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おかしなことに巻き込まれ
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あいすくりんを作って以来、ヤイズミは暇を見つけてはナツ菓子舗を訪れるようになった。
とはいえ、ナツ菓子舗の客も少しずつ元のように増えており、リュリュナたちは仕事が忙しい。そのうえ、ヤイズミ自身も大店の娘としてやるべきことが多々あるらしく、長く滞在することはできない。
ナツ菓子舗を訪れてもすこし顔を見せて話をする程度で、二度目の菓子づくりは実行されていなかった。
「ふうっ。きょうはずいぶん早く、売り切れちゃいましたね」
その日も、朝から土間で立ち働いて商品の受け渡しをしていたリュリュナは、空っぽの番重の横に腰を下ろした。
表に『完売』の張り紙をしてきたゼトが、暖簾を片手に戻ってきてリュリュナの頭をくしゃりとなでる。
「おう、お疲れさん。ここ何日かでだいぶ、客足が戻ってきたからな。そろそろ仕込みの量を増やしてもいいかもしれねえな」
「そうねえ。今日みたいにお昼すこし過ぎに売り切れるのが続くようなら、考えなくちゃいけないわねえ」
いくぶん声をはずませながら言うゼトに、台所からあがってきたナツメグがうなずいた。
まんじゅうもどら焼きも、クッキーさえもきれいに売り切れてしまったから、ナツメグが手にした盆には朝炊いた冷や飯を盛りつけた茶碗と温め直した味噌汁が湯気をたてる椀、青菜の塩漬けがすこし盛られた小皿が並んでいる。
リュリュナのためにあれやこれやと豪勢な食事を用意しようとするゼトとナツメグを説得して、イサシロの街で一般的なものを提供することで妥協してもらったのだ。それでも、リュリュナの基準でいけばじゅうぶんに豪勢な食事であるのだが、ふたりがまた暴走するのを防ぐため、リュリュナはだまってありがたくいただいている。
「ヤイズミさま、きょうはこないのかなあ」
むぐむぐと白米を噛みしめていたリュリュナが言えば、味噌汁をすすっていたナツメグが椀を下ろして同意する。
いたずらっぽく笑ったナツメグが横目で見れば、せっせと腹を満たしているゼトの長い耳がぴくりと動くのがわかった。聞こえていないふりをしつつ反応してしまっている義弟に、ナツメグは目を細める。
「そうねえ、今日みたいに早めに手があくときなら、またお菓子づくりをごいっしょできるのに。ねえ」
「んんっ? おお、そうだな!」
ナツメグに話を振られて、青菜で飯をかきこんでいたゼトが茶碗から顔を離した。勢いよく食べていたわりに、くちの周りは汚れていない。
きれいに食べるが豪快なゼトの食事風景を見たら、きっとお嬢さまは目を丸くするだろう、と想像してナツメグはこっそり笑う。
そんなナツメグの心中を察したわけではないだろうが、素早く食べ終えて「ごちそうさまっ」と手を合わせると、ゼトは席を立った。
「それじゃおれ、材料を引き取りついでに仕入れの量を増やしていきたい、って話つけてくるわ。あしたのぶんの仕込みは、いつもの時間でいいだろ?」
「そうねえ。夕方には帰ってきてね」
「いってらっしゃーい」
そそくさと出かけて行ったゼトの背を見送り、ナツメグとリュリュナはそれぞれの速度で食事を終える。
かちゃかちゃと音を立てて盆に集められた食器を手に立ち上がるのは、リュリュナのほうが早かった。
「洗い物、あたしやります」
「そう? だったらお願いしようかしら。わたしはお洗濯ものを見てくるわね。蒸かすのに使った布巾も、洗って干しちゃうわ」
ありがとう、と言いながらナツメグは勝手口の外に出ていく。店舗として建てられたこの家の表には、洗濯ものを干す場所がない。代わりに、リュリュナの暮らす離れとの間に物干し台が備えられているのだ。
「さて」
ひとり店のなかに残されたリュリュナは、腕まくりをして台所にある流しに向かう。
ど田舎のロカ村では水をためたたらいを置いて家の外で洗い物をしていたが、ここでは室内に流しがある。水はやはり井戸から汲んでこなければならないが、使い終えた水が水路に流れ出るようになっているだけでも、とても便利だ。
「おしまい、と」
洗い終えた食器を拭いて戸棚にしまったところで、表のほうでかたり、と物音がした。
ゼトが帰ってきたにしては早いな、と思いながらリュリュナが土間に向かうと、ちょうど木戸が開くところだった。
