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街のなかに昼刻を知らせる鐘の音が響いている。鐘の音もかき消すほどにさわめき、ひとでごった返す通りをゼトとヤイズミは並んで歩いていた。
あちらの店はいい出汁を取る、こちらの店は気前がいい。そんな他愛もない会話をしながらぶらぶらと歩いて、屋台に立ち寄り飯を食べる。
「こんな風にお店のお外でいただくのは、はじめてです」
目の前で手早く用意される食事を見てつぶやくヤイズミは、いつもの落ち着いた表情だったけれど、その目はきらきらと輝いていた。
ぽつぽつと会話をしながら、ふたりはゆっくりと街を歩く。
ゼトとヤイズミがようやくナツ菓子舗にたどり着いたときには、店の戸口はすでに閉まっていた。暖簾は仕舞われ、閉じた木戸には売り切れを知らせる張り紙がある。
閉められた引き戸に手をかけたゼトは、からりと開けるなり店のなかに踏み込んだ。
「ただいま、お客を連れてきたぞー」
戸が開く音と続いたゼトの声は、台所に立っていたリュリュナとチギにも聞こえた。
そろってパタパタと玄関に向かったふたりは、ゼトの姿を見つけてぱあっと顔を明るくさせる。
「「ゼトさん、おかえりなさい!」」
そう言って出迎えるところまでぴったりそろっていたリュリュナとチギだったが、そのあとの反応はおおきく違った。
ゼトに手を引かれたヤイズミの姿を見た途端、リュリュナは歓声をあげちっちゃな牙を見せてうれしそうに笑う。
「わあ、ヤイズミさま! 遊びに来てくれたんですね!」
リュリュナが飛び跳ねるようにしてヤイズミに駆け寄るその後ろで、チギは目を見開いて突如現れたお嬢さまに魅入っていた。くちも、ぽかんと開いたままだ。
「……すげえ……街には天使まで住んでんのか……」
チギのくちからこぼれた呟きに、なぜかリュリュナが胸を張る。
「すごいでしょ、びっくりするくらいきれいでしょ! ヤイズミさまはね、あたしの友だちなんだよ!」
「ああ……すげえなあ。けど、なんでリュリュが威張ってんだよ」
「だって、ヤイズミさまはきれいなだけじゃなくて、とってもかっこよくてすてきだから。自慢の友だちなんだよ」
「まあな、こんだけきれいなら自慢したくなる気持ちもわかる」
リュリュナとチギの無邪気な会話を聞いて、ヤイズミはおずおずとゼトの横に立った。
つないだままの手に力が入るのを感じたゼトは、やさしくヤイズミの手を握り返す。
「あの、リュリュナさん……」
ゼトの手から力をもらったヤイズミは、そっとその手から離れてリュリュナに歩み寄る。
見上げるリュリュナの丸い目を見て、ヤイズミはきゅっと唇を引きむすんだ。
「先日のこと、本当に申し訳ありません。それでも、まだ、わたくしと友だちでいて、くださいますか……?」
澄んだ瞳を不安に揺らすヤイズミをリュリュナはぽかんと見上げていた。けれどすぐにヤイズミの手を取って、にぱっと笑う。
「そんなの! 当然じゃないですか! それにこの間も言ったでしょう。いっしょに友だち付き合いを覚えよう、って」
「リュリュナさん……!」
牙を見せて笑うリュリュナの手を握り返したヤイズミは、きらりと瞳を輝かせて顔を引き締めた。
「では、わたくし精いっぱいがんばります! さっそくお菓子を作りましょう。わたくしはなにをしたらよろしいのでしょう? 混ぜますか? 冷やしますか? 固めますか? なんでもお任せくださいませ!」
「へ? え? ええと??」
きりりとした顔で言い放ったヤイズミに迫られて、リュリュナは目を白黒させる。
おろおろするリュリュナを助けたのはゼトだった。
「あー、おれが姫さんに頼んだんだ。菓子作りに力を貸してほしいって。ほら、あぷるぱいの生地を作るのに、姫さんいたら助かるだろ?」
申し訳なさそうにゼトが言うのを聞いて、リュリュナはぱあっと顔を輝かせた。
「えっ、じゃあさっそく作りましょう! チギ、ナツメグさん呼んできて。そろそろ洗濯物干し終わると思うから。パイ生地を作ります、って言えばわかるから!」
「お? なんかわかんねえけど、わかった。行ってくる!」
