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第36話:油断せずにいこう

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 順調に回は進み、現在俺の5イニング目。先頭バッターは4番の下水流さんだ。最初の打席はカットボールを詰まらせてサードゴロに抑えた。さて、この打席はどう抑えるか。

「どうする、晴斗? この回も打たせて取るピッチングにするか? それともそろそろギアを入れ替えるか?」

 マウンドで日下部先輩とこの回の打ち合わせを行う。ここまで要した球数は45球と非常に少なく来ている。日も大分落ちてきて暑さも和らいだことで9回まで投げ切ることが出来る可能性がある。そのために再び4番から始まるこの回は大切だ。

「なんだかんだ、得点は初回の2点だけだからな。露骨に悠岐との勝負を避けるから中々次の一本が出ない。流れがうちに来ているとは言えないな」

「……そうですね。ならこの回は、ビシッと締めますか」

「そうだな。きっちり完璧に抑えて、攻撃につなげるか!」

 方針は決まった。この回は八割・・の力を使って抑えて、改めて試合の流れを明秀に引き寄せる。そのためには圧巻の投球が求められる。

 スゥウ―――と息を吸ってゆっくりと吐き出す。視線の先には借りを返すと言わんばかりの鬼気迫る表情を浮かべている下水流さんがいた。


『さぁ5回の表、敦賀清和高校の攻撃は4番から始まります! ここまで明秀のピッチャー、今宮君の前に完全に抑えられているので、そろそろ反撃に出たいところですね!』

『そうですね。球数も4回を投げて45球と非常に少なく来ています。前回登板とはまるで別人のように、丁寧にコースをついて打たせて取るピッチング。守備もよく足が動いていてエラーがないのも素晴らしい』

『そうなんです! ここまでの今宮君は球数45球、奪った三振はなんと初回の一つだけ。あとは凡打の山を築いているのです。それでいて被安打0、与四球0とまさにパーフェクトに敦賀清和打線を抑えています! 果たしてこのまま行ってしまうのか!? 注目の5回です!』


 初球。この試合初めて力を込めて投げ込むボールはやはりストレート。コースは原点のアウトコース低め。だがコースに意識は割き過ぎないようにして、今はしっかりと力を込めて腕を振り、日下部先輩のミット目掛けて投げ込むことに集中する。

 ズバンッ―――と乾いた音が響き渡る。少しずれたが外角に決まった直球はしっかりと審判の枠に収まっているはずだ。

「ストラ―――イク!」

 これでSのマークの横にある黄色のライトが一つ点灯する。灯すライトはあと二つ。


『おぉっと! ここで今宮君、本日最速の145キロのストレートです! やはりここは勝負所とみたのでしょうか?』

『どうですかね……打たせて取るピッチングから一転して力を込めて投げていますが、この場面ではその必要は感じませんが。まぁ前の回もチャンスを作りながら得点できませんでしたから、流れを渡さないということでしょうかね?』

『なるほど……あの、今宮君、本当に一年生ですか?』



 などと実況が話しているとは露知らず。

 二球目に選んだボールはカーブ。真ん中高めから大きくブレーキの効いた変化で外角に曲がり落ちていく。ストレートの後ということで我慢できなかったのか身体を泳がせながらのスイングでバットには当たったもののファールゾーンにコロコロと転がった。むしろあの体勢でよく当てたものだ。

 これで黄色が2つ。追い込んだ。球数を抑えて回を重ねていくには三球勝負が鉄則。だがなぜか他のチームの捕手は追い込んだ後に大きく外す傾向がある。俺にはそれが理解できないのだが。
 
 そんなどうでもいいことを考えて。次に投げるボールのサインを日下部先輩が提示した。

 ここまでこの人のサインに一度をも首を振らずに投げてきたが、まさかこの場面でこれを提示してくるとは。だが、完璧に抑えるという目的を達するためには、このボールほど相応しいものはない。

 俺はうなずき、投球モーションへと入る。ぐっと腰を落として何が何でも打ち返すのだという気迫を表情に刻む下水流さん。そのやる気と打ち気を逆手に取らせてもらう。

 白球が向かうのは真ん中。ツーシームの場合はシュート回転しているため打ちやすいホームランボールであり、フォーシームであってもさすがにこの甘いコースなら痛打されることだろう。当然、下水流さんは腰を捻り、スイングの体勢に移行する。

 だがこれはストレート系統のボールだった場合の話。

 この試合では初めて、この大会を通じてもまだ二度目となる決め球のスプリットだった場合、下水流さんのバットが虚しく空を切るのは必然。


『三球三振―――!! ここで今宮君が投じたのはスプリット! 一回戦の大阪桐陽の北條君を仕留めたのと同じボールでした! さすがの下水流君も手が出てしまいましたね』

『今日初めて投げましたね。明秀バッテリーはこのスプリットはここぞ・・・という場面で使ってきますね。しかし塁上にランナーがいる場合はどうなのか、気になるところですね』

『そうですね! ここまで一人のランナーも出していない完璧な投球を披露している今宮君。この快投はいつまで続くのでしょうか!?』


 無事三つ目のSランプを灯し、それがリセット代わりに赤い灯が一つ点いた。

「ワンアウト! ワンアウト! 締まっていくぞ―――!」

 日下部先輩からの返球を受け取りながら俺も人差し指を一本立てる。

 それにしても、大阪桐陽の北條さんにしか投げていなかったスプリットをここで要求してくるとは思わなかった。わざわざ必殺の決め球をまだ5回で使う必要も、ましてや二回戦で使う必要もない。いずれ対戦するであろうセンバツ優勝校との試合まで軌道はあまり見せたくないというのが本音だが、

「まぁ……信頼する先輩キャッチャーの要求には応えないとな」

 俺は身体の力を抜くように肩を上下させてからもう一度深呼吸をする。さて、ここからまた切り替えていこう。5番、6番も桐陽高校の選手と比べると線は細いが、前の打席では鋭いスイングをしていた。少しでも甘くなれば―――油断せずに行こう。
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