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第9話〜恋煩い〜
しおりを挟む「あら桜様、また食欲がありませんわね」
夕食がなかなか進まない私の様子を見て伊織が心配そうな顔をした。魚料理や煮物がキレイに並んだ膳が殆んど減っていない。
最近食欲が湧かないのだ。
伊織は首を傾げて私のおでこに手を当てたりしている。
「熱もないですし、お風邪ではなさそうですわね。と、すると何かしら?」
う~ん?とブツブツ悩んでいる。
私は伊織に手を付けていない椀を差し出した。
「まだ食事を取っていないんでしょう?良かったら食べて」
伊織は仰天した。
「まぁ、桜様!私などが姫様のお膳を戴くわけに参りませんわ。……あっ」
うんちくを述べている伊織の手に椀を強引に押し付けて私は箸を置いた。
「御馳走様でした。伊織、せっかくの食事だから無駄にしたくないのよ。かといって無理しても美味しく頂けないなら失礼でしょう」
「とは言いましても」
眉毛をハの字にして困っていた伊織だが、やがて気分を変えたらしい。笑顔を浮かべて椀を持ち直した。
「そうですわね。無駄をしてはいけませんわ。では、いただきます」
箸をつけた元気な伊織を見て私は笑った。
伊織は私より三つ年上で十八歳になったばかりだ。
貴族の家に生まれた彼女だが家柄が貧しかった為に八歳という幼い身で奉公に出された。その奉公先というのが私の家だった。私が五歳の時だ。
幼い身で親元から離れた伊織にとって、親しい人もいない新しい邸はとても辛い場所だったのだろう。誰もいない場所で密かに泣いている姿を見たことがあった。
思えば伊織と私はなんとなく似ている。自分の自由にはならない自分の人生……。
『お姉ちゃん私のそばにいて!!』
泣いている伊織の胸に飛び込んだあの日から私たちはいつも一緒に過ごしてきた。あれから早十年。
伊織は、今幸せなんだろうか。
ふと気になって箸を進める伊織を見つめた。考えてみれば伊織も年頃の娘だ。
そろそろ結婚したっておかしくない。
「ねぇ、伊織。慕っている人はいるの?」
「え、ケホッケホッ!」
突然の私の問いに伊織はむせた。私は慌てて背中をさすってやる。こんなに驚くとは思わなかったから私まで焦った。
「ごめん。大丈夫?」
「ありがとうございました。もう大丈夫です。ど……どうしたんですの急に」
私からそんな言葉が出るなんて青天の霹靂だという顔で私を見つめる伊織は箸を置いた。
「ううん。ただ伊織には特別な人がいるのかなと思って」
「姫様ったら……」
恥ずかしそうに頬を染める伊織を見て私は驚いた。
こんな表情をする伊織を見るのは初めてだった。
(いるんだ……付き合っている人)
考えた事もなかったから少し衝撃だった。
姉を取られたような複雑な気分。
でも伊織にこんな表情をさせるのはどんな男なんだろうと興味も湧いた。
「その顔はいるのね!どんな人なの?」
「いやですわ、姫様ったら」
しかし恥じらいながらも伊織は小さく頷いた。
「中納言様のお屋敷にお仕えしている方ですの。大臣様が催された花見の席で出逢いまして」
「父様が催した花見?去年の?」
「いえ、もう三年前ですわ」
「三年!?そんなにお付き合いしているの?結婚は?」
「ないですわ。全然ないです」
伊織が一瞬強張った顔をしたのを私は見逃さなった。
「正直に言いなさいっ」
伊織の頬っぺたを軽くつねりあげると伊織は観念してポツリと言った。
「正直そのような話しが出ていないわけではありませんけれど……。私は姫様のお側にいたいので考えておりませんわ」
「求婚されてるの!?」
「え、……まあ」
「ーーへ、へえーー……すごいじゃない」
驚いた……。まさか求婚までされていたなんて。伊織は赤くなって照れている。
少し寂しくて複雑な気持ちだけど、なんとなく胸がくすぐったかった。私まで温かい気持ちになる。
幸せになってほしいと素直に思えた。
伊織の事が大好きだから。
「姫様にも心を寄せる方がいらっしゃいますの……?」
「ーーえ?」
ふいに伊織がたずねてきた。顔を上げると伊織が私をジッと見つめている。私は内心慌てた。
「い、いるわけないじゃない」
冗談めかして笑う。
僧侶に片想いしてるの、なんて言ったら伊織はショックで倒れてしまうかも。
「仮にいたとしても、私に選ぶ権利なんてないしね!政治の道具だし」
「姫様……」
私の言葉に伊織は寂しげな声をあげた。
そう。私に選ぶ権利なんてない。最初から私には選ぶ権利などないのだ。
「姫様。そんなに寂しい事をおっしゃらないでください。きっとどんな場所にも幸せはあるはずですわ。私は姫様が笑っていらっしゃるのが一番好きです」
ぎゅっと私の手を伊織が握った。
「何があっても私は桜様のお側を離れたりしませんから。……ですからどうか、姫様の心のままに生きてくださいませね」
「――……伊織」
優しい眼差しが私を見つめる。
昔から姉のようにそばにいてくれた伊織。
本当に私の事を思ってくれる人はこんなにもそばにいることに気づいた。
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