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「おや。初対面の者をさっそく屈服させておいでですか。さすがですね」

 打ちひしがれる俺をよそに、また誰か来たらしい。
 今度はイケメンだ。顔をあげなくてもわかる。こいつはイケメンだ。
 なぜって? だって声がすでにかっこいい。いや、モテない男のひがみとかじゃない。本当に!
 低めの落ち着いた声は耳にやさしく、でもなんとなく色気がある。腰にくる声っていうの?
 声優の名前を叫んではもだえていたクラスメイトに聞かせてやりたい。きっとひざまずいて涙を流すだろう。

 そんなことを思いながらのろのろと顔をあげる。はいはい、ズボンのラインまでしゅっとしててイケメンですよ。
 っていうか脚長いな。こんだけ長いと腹立つのを通り越して感心するわ。

 そしてようやくたどり着いた顔は……思ってた通りイケメンですね。はい。整いすぎててちょっと怖いくらいのイケメン。
 それでもってやっぱり人外さんなわけね。
 尖った耳と額の左右から伸びる鬼のような角さえ似合うなんて、顔がいいひとはすごいな。俺に尖り耳と角つけても「うわぁ……」って感じだろうけど、このイケメンは文句出ないわ。

「あなたが落ちこぼれた方ですね」
「爽やかイケメンにまで落ちこぼれって言われた……!」

 orz再び。
 ああ、俺にやさしくしてくれるのは、やわらかな芝生だけなんだ。
 美少女からもイケメンからも落ちこぼれと呼ばれ、俺のライフはもうゼロである。
 身体を支える気力さえ失った俺は、地面に寝転んでひざを抱える。

「どうせ俺なんて、どうせ俺なんて落ちこぼれですよ。公園で転んだ拍子に魔界みたいなところに来てるのに別に召喚されたっぽいわけでもないし速攻で捕まって運搬されてしかもよだれまみれだしどうせどうせ、誰も呼んでないし誰にも必要とされてない落ちこぼれですよ……」

 ああ、寝転んだ視界に映る空がまぶし……くないな。
 かわいい花が咲いてるし町並みはふつうに町並みだったから気づいてなかったけど、空が何やら淀んだ赤色に渦巻いているのは俺の気のせいですか……?

「空が、赤い……」

 思わずいじけるのも忘れて身体を起こした俺の横に、イケメンが立った。

「おや、魔力も見えているのですね。さすがはマグノリアさま」

 俺の目をのぞきこんだイケメンは、うれしそうに美少女を振り向く。

「そなたはまったく……現魔王が軽率に敬称を付けて他者を呼ぶでない」

 黒髪の美少女、マグノリアがわずかに眉をひそめてイケメンにじとっとした目を向けた。
 それでもイケメンはにっこり笑っている。どМのひとなのかな? ひとじゃないけど。魔王らしいけど。それも現魔王。

「……魔王?」

 ぽかん、とくちを開けてイケメンを見上げた俺は悪くないと思う。あほっぽかったかもしれないけど、だって、元魔王を名乗る美少女(角付き)に魔王と呼ばれるイケメン(角付き)がそろってたら、誰だって理解が追い付かないだろ。
 そんな俺に、イケメンはきれいに微笑んだ。ぴっちりした黒い服と相まって、めっちゃ執事っぽい。魔王で言うならインテリ冷血系?

「はい。若輩ながら、マグノリアさまの跡を継がせていただきました、今代魔王のロータスと申します」
「あ、矢島ネイです。学生です。よろしくお願いします……?」

 日本人のあるある。
 相手に丁寧に名乗られると、とりあえず名乗っちゃう。そんで流れるようによろしくって言っちゃう。
 名前とよろしくはなんかセットで出ちゃうよね。だって第一印象大事だって聞くし。言えないより言えたほうが良いと思うし。

「これはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします」

 にこ、と笑みを一段深めてひとつうなずく。

「それでは、いつまでも外で立ち話というのもなんですし、中へどうぞ」

 そう言って微笑むロータスはやっぱりめっちゃ執事っぽいけど、これで魔王なのか。でも笑顔がやさしいから分類するなら冷血系じゃないかも、知的紳士系かもしれない。
 なんて思いながらぼんやり彼を見上げていると、違うところから声があがった。

「待て。我が住まいのほうが近い。それに、ちょうど茶を飲むところであったからな。イソトマ、茶菓子の用意はあるな?」
「はい、もちろんですわ」

 マグノリアのひと言で、俺たちは彼女の家に向かうことになった。
 ちなみにこの間、ケルベロスはずっとマグノリアの後ろで伏せをして待っていた。あれはもう犬だ。めちゃめちゃでかいけど、とてもよく躾された大型犬だと思うことにする。
 ちなみに、問題の答えは②だったと、ここに記す。うん。

 ※※※

 マグノリア。黒髪の超美少女(元魔王)の家だって言うから、どんな豪邸かなあってドキドキするじゃん?
 全身黒でまとめた彼女に似合う、いかつい洋館なのかな、とかさ。
 それともヨーロッパの旅番組とかで見る白亜の城とかかも、なんて思いながら彼女たちに着いて行った俺は、予想外の建物を前に息をのんだ。

「め、メルヘェン……!」

 元魔王と現魔王を含む一行の前に佇むのは、ひとことで言えば小人さんのお家。
 こじんまりとした家は一階建てで、赤い屋根にクリーム色のレンガの壁がとってもキュートだ。窓は外開きで、窓辺にはかわいいお花の咲くプランターが並んでいる。飛び出た煙突からはもこもこの煙が出ていて、え、それ演出なの? お家をかわいく見せるための演出だよね? といった風情をびしばし醸している。

 そんなかわいいをぎゅっと集めたような建物を前に叫んでしまったおれに、マグノリアがわずかにくちを尖らせた。

「仕方なかろう。我のためにとイソトマが用意したものを受け取らんわけにはいかんからな」

 ツンデレですか? ツンデレなんですか?
 真っ白い頬をほんのり染めるその感情は、かわいいもの好きがバレて恥ずかしいのか、自分に似合わないと思って恥じらっているのか。どちらにしてもありがとうございます。

 頬を染めるクール系美少女が見られたのなら、それはもう正解だ。何がとか聞くな、正解だ。
 思わず親指をぐっと立ててイソトマに向ければ、妖艶な美女はきゅうっと口角を吊り上げて微笑んでくれた。ドキッと高鳴る胸は俺が健全で健康なあかしだ。
 決して「その笑顔エロいっす!」とか思っていない。ただ間違いなく推せる。

「マグノリアさまは退位にあたって、小さな家が欲しいと望まれましたからね。イソトマはその願いを叶えたまでです」
「魔王さまのおっしゃる通りですわ。わたくしはいつでも、マグノリアさまを想っております」
「う、うむ」

 ロータス、イソトマと続けて言うと、マグノリアは気をとりなおすように軽く咳ばらいをした。ちょろいのか、この美少女。クールちょろかわいいとか最強じゃないか。

「いつまでも外におらずとも、中で話せば良かろう」

 言って、ビスケットみたいな扉の取っ手(丸っこくてかわいらしい)をつかんだマグノリアがずんずんと家の奥に進んで行く。決してがに股じゃないのに、歩き方に重みがある。魔王の歩き方とか、あるのかな。モデル歩きみたいなやつが。

「では、失礼します」

 ロータスが続き、イソトマが続く……のかと思ったら、彼女は扉の横で立ち止まって俺を見ている。

「どうぞ、中へ」
「あ、えと、はい。ありがとうございます」

 にっこりと勧められてしまえば、俺に二の句は告げない。だってしがない男子高校生がえっちでキレイなお姉さまの笑顔に逆らえるか? いいや、逆らえない。
 ちなみに、ケルベロスは中には入れない。だってデカすぎるし。
 メルヘンな小人ハウスに巨大な魔獣はどう考えたって無理だろう。まあ、小人ハウスに住んでるのは元魔王だし、客のひとりは現魔王だけど。
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