幻想の魔導師

深園 彩月

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第1章

1―34. 謁見

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 厳かな雰囲気が漂う王宮内の一室にて、突き刺すような緊張感がその場を支配していた。
 色鮮やかなタペストリーや美しい光沢を放つシャンデリア等の品の良い調度品など目に入らず、国の重鎮に見定めるような目で観察されながら膝をつき頭を垂れる。

「面を上げよ」

 威厳に満ちた声が頭上から降ってくるのに合わせて全員顔を上げる。
 玉座に座り僕らを観察するように睥睨するのは今代の国王陛下、ゼネス・フォン・コルネリアその人だ。
 5年前、事件の後に国主となった人で、前国王の弟君。体調不良による隠居と周知されているが、実際は“混沌の悪夢”に関与し処刑されるはずだった一人娘のリエル王女を取り逃がした罪で幽閉された前国王に代わり後釜に収まった苦労人である。
 でも、望まぬ地位を無理矢理押し付けられても、身内絡みの風評被害に晒されても、自然に笑って受け入れる強い人だ。

「此度の件、感謝する。一歩間違えば確実に大きな損害を被っていた。未然に防げたのはそなたらが尽力してくれたおかげだ」

「はっ。もったいなきお言葉です」

 陛下の言葉には、禍津結晶を取り除きスタンピードを発生させなかったことや、被害が拡大する前に国賊を捕らえたこと、その国賊に影で利用されていた貴族家を解放したことが挙げられる。
 言わずもがな、利用された貴族家とはローウェルド伯爵家だ。
 恐ろしいことに当主一家を始め、末端の使用人にまで記憶操作の精神魔法が影響を及ぼしていたことが判明。気付いたメルフィさんが国に上奏したのをきっかけに闇属性を使える魔導師が派遣された。
 ランツくんも例外ではないが、影響は少なかった。皮肉なことにこちらのミスで王宮に泊まり込む羽目になり彼女との接触がほとんどなかったのが要因だ。うーん複雑。

 隠れ蓑に利用されて下手すれば国の危機を招く事態になり得たが、ローウェルド伯爵家はお咎め無し。
 厳罰に処されなかった理由のひとつはランツくんの実家の領地が冷害に強い小麦の産地であり、国内有数の穀倉地帯でもあるからだろう。
 国内で災害に見舞われた過去、幾度となく支援してきた実績を考慮し降爵による領地没収等の案は却下されたのだ。
 当主は今後このような事態を引き起こさないために闇属性魔法への対策を取る方針。

「褒美をやろう。遠慮せず申せ」

 話題は移り褒美の話に。

 あの日、ルッツくん救出後に王宮に呼び出された僕らは王族のプライベート空間でひっそりと陛下と宰相に出迎えられ、お礼を言われて慌てる僕らを余所に後日改めて褒美を渡すとのことで本日謁見と相成った。
 褒美の内容は事前に宰相に伝えてあり、許可は貰っている。正式な場で功績発表と褒美授与という臣下へのポーズだ。

「では、私から……」

 最初にティアナさんが口を開くも、すぐに閉口する。
 国の重鎮が並ぶ中にいる魔導師団長が凄まじい眼力で圧を掛けているからだ。
 早く言え……早く…早く……と目で急かす魔導師団長に頬をひきつらせつつも、再度口を開いた。

「宮廷魔導師団の魔道具部にて、魔道具製作の基礎を学びたいです」

「良かろう。では本日より等級なしの宮廷魔導師の資格を与える。正式な採用ではないが、仮の団員証を発行し王宮への出入りができるよう取り計らおう。我が宮廷魔導師団にとっても良い刺激になるだろう」

 悟られぬよう表情をつくっているが、長年の付き合い故に微苦笑を浮かべているのが分かる。うちの魔導師団長がすまんと言いたげだ。いやもう本当に身内がすみません。
 あ、誤解のないように言っておくけど、強制したんじゃないよ。

「私からのお願いは教会への寄付金を増額して頂きたいです」

「ああ、可能な限り援助しよう」

 僅かに沈痛な面持ちを見せる陛下だが、すぐに何事もなかったように表情を引き締める。
 ……“混沌の悪夢”は陛下のせいではないのに、未だに責任を感じているんだよね。
 教会含め、事件の影響が根強く残っているから尚更。
 事件の影響が完全になくなるまでまだまだ時間がかかりそうだ。

「白金級冒険者になるための推薦状が欲しいです」

 ギルくんの声で聞き慣れない丁寧な言葉遣いに違和感ありまくりだ。
 陛下はわざとらしく不敵に笑う。

「ほう?前々から推薦状の打診はしていたがずっと断っていたろう。どんな心境の変化だ?」

「名実ともに隣に立ちたいやつがいます。だから、背負う覚悟を決めました」

「ふむ。その覚悟、しかと見せてもらおう。すぐに手配する」

 隣に立ちたいってのは自惚れではなく僕のことだよね。そんなふうに思ってくれてたなんてちょっと感激。
 ギルくんに恥じないよう、僕も精進しないとね!

