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第30話:食べさせ合いと未遂事件

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 逃げるようにジュエリーショップを退散した俺と早紀さんは周知に顔を染めながら、とりあえず落ち着ける場所であるフードコートのテーブル席に座った。

「晴斗君のバカ……晴斗君のバカ……」

「……早紀さん。いい加減にそれ、止めてくれませんか?」

「やだ。公共の場であんな風に私を辱めた晴斗君が悪いんだもん」

「だもん、って。早紀さん何歳ですか……」

 俺は未だにふん、と顔をそむけて拗ねている早紀さんに若干あきれて苦笑いしつつ、両手に持ったクレープの一つを彼女に差し出した。

「はい、これでも食べて機嫌直してください」

「……ありがと」

 早紀さんに買ってきたクレープは皮がもっちりしており、そこにふんだんに盛られた生カスタードクリームにいちごがトッピングされたシンプルであるがボリュームのある一品だ。ちなみに俺はいちごではなくバナナ。クレープと言ったらチョコバナナ派だ。異論は認めない。

「うん、美味しい」

「そうですか。それはよかったです。うん、皮がもっちりしていて美味しいですね。クリームもちょうどいい甘さですね」

「いちごも甘くて美味しいよ。晴斗君はチョコバナナなんだよね? フフッ、ねぇ晴斗君。食べさせ合いっこしようか?」

 段々早紀さんのことがわかってきた気がする。俺のことをからかったりする時やドキッとさせるような台詞をする前に必ず笑うのだ。わかったところで早紀さんのような美人な女性に言われて照れない程、俺は女性慣れしてないのだが。

「いいですね。俺もいちご食べたかったんですよね。はい、早紀さんからどうぞ。あ―――ん?」

 こういう時は先手必勝、電撃作戦こそが最良だ。自分のクレープを早紀さんの目の前に差し出した。うぅ、と唸りながら頬を引き攣らせる早紀さん。だが自分から言い出した手前、断ることはできないと観念したのか、半ば開きなって可愛く「えぃ」と言いながらかじりついた。その一口は、意外に大きかった。

「―――うん、やっぱりチョコバナナは美味しいね! それじゃぁ次は……晴斗君の番だね? はい、あ―――ん?」

「…………やらないとダメですか?」

「だめで―――す。私ばっかり恥ずかしがらせるのは許しません! だから、諦めて、ね?」

 ずいっとイチゴクレープを俺に前に近づけてくる。その顔はほんのり赤く、期待を込めた眼差しと笑みを浮かべている。どうやら俺に拒否権はないようだ。諦めて、早紀さんのクレープをぱくりと食べた。カスタードの甘さとイチゴの酸味が口の中で絶妙にまじりあって溶けていく。これは、美味しい。

「―――美味しいです」

「フフッ。それはよかった。あっ、口元にクリームついてるよ?」

 止める前に早紀さんに口元についたそれを早紀さんに指で掬われて、ペロリと舐められてしまった。うん、さっきのあ―んより数倍恥ずかしかった。今度は俺がそっぽを向く番だった。それを見てクスクスと笑う早紀さん。

「フフッ。照れてる晴斗君も可愛いね。ねぇ、またクリームつけてよ。また掬って、今度は舐めさせてあげるよ?」

「……早紀さん、それ以上はダメです」

「ん―――? なんでダメなのかぁ? 理由、お姉さん知りたいなぁ?」

「……いじわるですね、本当に。さっきの仕返しですか?」

「さぁて、どうでしょう? でも、晴斗君がよければいつでも―――」

 早紀さんがクレープではなく、身を乗り出して顔を近づけてきた。周囲の喧騒が音をなくし、ここには俺と早紀さんしかいない特別な空間になったように錯覚する。そして、俺が少し顔を近づければ唇が触れ合う距離になった時―――

「それ以上はダメだぁあああ――――!!」

 親友の悲鳴にも似た声が聞こえた。俺はハッとして振り返ると、そこには顔を真っ赤にしながらも唸り声を上げている悠岐がいた。その隣にはスマホ片手に苦笑いを浮かべた日下部先輩もいる。そういえばこの二人、ミッション中だったな。

「晴斗! お前、こんな人前でなにイチャついているんだ!? そ、そんなことは僕の目が黒いうちはゆ、許さないぞ!」

「いや、なんでお前の許可がいるんだよ……悪いな、晴斗。必死に抑え込んでいたんだが、さすがに無理だったわ」

「日下部さん! どうして邪魔するんですか!? 離してください! そうでないと晴斗を守れないじゃないですか!」

 お前は俺の護衛か何かか、と突っ込みたくなるがここは親友の突然の登場に俺は素直に感謝した。悠岐が来なかったら多分俺はこのまま早紀さんと―――

「あっ! 君はもしかして昨日の試合で二本のホームランを打った坂本君? うわぁ―こんな可愛い子だったんだぁ。そうかそうか……フフッ。君は晴斗君が大好きなんだね?私に獲られると思った?」

「んん!? あ、あぁそうだ! 僕が晴斗の一番の親友で理解者の坂本悠岐だ! ぽ、ぽっと出のあんたより晴斗のことは知っているんだからな!? ちょ、調子に乗るなよ!?」

「じゃ、私の知らない晴斗君のこと、お姉さんに色々教えてほしいなぁ? ダメかな?」

 あっ、早紀さんが小悪魔みたない顔をしている。完全に悠岐をからかって遊ぶ気満々だ。と言うかすでに遊んでいる。悠岐は最初の勢いはどこ吹く風で思わず後ずさっている。そして怯える子犬のように俺の背中に隠れた。

「あら残念。色々教えて欲しかったのになぁ」

「う、うるさい! そんなに知りたければ晴斗に直接聞けばいいだろう!? っあ……」

「フフッ。じゃぁ親友さんの許可も出たことだし、色々話聞かせてね、晴斗君?」

 ぐあぁとやってしまったとばかりに天を仰ぐ悠岐。ハァとため息をついて隣でニヤニヤしている日下部先輩をジト目で睨むことにした。

「それで、いつまで動画撮っているつもりですか、日下部先輩?」

「えっ? 何のことだが俺にはさっぱりわからんが? 別に四日後に先発を控えた後輩ピッチャーが誰と逢引きしているだとか、それをマネージャーに報告しなきゃ俺の命がやばいとか、別に、そんなこと全然関係ないぞ? これは俺の……趣味だ!」

「いや、趣味の方がよっぽど質悪いんで。今すぐその動画消してください。そうでないと尾崎さんにあることないことチクりますよ?」

「……いや、それだけは勘弁してくれ。部内どころか学校での居場所を失いかねない」

 血の気の引いた声で言いながら、日下部先輩は素直に動画を消してくれた。これで俺が人前でキス未遂動画が出回ることは避けられた。




 だが晴斗は知らない。

キス未遂動画は流れていなくとも、クレープ食べさせ合い動画は件の恋バナ大好き苦労人系マネージャー、尾崎涼子に流れていることを。

 そしてこの数時間後にその動画は明秀二大美女に共有され、そのうちの一人、明秀の太陽と密かに呼ばれている野球部マネージャーの相馬美咲から電話がかかってくる。

 要件はもちろん、先発になったことの激励とこのデートのことをさりげなく聴くため。そして、一番身近にいる年上お姉さんが自分であるとアピールするためだ。

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