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02. 旅人と宴会

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「エリー嬢! これ旨いぜ! たんと食えよー」

「おうエリーちゃん、この肉もうめぇから食ってみな! 酒にぴったりだぜぇ!」

「おい馬鹿!未成年だったらどうすんだよ!」

「エリーさん、ごめんね。こんなうるさい人の相手させちゃって……」

「誰がうるせぇだ、あぁ!?表出ろや!!」

「ほらそうやってすぐ熱くなるー!そんなだからモテないんですよ!」

「今それ関係ねぇだろが!!」

 わいわいわいわい。
 がやがやがやがや。

 目の前にはどんちゃん騒ぎするガタイのいい兵士達。
 飲めや食えやとフレンドリーに絡んでくるオッサンどもとやんわり謝ってくる若手兵士。

 ……嗚呼。
 何故こうなった。


 ――――――――――――――


 がおーっと現れた熊の魔物をさくっと討伐した後、私は兵士とロイド王子に後処理丸投げでさっさか退散しようとした。
 が、しかし。

「「「うおおおおおおお!!!」」」

 一部始終を目撃した兵士達が何故か一斉に雄叫びを上げた。

 びっ……くりしたぁ!いきなり何!?

 困惑して後ずさった直後、身体を襲う浮遊感。
 いつの間にやら兵士達に囲まれており、わっしょいわっしょいと胴上げされていた。

 え、ちょ、なんなのあんたら!?
 青い熊倒しただけでそんなテンション上がんの!?
 お前ら兵士だろ!たかだか魔物一匹仕留めた程度でそんなお祭り騒ぎすんじゃねぇよ!!

「数人がかりでならBランクの魔物は討伐できるよ。けど一人で討伐できる人間はこの国じゃ兄上だけ。そんなやつを討伐、しかも瞬殺したんだ。そりゃ興奮もするよ」

 ロイド・フォルスの説明でなんとなしに理解した。
 したのだが、やはり違和感が拭えない。

 この国の周辺は平原が広がっている。魔物が蔓延る平原が。
 少なからず出入りしている者もいるはずだ。兵士なんて国境を警備したり周辺の魔物を狩ったり他国ともなんやかんやあるだろうからその筆頭だろう。
 魔物を討伐するなんて日常茶飯事なごくごく当たり前のことをしただけでここまで興奮するのはちょっとおかしいんじゃね?

 だってこの程度の魔物なんざその辺にごろごろいるぞ?
 ランクなんてAもBもCも対して変わらんだろ。なんでこんなに馬鹿みたいに騒げるんだ?

 残念ながら私の心の問い掛けにロイド・フォルスは答えてはくれなかった。
 いや正確には奴が口を開くより先に兵士共に拉致られたのだ。
 胴上げされながら運ばれるなんてまぁ新鮮。

「ロイド殿下!こりゃ宴会しねぇとですぜ!」

「そうっすよ!誰一人死傷者を出さなかったんすから!」

 フレンドリーだなぁ。一応王子だぞ。

「いいね」

「殿下の許可が出たぞー!宴だーーー!!」

 おいロイド・フォルス!いいねじゃねぇ!!
 あ、よく見たら肩震わせて片手で口覆ってる。
 笑ってやがる……!こいつ性格悪いだろ絶対!
 つーか魔物の後処理は!?まず先にやることやれや!!

 私の心の叫びも虚しく、あれよあれよと言う間に連れていかれたのはご立派な造りの兵舎だった。
 一切装飾類が見当たらないので王宮のようなきらびやかさは皆無だが、どこか荘厳な雰囲気を放つそこへえっさほいさと運ばれる私。
 やがて皆が立ち止まり、ようやく降ろされた場所をじっくり観察してみればそこはどうやら兵士達の修練場らしい。

 道中ジェスチャーで降ろしてくれと伝えたが通じなかった。
 もう何度も何度もしつこいくらい伝えたのに全く通じてくれなかった。
 ふっ、この国でジェスチャーは意思疎通法として論外だと分かった瞬間だったぜ……

 かくなる上は筆談で……!と思ったときにはすでに兵舎の前で降ろされてしまったのだ。解せぬ。
 尚、ここまでずっと胴上げ状態でしたが何か?