からり、と開いた木戸の向こうに立っていたのは、ヤイズミの侍女であるフチだった。
「あれ、フチさん。こんにちは。ヤイズミさまは……?」
にっこり笑って出迎えたリュリュナは、てっきり侍女とともにいるだろうと思ったお嬢さまの姿がないことに首をかしげた。
離れて立っているのだろうか、と木戸に近寄って表の通りを見渡すが、ヤイズミは見当たらない。白い長髪に白い羽根を持つ彼女はとても目立つから、近くにいるならば見落としようがないと思うのだが。
「……お嬢さまは、通りを抜けたさきでお待ちよ」
ふしぎそうな顔をするリュリュナに、フチがふいに言う。
固い口調は、いつものことだ。お嬢さまになれなれしいリュリュナに対して、フチはいつも気に食わないと言いたげに対応する。
けれどリュリュナが他人行儀なくちを聞けばヤイズミが寂し気な顔をするため、リュリュナとしては申し訳ないながらも態度を改めることができないでいる。
だから、フチの対応に文句を言う気も起らず受け入れているのだが、どうにも、きょうのフチはいつにも増して表情が暗い。
「ヤイズミさま、どこかお加減でも悪いんですか? だったら、うちのお店で休んでください!」
近くまで来ていて菓子舗に足を運ばないヤイズミと、表情が硬いフチを見て、リュリュナはそう思い至る。
あわててヤイズミを迎えに行こう駆け出しかけたリュリュナだったが、つんのめるように足を止めて店に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待ってください。ナツメグさんにひとこと言って」
「……そんな暇はないわ。お嬢さまがお待ちなのよ!」
フチは一瞬だけ顔をしかめ、ぐっとくちを引き結ぶとリュリュナを待たずに表通りへと歩き出す。
その強硬な姿勢におどろいたリュリュナだったが、それほどにヤイズミの具合がよくないのかと解釈して、あわててフチを追いかけた。
「あわ、わ! 待ってください、ひとりじゃ大変ですよ!」
せめてナツメグにひとこと、と思うも、フチに待ってくれる様子がないのを見てとったリュリュナは、木戸をきちんと閉めてつっかえ棒も立ててから、店を出た。
「急いで着いてきてちょうだい」
「はいっ」
早足で進むフチを追って飛び出したリュリュナは、後ろ髪をひかれながらも菓子舗から遠ざかっていった。
とはいえ、ナツ菓子舗の客も少しずつ元のように増えており、リュリュナたちは仕事が忙しい。そのうえ、ヤイズミ自身も大店の娘としてやるべきことが多々あるらしく、長く滞在することはできない。
ナツ菓子舗を訪れてもすこし顔を見せて話をする程度で、二度目の菓子づくりは実行されていなかった。
「ふうっ。きょうはずいぶん早く、売り切れちゃいましたね」
その日も、朝から土間で立ち働いて商品の受け渡しをしていたリュリュナは、空っぽの番重の横に腰を下ろした。
表に『完売』の張り紙をしてきたゼトが、暖簾を片手に戻ってきてリュリュナの頭をくしゃりとなでる。
「おう、お疲れさん。ここ何日かでだいぶ、客足が戻ってきたからな。そろそろ仕込みの量を増やしてもいいかもしれねえな」
「そうねえ。今日みたいにお昼すこし過ぎに売り切れるのが続くようなら、考えなくちゃいけないわねえ」
いくぶん声をはずませながら言うゼトに、台所からあがってきたナツメグがうなずいた。
まんじゅうもどら焼きも、クッキーさえもきれいに売り切れてしまったから、ナツメグが手にした盆には朝炊いた冷や飯を盛りつけた茶碗と温め直した味噌汁が湯気をたてる椀、青菜の塩漬けがすこし盛られた小皿が並んでいる。
リュリュナのためにあれやこれやと豪勢な食事を用意しようとするゼトとナツメグを説得して、イサシロの街で一般的なものを提供することで妥協してもらったのだ。それでも、リュリュナの基準でいけばじゅうぶんに豪勢な食事であるのだが、ふたりがまた暴走するのを防ぐため、リュリュナはだまってありがたくいただいている。
「ヤイズミさま、きょうはこないのかなあ」
むぐむぐと白米を噛みしめていたリュリュナが言えば、味噌汁をすすっていたナツメグが椀を下ろして同意する。
いたずらっぽく笑ったナツメグが横目で見れば、せっせと腹を満たしているゼトの長い耳がぴくりと動くのがわかった。聞こえていないふりをしつつ反応してしまっている義弟に、ナツメグは目を細める。
「そうねえ、今日みたいに早めに手があくときなら、またお菓子づくりをごいっしょできるのに。ねえ」
「んんっ? おお、そうだな!」
ナツメグに話を振られて、青菜で飯をかきこんでいたゼトが茶碗から顔を離した。勢いよく食べていたわりに、くちの周りは汚れていない。
きれいに食べるが豪快なゼトの食事風景を見たら、きっとお嬢さまは目を丸くするだろう、と想像してナツメグはこっそり笑う。
そんなナツメグの心中を察したわけではないだろうが、素早く食べ終えて「ごちそうさまっ」と手を合わせると、ゼトは席を立った。
「それじゃおれ、材料を引き取りついでに仕入れの量を増やしていきたい、って話つけてくるわ。あしたのぶんの仕込みは、いつもの時間でいいだろ?」
「そうねえ。夕方には帰ってきてね」
「いってらっしゃーい」
そそくさと出かけて行ったゼトの背を見送り、ナツメグとリュリュナはそれぞれの速度で食事を終える。
かちゃかちゃと音を立てて盆に集められた食器を手に立ち上がるのは、リュリュナのほうが早かった。
「洗い物、あたしやります」
「そう? だったらお願いしようかしら。わたしはお洗濯ものを見てくるわね。蒸かすのに使った布巾も、洗って干しちゃうわ」
ありがとう、と言いながらナツメグは勝手口の外に出ていく。店舗として建てられたこの家の表には、洗濯ものを干す場所がない。代わりに、リュリュナの暮らす離れとの間に物干し台が備えられているのだ。
「さて」
ひとり店のなかに残されたリュリュナは、腕まくりをして台所にある流しに向かう。
ど田舎のロカ村では水をためたたらいを置いて家の外で洗い物をしていたが、ここでは室内に流しがある。水はやはり井戸から汲んでこなければならないが、使い終えた水が水路に流れ出るようになっているだけでも、とても便利だ。
「おしまい、と」
洗い終えた食器を拭いて戸棚にしまったところで、表のほうでかたり、と物音がした。
ゼトが帰ってきたにしては早いな、と思いながらリュリュナが土間に向かうと、ちょうど木戸が開くところだった。
からり、と開いた木戸の向こうに立っていたのは、ヤイズミの侍女であるフチだった。
「あれ、フチさん。こんにちは。ヤイズミさまは……?」
にっこり笑って出迎えたリュリュナは、てっきり侍女とともにいるだろうと思ったお嬢さまの姿がないことに首をかしげた。
離れて立っているのだろうか、と木戸に近寄って表の通りを見渡すが、ヤイズミは見当たらない。白い長髪に白い羽根を持つ彼女はとても目立つから、近くにいるならば見落としようがないと思うのだが。
「……お嬢さまは、通りを抜けたさきでお待ちよ」
ふしぎそうな顔をするリュリュナに、フチがふいに言う。
固い口調は、いつものことだ。お嬢さまになれなれしいリュリュナに対して、フチはいつも気に食わないと言いたげに対応する。
けれどリュリュナが他人行儀なくちを聞けばヤイズミが寂し気な顔をするため、リュリュナとしては申し訳ないながらも態度を改めることができないでいる。
だから、フチの対応に文句を言う気も起らず受け入れているのだが、どうにも、きょうのフチはいつにも増して表情が暗い。
「ヤイズミさま、どこかお加減でも悪いんですか? だったら、うちのお店で休んでください!」
近くまで来ていて菓子舗に足を運ばないヤイズミと、表情が硬いフチを見て、リュリュナはそう思い至る。
あわててヤイズミを迎えに行こう駆け出しかけたリュリュナだったが、つんのめるように足を止めて店に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待ってください。ナツメグさんにひとこと言って」
「……そんな暇はないわ。お嬢さまがお待ちなのよ!」
フチは一瞬だけ顔をしかめ、ぐっとくちを引き結ぶとリュリュナを待たずに表通りへと歩き出す。
その強硬な姿勢におどろいたリュリュナだったが、それほどにヤイズミの具合がよくないのかと解釈して、あわててフチを追いかけた。
「あわ、わ! 待ってください、ひとりじゃ大変ですよ!」
せめてナツメグにひとこと、と思うも、フチに待ってくれる様子がないのを見てとったリュリュナは、木戸をきちんと閉めてつっかえ棒も立ててから、店を出た。
「急いで着いてきてちょうだい」
「はいっ」
早足で進むフチを追って飛び出したリュリュナは、後ろ髪をひかれながらも菓子舗から遠ざかっていった。
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