34 / 44
第34話 矮小な存在
しおりを挟む「何が何やらって感じだが……とりあえず、コイツを倒せばいいんだよな?」
そう零しながらこの場に駆け付けたのは、魔力すら持たないただの剣士――ユーリだった。
全く想定していなかった事態を前にし、アリシアは困惑しながら口を開く。
「ユ、ユーリさん……? あなたが、どうしてここに……」
「ティオに呼ばれたんだ。俺がいたところで、役になんて立てないとは言ったんだけどな――よっと!」
『ッ!?』
鍔迫り合い状態だったユーリと魔神。
だが、ユーリが軽い気合を入れて剣を前に押し出すだけで、魔神の体が軽々と後方へ飛んでいく。
魔神は巧みな身体捌きで着地するも、その光景にアリシアは目を疑った。
訳が分からない。
今の魔神は巨獣級の重量を有している。
いったい彼のどこに、そんな魔神を吹き飛ばせるだけの膂力があるのか……
疑問を抱いたのはアリシアだけではなく魔神もだったのか、奴は訝し気に目を細めながらユーリを見据えた。
『驚いたな。まさか私の剣を受け止めた上で、浮かせるだけの膂力を持った人間がいるとは……大したものだ』
「…………?」
『だが、それでも私の敵になるほどではない。私は【魔神《God》】だ。人間風情が、対等に渡り合えるなどと思い上がるなよ!』
ドンッ! と、魔神が纏う灰のオーラが膨れ上がる。
その量はまさに膨大かつ圧倒的。
ここにいるのがアリシアたちSランク冒険者でなければ、この威圧感によって瞬く間に気絶していただろう。
だが、肝心のユーリはといえば一向に戸惑う素振りを見せない。
それどころか直立不動のまま、堂々とした態度で――
「悪いが、何を言っているのか全く分からないな」
――そう言ってのけた。
その言葉には恐怖も驕りも存在しない。
確かな事実を、当たり前にように告げる。
ただそれだけの光景がそこには広がっていた。
あまりの出来事に圧倒されるアリシア。
そんな彼女のもとに、2つの影が近づいてくる。
「おいおい……一体全体、何が起きてやがんだ?」
「ユーリ、覚醒タイム?」
セレスとモニカだ。
2人のダメージはアリシアほど重くなかったようで、体を引きずるようにしてここまでやってきていた。
3人は未だに状況を呑み込めないまま、ユーリと魔神のやり取りを見届けることしかなかった。
ユーリに「何を言っているのか分からない」と一蹴された魔神は、呆れたような様子でクククと笑い声を漏らす。
『崇高たる私の言葉を理解できぬとは……申し訳ない、どうやら思い違いをしてしまっていたみたいだ。先ほどの称賛は取り下げさせてもらおう』
「………………」
『私はそこに転がる有象無象などとは比べ物にならないほどの圧倒的強者。彼我の差を感じることすらできぬとは、貴様は矮小な獣にすら劣る存在と言える。こういう思い上がった塵芥を処分するのも、【魔神《God》】の役目ということか』
「………………」
『どうした、何も言えぬか? それともここに来てようやく私の偉大さを理解したのか? だがもう手遅れだ、貴様を殺すことは既に確定した!』
そう告げると同時に、さらに膨れ上がる灰のオーラ。
どこまでも際限なく上昇する威圧感は、魔神が圧倒的強者であることの証明。
――そんな中。
あろうことかユーリは、魔神から目を離した。
そのまま振り返ると、アリシアに向けて真剣な表情を向ける。
「……ユーリさん?」
その様子から尋常じゃない何かを感じ、アリシアはキュッと息を呑み込む。
そんな中、ユーリは言った。
「……なあ、さっきからアイツが何を言ってるのか全く分からないんだけど……もしかして俺に対して怒ってたりする?」
「…………へ?」
あまりにも素っ頓狂な問いに、アリシアの頭はフリーズした。
(何を言ってるのか、全く分からない? 確かに神を名乗る相手の意図を理解することは困難ですが……いやいや、違います。今のユーリさんの訊き方はそういうことではありませんでした。それよりはむしろ、言葉自体通じていないような……はっ!)
