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第1章

4.弟子なんだし師匠の事を知る権利はあるはずでしょ

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「エクレアどうしたの?何かすっごい顔してるわよ」

 お姉ちゃんの事を思い出してる最中、あるキーワードに反応してしまったようだ。つい眉間に皺を寄せたせいでお母さんが不安げに顔をのぞき込んでいる。

「あっ、ちょっとマイお姉ちゃんの事考えてたの」

「そ、そう……」

 まだ心配しつつも切り分けたりんごを口に運んでくれるので、心配かけさせないよう素直に食べる。
 日本産の品種改良が進んだものに比べたらちょっと糖度は足りないけど、新鮮なので瑞々しさがある。

(これ、割と高いものなんだろうに……)

 そう思うも、口には出さない。
 言えば『子供が遠慮するんじゃありません』とか『貴女が稼いだお金で買ったのだから貴女のものでもあるのよ』とか反論されるに決まってる。

 お母さんとつまらない喧嘩なんかしたくもないから素直に食べる。

 そう、エクレアはお母さんの事が大好きだ。
 まだまだ甘えたい、わがままを言いたいだろうに、その気持ちをぐっと飲み込んでいた。

 でもそれじゃダメだ。
 子供は親に対してわがまま言うのも仕事の一つ。
 なので、エクレアはキラリと目を怪しく輝かせる。

「ねぇお母さん。今度はアイスが乗ったアップルパイ食べたいな~」

「えっ?」

「うん、白くて甘くて冷たいあのアイスをのっけたアップルパイが食べたくなっちゃったんだけど…だめ?」

 唐突におねだり。普段はまず言わない、上目遣いでおねだりする娘の姿に母は困惑してる。
 当然だろう。アップルパイ単品ならともかく付属品であるアイスは貴重品だ。

 ミルクと砂糖と卵をかき混ぜて冷やせば完成だが、その冷やすのが問題。
 冷やすには氷室で保管した氷や魔法、もしくは冷蔵庫の機能をもつ魔道具のような貴重品が必要でその分高く付く。
 お値段でいえば大体金貨1枚の10000G。日本人感覚ならぼったくりなんだろうけど、それだけ手間がかかるなら仕方ない。

 それに……


“エクレアちゃんお金ため込みすぎ。食の楽しみは心の栄養なんだし、少しは贅沢しないと”


 世知辛い世界を生きていたエクレアはストイック過ぎた。
 一応身近な大人が心配してたようだ。何かと理由付けては適度に食べさせていても、エクレアはそれを素直に喜んでなかった。
 子供として不健全過ぎだ。だから“私”が正そう。

 そう思っての提案だ。しかし、母の反応はすっごい困惑してるようにみえる。

「アイスというとやっぱりマイさんに作成を頼むのよね」

「当然じゃない。ここら辺で一番おいしくアイス作れるのってマイお姉ちゃんしかいないし、ついでに一緒に誘って食べよ。私の生還祝いとか」

「そ、そうよね………」

 おかしい。普通ならここはにっこりと笑いながら賛成してくれるところだ。
 ものすっごい歯切れ悪く答える。

「その…マイさんは今遠くに出かけてるのよ。親戚に呼ばれたとかで帰ってこれなくて」

「親戚って……お姉ちゃんに親戚がいるなんて聞いてないけど」

「貴女に話してなかったけど居たらしいのよ」

「いないよ」


 真顔で断言する。

 予想通りならマイお姉ちゃんは転移者だ。
 黒髪で『テーレッテレー』とか『青汁あおじる』なんてキーワードもそうだが。何よりの証拠……

 マイお姉ちゃんのフルネームは『サトーマイ』

 この世界基準だと馴染みのない名前でも、漢字にすれば『佐藤 舞さとう まい
 日本では割とありふれた名前になる。

 マイお姉ちゃんは何らかの理由で世界を超えた転移者だ。

 よって親戚の類なんて居ない。
 家族そろって転移なんて可能性もなくはないが、お母さんの端切れ悪い態度からみてまずないだろう。

 もしかしたら、マイお姉ちゃんの身に何かあったのかもしれない。
 だから、詮索されたくなかったのだろう。
 知るべきではないのだろうけど……

「ねぇ、何があったの?本当の事言って。私はお姉ちゃんの弟子なんだし、師匠の事を知る権利はあるはずでしょ」

 弟子ならば師匠の事を知る権利はある。
 その言葉に納得はした…してはないのだろうが、覆すような言葉はないのだろう。
 エクレアは一度決めたらガンとして譲らない信念というか頑固さがあるわけだし、説得は不可能と思ったのか話す決心をしたらしい

「いいわ。教えてあげるけど……決して驚いちゃダメよ」

「驚くってマイお姉ちゃんは驚かされてばっかりだし今更と思うけどね。
 あ~早くお話したいな~」

 あれは中身が日本人なら、この世界住民基準だとさぞかし奇異にみられるだろう。
 驚かされただろう。
 でも、日本人の前世を思い出した今のエクレアなら逆に驚かしてやれる。

 その時お姉ちゃんはどんな表情をするか……


 今から楽しみだっと思ってたが…………










 その機会はなかった。

















「マイさんは亡くなったのよ」














「………えっ?」












 話をする機会は永遠に来なかった。


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