がそこにあった。

「ふふふ。伊達にマグノリアさまのお傍付き兼、お衣装係を長年務めていませんわぁ」

 元魔王の衣装係。なるほど、イソトマの衣裳へのこだわりはそのせいか、と思いながら彼女の絵をじっくり眺める。
 平面の紙のうえに黒色だけで描かれているとは到底思えない出来だ。
 ベースはさっきイソトマが持っていたピンクのドレスに近いのだと思う。
 黒地のドレスだけど、布がふくらんでたり重ねられたりするだけで、マグノリアが今身に着けているシンプルな黒のワンピースとはずいぶん印象が変わる。たぶん、あちこちに控えめに配置されたフリルのおかげだろう。腰に巻かれたでっかい黒リボンの艶々した感じも、いいアクセントになってるのかも。
 紙を覗き込むマグノリアをちらりと伺えば、きれいな黒髪はすとんと背中に落ちている。お怒りの兆候は無さそうだ。

「……これくらいならば、まあ」

 着てやらんこともない、みたいなマグノリアの声にイソトマがぱあっと顔を輝かせる。
 でも俺、もうちょっといけると思うんだよな。元魔王さまの許容範囲は、たぶんまだ余裕がある。
 テーブルに置かれたペンに手を伸ばそうとして、思いとどまる。このペンきもい。

「ネイ、なにか良い案が?」

 楽し気なロータスに問われて、俺は「あー」と手をさまよわせる。

「えっと、この世界では女のひとが脚出しちゃだめとかある? マグノリアもイソトマもくるぶしまであるスカート履いてるし、この絵の服も裾が長いけど」

 べ、別にキモイペンに触るのが怖いわけじゃないんだからねっ!
 誰にともなく心のなかで言い訳しながら、そういえば、と訊ねてみた。だって、俺の常識ってここでの非常識かもだし。

「わたくしはあえてこの丈ですのよ」
「黒の面積が多いほど、落ち着きがあるように見えるだろう」
「私の知る限りでは、そのような規定はありませんよ」

 女性陣の意見に加えて、現魔王からのお墨付きをいただいた。
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