そこでアリシアの脳裏に、先ほどモニカが言ったセリフが過った。
『これは多分、【魔力念話】に近い何か。あの魔人が言語を習得したわけではなく、思念を魔力にのせて送り出しているだけ。それで直接わたしたちの魔力に働きかけた結果、意味だけが伝わっているんだと思う』
――まとめると、両者ともに魔力を有している場合のみ発動可能な通訳の魔術。
そしてユーリといえば、アリシアたちも知っての通り魔力を一切持たない存在。
つまるところ、そういうことだ。
先ほどからユーリが言っているのは、魔神に対する煽りでも、ましてや返答ですらなく――
――単純に、魔力がないから何を言ってるのか分からなかったんだ!
(……うそぉ)
思わず、アリシアは心の中でそう零した。
魔神の圧に負けない力を持っていながら、まさかそんな落とし穴があるとは。
「はい、ユーリ。プレゼント」
そんな風に戸惑うアリシアの横では、同じ結論に至ったモニカがそう言いながら手を伸ばす。
すると、モニカの手から出た純白の魔力がユーリの体を覆った。
「モニカ、これはなんだ?」
「魔力でユーリの体を覆った。一時的だけど、これでアレが何を言っているのか分かるはず」
「? 原理はよく分からないが助かった、ありがとう」
そう言いながら、ユーリは改めて魔神に視線を戻す。
そして、
「よし、もう一度最初から同じ説明をしてもらっていいか?」
その言葉に、魔神の眉がピクリと動く。
『貴様、さっきから私を愚弄しているのか?』
「そういうつもりじゃなくてだな……はぁ、説明はもういいか。それより、戦いを始める前に一つだけ訊きたいことがある」
『…………』
無言を肯定と捉えたユーリは、先ほどからずっと気になっていた疑問を口にする。
「姿といい、回りくどい手段が必要とはいえ会話が成り立つことといい……お前は、人間っていう理解でいいのか?」
『人間……? ク、クハハ、クハハハハ』
何が面白いのか、高らかに笑い始める魔神。
怪訝そうな表情を浮かべるユーリの前で、魔神は続ける。
『私が人間だと!? 冗談も大概にするがいい! そのような下等生物と比べられるとは不愉快にも程がある! 私自身の手で、貴様は無残に殺してやるとしよう!』
「……そうか、それが聞けて良かったよ」
何かを諦めるように一つ息を吐いた後、ユーリは剣を構える。
それを見て、魔神は自身の手に握られているアリシアの長剣に目を落とした。
『(奴が放った魔力を吸収して本能的に使い方を知ったおかげか、この剣はやけに手に馴染む。それにこの愚か者の武器が同じというのもちょうどいい……同様の獲物を用いて圧倒することで、そのプライドごと粉砕してやろう!)』
ニイィッと、口端が避けそうなほどの意地悪い笑みを浮かべた後、
とうとう魔神は行動を開始した。
巨獣級の重量による踏み込み。
大地が割れ、その余波だけで周囲の大樹のうち数本が根元から折れる。
そこから得られる推進力により加速した魔神は、音速の数倍に至る速さでユーリにへと迫った。
『(一度私の剣を防げただけで調子に乗るなよ。この速度と重さを加えた一撃は、貴様ごときに到底受け止められるものでは――)』
ふと、魔神は違和感を覚えた。
ここに来てなお、ユーリは動く素振りすら見せずに突っ立っている。
魔神の速度に追いつけていないのだろうか。
そう結論を出すのは簡単だが、どこか様子が――
『(いや、違う。これがこの愚か者の実力なのだ!)』
強引に違和感を振り払うように、魔神は瞬時に思考を切り替える。
そして今にも魔神の剣はユーリに迫り、その命を断とうとしていた――その瞬間。
ユーリと、目が合った。
ごくごく自然と、まるで当たり前のように。
「【雷刃《らいじん》の瞬《またた》き】」
『――――――ッッッ!!!』
それは、死の予感。
これ以上前に踏み込めば自分の命が一瞬で立たれると、魔神はそう判断した。
『(まずい、今すぐ退かねば! いや間に合わん、せめて魔力障壁を――)』
咄嗟に急ブレーキをかけ後退を試みる魔神。