 そして冒頭に戻り宴会と化した兵舎の修練場にて。
 一応主役である私はというと隅っこでもそもそと食事を堪能していた。出されたもんは遠慮なく貰うぜ。

「エリーさん旅人だよね?この国に移住する気はないの?」

 私の隣に座る若手兵士の質問に首を振ってペンを走らせる。
 私が喋れないことは予めロイド・フォルスが説明済み。

『世界を見たい』

 テキトーにそれっぽい理由をデカい字で書き記したものを見せれば若手兵士は「そっかー残念」と軽く笑った。
 全然残念そうに見えない少年のような爽やか笑顔頂戴しました。
 よし、これからこいつのことは爽快少年と呼ぼう。

 爽快少年がにこやかに話を振って私が筆談で応じる、という他愛ないやりとりをしていると、突如背中にのし掛かる何か。
 うっ、重い。
 ぐりんっと顔をそちらに向けると、先程酒がどうのと宣のたまっていたおっさん兵士が真っ赤に顔を染め上げて酒瓶片手に背後から抱き着いていた。それもへばりつくように。

「エリーちゃぁん聞いてくれよぉ~!こないだ彼女にフラれちまったんだよぉ!せっかく勇気出して告白したってのによぉ!昔っからそうなんだよなぁ~……いっつも俺がフラれる側。なんでなんだよぉ~!しかも皆告白した直後逃げるし!」

 べろんべろんに酔っ払って恋愛相談された。

 酒癖が悪いからフラれたんじゃね?
 まぁ理由はそれだけじゃないと思うけど。
 頭皮がつるんつるんで眼帯つけたガタイのいい兵士なんて普通怖がられて逃げられるのがオチだもんな。しかも精悍な顔立ちだし。
 文句ならハゲ散らかした自分に言え。

「先輩!エリーさん困ってるでしょ! ほら抱きつかない!」

「ゴラァ!リックぅ!離せやぁ!!」

「いつも言ってるでしょ先輩、他人様に迷惑かけないで下さい!」

 背後にへばりつくツルッパゲオッサンの首根っこ引っ掴んで私から引き離した爽快少年。 慣れた手付きだな。
 もしやオッサンが酒に呑まれる度にこいつが尻拭いしてんのか?
 お人好しだな。そんでオッサンは飲酒を控えろ。

 ぎゃあぎゃあ言い争っているオッサンと爽快少年を横目に、周りの兵士達を観察する。
 酒をかっくらってへべれけになってるやつもちょいちょいいるけど、皆本当に嬉しそうに顔を綻ばせている。時折こちらに感謝と尊敬の混じった眼差しを向けながら。

 なんだかなー……
 さっきも思ったけど、たかがBランクの魔物倒したくらいでそんな目ぇされてもこっちは嬉しくもなんともないんですけどー。
 むしろ戸惑いが大きいわー。

 こちとら旅の道中にSランクとかSSランクとかの魔物と遭遇してんのよ?
 華麗にバトっちゃってんのよ?
 そいつらの方が化け物級なのよ?
 なのにBランクごときでそんなテンション上がんの?
 意味が分からん。

「本当、この国も堕ちるとこまで堕ちたもんだよ」

 頭の中にハテナをいくつも浮かべている私の耳に、諦め混じりに紡がれた言葉がするりと入ってきた。
 声の出所を探る間もなく別の声がそれを制する。

「おい!ロイド殿下もいらっしゃるんだぞ!」

「いーんだよ。どうせ隠しても心ん中読まれちゃ元も子もないんだから」

 それらの声はロイド・フォルスが座っているところから聞こえてきた。

 なんつーか、この国は身分の差を越えて気安い関係を築いてるように見える。もちろん良い意味で。
 パッと見た感じとても一兵士とは思えないほど上品な振る舞いをしてる者もいたし、貴族の次男三男坊もいそう。
 でも王子であるロイド・フォルスに恐縮してる様子はない。

「構わないよ。続けて」

「ロイド殿下がそう仰るなら……」

 王子本人に先を促されては意見を押し通すこともできず、渋々ながらも口を閉じる長髪中年兵士。
 すぐ隣にいるウルフヘアーの若作り兵士が再び口を開いた。

「現国王が即位してからというもの、国内は荒れに荒れまくってる。とんだ愚王だよなぁ。アイザック国との和平条約蹴ったせいで戦争の臭いがプンプンするし、そんな空気お構い無しで外遊に行っちまうし。しかも帝国の防波堤とも言うべきブラッド殿下まで連れてっちまってよぉ!帝国騎士団もほっとんどいやしねぇ!ったく、自国滅ぼす気かよぉ!」