「まだ見ぬ外国の魔石が欲しいです!」

 立派な目標を掲げる皆の後にこんなお願いするのも気が引けたけど、欲しいものがそれしかないから仕方ないよね。うん、仕方ない。
 なので陛下、宰相、魔導師団長。そんな残念な生き物を見る目をしないで下さい。

「…………………うむ。手配しよう」

 すっごい間が空いた。
 ブレないなお前と言いたげに小さく息を吐き、渋々と了承する陛下。
 わーい!外国にしかいない魔物の魔石ゲットー!

 ティアナさん達含め微妙な空気のまま国王陛下への謁見は幕を閉じた。

「き……緊張したぁ~……」

 謁見の間から退出後、魔導師棟へと続く渡り廊下を歩いて程なくしてメルフィさんが強張っていた肩から力を抜いた。
 ティアナさんも疲労が押し寄せた顔で何度も頷く。

「ほんっとにね。王宮に足を踏み入れるだけでも緊張するけど、それ以上に国王陛下に謁見なんて胃痛案件だわ……」

 その感覚は理解できないなぁ。なにせ物心つく前から1日の大半を王宮で過ごしてたもの。
 陛下が即位する前から交流もあって、国で一番偉い人って理解してるのに緊張感が空の彼方へ飛んでいってるよ。むしろ重鎮の方々に取り囲まれてる状況の方が緊張する。

「ティアナさんは魔導師棟に寄ってくんだよね?道順分かる?良ければ案内するよ」

「平気よ。覚えやすい構造だし。防犯面が心配なくらいにね」

「そこは大丈夫でしょ。色々と興味深い仕掛けが山とあるし」

 流石メルフィさん。鋭い。
 ここの敷地は特殊で、魔導師棟と騎士棟と文官棟と王宮が渡り廊下で繋がっており、その4つの建物を囲うように今は使われていない後宮や使用人の寮、厩舎などが点在している。
 割と単純な見取り図だが当然何の仕掛けもない訳がなく、不審者等が侵入した場合にその真価を発揮するのだ。
 ソフィアさんが禍津結晶を取り戻そうとして失敗に終わったのもこの渡り廊下の仕掛けのせいだったりする。

「ティアナ、私先に帰ってるねぇ」

「あら?治療院に行かなくていいの?」

「もちろん行くよぉ。下の子達が心配だからちょっと寄り道するだけ」

「ギルド行くついでだ。送ってやる」

「白金級の冒険者が護衛だなんて贅沢~」

「まだなってねぇ」

 皆の会話を聞いて口元が自然と緩む。
 知り合ったばかりの頃とは全然違う、和気藹々としたこの雰囲気が当たり前になってきたのが嬉しくて。

 途中の十字路に差し掛かり、右手側の文官棟から人影が覗く。その人物を認識した途端に幸せ気分も吹き飛んだ。
 一目で貴族だと分かる上質な衣服に身を包んだ、首筋に残る古い傷跡が特徴的な巌のような男の人。
 老齢に差し掛かったのがありありと分かる白髪混じりの錆色の短髪を揺らしながら琥珀色の瞳をぎょろりと動かし、研ぎ澄ませた刃の如き鋭い視線がこちらを射貫く。
 僕らは端に寄って深く頭を下げた。
 小気味良い靴音が僕らの前を通り過ぎる。

「溝鼠が。あまり調子に乗るなよ」

 憎々しげに低く呟きを残して。
 文官の証である羽ペンがモチーフのバッジを煌めかせながら去っていく彼の姿が見えなくなってから頭を上げる。

「何あれ。感じ悪っ」

「典型的なお貴族サマだねぇ。平民が評価されるのが気に食わないのかな?」

 嫌な奴に遭遇したとばかりに顔をしかめる2人だが、あの人の言葉の刃は僕ら全員に対してではない。
 僕個人に斬り込まれたのだ。

「気にしないでいいよ。いつもあんな感じだし」

 あの手の貴族とも鉢合わせする可能性を考えてかティアナさんの表情は明るくない。
 あの暴言は気にしなくていいと再度伝えようとしたそのとき、背後から声をかけられた。

「リオン!良かった、まだいたか」

 小走りで僕らに追い付いたのはランバルトおじさんだった。
 僕の顔を見て異変に気付き「何かあったのか?」と訊ねてくれる。

「大したことじゃないよ。それより、ありがとう。我が儘を通させてもらって」

「血判契約をなしにしろって話か?代わりに口止め料払ったろうが」

 実は陛下の褒美は口止め料の意味も含まれている。
 僕の本来の髪と瞳の色は国家機密に該当する。事情を知る国の上層部は血判契約を交わせと指示してきた。
 それを撤回してもらったのは単なる僕の我が儘。枷なんていらない。皆を信じてるから。

「それはそうと、どうしたの?僕に用事?」

「ああ。お前らにな」

 僕じゃなく僕達に?
 内心首を傾げる僕達に告げられたのは衝撃の一言だった。

「ソフィア・メーガンが自害した」



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