その間にも、ユーリの振るう剣閃は加速を続ける。
回避もガードも完全には間に合わない。
魔神が後方に回避するその刹那に、
ユーリの刃は、魔神の腕一本と両足を斬り落とした。
『ッッッァァァァァァァ!!!』
魔神に痛覚は存在しない。
だが、確かに感じた死の恐怖によって魔神は思わず叫び声を上げた。
なんだ、これは。
この結果は。
敵を戦闘不能にするばかりか、この一瞬で右手以外の四肢が斬り落とされた。
右腕が残っているのも、単なる偶然でしかない。
『(ありえない。ありえないありえないありえない! こんなことが起こりえていいはずがない! 私は【魔神《God》】だぞ!? なんだ、この状況は――)』
『――なんだ、貴様はッッッ!』
魔神による心からの咆哮。
しかしそれを受けた張本人はというと、魔神を易々と切り裂いた自身の剣を眺めながら物思いにふけっていた。
(……やっぱり、そうだったのか)
その時、ユーリはここに来るまでの経緯を思い出していた。
ティオから求められた救援の言葉。
最初は自分など、Sランクパーティーである【晴天の四象】の力にはなれないと考えていた。
そう思い始めは断ったのだが、ティオ曰く、本当の敵は黒い靄の巨人を倒した後に現れた。ソイツを倒すのにはユーリの力が絶対に必要――という話だった。
その時は何を言っているのか理解できなかったが、ここに来てユーリはようやくその意図を把握した。
目の前にいる、名前すらよく分からない灰色をした人型の何か。
コイツはきっとあの巨人が変化した姿なのだろう。
同時に思い出すのは10日前のスライム戦。
スライムはユーリが切り刻めば切り刻むほどその体積を減らし弱体化していった。
これらの条件を合わせれば、答えは簡単。
まず、アリシアたちは死力を尽くして最強の巨人を討伐した。
しかしその後にこの小さい人型が出現。
人型の実力自体は大したことなかったが、アリシアたちは力を使い果たしていたため、この程度の相手にすら勝てなくなっていた。
そこで、ティオは俺に助けを求めた――だいたいはこういう経緯だろう。
弱ったティオが一人ではスライムにも勝てないと言っていたことからも、まず間違いないはずだ。
とまあ、状況整理はほどほどに。
ユーリは今の攻撃に手ごたえを感じながら、改めて人型に視線を戻した。
『……何だ、その目は!』
恐怖か、戸惑いか。
震える声で叫ぶ人型に向けて、ユーリは告げる。
何やら先ほどから色々と言っていたが、実際のところは大したことがない。
所詮、自分でも圧倒できるほどの実力。
つまり――
「お前、弱いな」
――どこかから、ブチッと何かが切れる音がした。
35
お気に入りに追加
764
あなたにおすすめの小説
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
特殊スキル持ちの低ランク冒険者の少年は、勇者パーティーから追い出される際に散々罵しった癖に能力が惜しくなって戻れって…頭は大丈夫か?
アノマロカリス
ファンタジー
少年テイトは特殊スキルの持ち主だった。
どんなスキルかというと…?
本人でも把握出来ない程に多いスキルなのだが、パーティーでは大して役には立たなかった。
パーティーで役立つスキルといえば、【獲得経験値数○倍】という物だった。
だが、このスキルには欠点が有り…テイトに経験値がほとんど入らない代わりに、メンバーには大量に作用するという物だった。
テイトの村で育った子供達で冒険者になり、パーティーを組んで活躍し、更にはリーダーが国王陛下に認められて勇者の称号を得た。
勇者パーティーは、活躍の場を広げて有名になる一方…レベルやランクがいつまでも低いテイトを疎ましく思っていた。
そしてリーダーは、テイトをパーティーから追い出した。
ところが…勇者パーティーはのちに後悔する事になる。
テイトのスキルの【獲得経験値数○倍】の本当の効果を…
8月5日0:30…
HOTランキング3位に浮上しました。
8月5日5:00…
HOTランキング2位になりました!
