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第59話:切り札は常に私達のところに来る

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 午後の眠たい授業をなんとか乗り切り、普段であれば終礼までに空いた僅かな時間をみな思い思いに過ごすのだが、この日は教壇に委員長の菅波さんが立って急遽会議が始まった。

 議題は当然、文化祭での行う喫茶店の話だ。彼女の隣にはなぜか仏頂面の悠岐がいる。そしてなぜか俺にジト目を向けている。

「諸君! 来る文化祭に向けて我々は準備を進めているが……ここに来て最高の切り札を手に入れたことをお伝えしようと思う!」

 不利な状況をひっくり返す妙案を思いついた作戦参謀のような仰々しい演説口調だが、なぜかクラスは拳を掲げて雄叫びを上げている。俺のいなかった昼休みに何が起きたというのだろうか。寺崎さんに事情を聴きたいところではあるが、彼女もどこか恍惚とした表情を浮かべていて正直怖い。

「我らが1年2組の……いや、この明秀高校のヒーローの一人である坂本悠岐君にはお姫様要素があることは重々承知のことだと思うが―――」

 なにそれ俺は初めて聞いた情報なんだけど、と思っていたのだがどうやら悠岐にお姫様要素があることは周知の事実のようで、クラスメイトは異論なしと頷いている。このクラスは一体どうなっているんだ。

「そこで! 私たちは昼休みという貴重な時間を使い、兼ねてより・・・・・計画していた坂本君メイド化計画を実行に移した! その結果がこれだぁっ!!」

 バシンッ、と黒板に一枚のカラー写真を貼り付けた。それが落ちないように俊敏な動作で磁石を付けて止めたのは諸岡と梅村の二人。いつの間に委員長の隣に待機していたんだ、あいつら。これではまるで委員長を守る近衛騎士ではないか。

 そして委員長がしたり顔をしている要因。文化祭の売り上げトップに立つための自信の源となっているその写真に映し出されていたのは悠岐に似ているとても可愛い女の子だった。

 着させられている服は丈の長い、ワンピースタイプのクラシカルなメイド服。ウィッグも付けて軽く化粧もしているので最早美少女にしか見えない。わずかに潤んだ瞳の破壊力も抜群だ。これは男女関係なく庇護欲を大いに刺激することだろう。

「坂本君がこの姿で接客をすれば……我らの勝ちは揺るがない! そう、明秀高校二大美女の牙城を崩すのは我が美少年だ! 諸君。この勝負……勝ちに行くぞ!!」

「「おおぉぉぉぉぉぉ!!」」

 なんなんだこの一体感は。というか、そもそもあの写真はいつ印刷したんだ。

「あの写真を印刷したのは僕だよ。さすが、業務用プリンター。家で刷るより早いしきれいに仕上がるね!」

「……白鳥先生。というかあれ、職員室のプリンターで印刷したんですか? それ、職権乱用じゃないんですか?」

「いいの、いいの。その辺みんなおおらかだし、なによりあの坂本君の写真を観たら誰も文句は言わなかったよ。うん、彼は男の娘だったんだね。素晴らしい」

 ダメだ。この担任はこういう人だった。

 いつの間にか後ろのドアから教室にこっそり入って来て、俺に真相を話してくれたのは担任の白鳥渉しらとりわたる先生だ。三十路前で可もなく不可もなくの容姿の男性教師で彼女は絶賛募集中。専任科目は日本史でしゃべりが上手いので生徒からの評判はまずまず。ただ如何せん頭の中はサブカルで満たされている。

「そして、この美少年少女の坂本君ちゃんからどうしても話したいことがあるというのでこの場設けさせていただきました。白鳥先生、ご協力ありがとうございます。では坂本君ちゃん、どうぞ」

「その呼び方はどうにかならないのか? なんだよ君ちゃんって……」

 ぶつぶつと文句を言いながら委員長と入れ替わりで教壇に立つ悠岐。その顔からは死地へと向かうことを決意した兵士のような悲壮感が見て取れた。

「僕がこの恥ずかしい格好をするということについて……一つ、ある条件がある。それをここで言わせてもらおうと思う」

 ス……ハ……と一度と大きく深呼吸してから、悠岐は俺を指差してこう言った。

「晴斗ぉ! 僕がメイドをするならお前にはご主人様になってもらうからぁ! もしそれを断るなら僕はこんな格好しないからな!」

「…………お前、正気か?」

「うるさぁ―――い!! 正気じゃないからこんなこと言っているんだよ! 僕だけが地獄を見るなんて許さない! お前も道連れだぁ!」

 涙目になりながら声を張り上げる悠岐。それにつられてクラスメイト全員の視線が一斉に俺に向けられる。委員長はニヤニヤと笑っているのが無性に頭に来た。全部あの女が仕組んだことか。

「さぁ! どうするの今宮君!? あなたの大切な人からの必死のお願いを、まさか断る、なんてことはしないでしょうね?」

「そうだぞ、今宮! 坂本のお願いをお前は断るのか!? そんな薄情な奴じゃないだろう!?」

「甘んじて、坂本のご主人様になれ、今宮」

 なるほど、諸岡と梅村も委員長の共犯か。全ては悠岐に女装させるため。さらに俺にご主人様役をやらせることで、この夏を賑わせた俺達を目玉に客引きとして利用する腹積もりだ。

「頼むよぉ……晴斗。僕を一人にしないでくれ……」

 ここで言うには全く相応しくない台詞を悠岐は半分泣きながら掠れた声で言うものだから女子生徒たちが黄色い声援を飛ばした。男子たちの視線に憎き仇を観るような感情が込められ始める。

 俺の逃げ場は、どこにもなかった。
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