チギがぱたぱたと店の裏に向かうのを見送る間も惜しいとばかりに、リュリュナは次の用事をくちにする。
「あとは、材料が足りないですね。お店にある乳酪(バター)はあしたの仕込みの分だから、買ってこなきゃ」
「おお、じゃあおれが行こう。乳酪は冷やしてたほうがいいんだよな? 姫さん、いっしょに来てくれ」
「あ、はい。もちろんです」
さっそく出かけようとするゼトの背に、リュリュナが声をかける。
「あと、たまごと牛の乳も欲しいです。たまごは五つもあればじゅうぶんなので。ヤイズミさまも、おねがいしまーす!」
「ええ……」
うなずいて、先に外へ出たゼトを追おうとしたヤイズミは、ふと立ち止まり振り向いた。
笑顔で見送るリュリュナの顔を見て、きゅっと眉を寄せたヤイズミは意を決したように口を開く。
「……もっと気安く呼んでほしいと願うのは、友人同士のあり方としていかがなのでしょう」
「ええっと?」
ヤイズミの堅苦しい言い回しに戸惑ったリュリュナだったが、すこし考えて「ああ!」と声をあげた。
「だったらヤイズミ『さま』じゃなくて、ヤイズミ『さん』って呼んでいいですか? あたしのこともリュリュナさん、って呼んでくれてるし」
リュリュナが問うと、ヤイズミの瞳がうれしそうにきらめく。表情はたまにしか変わらないヤイズミだが、その瞳は彼女の気持ちをよく伝えてくれる。
年上だけれどとてもかわいいひとだなあ、と思いながらリュリュナは彼女を呼んでみる。
「ヤイズミさん」
「はい、リュリュナさん」
互いに名を呼びあって、ふたりは「ふふふ」と笑いあう。
おだやかな顔でヤイズミが出かけていくと、リュリュナはりんごを抱えて台所へ向かう。
「あぷるぱい、作るんですって⁉︎」
そこへ駆け込んできたのはナツメグだ。
期待に顔をほころばせたナツメグは、リュリュナの抱えたりんごを目にして腕まくりする。
「さあ、わたしは何をしたらいいかしら。りんごを炒める? 粉を計る? 器を用意しようかしら、それともほかにできることはある?」
「おれも手伝うぜー!」
やる気まんまんのナツメグとチギを見て、リュリュナもこぶしをぎゅっとにぎった。
「よーっし! アップルパイ、つくるよー!」
あちらの店はいい出汁を取る、こちらの店は気前がいい。そんな他愛もない会話をしながらぶらぶらと歩いて、屋台に立ち寄り飯を食べる。
「こんな風にお店のお外でいただくのは、はじめてです」
目の前で手早く用意される食事を見てつぶやくヤイズミは、いつもの落ち着いた表情だったけれど、その目はきらきらと輝いていた。
ぽつぽつと会話をしながら、ふたりはゆっくりと街を歩く。
ゼトとヤイズミがようやくナツ菓子舗にたどり着いたときには、店の戸口はすでに閉まっていた。暖簾は仕舞われ、閉じた木戸には売り切れを知らせる張り紙がある。
閉められた引き戸に手をかけたゼトは、からりと開けるなり店のなかに踏み込んだ。
「ただいま、お客を連れてきたぞー」
戸が開く音と続いたゼトの声は、台所に立っていたリュリュナとチギにも聞こえた。
そろってパタパタと玄関に向かったふたりは、ゼトの姿を見つけてぱあっと顔を明るくさせる。
「「ゼトさん、おかえりなさい!」」
そう言って出迎えるところまでぴったりそろっていたリュリュナとチギだったが、そのあとの反応はおおきく違った。
ゼトに手を引かれたヤイズミの姿を見た途端、リュリュナは歓声をあげちっちゃな牙を見せてうれしそうに笑う。
「わあ、ヤイズミさま! 遊びに来てくれたんですね!」
リュリュナが飛び跳ねるようにしてヤイズミに駆け寄るその後ろで、チギは目を見開いて突如現れたお嬢さまに魅入っていた。くちも、ぽかんと開いたままだ。
「……すげえ……街には天使まで住んでんのか……」
チギのくちからこぼれた呟きに、なぜかリュリュナが胸を張る。
「すごいでしょ、びっくりするくらいきれいでしょ! ヤイズミさまはね、あたしの友だちなんだよ!」
「ああ……すげえなあ。けど、なんでリュリュが威張ってんだよ」
「だって、ヤイズミさまはきれいなだけじゃなくて、とってもかっこよくてすてきだから。自慢の友だちなんだよ」
「まあな、こんだけきれいなら自慢したくなる気持ちもわかる」