8月5日13:00…
HOTランキング1位になりました(๑╹ω╹๑ )
皆様の応援のおかげです(つД`)ノ
天才ですが何か?~異世界召喚された俺、クラスが勇者じゃないからハズレと放逐されてしまう~いずれ彼らは知るだろう。逃がした魚が竜だった事を
榊与一
ファンタジー
俺の名は御剣那由多(みつるぎなゆた)。
16歳。
ある日目覚めたらそこは異世界で、しかも召喚した奴らは俺のクラスが勇者じゃないからとハズレ扱いしてきた。
しかも元の世界に戻す事無く、小銭だけ渡して異世界に適当に放棄されるしまつ。
まったくふざけた話である。
まあだが別にいいさ。
何故なら――
俺は超学習能力が高い天才だから。
異世界だろうが何だろうが、この才能で適応して生き延びてやる。
そして自分の力で元の世界に帰ってやろうじゃないか。
これはハズレ召喚だと思われた御剣那由多が、持ち前の才能を生かして異世界で無双する物語。
人の才能が見えるようになりました。~いい才能は幸運な俺が育てる~
犬型大
ファンタジー
突如として変わった世界。
塔やゲートが現れて強いものが偉くてお金も稼げる世の中になった。
弱いことは才能がないことであるとみなされて、弱いことは役立たずであるとののしられる。
けれども違ったのだ。
この世の中、強い奴ほど才能がなかった。
これからの時代は本当に才能があるやつが強くなる。
見抜いて、育てる。
育てて、恩を売って、いい暮らしをする。
誰もが知らない才能を見抜け。
そしてこの世界を生き残れ。
なろう、カクヨムその他サイトでも掲載。
更新不定期
錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
ベテラン整備士、罪を着せられギルドから追放される。ダンジョン最下層まで落とされたけど、整備士の知識で地上を目指します~
時雨
ファンタジー
ダンジョンの修理などをする『ダンジョン整備士』のアルフは、研究者気質でコミュ障なのが災いしたのか、ある日無実の罪を着せられ、40年近く働いたギルドを追放されてしまう。
せめて最後に自分が整備した痕跡だけ見ようとダンジョンを回っていると、信頼していた友人に巨大な穴へと落とされてしまった。穴はダンジョンの最下層まで続いていて、しかも馬鹿強いモンスターがうじゃうじゃ。
絶対絶命のピンチに、アルフはたまたま倒したモンスターのドロップアイテムを食べ、若返る。
若返り体力も戻ったアルフは、長年培った整備士の知識を駆使し、無自覚無双しながら生き延びていく。
一方ギルドでは、ベテラン整備士を失ったガタがきていて──?
魔法の才能がないと魔法学院を退学(クビ)になった俺が気づかないうちに最強の剣士となっていた
つくも
ファンタジー
高名な魔法使いの家系アルカード家に生まれた主人公トールは魔法の才能がない為、優秀な双子の弟カールに対して劣等感を持って育つ事となる。そしてついには通っていた魔法学院を退学になってしまう。死に場所を求め彷徨う中モンスターに襲われ、偶然剣聖レイ・クラウディウスに助けられる。
その姿に憧れたトールはレイに弟子入りする事になるが、瞬く間に剣の才能を発揮しいつの間にか師であるレイを超える実力になってしまう。
世界最強の剣士となった事に気づいていないトールは下界に降り、剣士学院に入学する事になるのであった。
魔法の才能がないと罵られたトールが剣の力で無双する、成り上がりの英雄譚
※カクヨム 小説家になろうでも掲載しています 残酷な暴力描写 性描写があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる