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魔女の誤算2

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身体が痛い。あつくて痛い。そして、身体が重い。自分の身体なのに、自由に動かすことができないのがもどかしい。

けれど。

(起きなければ)

そう思い、渾身の力をこめて身をおこす。そうして重いまぶたをゆっくりあけて回りを見わたす。その動作は、ひどく緩慢かんまんなものだった。

「アリア!気がついた?」

私は王子のベッドの上にいた。ベッドの近くに机を置いて書き物をしていた王子が私に気づき、ベッドの脇にやってくる。そして、私の額に王子の手のひらを当てる。

「まだ熱があるね。何か欲しいものはある?」

「私は…倒れたのか?」

「そうだよ。ボクの呪いをアリアに移したとたん、バッタリ倒れちゃったんだ。ビックリしたよ」

「そうか。迷惑をかけたな」

おおむね状況は理解した。その事実は、私にとって受け入れがたいものではあるが。

ーー呪いの力に負けたのだーー

私の身体は呪いの大きさに勝てず、オーバーヒートし、機能不全になった。そして、倒れたのだ。

「私はどれくらい寝ていただろうか?」

なんとも情けないことだが、倒れてからどれだけ時間が経ったのか分からない。数分か、数時間か。今は昼間のようだから、あまり長くはないだろう。

「3日だよ」

「!…まさか⁉︎そんな、冗談だろう?」

「冗談じゃないよ。アリアがボクの呪いを引き受けて倒れてから、今日で3日目だ」

「私はここで3日も阿呆あほうのように寝ていたのか⁉︎」

信じられない事実に、他人に動揺を悟られるわけにはいかないのに、知らず声が震える。

他人のーーしかも、人間の前で無防備に3日も寝ていたことは、魔女としての私の矜恃きょうじをひどく傷つけた。軽くパニックになる。

とにかくここを離れたいと、私は王子に礼も言わず逃げるようにこの場を去ろうとした。

去ろうとして転移の魔法を発動しようとしたのに。

「どういうことだ⁉︎」

転移ができない。

「アリア。大丈夫?」

心配そうに王子が声をかけてくる。

「ーなわけないだろうっ!転移がっ…転移ができないんだぞっ…!」

なぜ。どうして。

相手が子どもだということも忘れて王子に当たってしまう。

「アリア。とりあえず落ちつこう?」

呆然ぼうぜんとする私を王子はソファに案内する。

「なぜだ…どうして…どうなってる…?」

ブツブツと、なぜどうしてをくり返す。

「アリア。落ちついて。お茶を入れたから、飲んで?」

「これが、落ちついていられるか⁉︎魔法が使えないんだぞ!魔法…魔法が!…」

どうして落ちついていることができよう?

魔女にとって魔法は自分の一部である。

生まれたときから共にあるもの。自分に根づく魔法は意識することなく、自然に使うことができた。魔法によっては、訓練しないと使えないものや、訓練しても使えないものも多々あるが、魔法は魔女の一部なのだ。それが、急に使えなくなる不安。自分自身が根こそぎ揺らぐような恐ろしさ。

「大丈夫だよ。アリア。アリアの魔法は失われたわけじゃない」

「何を…お前に魔法の何がわかるんだっ!」

思わず口調が悪くなる。落ちついた様子の王子に腹が立つ。何も分かってないくせに。私の10分の1どころが、100分の1をちょっと越えただけの、ヒヨッコのくせに。

「わかるよ。アリアのために死ぬほど勉強したから」

震える私の両手をしっかり握り、真剣な目で私を見つめて王子は言った。

「大丈夫。アリアの力は無くなってなんかないよ。落ちついて、身体の中の力の流れを感じるんだ。お茶を飲みながら、その流れを追うといいよ」

やってごらん。

そう言ってティーカップを私に手渡す。

信じられない思いだったが、私はお茶をひと口飲んだ。温かいものが、私の口に喉に食道に胃にじんわりと伝わっていく。その温かな感覚をゆっくりとなぞっていく。じきに、ひたひたと身体の中を巡る自分の力を感じた。

「…あ…」

「ほら。ね?大丈夫」

フフフと笑って王子が優しく私の頭をなでた。不覚にも私はその仕草にひどく安心してしまった。
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