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第10話〜許されない恋でも〜
しおりを挟む「伊織、ありがとう」
心から伊織に感謝した。伊織の手があたたかくて、私の心は緩んだ。
伊織にこの想いを話したい。私が奏尹を好きになったことを誰かに聞いてほしい。
「……ねぇ、伊織……私ね」
「はい、桜様」
私の心臓は激しく鼓動し始めた。
伊織に話しても現実は何も変わらない。
でも、心だけは自由でいたい。
何も図らず「私」という存在を見てくれる人が多少でもいるのなら……
(でも……)
もう一方で私の心が警鐘を鳴らしている。
伊織に奏尹への想いを伝えれば、部屋からこっそり抜け出していることもバレてしまう。反対されて二度とあの場所に行くことさえできなくなるかもしれない。
「桜様?お手が冷たくなって参りましたよ。いかがされましたか?」
私の手は冷えて汗をかいていた。
パッと伊織から手を離した。
「ううん、ごめん…何でもない」
「でも、今何かおっしゃりかけたじゃありませんの」
「そうだっけ。忘れちゃった」
笑って頭を掻く私に伊織は肩をすくめた。
「もう、桜様ったら」
膳を片付けるために伊織は部屋を出て行った。私はその後ろ姿を見つめ、膝を抱えてため息をついた。
(やっぱりダメ……伊織に言えるわけない)
私はどうしたらいいんだろう。
素直になったらあなたに迷惑をかけてしまうのかな。
誰にも告げずに心にしまい込んでおけるのなら、それが一番良い選択のはずだ。
でも、それでも私は生きていると言えるのかな。私はさらに膝を抱えた。
なんで私の人生はこんななの?
誰かを自分の意志で好きになることすら許されない人生なんて何の意味があるの?
本当はちゃんと伝えたい。
たとえ受け入れてもらえなくても……。
誰も許してくれなくても……。
ただ一度、この想いをあなたに告げられるのなら私はそれで満足できるのかもしれない。
何も変わらなくていい。
傷ついてもいいから。
生涯口に出来ない辛さよりはきっと……。
奏尹に逢える期間はとても短い。
桜の花が咲いたら私はもう奏尹に逢えなくなる。
その前に、あなたにだけは伝えたい。
私は強く拳を握った。
穏やかな葉ずれの音が遠くに聞こえる。
春の訪れをすぐそばに感じさせながら少しずつ夜は更けていく――
晴れた空には白い雲がフワフワと浮いている。まだ風が吹くと寒いというのに、気の早い花たちの蕾がそろそろ膨らみ始めていた。
私は心痛な思いでその蕾たちを眺めてた。
春はもうそこに来ている。
今日は湊尹がここに来ないのを知っている。
それでも何故か来てしまう。
なんともなしにここで湊尹と話したことを思い出したり、湊尹が座っていたあたりに触れてみたりしている。こんな時間が私にとっては幸せだった。
昨日決意したことを私は考えている。
奏尹に伝えたい気持ちがある。
生涯隠し通そうと考えていたけれど、それは自分に嘘をつく事になるから。
たとえ傷ついても私だけは自分に嘘をつきたくない。
「桜の花が咲くまで……か」
一緒に居られるのはあと1ヶ月ほどだろうか。
その間は自分の気持ちに正直に生きよう。
そうしていられるのは今しかないのだから。
その時、こちらに向かってくる足音が聞こえて私はハッとした。
「!」
誰かが来る。
私は素早く身を隠した。
今日は湊尹と約束をした日ではない。
警戒心が働いた。
「ーー……」
息をひそめて柱の陰から覗き見る。
男だ。
誰かを探しているーー……?
「あっ」
その後ろ姿に私は思わずガタンと音を立てて立ち上がった。
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