 おーおー不満タラタラですなぁ。
 いつの時代にも手の施しようがないくらい駄目駄目な愚王っているんだねー。
 そういうふうに育てた周りの環境のせいだろうよ。
 少年時代に甘やかされて育ったに違いない。
 いや待てよ?もしや逆にめっちゃ厳し~く育てられたが故の反動かい?
 どっちにしろ矯正しなかった周りのせいじゃ。
 私にゃ関係ねぇか。考えんのやーめよ。

 すっと静かに立ち上がり、床に座る兵士達の合間をぬって出窓の外へと乗り出す。
 そのまま器用にひょいひょいっと屋上へ上る。

「あれ?エリーさん?ぇ、あれっ!?」

 私がいなくなったことに気付いた爽快少年の戸惑った声を聞きながら屋上に寝転がる。
 ふっふっふ。私の隠密スキルを舐めるなよ?
 気配を殺した私を見つけるのはなかなかに至難の技だぜ?

 んんん~!石床最高!
 でも清潔さを保ってるせいか土の匂いがあんましないな。汗水垂らす兵士達の兵舎のくせに。
 減点20点!

 美しい宝石が散りばめられた夜空をぼんやりと眺めながら今後のことを考える。
 とりあえず明日は採取の仕事探すとして、もしなかったら魔物討伐だな。

 楽に稼ぐならやっぱ高ランクの依頼だよなー。
 この国から西に進んだ平原に氷でできた花があったはず。真っ赤な氷の。名前忘れたけどたしか触れた者の血を吸い取って養分にするとかそんな感じのやつ。吸血鬼かよ。
 あの花の採取依頼が一本5000ゴールド。
 今夜泊まるはずだった宿屋の代金の約三分の一。
 儲けもんやな。

 あれちょっと待てよ?その依頼って西の平原から少し進んだ先にあるアース国がごっそり持ってってるよな?
 うわーマジかーこの国にそんな美味しい話はないかー。

 じゃあ東の森に咲く緑色の風船花はどうだ?
 かなり効き目のある薬の原材料だし、一本1500ゴールドと氷の花より金額低いけどいっぱい採取すれば儲けもんだ。
 あ、でもその依頼この国に来る前に片っ端から片付けちゃったわ。
 私の馬鹿野郎ぉ!!

 他にがっぽり稼げそうな採取の依頼なんてここら辺にゃなかったはずだし、ちまちま稼ぐのもめんどいから却下。
 つー事はだ、必然的に魔物討伐せにゃならん訳だ。

 採取と違って魔物討伐なら低いランクでもそこそこ稼げる。
 そりゃ民を脅かす連中を殲滅すんのに稼げないなんてことがありゃギルドの冒険者共が反乱起こすわな。
 もしくは別の国にお引っ越しするか。
 どっちにしろ国の戦力がた落ち。じゃあ金出すから討伐して下せぇ!って下手に出るのも頷けるってもんよ。

 こっちも低ランクの魔物ちまちま討伐するの面倒だなー。
 けど高ランクの魔物だと国からちょっと離れるんだよなー。
 がっぽり稼げて近場で済ませれる、そんな都合のいい依頼があればいいんだけど望み薄かなー。

「宴会の主役がこんなところで油売ってていいのかい?」

 突然降りかかった声。
 それと同時に寝転がる私を上から見下ろす麗しいお顔。
 今日だけで何度見せれば気が済むんだと思いたくなるロイド王子の無駄に整った美しいお顔が……って近い!!

 ゴッッ!!と勢いよく頭と頭がコンニチハ。

 そら目の前に人の顔があんのに起き上がったらぶつかるに決まっとるわ。
 おでこを押さえて踞る私とロイド・フォルス。

 おーいてて……ったく、ロイド・フォルスがいきなり高レベルな顔面偏差値ぶつけてくるから……

「……っつ、なかなかに強烈だったよ、暴力女。それと人のせいにしないでね」

 野生児の次は暴力女かい。口悪い王子様やな。

 つーか百パーあんたのせいだろ。普通の女なら一目惚れしそうな綺麗な顔で迫ってきやがって心臓に悪い。
 まぁ私の好みは無精髭が似合うダンディーな色男だから王子のフェロモンに惑わされたりしないけど。

 枯れ専か……と呟きながら隣に腰掛けたロイド・フォルスの頭をひっぱたきつつ本題を引っ張り出した。

 わざわざこんな大袈裟な宴会を開いてまで私を引き留めたのは、それなりの理由があんでしょ。

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