リュリュナとチギの無邪気な会話を聞いて、ヤイズミはおずおずとゼトの横に立った。
つないだままの手に力が入るのを感じたゼトは、やさしくヤイズミの手を握り返す。
「あの、リュリュナさん……」
ゼトの手から力をもらったヤイズミは、そっとその手から離れてリュリュナに歩み寄る。
見上げるリュリュナの丸い目を見て、ヤイズミはきゅっと唇を引きむすんだ。
「先日のこと、本当に申し訳ありません。それでも、まだ、わたくしと友だちでいて、くださいますか……?」
澄んだ瞳を不安に揺らすヤイズミをリュリュナはぽかんと見上げていた。けれどすぐにヤイズミの手を取って、にぱっと笑う。
「そんなの! 当然じゃないですか! それにこの間も言ったでしょう。いっしょに友だち付き合いを覚えよう、って」
「リュリュナさん……!」
牙を見せて笑うリュリュナの手を握り返したヤイズミは、きらりと瞳を輝かせて顔を引き締めた。
「では、わたくし精いっぱいがんばります! さっそくお菓子を作りましょう。わたくしはなにをしたらよろしいのでしょう? 混ぜますか? 冷やしますか? 固めますか? なんでもお任せくださいませ!」
「へ? え? ええと??」
きりりとした顔で言い放ったヤイズミに迫られて、リュリュナは目を白黒させる。
おろおろするリュリュナを助けたのはゼトだった。
「あー、おれが姫さんに頼んだんだ。菓子作りに力を貸してほしいって。ほら、あぷるぱいの生地を作るのに、姫さんいたら助かるだろ?」
申し訳なさそうにゼトが言うのを聞いて、リュリュナはぱあっと顔を輝かせた。
「えっ、じゃあさっそく作りましょう! チギ、ナツメグさん呼んできて。そろそろ洗濯物干し終わると思うから。パイ生地を作ります、って言えばわかるから!」
「お? なんかわかんねえけど、わかった。行ってくる!」
チギがぱたぱたと店の裏に向かうのを見送る間も惜しいとばかりに、リュリュナは次の用事をくちにする。
「あとは、材料が足りないですね。お店にある乳酪(バター)はあしたの仕込みの分だから、買ってこなきゃ」
「おお、じゃあおれが行こう。乳酪は冷やしてたほうがいいんだよな? 姫さん、いっしょに来てくれ」
「あ、はい。もちろんです」
さっそく出かけようとするゼトの背に、リュリュナが声をかける。
「あと、たまごと牛の乳も欲しいです。たまごは五つもあればじゅうぶんなので。ヤイズミさまも、おねがいしまーす!」
「ええ……」
うなずいて、先に外へ出たゼトを追おうとしたヤイズミは、ふと立ち止まり振り向いた。
笑顔で見送るリュリュナの顔を見て、きゅっと眉を寄せたヤイズミは意を決したように口を開く。
「……もっと気安く呼んでほしいと願うのは、友人同士のあり方としていかがなのでしょう」
「ええっと?」
ヤイズミの堅苦しい言い回しに戸惑ったリュリュナだったが、すこし考えて「ああ!」と声をあげた。
「だったらヤイズミ『さま』じゃなくて、ヤイズミ『さん』って呼んでいいですか? あたしのこともリュリュナさん、って呼んでくれてるし」
リュリュナが問うと、ヤイズミの瞳がうれしそうにきらめく。表情はたまにしか変わらないヤイズミだが、その瞳は彼女の気持ちをよく伝えてくれる。
年上だけれどとてもかわいいひとだなあ、と思いながらリュリュナは彼女を呼んでみる。
「ヤイズミさん」
「はい、リュリュナさん」
互いに名を呼びあって、ふたりは「ふふふ」と笑いあう。
おだやかな顔でヤイズミが出かけていくと、リュリュナはりんごを抱えて台所へ向かう。
「あぷるぱい、作るんですって⁉︎」
そこへ駆け込んできたのはナツメグだ。
期待に顔をほころばせたナツメグは、リュリュナの抱えたりんごを目にして腕まくりする。
「さあ、わたしは何をしたらいいかしら。りんごを炒める? 粉を計る? 器を用意しようかしら、それともほかにできることはある?」
「おれも手伝うぜー!」
やる気まんまんのナツメグとチギを見て、リュリュナもこぶしをぎゅっとにぎった。
「よーっし! アップルパイ、つくるよー!」
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